28 ミナミゴキブリモドキ(1)
再び一列になって歩き出す。すでに日は高く、坂道の傾斜がきつくなってきた。
茂みはより深く、暗い。川音も聞こえてこなくなった。
時折、ギーギーと耳障りな音がどこからか聞こえてくる。きっと虫が翅を擦らせて鳴いているのだろう。ハチに襲われる前なら、フルタが得意げに解説し始めたろうが、さすがにそれはなかった。
五キロ地点でセッコウオオアリの列に遭遇した。山を下り、道を横断していた。体型は間違いなくアリだったが、全体が赤茶けていて、体長は十センチもある。まるで工場のラインのように、規則正しいペースで右から左へ動いている。
「こいつらは視力が弱いから、列をまたいでも僕らには気づきません。ただ、踏んづけたりすれば、たちまち襲ってきますんで注意してください」
鼻声のフルタが言った。鼻の穴にはティッシュペーパーが詰められ、更に臭いを出さないよう。テープが貼ってあった。
最初にサコタがまたいだ。フルタの言うとおり、隊列に変化はなかった。続いて橋山、私もまたぐ。
たいした行為ではないが、全身にこのアリがたかっていく姿を想像すると、ひどく緊張してくる。突然列が乱れないだろうか。そんな不安を感じながら、恐る恐るまたいだ。
全員がまたぎ終わって、更に歩き続けた。途中、食事代わりでパウチに入った栄養ゼリーを胃に流し込む。少し腹がふくれたせいか、緊張が和らいできた。まだ行きの半分程度しか進んでいないが、このまま何事もなく進んでいけるような気がしてきた。
どんっ、と背後で音がすると同時に、「ギャッ」とフルタが叫ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、フルタがいなかった。ミヤギがガードレールから下り、斜面を見ていた。
「あのバカが。懲りもせず列を離れて道路際にふらふら近づいていったら、何かに引き込まれやがった」
ミヤギが表情のない顔で言った。
「虫にやられたのか? どんな奴だ」
「暗くてよくわからなかったよ」
「あんたが押したんじゃないだろうね」
サコタが睨めつけるようにミヤギを見ていた。
「バカを言うんじゃねえ。誰か見たのかよ」
傾斜はきつく、転がり落ちたら木にでも引っかからない限り、一気に谷底へ落ちてしまいそうだ。
「ぎゃああっ」
茂みの奥から悲鳴が響き出し、葉擦れの音が聞こえた。目を凝らすが、暗い上に枯れた下草が邪魔で姿は見えない。
「大丈夫か」
「助けて……くれ」
サコタの声に反応するので、まだ完全にやられていないようだ。
「助けに行く」
サコタがガードレールから身を乗り出そうとしたところを後ろから橋山が襟首を掴んだ。
「よせ、お前がやられるぞ」
「そうさ。あいつがいなくたってご託を並べるだけで、たいした支障は出ない。むしろ、勝手な行動するだけ危険だ」
「だから突き飛ばしたのか」
「俺じゃねえって言ってるだろ」
「ちょっと待ってよ……。フルタさん、自力で上がってきてるみたいだわ」
祐美恵の言うとおり、葉擦れの音が近づいていた。やがて泥にまみれた手と、恐怖で大きく目を見開いた顔が現れた。
「それ……なんだよ」
サコタはおぞましげに顔を歪める。