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  作者: 青嶋幻
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26 クチブトオオハチ(1)

 山で遮られているのか、風はずいぶん静かになっていた。道の右側は上り斜面になっていて、左側は雑草や短めの木が生い茂っていた。樹木に遮られてわからないが、川が流れているのだろう、かすかに水の流れる音が聞こえてくる。時折、クロオオバエが近づいてくるが、銃を振り回して追い払った。


「アカトンビヤンマだ。気をつけろ」


 上空に、巨大な翅を拡げたトンボが出現した。五匹おり、私たちのやや前方を飛んでいく。途中、何かがアスファルトへ落ちてきた。強烈な酸の臭いが鼻を突く。


「あれが隊員を殺した糞か」


 空気の抜けたサッカーボールのような半球状で、黒に近い緑色をしていた。濡れてテラテラ光っている。すぐにアスファルトと反応し、白いガスを出し始めた。私たちは息を止め、横を通り過ぎていく。


 ゆるいカーブにさしかかったところで橋山が声を掛けた。


「この辺りは調査隊がクチブトオオハチと遭遇した場所だ。近くに巣があるかもしれない。極力音を立てないように。もし現れても、ペースを保って静かに歩けば襲ってこない」


「クチブトオオハチというのは体長五センチの大型のハチです。従来のハチ同様毒針を持っていて、毒性は最強と呼ばれるオオスズメバチの三倍の強さなんです。しかも大量繁殖する上に、攻撃性がきわめて強いんですよ。

 誤って襲われたら、全身に毒針を刺されてたちまちショック死しますね」


「うるさい、黙ってろ」


 得意げに喋り始めたフルタに、ミヤギが押し殺した声で制止する。

 なるべく足音を立てないよう歩く。銃とクーラーも右手で押さえて音を出さないようにした。


 どこからか、ブーンと羽音がしてくる。心臓の鼓動が一気に高まっていく。


 横を何かが通り過ぎた。黄色のハチで、体長五センチほど。クチブトオオハチに間違いない。

 ハチは私たちの上空を旋回し始めた。あっちへ行け、心の中で叫びながら、歩いて行く。ハチは五回旋回してどこかへ消えていった。思わず息を吐く。


 再びハチが来た。今度は二匹だ。緊張するが、前と同じよう、静かに歩けば大丈夫と自分に言い聞かせた。しばらく旋回したのち、森の中へ消えていった。


 突然フルタが列を離れ、森へ近づいていった。


 思わず声がのど元まで出たが、寸でで止まる。下手に声を出せば、ハチに警戒される恐れがあった。

 他のメンバーも怒りや戸惑いの色を浮かべている。あいつは何をやっているんだ。フルタが向かう先を見た。暗くて気づかなかったが、よく見れば、多くのハチが飛んだり木の葉に止ったりしていた。


 更に奥。木の幹に茶色い塊が付着していた。


 大柄な人間ほどの大きさがあり、周囲には多くのハチが飛び回っていた。小さな穴が開いていて、中からハチが出入りしている。


 蜂の巣だった。後ろ姿しかわからなかったが、間違いなくフルタの目は、クロオオバエを見たときと同じように輝いているだろう。


 あのバカが。悪態が出てくるが、声に出せず歯を食いしばる。

 ペースを乱す危険は冒せないので、私たちはフルタを置いていった。五百メートルほど歩き、巣があった場所も完全に見えなくなったところで、ようやく橋山が声を出した。


「あいつは何をやっているんだ」


「バカが勝手に死ぬのは構わんが、俺たちを巻き添えにするんじゃねえよ」


 ミヤギが吐き捨てるように言った。


「あれだけ自分で危険だと言ってたくせに。どうしようもねえな」


「橋山、どうする」


「五分待つ。それで来なかったら出発する」


 橋山は元来た道を、苦々しげに見つめていた。


 しばらくして、カーブの向こうからフルタが現れた。

 様子がおかしい。

 目を大きく見開き、走っている。

 そのすぐ後から、黒い塊のような物が追いかけてくる。


 ハチだ。


 フルタよりも一回り大きく、帯状となって続いている。


「あのバカが」


 私たちも一斉に走り出した。


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