2 蛹センター(2)
〈進行性皮膚甲殻化症〉。これがこの建物に収容されている患者たちの正式病名だ。ただ、この名前は長たらしいので、普段は私も含めてほとんど使わない。〈蛹化現象〉、あるいは単に〈蛹〉といった言葉が使われている。
始まりは五年前の夏だった。大型彗星〈マリー〉が地球に直撃した。彗星は大気圏でほとんどが燃え尽きたが、一部が微小な粒子となって、地球上に落下した。
場所はパキスタンムルターン、オーストラリアノーザンテリトリー、中国浙江省、そして日本のD半島だ。これらの地域には粒子が雲と結合し、雨となって落下した。
赤色をした正体不明の雨で、各地で不気味がられた。採取されたサンプルを研究機関が分析したところ、赤色の原因である微粒子はカプセル状の構造になっていた。現在に至ってもその正体は不明だ。
この現象は当時、人々にとって興味深いニュースの一つでしかなかった。当初は大騒ぎとなったものの、徐々に忘れ去られ、半年もすれば話題にも上らなくなっていった。人々が本当の災厄に気づいたのは、一年後だった。
D半島内で、意識不明となる者が現れ始めた。当時の段階では原因不明で、地元病院に留め置かれる処置がされた。
精密検査の結果、患者の体内にカビのようなものが存在しているのが発見され、深在性真菌症の一種と断定された。これまでに見たことのない新種で、同様の患者が降雨場所各地で発見され始めた。この状況から、カビは赤色の雨が原因だと推定された。
意識を失った者はおよそ一ヶ月で皮膚の表面が甲殻化し始め、同時に骨と体組織が溶け始める。半年で全身が褐色の硬い皮膚で覆われ、さらに時間が経過すると、腕や足が一体化する。顔の凹凸もなくなり始める。三年もすれば、手足、頭は埋没し、文字通り蛹のような葉巻型の形状となる。
確認されている患者で最も古いのは五年になるが、現状これ以上の変化は見られない、わずかなペースで体重を減らしながら、生命活動だけは維持している。
このカビがやっかいなのは、乾燥すると、微細な粉塵となって拡散することだった。急遽各国は厳重な検疫体制を取り出したものの、遅きに失していた。すでにカビは降雨場所から拡散し、現在、世界各地で発病が確認されている。
幸いなのは感染力が非常に弱く、健康な人ならばまず発病することはないことだ。発病するのは老人や病人、幼児など、免疫力の弱い者が多かった。
各国はこの病気の解明と治療に取りかかり始めたが、未だに有効な治癒方法は得られていない。日本も厚労省が中心となり、蛹化現象の対策に取り組んでいる。まず問題になるのは蛹化した患者を収容する施設だった。
蛹自体はカビを放出することはなかったが、体内には大量のカビが蓄積されている。このため、すべての患者を一カ所に隔離する政策がとられた。
いくつか候補地が挙げられたが、当然の如く地元住民から反対運動が起こり、選定は紛糾した。結局、多額の補助金と引き替えに、財政破綻から脱却を目指す北海道のA市に設置されることとなった。
施設の名称は〈進行性皮膚甲殻化症研究センター〉で、私はその主任研究員を務めていた。