16 ルビコン河を渡る(2)
「二人だけというわけにはいかないでしょ」橋山は渋い顔をした。「ざっと読んだだけですが、ブツの運び手、警護を含めて、最低でも四人以上は必要じゃないですか。
正直、あなたたちが死んでも僕は悲しみませんけどね、投資して何も得られないんじゃ困るんですよ。だいたい、調査隊は自衛隊の精鋭が参加していたんでしょ。
危険箇所はこの報告書である程度把握できるとは言え、体力もいる。銃器の取り扱いもしなくちゃならない。簡単な話じゃないですよ」
「だが、何度も説明しているように、センターから〈蛹〉を運び出すのは、警察まで抱き込まない限り不可能なんだ」
「ここにあるR町集落の六十二体、確かに魅力的ですよ。だけど、海から上陸したとして、山間を十キロ上っていかなくちゃならない」
政府はD半島に取り残されたままの〈蛹〉を回収しているが、ほとんどが海岸沿いだ。内陸部の〈蛹〉は危険すぎてほとんどが放置されたままだった。報告書に記載されているR町集落の〈蛹〉もその中の一部だ。
「しょうがないですね。仲間と検討させてもらいますよ」
「私たちを抜きにして話を進めるんじゃないぞ」
「大丈夫ですよ。こんな危険な場所へ自分から行こうなんて人をスルーするはずがないでしょ。大金を積んだって人が集まるかわかったもんじゃない。必ず返事はしますよ」
「早くしろよ、こっちは時間がないんだ」
「わかってますって。あと一ヶ月もすれば、息子さんの体内がとろけ始め、皮膚の硬化が始まる。大脳まで溶け出したら、たとえ完治したとしても、記憶は戻ってこない」
こともなげに語る男を殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、歯を食いしばって抑える。
「久斗がだめになったら、絶対見つけ出して殺してやるから……」
「はいはい、そうならないように鋭意努力いたしますよ」
「その言い方はなんなのよっ」
「こらえるんだよ」
薄ら笑いを浮かべる橋山に対し、怒りに体を震わせ、立ち上がりかけた祐美恵の肩を押さえる。
「冷静になりましょうよ。たとえ僕を殴ったって久斗君が治る訳じゃないんですから」
祐美恵の目から大粒の涙があふれ出した。
「だって悔しいんだもの……。久斗にひどいことをしたのに何の罰も受けないなんて……」
「さあ、もう行こう」
私たちはマンションから出て自宅へ戻った。