14 潜行
「なんだよ。今日は休みじゃなかったのか」
寒い中、喫煙所でコートを着込んでタバコを吸っていた塩見が声をかけてきた。午後二時過ぎだが、雪こそ降っていないものの、ひどく寒かった。
「そのつもりだったんだけど、息子の体調が良くなったんで帰ってきたんだ。溜っている書類を処理しようと思ってさ」
「ふうん。せっかく休んだんだから、ぎりぎりの飛行機に乗れば良かったのに」
「十一時の千歳着で、安い便があったんだ。俺みたいに何度も行ったり来たりすると、飛行機代もバカにならないからな。少しでも節約しないと」
「そうか。俺なんか別れた嫁さんのところにいる息子へ会いに、半年に一度東京へ行くぐらいだもんな」
軽く手を振って別れた。塩見の姿が見えなくなってから、大きく息を吐く。どうやら納得してくれたらしい。
私は通用口でチェックを受け、エレベーターで五階へ行った。ここには各医師専用の机が並んでいる。
私は上司に挨拶した後、自分の机に座り、パソコンを起動させる。パスワードを入力し、メールをチェックしながら周囲を伺った。
誰も自分を気にかけている者がいないのを確認して、センターのサーバーにアクセスする。再びパスワード入力画面が表示され、自分にあてがわれた番号を入力、エンターを押した。
いくつかのファイルが表示された。その中から、〈第四次D半島調査報告書〉を開いた。百ページ近くある。もう一度周囲を見回し、誰も注目していないのを確認しながら、ポケットからUSBメモリを取り出す。
心臓が激しく鼓動し始めた。手が震えて、コネクタへ装着するのに苦労した。再び周囲を確認しながら、ファイル保存させた。保存終了まで、ほんの十数秒だったが、ひどく長い時間に思えた。
定時まで仕事をしてセンターを出る。センターサーバー内に収められている資料は、原則持ち出し禁止だった。ばれたら処分を受ける。
私はルビコン河を渡ってしまったんだ。
緊張で、体の芯が痺れるような感覚を味わいながら、マンションへ戻った。
自分のパソコンに資料を表示させ、じっくりと読み込んでいく。