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夏夜空、弾けて消える、恋花火

作者: 綺羅鷺肇

あおいはるのつづき。

ながくかけるかんきょうになかったので、りはびりでかいた。

かかないいってたけど、そーりー。

あいむらいあー。

 夏休みに入ってもう二週間ほど。


 残念なことに、今の今まで幼馴染との関係はこれといった進展はない。


 今年こそは!


 と考えていた恒例の花火大会もいつも通り。


 妹を含めた三人で家のベランダに置いた縁台で見上げることになってしまった。


 ……正直に言うと悔しい。


 それにしても、夜になっても空気は蒸し暑いまま。


 悔しい気分とない交ぜになって、より身体が熱く感じる。


 火照る身体を覚まそうと年季を経たうちわで扇ぎながら、隣に座る幼馴染を盗み見る。


 こっちは薄着なのに、いつもと変わらぬ様相。


 でも……。


「あー、毎年毎年、屋形船で酒盛りって、ほんと好きだよなぁ」

「そうですね。確かにうちの両親もですけど、おじ様おば様も好きですよね」


 私が応える前に、ダイニングキッチンから妹の声。


 ……先を越された気分で押し黙る。


 なんと言えばいいのか?


 このところ、幼馴染と妹の仲がいいように見える。


 いや、仲がいいのは昔からだが、なんといえばいいのか……、こう、以前とはなんとなく空気が違うのだ。


 いつからだろう?


 いったいいつから?


 最近?


 いやでも、そういった空気はそれなりに見た気が……。


 本当にいつから?


 年代物の蚊取り器から出る薄い煙を追うふりをして、記憶を探っているとまた妹の声。


「お兄ぃ、お姉ぇ、スイカが切れましたよ」

「ああ、ありがとう」


 そう、これ。


 例えば、今のやり取りだけど、二人して、さり気なく目を合わせて柔らかく微笑み合ったかと思えば、スイカを受け取るやひとかぶりして、甘いなって柔らかく言う。


 その時の幼馴染の顔は、私には見せた事がない程に、穏やかで優しくて……。


 どうしてその顔を私に向けてくれないのかと、本当に悔しくて切なくて……。


「お姉ぇ、いらないんですか?」

「あ、も、もちろん食べるわよ」


 左手を伸ばせばすぐ届く距離にいるのに、幼馴染の心はどこか遠い。


 胸の内で生じたモヤモヤを掻き消して、妹が差し出した皿の上、綺麗に切り分けられたスイカに手を伸ばす。


 赤く熟れた果肉。


 白黒の種が散らばっている。


 そんなスイカの一片を見つめて、吐息。


 小さなことで幼馴染を想う心と憎らしく想う心。


 千々に乱れる心を映し出しているようで、嫌な気分になる。


 そうしている間にも、妹が縁台に腰を下ろした。


 いつもの私の隣ではなく、幼馴染を挟んだ向こう側にである。


 そんな何気ない変化に違和を抱き、幼馴染越しに妹を見やる。


 ……思わず息を呑んだ。


 ぶつかった瞳は挑むように私を見つめていて、そこで、ようやく私は気付けた。


 妹は、恋敵なのだと……。




 目を見開いたお姉ぇ。


 まったく、気付くのが遅いのですよ。


 身内としては今の今まで空気の変化に気が付かなかったのかと、鈍感な部分を嘆かなければならないのでしょう。


 が、今のお姉ぇは歴とした恋敵。


 その鈍感さによって私の優位な立ち位置があるのですから、単純に喜ぶべきなのでしょう。


「ふふっ」

「ん、どうかしたのか?」


 いけないいけない。


 思わず口元が弛んでしまった。


 知らない内に、気分が高揚しているみたいです。


「いえ、なんでもありません。あ、お兄ぃ、口元がべとべとじゃないですか」

「いや、スイカを食べる以上は仕方がないだろ」

「仕方がないかもしれませんが、限度があります」


 もう一度ちらりとお姉ぇの顔を見る。


 睨むようにこちらを見つめている。


 お姉ぇ、そんな顔をしても、私の優位は揺るぎませんよ?


「でも、それだけべとべとだと、口回りも結構甘いかもしれませんね。……ためしに舐めてみましょうか?」

「ぶふぁっ、……おまっ、か、からかうなって」

「ふふ、お兄ぃは私がからかってると思いますか?」


 上目がちに見上げて、ちろりと舌を出してみる。


 こちらを向いたお兄ぃの視線が、私の唇あたりを這っているのがわかります。


 それはつまり、妹としてではなく異性として見られている証な訳であり、お姉ぇが望んでもまだ至っていない領域に、私が立っている証でもある。


 この事実に、そこはかとない優越と充実を感じてしまう。


「ば、ばか言ってるんじゃないわよ! ほらっ! これで拭く!」

「あぐぇ、いだだだだっ!」


 不利を悟ったのか、或いは今の空気を壊す為か、お姉ぇがお兄ぃの頭を強引に引き戻すや手拭きで手荒く口元を拭う。


 あまりにも自然な流れを見ていると、どうしても嫉妬の念を抱いてしまう。


 それは私にはできないことだから……。


 なので遂、前の夜みたいに、もしも二人きりだったならば、なんてことを考えそうになる。


 けれど、実際は、今こそが、今この時から、お姉ぇとの勝負の始まりである以上、甘美な想像に浸る余裕などない。


 浮き立つ心にそう言い聞かせた。




 突然、幼馴染から強引に顔を拭かれるなんて苦行を強いられ、口回りが痛い。


 もう少し妹を見習って、対応を柔らかくしてほしいものだ。


 なんてことを考えていると、不意に、その幼馴染の手から手拭きが滑り落ちた。


 前屈み。


 少し汗ばんだ艶やかな肌が目に入り、同時に、タンクトップの隙間から胸に至る膨らみとそれを覆う下着が見えて……、視線を逸らす。


 幼馴染とはいえ、女。


 そう思い知らされる。


「あ、お兄ぃ、そろそろ打ち上がが始まる時間ですよ」


 幼馴染に気を取られていると、反対側から注意を促す声。


 これ幸いとばかりに顔を引き戻す。


 妹的存在の、普段は表情の薄い顔が微笑んでいた。


「冗談を言っただけなのに過剰ですね、お姉ぇは」


 これに反応したのか、顔を上げた幼馴染が目を怒らせて吠えた。


「あんたは! 男の危険性をもっと認識しなさい! 私達の年頃の男なんてね、下半身だけで生きているような、直ぐに色気に負けるナマモノなのよ!」


 ナマモノ扱いは酷い。


 ……。


 いや、でも、身に覚えがないかと言われれば、少し困る。


 実の所、左隣の幼馴染と二人だけで一晩過ごした時に、その下半身が反応しかけ……いや、してしまったのだ。


 ソファに二人して並んで座り、徹夜で映画を見ている最中。


 妹的存在がうとうとして、そのままにこっちに身を預けたかと思うと肩を枕に眠ったのだ。


 その無防備すぎる姿と暖かくも柔らかな感触に、危うく理性の箍が外れかけた。


 ……。


 しかしながら……。


 そう、しかしながら、下半身だけで生きた結果、できちゃった婚をした兄を持つ同級生から色々と大変だったと聞いているだけに、そんな下半身に忠実な行動はとりたくない。


 そういうのは一人前になって……。


 とまで考えた所で、パッと夜空が明るく光った。


 色とりどりの閃光が急激に開き、消えていく。


 そして、空気を震わす破裂音が届いた。


 それを合図に、次々と花火が夜空に開いていく。


 自然、静かな舌戦をしていた幼馴染二人も休戦。


 ベランダの縁に並んで立ち、感嘆の声を漏らしながら見上げている。


 そんな二人の、連なる閃光に照らされる姿を見ていて……。


 唐突に、心臓が跳ねた。


 俄かに好きだという気持ちが急激に膨らみ、顔に血が集まってくる。


 それと同時に、目の前の女達を独占したいという強い気持ち(欲望)が下半身に影響を……。


 ……。


 夜で良かった。


 そんなことを思いながら、花火に照らされる姉妹を見つめる。


 明るく元気な姉と、理知的で静かな妹。


 方向性は違うが、とても魅力的な二人。


 こんな気持ちになるのも仕方がないかなと納得する。


 同時に、浮気性な自分の心を少し嫌悪した。

うむ、じゅんあいである。

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