山本優子は幸せにならない
私こと山本優子は平凡な人間だ。
そこそこ栄えている地方都市で産まれ育ち、
そこそこの大学を卒業した。通勤範囲は実家から公共交通機関で2時間以内と定められた東証一部上場企業の地域限定総合職として5年働いた。
22歳から付き合っていた太一君とそろそろ結婚しようと思いそれなりに残業が多かった最初のて会社を辞め、中小企業の契約社員となった。
結婚するなら私の死んだ両親のお墓に挨拶しなきゃねと話していた太一君が無職ニートになる前はそこそこ幸せだった。
太一君は仕事を辞めたことを私に黙っていた。折半している家賃などの支払いが滞り、問い詰めたら会社を辞めていたことを私へ打ち明けた。
正社員として働いていた時期ならともかく、契約社員の身で二人の生活を支えることはできなかった。太一君も仕事を探してはいると言ったが、家賃や 光熱費を滞納することに耐えられなかった私は正社員への転職活動を始めた。
28歳未婚女性で取り立てて資格もない平凡な私の転職活動は上手くいかなかった。高いサラリーを求め何社へもエントリーを続け、東京勤務でという条件でなら二人の生活を支えるだけのサラリーを貰える会社から内定を貰えた。
太一君就職活動は私以上に思わしくなく、日雇い労働で糊口を凌いでいる。
私は東京の会社へと行くことを決めた。太一君は地元に残ったままで、時々東京に遊びに来る。私は自分が住んでい東京と太一君と住んでいた地元の家の生活費を出している。
太一君とは半年以上会っていない。
私が忙しいのもあるが、太一君も私と会うことに労力をさくのを嫌がった。
私のサラリーが高い理由は海外貿易に携わる会社であり取引先との時差が影響して残業がとても多い。
慣れない英語での業務と昼夜問わず働くことで私は精神も肉体も疲労している。それでも自分が選んだ仕事だしやりがいもあるし働けることはとても有難い。太一君と会えないことや連絡がつかないことも気にならない。
少し悲しかったことは太一君とかなえちゃんの公開されていたFacebookでのやり取りだ。かなえちゃんとは私と太一君との共通した友達である女性だ。正確には元々は太一君の友達で、私にとっては知人。
かなえちゃんが長年の夢を叶えたようで太一君のおかげだよ、いくら感謝しても足りないよとかなえちゃんが太一君あてにメッセージを送っていた。かなえちゃんが夢に挑戦してた時期は、私も仕事で行き詰まり上司と喧嘩をし、辛かった時期なのでできれば太一君に私も勇気付けられてたり助けて欲しかったなぁと思った。
私の存在は太一君にとってかなえちゃんよりウエイトが低かったのだと思うと一緒に過ごした五年間はなんだってのかと虚しくなった。そのメッセージを読んだ翌日は朝七時から会議だったのでわーわー泣きながらも資料の確認をして眠りについた。
太一君はまだ私と暮らしていた地元のマンションに住んでいる。マンションは私が死んだ両親から受け継いだファミリー向け分譲マンションだ。私はもうじき勤務先の海外現地法人へ向かう。何年かは海外勤務になるだろう。地元のマンションは太一君へあげるつもりで残していく。帰国したら登記変更など必要だろう。
私は個人として手にはいる物や幸せはいらなくなってしまった。
暖かな人間関係も愛も喜びも、親が残してくれた財産もなにもかもいらない。
目まぐるしい仕事に忙殺され、上に課せられた目標達成のことしか考えたくない。私は仕事が好きだった。仕事に人生全て捧げたい。
太一君が仕事を辞めず、結婚できていたら子どもが産まれて慣れ親しんだ地元で暮らしいけたかと思うと、そんな未来を手に入れたかったけれど。壊れた約束にしがみつくことはできないし。無くなった愛を取り戻すことはできない。そもそも愛が存在したかどうかも疑わしい。
私はきっと他人からみたらきっと不幸なのだと思う。自分でも何か欠落したと思う。
それでも、目の前にある仕事があるから私は生きていけるのだ。




