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第1章(6)

ゆり「昔からそうなのよ。

母が私に『お父さんにこれこれ言い

なさい』って言って、

私がそれを父に言うと、

父が私に『お母さんに

これこれ返事しなさい』と言って、

それを母に言うと、

母が『分かった』と言って

それでおしまいになるの」


池田「君が両親の通訳をして

いたんじゃないか」


ゆり「まあそういうことね。

うちの両親は育ちがいいからだ

と思っていたわ。

夫婦が直接話すなんて

下品なのよ。きっと」


池田「おかしいとは感じていたが、

君の家は、どこか現実離れ

しているな。

じゃあ、君が居ない時は

どうするんだよ」


ゆり「それは、メモでやり取りを

するのよ。リビングのテーブルに

よくメモが置いてあったもの」


池田「どんなことが書いてあるわけ?」


ゆり「お食事の支度が出来ていますとか、

だれそれから電話がありましたとか、

明日は外で食べるから、夕食はいり

ませんとか。

とても奥ゆかしいでしょう」


池田「君の家、俺とか客が来ている

ときを除いて、夫婦が一緒に食事した

ことあるの?」


ゆり「母と私は、リビングで食べて

いたし、父は、書斎で食べていたわ。

私が、父に料理を運ぶ係りだったの。

父は、一寸の暇を惜しんで研究して

いたのよ。あなたとは、大分出来が

違うわ」


池田「それは、大分違うだろうよ。

立派な学者だからな。

でも、じゃあ、君は、なぜ俺なんか

と結婚したんだよ」


ゆり「私の家とは、まるっきり正反対

だから興味深かったのよ」


池田「確かにそうだ。君の家は零下

40度の北極より寒そうだからな」


ゆり「でも、あなたの家も相当

ひどいわよ。

義父とうさんとお義母かあ

さんで、いつもK−1バトルしている

じゃないの。

体当たりはする。ホールドする。

くすぐる。押さえつける。

私怖いわ」


池田「違うよ。あれは夫婦でじゃれて

いるだけだよ。

喧嘩するほど仲がよいというだろう。

喧嘩が大きければ大きいほど、

次の朝、ベタベタに引っ付いているんだ。

もう見てられないよ」


ゆり「そういえば、私の前でも、平気で

お互いにあーんていって食べさしたり

して。私が赤面してしまうわ」


池田「喧嘩なんか、あの二人にとっては

子供を作るための柔軟体操、準備運動、

予行演習、本番前の前戯ぜんぎ

なんだよ」


ゆり「喧嘩が前戯なんて初めて聞いたわ。

だから、あなたの兄妹、7人もいるの

かしら」


池田「喧嘩すると熱く燃えるんだろう。

零下40度の北極で愛が営めると思う

かい」


ゆり「あら、北極熊だってペンギンだって

子供はいるでしょう」


池田「君は、北極熊の子供なのか」


ゆり「なにいってるの。私の体は一旦

火がつくと、もう手が付けられないほど

炎のように熱くなると言ったじゃないの」


池田「やめろよ。こんなところで話す

内容じゃないだろう」



 そこに、池田と、この住宅地に近い

同じ高校に通っていた杉村が通りかかった。

 杉村が、池田に気が付いて話しかけた。


杉村「おや、池田じゃないか。新婚早々、

もう喧嘩か。俺の歌通りになるなよ」


池田「オー、杉村じゃないか。

結婚式に出てもらって有難う。ゆり。

高校時代に親友だった、杉村だよ。

覚えているだろう」


ゆり「ああ、思い出したわ。結婚式で

(別れの朝)を歌ったアホでしょう」


池田「あれはジョークなんだ。

俺たち高校時代に本気になって、

漫才をやろうって、一生懸命練習

した仲なんだ」


ゆり「あら、なぜ、漫才のコンビに

ならなかったの。二人ともヘチマと

タワシみたいな顔をして。

しゃべらなくても、顔だけで笑える

のに」


杉村「池田、皆が逆玉ぎゃくたま

といってうらやましがっていたが、

それなりの苦労はありそうだな」


 杉村が、ゆりに聞こえないように

池田にそっと囁いた。


ゆり「ところで、こんなところに

集まって、みんな何をしているの

かしら。

あら、あそこにいる若い男の

ひとを見てみて。

顔にミミズ腫れができて

血がこびりついているわよ。

ワイシャツも胸のところが、

血で真っ赤になっている。

きっと、人に刺されたのよ」


池田「刺した人はどこに

いるんだろう」


ゆり「きっと、家に逃げ込んだのよ。

それで、ドアを開けろと騒いでるん

じゃないの」


杉村「あれ、あの中に早苗がいる。

何してるんだろう」


池田「あ、ほんとだ」


 池田が手を振って早苗に合図を送った。


池田「おーい。早苗。おれだ。

ヤマダだ」


 早苗が、池田に気付いて、彼のほうに

近づいてきた。


早苗「あら、ヤマダデンキ?」


ゆり「この方どなた」


池田「高校時代の同級生だ」


早苗「あら、ヤマダデンキの

奥さん? 

よろしく」


ゆり「この人の名は池田です。

養子なんです。それに、山田と

いったって、電気屋じゃありま

せんよ。座布団ぐらいは、

運んでもらいますが」


早苗「あらおもしろい方ね」


池田「杉村も一緒だ」


 早苗と杉村が、まるで時間が

止まってしまったかのように、

黙って、じっと見つめ合う。


 

 そこに、高橋の妻の信子と

中学生の息子の健二が自転車に

乗って到着した。

高橋が、二人に気が付いて声を

かけた。


高橋「おーい、信子、健二

こっちだ」


信子「なあに、村田さんの

家の前にこいというから、

来たんだけど」


高橋「いや、村田さんが

スニーカーを下さるという

から。

健二、おまえナイキの

スニーカーを欲しいと言って

いただろう」


健二「なんだ、人のはいた

お古かよ」


高橋「いや、見てみろ、

これなら新品と同じだぞ。

ねえ、村田さん」


村田「先月買ったばかりで、まだ

2度しかはいていませんよ」


高橋「ほら、な」


健二「これ、ナイキのエアーの

最新作じゃないですか。

こんないいもの、なぜ、はかないん

ですか?」


村田「いや、ただ足に合わなくなって。

遠慮しなくてもいいんだよ」


 村田が、言葉と裏腹にふてくされて

言った。


健二「そうですか。実は、ナイキの

エアークッションが前々から欲し

かったんですよ。

でも、今はいているスニーカーを

はきつぶしたら、買ってやると

言われて諦めていたんだけど」


 健二は、サンダルを脱いでスニーカー

をはいた。


健二「わあ、ピッタリだ。いいんじゃ

ナイキなんちゃって」


 健二が、喜んでぴょんぴょん飛び

はねた。


健二「わあ、クッション効いてる」


 村田は、憮然として、それを面白く

もなさそうに見ていた。


高橋「じゃあ、息子が気に入った

ようですから。

遠慮なく頂きます」


村田「どうぞ、おバーカのオーアシさん」


信子「え、なんとおっしゃいました」


村田「おー足に合ってよかったですねと

言ったんですよ」


 高橋が信子にそっと囁いた。


高橋「さっき、バカの大足といったもの

だから、きっと根に持っているんだよ。

あの、血だらけの顔と真っ赤なワイシャツ

を見てごらんよ。

奥さんと、大喧嘩したらしいんだ」


信子「え、奥さんを刺したの」


続く



 




















 























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