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第1章(5)

 早苗が、その場の奇妙な雰囲気を感じて

みんなを見渡しながら訊いた。


早苗「なにかあったんですか」


好子「いやね、村田さんの奥様が玄関

のドアにチェーンをかけたまま寝て

しまったらしいんですよ。

それで村田さんが家に入れなくなって

困ってらっしゃるのよ」


早苗「あら、うちの母と同じだわ。

門限に遅れて夜遅く家に帰ってくると

怒って、チェーンをかけて家に

入れてくれないんです」


 早苗が、そう言うとみんなが村田の

ほうを向いて、無言で問いただすように

彼のミミズ腫れの顔を見つめた。


好子「そういえば、奥様がさっき

『もう帰ってこないで』と

叫んでらしたわね」


田中「バカ、お前は黙ってろ」


 田中が、村田のむっとした顔を見て、

あわてて妻を叱った。


好子「バカとはなによ。あんたみたいな

能天気にそんなこと言われたくないわ。

奥様がそう叫んでらしたから、事実を

言ったまでじゃないの」


田中「だから、お前は気が利きかないって

いうんだ」


好子「あら、能天気のくせして、あんたは

気が利くのね。

皆さんの前で、私をバカとけなしておいて。

私以外の人には、へいこらして」


田中「いつへいこらしたよ」


 高橋が、田中夫妻をなだめて言った。


高橋「まあまあ、いいお年をして喧嘩しないで。

いまは、村田さんのことを解決しなければ」


好子「私たちのこと年寄りとバカにして」


 好子が、ふくれて高橋につっかかる。


 高橋は、好子の口を片手を広げて押し

とどめると、早苗に向かって訊いた。


高橋「そうだ、お嬢さん、お母さんが

チェーンをかけて家に入れてくれない

ときは、どうなさるんですか」


早苗「ドアの隙間から怒鳴るんです。

もし、入れてくれないなら、お父さんの

家に行ってもう帰ってこないからって。

そうすると、しぶしぶ開けてくれるん

です」


高橋「へえ、お父さんの家って、ここの

他にあるんですか」


早苗「ええ、3年前に単身赴任したまま

帰ってこないんです」


 田中が、早苗をしげしげと見ていった。


田中「あ、あなたは確か、清水さんとこの

お嬢さんですよね。そういえば、『最近、

清水さんを見かけないね』とこいつと

話していたんですよ。

離婚されたのですか」


 田中が、ズバリ訊いたので、好子が、

早苗を気にして田中の腕をつねった。

田中は、好子を振り返りながら

ーなんだーという風に顔をしかめる。

しかし、早苗は、気にする様子もなく

素直に答えた。


早苗「いえ、まだ離婚はしていないの

ですが。

だから、父のところに行くと

言うと母も折れるんです」


好子「お父さんは、どこにお住まい

なのですか?」


早苗「札幌です」


田中「え、札幌なんですか」


好子「夏は、涼しいから帰って

来ないのじゃないですか」


早苗「単身赴任中に、女が出来たら

しいんです」


田中「それは、ひどい」


好子「あなたが、そんなことを

いう資格があるのね。

スケベジジイが、私をさんざん

泣かしておいて」


高橋「それなら、なおさら、お母さんに

『お父さんのところに行く』などとは

言わないほうがいいんじゃありませんか」。


早苗「絶対に行きませんよ。

あたりまえでしょ。

でも、母がドアを開けてくれないんだから

しょうがないでしょう」


高橋「お母さんが傷ついているのに、

残酷ですよ。

傷口に塩をすりこむようなものじゃ

ありませんか」


早苗「失礼ですが、あなた夜中にドアに

チェーンをかけられて、締め出された

経験はありますか。

合コンでみんながまだ盛り上がっている

のに、それを振り切って帰るんですよ。

『お嬢様、カボチャの馬車で早く

お帰りにならないと、門限に遅れますわよ』

って仲間からバカにされて。

それでも、急いで家に帰るとチェーンが

かかっていて家に入れない。

情けなくって、涙がボロボロ出て

くるんです」


高橋「合コンじゃあ、女同士が足を

引っ張り合うと聞いたことがありますよ。

そんな合コンなど出なければいいじゃ

ありませんか」


早苗「だったら、どうやって結婚するん

ですか。

もう29歳なんですよ。

こっちの村田さんなんか、わたしより

年下なのにもう結婚して、夫婦喧嘩して

顔を引っかかれているというのに」


村田「これは、夫婦喧嘩で出来たもの

ではありませんよ。

ただ、説明責任は果たせませんが」


高橋「私は、お母さんのつらい気持ち

を考えていっただけなんです」


早苗「あなたが、お婿さんを世話して

くれるんですか。

そんな気持ちもないくせに、安っぽい

道徳心なんか振り回さないでください」


 早苗が、泣き声になって、赤くなった

目で高橋をにらみつけた。


 田中が、その場を取り繕うために

思いついたように言った。


田中「村田さん、奥さんにドアを開け

ないと、愛人の家に行ってしまうぞ。

言ったらどうでしょうか」


村田「愛人、そんなのいませんよ」


田中「誰かいる振りをしたらいいじゃ

ありませんか」


村田「そんなことを言ったら、

なおさら家に入れてくれるわけが

ないじゃありませんか。

私の家庭を壊すつもりですか」


好子「あんたって、ほんとうに

ドのつくアホウね。だから、

子会社なんかに飛ばされるのよ」


 好子が、あきれ返ったように

田中に向かって言った。


田中「俺は、村田さんの奥さんに

ドアを開けてもらおうと、必死に

なって考えているんだぞ。

お前なんか、何のアイデアも

ないくせに。

いつも人の考えにケチをつけるだけ

じゃないか。

お前って奴は、なんでもかんでも、

俺のやることに反対しやがって」


好子「あんたの発想がプアー

だからよ。

まともなことは、何一つ言えない

くせに」


田中「じゃあ、おまえ、いままで

俺のやったことにケチをつけること

意外になにかまともなことを言った

事があるか。

あったら言ってみろ」


好子「浮気しておいて、黙って

いろって言うわけ」


 高橋が、なだめに入る。


高橋「まあまあ、そう白髪頭を

振り乱して喧嘩しないで」


好子「あなた、私たちをジジババ

扱いしないでくれないかしら」


 好子が、高橋を睨みつけるが、

彼は気にする様子もない。



 そこに、30歳前後の若い夫婦、

池田とゆりが手をつないで通り

かかった。

 ゆりが、彼らに気が付いて、池田の

背中を軽く叩いた。


ゆり「あら、どうしたのかしら」


池田「年寄り夫婦が喧嘩している

みたいだな」


ゆり「夫婦ってあんな歳になっても

喧嘩するのかしら」


池田「夫婦喧嘩に年齢制限は

ないだろう」


ゆり「あら、うちの両親は喧嘩は

しないわよ」


池田「喧嘩はしないわよって。

二人が口をきいているのを見た

ことがないぜ。

片方が部屋にはいってくると、

片方が部屋を出て行くし。

たまに一緒にいても、片方が

勝手にしゃべるだけで、お互いに

話し合ったり、相談したり、

うなずいたりするのを見たことが

ないもの」


ゆり「でも、喧嘩はしないでしょう」


池田「表立って喧嘩はしないけど、

あれは冷戦にみえるな。

昔のアメリカとソ連のように家の中に

見えない鉄のカーテンがあるみたいだ。

気が付かないか」


続く





















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