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第1章(4)

 村田が、ソバ屋から帰って、

玄関のドアを開けようとすると

カギがかかっていた。


 彼は、ポケットからキイを

取り出してカギを開けると、

ドアをそっと音のしないように

押した。


 しかし、ドアは5センチほど

開いたところで、止まってしまった。

チェーンがかかっている。


 村田は、ドアの隙間すきまから、

押し殺した声で彩夏を呼んだ。


村田「おい、彩夏、開けてくれよ」


彩夏「・・・・・・」


村田「おい、彩夏、開けないか」


彩夏「・・・・・・」


村田「彩夏、ドアを開けろ」


 村田は、彼を無視している彩夏に

腹が立ってきて、次第に声が大きく

乱暴な口調になった。


 まるで、浅瀬のカニが巣から

恐る恐る出てくるように、田中夫妻が

玄関から顔をのぞかせた。

 

 田中夫妻は、カニの横ばい歩きで

村田のほうに少しずつにじり寄って

くると、妻の好子が訊いた。


好子「どうされたんですか」


村田「彩夏の奴、うっかりチェーン

をかけたみたいで」


好子「それで、奥さんを呼んでも

返事がないんですか?」


村田「いや、どうも寝てしまった

ようで」


田中「こんな早い時間に?」


村田「あいつ早寝なんですよ」


 村田が、すこし憮然ぶぜんとした

様子で投げやりに言った。


好子「じゃあ、わたしが呼んでみま

しょうか。 奥さーん」


 好子が、ドアの隙間から遠くの山に

向かって呼びかけるように、おおきな

声を張り上げた。

 

 そして、こだまが返ってこないかと

耳を澄ます。


田中「返事がありませんね」


村田「二階で寝ていて聞こえない

のかもしれませんね」


好子「あんなに大きな声で

呼んだのにですか」


 好子は、すこし自尊心を傷つけ

られたように言う。声には自信が

あるらしい。


田中「二階に、電話機は

ないんですか?」


村田「子機が置いてあります」


田中「では、電話をかけられたら

どうでしょうか」


村田「そう、それはいい考えですね」


田中「電話番号を教えてもらえば、

家からかけてみますよ」


村田「いやいや、それは結構です。

携帯を持っていますから」


 村田は、ポケットから携帯電話を

取り出すと、ワンタッチで自宅に

電話をした。


 しばらくすると、家の中で電話の

電子音が鳴っているのが、外まで

聞こえてきた。


 しかし、いくらたっても彩夏が

電話にでてくる様子はない。


田中「鳴っていますね」


村田「鳴っています」


好子「奥さんはでませんね」


村田「アイツ一旦寝たら熟睡する

タイプだから」


 その時、家の前を帰宅途中の

高橋が通りかかった。


 40代前半のサラリーマン

タイプの男で、冗談が好きそうな

屈託のない顔をしている。


 田中夫妻と村田が困っている

様子を見て気軽に声をかけた。


高橋「田中さん、どうかしたんですか」


田中「いやね、村田さんの奥さんが

ドアにチェーンをかけたまま寝てし

まったらしくて、村田さんが入れな

いのですよ」


高橋「エッ、あんなに大きな声で

呼んでもですか」


好子「聞こえたんですか」


高橋「ずっと向こうで聞こえましたよ。

それで、何事が起こったかと思って、

わざわざ遠回りしてきたくらいですから」


好子「若い頃は声楽をやってたんですよ」


高橋「へー性学をですか」


田中「いや、その頃はなかなか

たいしたものでしたよ」


高橋「そうでしょうね。いまでも

その片鱗へんりんは残って

いるようですね」


高橋は、好子に軽くウインクした。

 好子は、高橋を見て、気取って

微笑む。


好子「電話をかけても出られない

んですよ」


高橋「ふーん。デンワしてもデンワとは、

普通ではないですね」


田中「奥さんは、熟睡するタイプで一旦

眠ってしまったら、絶対に起きないんだ

そうですよ」


高橋「そうですか。うらやましい人ですね。

私は、最近不眠症に悩まされて、ちっとも

熟睡できないんですよ」


田中「いやほんと。私ぐらいの年になると

・・・もう65歳なんですが、

夜中にどうしても起きてしまうんですよ。

トイレが近くなったせいもあるんですが」


高橋「ほう、夜中に何回ぐらいトイレに

いかれるんですか」


田中「そうですね。最低2回は行きますね」


好子「なに言ってるの。最近は2時間おきに

行ってるじゃないの。

外出した時なんか、行く先々でおしっこして。

まるで、マーキングしている犬みたい」


田中「お前だって、いつもトイレを探してる

じゃないか」


好子「女は大変なのよ。時間がかかるんだから。

ホースの付いている男とは違うのよ」


田中「ところで、あなたはどうして

眠れないんですか」


高橋「最近、どうも営業の成績があがらない

ものですから・・・・

それで上司からリストラのリストに

リストアップするぞ脅かされているのですよ。

それで、リストに自分の名が載っている

夢を見て飛び起きるんです」


田中「私もサラリーマンをしていた時は

仕事でミスをして子会社に飛ばされる

夢をよく見ましたよ。

定年退職して、年金暮らしになったら、

ありがたいことそのような夢を見なく

なりましたがね」


好子「あら、実際に子会社に飛ばされた

じゃないの。課長に出世したなんていって

いたけど、実際はなにかミスをしていたのね」


田中「バカいえ。あれは栄転なんだよ。

会社は小さいが新規事業で皆が行きたがって

いた会社だぞ」


好子「ふん。物もいいようね」


田中「お前、あの時は良かったわねと

いっていたけど、実際にはそんな風に

思っていたんだな」


好子「あら、私の思いやりに気が

付かなかったの」


 田中夫妻が喧嘩になりそうなので、

高橋が止めに入った。


高橋「まあまあ、いいお年をして、

もうそんな昔のことで喧嘩されることは

ないじゃありませんか」


好子「まあ、年寄り扱いして」


 好子が高橋を睨みつける。



 家の前を通りかかったOLの

早苗が、道路に革靴の片方が

落ちているのを見つけて、高橋の

ところに持ってきた。


早苗「向こうに、こんな物がありま

したよ。

あら、ここらあたりに

くつがいっぱい落ちてますよ」


 高橋と早苗が見回すと、革靴や

スニーカーがあちらこちらにバラバラ

と落ちている。


高橋「本当だ。くつがいくつも落ちている」


 高橋と早苗で、落ちている革靴やスニーカー

を拾い集めてきた。


高橋「村田さん、これはあなたのくつでは

ないんですか?」


村田「アッツ、わたしのです」


高橋「道路に落ちてましたよ?」

 

 村田は、彩夏が彼のくつを放り投げた

のに気付いて、とっさに嘘をついた。


村田「ウーム・・・捨てようと思って

外に出していたのですが・・・・

きっと野良犬が散らかしたのですね。

すみません。

あとできちんと捨てておきますから」


早苗「でも、みんな新しいくつですよ。

捨てるなんてもったいないですね」


 それから、早苗が村田の顔のミミズ腫れ

に気が付いて驚いたように言った。


早苗「あら、それにその顔、フランケンシュタイン

みたいになって。どうされたんですか」


 (チキショウ、若い女がまたまた余計な

ことを言いやがって)村田は、心の中で

舌打ちした。


村田「いや、たいしたことでは

ありませんよ」


 村田は、某政治家のように回答する。


早苗「エエッ! たいしたことのように

みえますよ」


村田「いえ、たいしたことではありません。

くつは、最近太ってしまって、足に合わなく

なったから捨てたのです。

適正に処理していますのでおかまいなく」


 高橋が、村田のウソを真に受けていった。


高橋「もったいないな。足に合ったら

貰ってもいいですか」


(彩夏のバカがこんなことをするから

おかしなことになるのだ)

 

 村田は、内心まづいことになったと

思うが、表面上はにこやかに答えた。



村田「どうぞどうぞ。どうせ捨てる

だけですから」


 高橋は、拾った革靴を自分の足に

合わせて、サイズをみた。


高橋「だいぶ大きいかな。アッツ、

子供にちょうどいいかもしれないな。

あいつ、バカの大足だから」


 村田がむっとして言い返す。


村田「バカの大足で悪かったですね」


高橋「そんなつもりじゃ・・・・

私は小足の小バカといわれてますから」


 高橋が、すこしも失言のフォローアップ

にならないことを言った。


(俺は、バカの大足で、お前は小足の

小バカか。ふん。営業で成績があがらない

わけだ。この抜け作が!)


 村田は、高橋を睨みつけるが、高橋は

気にする様子もない。


高橋「あの・・・スニーカーでも

いいですか?」


村田「ああいいですよ。でも、

1足にしてくださいよ。

他の人にもあげますから」


 村田は、しかたなしに不機嫌に言った。


高橋「1足というと、片足だけで?」


村田「1足といったら、2足なんですよ」


高橋「エッ! 2足貰ってもいいんですか」


村田「ペア、右足と左足という意味です」


 村田は、高橋のバカさかげんに呆れた。

(テレビのクイズにでてくる、おバカさん

のタレントといい勝負だ。

いや、もっとひどい)


高橋「アハハハ、村田さんて、のり易い

かたですね。では、さっそく息子をここに

呼びますから」


 高橋は、彼のへたくそなボケに村田が

うまく突っ込んでくれたので嬉しくなった。


(村田さんとは、気が合うかもしれないな)


 高橋は、携帯電話をポケットから

取り出すと自宅に電話をいれた。


高橋「ああ、おかあさん。健二は居るかな。

居たらちょっと電話に出してくれないか。

なに、いま何処をほっつき歩いているの

かって?・・・いや、いま、村田さんの

家の前に居るところだよ。

油を売ってないで早く帰ってこいって?

いや、村田さんがスニーカーをくれるって

いうから、健二に丁度いいかなと思って

電話したんだ。

わかった。風呂からでたらすぐこちらに

来るんだな。

じゃあ、待っているから」


 高橋は、携帯電話をポケットにしまうと

村田に言った。


高橋「あいつに気に入ったやつを選ばせ

ますから」


村田「勝手にしてください」


高橋「では、遠慮なく。

あれ、あそこにゴルフクラブのはいった

バッグがありますね。

あれも捨てたんですか?」


 村田があわてて言った。


村田「あれは違います。練習しようと

思って外に出していたのです」


続く











 




 








































 


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