第2章(4)
ゆり「怖いわ。あの人、
妻を殺して逮捕されたみたいね」
朱美「浮気をとがめられたからと
いって、逆上してゴルフクラブで
嫁を殴って殺すなんて、最低な
男よ」
らっきょ「お前なんか、他の
女と話しただけで、俺をムチで
殴るじゃないか」
朱美「私の許可なしに、女と
デレデレ鼻の下を長くして、
話すからだろう。
ムチで打たれてひいひい言って
喜んでいるのは誰だよ」
ゆり「子ずれ女王様とM男ね。
なんて、はしたない」
朱美「あんたなんか、鉄板をも
貫く、その舌で男をいじめる
サド女じゃないの」
池田「朱美さん、ゆりを怒らせ
ないでくださいよ。
家に帰ったら三倍返しをされる
んだから」
朱美「情けない男ね。
私がムチで根性を入れなおして
やろうか」
らっきょ「朱美、もうよせよ」
朱美が怒ってらっきょを
殴りつける。
朱美「お前、何時からそんなに
えらくなったんだよ。
きょうは、ムチじゃなくて
金属バットを使うからね」
ゆり「金属バッドで腰を殴って、
使い物にならなくなったら
困るのは、あなたじゃないの」
早苗「ここにいる夫婦を見て
いると、いよいよ結婚に自信を
なくすわ。
だって、喧嘩ばかりしているん
ですもの」
杉村「こんな夫婦ばかりじゃ
ないさ。
なかには、仲のよい夫婦だって
いるさ」
早苗「そんな風には見えないわ。
私の両親だってずっと仲のよい
夫婦だと思っていたのに、
少し離れると、もう女をつくって、
帰ってこなくなるし。
男なんか信じられなくなって
くるのよね」
杉村「でも、純粋に愛し合って
夫婦だっているさ」
ゆり「結婚にあまり夢を持たない
ほうがいいわよ。
初めは楽しくても、すぐに幻滅する
に決まっているんだから」
朱美「結婚なんか妥協の産物よ。
だから、腹いせにムチでひっぱた
いてやるのさ」
そこにパトカーがサイレンを
鳴らして到着した。
巡査がパトカーに近づき、刑事と
鑑識官を迎えた。
巡査が敬礼すると、刑事が巡査に
訊いた。
刑事「殺人があった家というのは
ここかね」
巡査「その通りであります」
刑事が、手錠をされた村田を
見て訊いた。
刑事「殺人犯はこの男かね」
村田「私は、殺人なんか犯して
いませんよ。
まったくの誤解です」
刑事「犯行を否認しいる
ようだな」
巡査「その通りであります。
なかなか、往生際が悪くて」
刑事「簡単に事件の概要を
報告してくれないか」
巡査「承知いたしました。
この男が、外出する時に、玄関の
ところで奥さんが顔を血だらけ
にして、『亭主に切られて殺される』
と叫んでいたそうです。
この田中さん夫妻が目撃して
います」
刑事「何時ごろの話だね」
巡査「6時過ぎと聞いています」
刑事「その通りですか」
田中「その通りです」
好子「奥様は、足も叩かれた
らしくて、足が二倍に腫れあがって、
びっこを引いてました」
刑事「詳しく話していただけ
ませんか」
田中「村田さんが会社から
帰るとすぐに、二人が
言い争う声が聞こえました」
好子「奥様が、村田さんの浮気を
なじっているようでした。
ドスケベ、ドエッチ、変態、
色キチガイ、インキンなど、
私なんかがとても口に出せない
ような言葉を連発して」
田中「その後、奥さんがキャーと
大きな悲鳴をあげられて・・・・
多分その時、なにかで叩かれたか、
刺されたんじゃないでしょうか」
好子「それで、心配になって、
玄関まで来てみたんです」
田中「そしたら、村田さんが、
玄関からちょうど逃げ出す
ところでした」
好子「奥様が、すぐにびっこを
引き引き追いかけてらして。
顔から、血が噴水のように噴出して
いましたわ。
あのものすごい形相を見て、背筋が
ぞっとしましたもの。
もう怖くてこれからは、夜中に
トイレにいかれませんわ」
刑事「それから」
田中「奥さんが、『ずたずたに
切られた。死んだら化けてでて
やる』と叫んでました」
好子「村田さんは、そこで、
いちもくさんに逃げ出しました」
田中「奥さんが、家の中に戻られた
のでわれわれも家に帰りました」
刑事「その時なぜ、警察に連絡しな
かったのですか」
好子「だって、プライバシイも
あるし、奥さん、その時はまだ
元気そうだったから」
刑事「それで、この男はなんて
言っているのだ」
巡査「自分は何もしていない。
奥さんが顔を切ったのも、足を
びっこに引きずっているのも、
なぜだか判らないと」
刑事「ふうん。見え透いた嘘を
ついているな。
じゃあ、この男の顔の傷と、
ワイシャツの血痕については
どんな釈明をしているのだね」
巡査「顔のミミズ腫れは、妻とは
関係がない。ワイシャツが赤いのは
紅しょうがの汁をこぼしたためだと」
刑事「あまりにも、見え透いた嘘だな。
しかし、一旦逃げたのに、まだここに
居るのはどういうわけなんだ」
巡査「この男が言うには、自分は
ただ外出して食事に行ってきただけだ。
そして、家に入ろうとしたらチェーンが
かかっていたので驚いたと」
刑事「ふうん、奥さんがチェーンを
かけたのだな」
巡査「私が思うに、奥さんが、この男
が帰ってきて、また暴行するのを
恐れたので、チェーンをかけて、
家に入れないようにしたものと推測
されます」
刑事「おおいに、あり得る話だな」
巡査「問題は、それ以後
奥さんがなんの生体反応も
見せないことなんですよ」
刑事「生体反応をみせないとは、
どういうことなのかね」
巡査「ドアの隙間から呼んだり、
電話をかけたりしたんですが、
生存を証明するような、反応が
まったくないんです」
刑事「なんだまだ確認して
いないのか。
この玄関以外に家に入る方法は
なかったのか」
田中「それは、社会福祉互助会の
スペシャリストの方と、台所のドア
と1階の全ての窓を調べたんですが、
どこも閉まっていたんですよ」
好子「窓ガラスには、カーテンが
かかっていて、中が覗けなないように
なっていますの」
刑事「そのなんとか互助会の
スペシャリストは、どこに
いるんです」
田中「あ、どこに行ったんだろう。
見当たりませんね」
巡査「あの黒い服の男だな。
ドアのチェーンを針金で
吊り上げていたのを見たけど」
好子「防犯のことにとても
詳しい方でしたわ」
刑事「怪しげな奴だな。
今度見かけたら尋問して
おきたまえ」
巡査「わかりました」
刑事「そうすると、この家は、
現在、密室状態にあるわけだな」
巡査「そのようでありますね」
刑事「密室殺人事件だな。
久しぶりに俺の灰色の脳細胞が
活躍したくて、うずうずしているよ」
ゆり「まるで名探偵ポアロ気取りね。
ポルノみたいな顔をして」
池田「やめろよ。聞こえるぞ」
刑事「ところで、目撃者による
証言はあったが、物証は何か
あるのか?」
巡査「あります。
ここに血のついたハンカチが
落ちています。
玄関やタタキには、血痕が
ついています」
刑事「鑑識官、おねがいしますよ」
鑑識官が白い手袋をはめた手で、
ハンカチをつかんでビニール袋
に入れた。
刑事が、そのビニール袋をもって
村田に詰問した。
刑事「確かに、血がべっとりと
ついているな。
凶悪犯罪があったことを立証する
重要な証拠物件だ。
これは、男物のハンカチと
推理したが、村田、お前のか?」
村田「たしかに、私のですが、
・・・妻の額から血が出ていた
ので、貸してやっただけで、
別にやましいことは
何もありませんよ」
刑事「やっぱり俺の推理は
あたっていたな。
致命傷になったのは、額の傷だな。
ハンカチと玄関先の血痕をみると
かなりの出血をしていることは、
間違いなさそうだ」
ゆり「えらそうに推理だって。
私にだってわかることじゃない」
池田「おい、聞こえるぞ」
刑事「次は、動機の解明だが、
奥さんは、お前の浮気を怒って
いたいたんだな。
どうして、浮気がバレたんだ」
村田「私が、今朝、携帯を充電して
いて、そのまま持って行くのを
忘れていたら、その間に携帯の
メールを全部見やがって・・・
でも、浮気は誤解ですよ」
刑事「その携帯は、今持っているか」
村田は、うなづいてポケットから
携帯を取り出した。
刑事「証拠物件2だ」
鑑識官が、村田から携帯電話を
受け取って、それをビニール袋に
いれた。
救急車が、ピーポー、ピーポー
とけたたましいサイレンを響かせ
ながら、到着した。
白衣を着た救急隊員が、
降りてくると、ワゴン車の後ろの
ドアから、キャスター付きの
簡易ベッドを取り出して、ゴロゴロ
と押してきた。
救急隊員「けが人はどこですか?」
刑事「けが人?
甘く見てもらっては困る。
これは、立派な殺人事件ですよ」
救急隊員「それじゃあ、死体は
どこに?」
刑事「いまは、あの家の中に
眠っています」
救急隊員「じゃあ、さっそく
搬出しましょう」
刑事「いま、あの家は、
密室になっているんです」
救急隊員「それじゃ、いつ
搬出できるんですか。
最近は、お年寄りのための
緊急出動が多くなって、
われわれも忙しいんですから」
刑事「鑑識官が現状をすべて
確認してから、ドアを破り
ますから」
鑑識官は、明かりをつけて、
血痕や指紋、ドアやチェーンの状況
を調べていて、まだ時間がかかり
そうだ。
村田「ドアを壊さないでくださいよ。
まだ、ローンがたっぷり残って
いるんですから」
刑事「犯罪を暴かれたくないお前の
気持ちはよくわかる」
村田「妻は、ただ寝てるだけ
なんですから。
そのうち、起きてきますよ」
刑事「化けてでてくるかもな。
お前が、ガイシャがただ寝ている
だけであったらよいのにという
希望的観測をする気持ちも
よくわかる。
なにしろ、俺はこの道20年の
大ベテランなんだから」
村田「あなた方は何もわかって
ないんだ。
あいつは、ぶち殺されたって、
死ぬような玉じゃないんだから」
刑事「やっぱり、ぶち殺したんじゃ
ないか」
村田「煮ても焼いても食えないほど
丈夫でタフな女というたとえですよ」
刑事「なななな、何て言った。
お前、まさか、証拠隠滅のために
死体を煮て食ったのじゃあるまいな」
ゆり「あの刑事、バッカじゃないの。
奥さんが自分でチェーンをかけて
閉じこもったのに、なんでそんな
ことができるのよ」
池田「おい、声が高いぞ」
続く