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第1章

登場人物が多く、また会話が主体なので読者の理解が得られやすいように、「 」のうえに、話した人の名前が書いてあります。通常の小説とは、すこし違いますがシナリオのように

読んでください。

 プロローグ


 村田は、2007年8月10日を

生涯忘れることはないだろう。

 

彼が、今わに自分のすべての人生を

振り返って、3本の指に入る最悪の日

を思い浮かべたとすれば、この1日が

その中に入ることは、間違いない。

 

 なにしろ、そこに居合わせた彼を

除く全ての男女が、死体もないのに

彼を殺人犯人とみなしたのだから。

 

 ただ、確かに最悪の日ではあったが、

他面、ある意味では意義深い日で

あったのかもしれない。


 それにしても、とにかくクソ暑い日

だった。

 

第1章


 鉄道の線路を曲げてしまうほどの

昼間の猛暑が、夕刻になっても

すこしも和らいでこない。

 気温は、いまだ34度以上あるに

違いない。

 いまにも雨が降りそうだから

湿度も80%を優に超えている

だろう。


 村田は、家路に急いでいた。

 汗の滴る背中が不快なほどかゆい。

 

 とにかく、早く家に帰って、

シャワーを浴びてクーラーの

利いた涼しい部屋で冷たい

ビールをゴクゴクと一気に

飲み干したい。

 

 そして、あのバカ女を、妻の前で

クソミソに罵倒ばとうしたあと、

彼女の胸に顔をうずめて甘えたい。


 村田は、27歳。妻の彩夏は、

30歳の姉さん女房だ。

 ほぼ1年前に結婚したが、子供も

いないので、いまだにラブラブ気分だ。


 すしづめの満員電車に1時間半も

立ちつくして、いつもより早めに

帰ってきた彼の願望がんぼう

妻に甘えたいという、この一点に

集約されていた。


 いつも生意気な口をきく2年後輩の

女子社員、美香にいままで我慢に

我慢を重ねてきたが、今日はとうとう

堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れて、

部長、課長はじめ部員全員のいる前で

大爆発してしまった。


 村田と美香は、経理部に所属している。

 村田が、経費の帳票の内容をチェック

して経費項目を決めて、それを美香に

回すと、彼女がコンピューター

にインプットすることになっている。


 村田が、営業から上がってきた旅費の

精算書類にざっと目を通して美香に回すと、

彼女が飛んできた。


美香「これ、清算書と領収書の金額が

合っていないわよ」


 村田が確認すると、確かに領収書の

金額が精算書に間違って記入されている。

 

 彼は、ボールペンで清算書

の数字を二重線で消して、

新しい数字に書き換えた。

 領収書のほうの金額が大きいから、

本人にとって不利にはならないだろう。


美香「それにね、この領収書だけど

内容的に見て旅費じゃなくて、交際費か

会議費に区分すべきじゃないの」


 それは、出張者が顧客と喫茶店で

簡単な食事を取った時の領収書だ。

出張者は、それを交通費の領収書の束に

混入させている。


村田「まあ、いいんじゃないか。

たいした金額ではないし」


 出張者は、村田の3年先輩で一緒に

飲みに行くとおごってくれることもある。


美香「金額が多い少ないは関係ないでしょ。

なんでこれが旅費なのよ。

もう少しちゃんとしてよ」


村田「1500円くらいのものを、旅費に

計上しようが、会議費に計上しようが

費用の合計額は同じなんだから

大勢に影響はないだろう」


美香「あなたって本当にいい加減な男ね。

わたしは、こんな間違った伝票を

コンピューターにインプットしたくないのよ」


 美香の声は、大きくなって部長や課長が

こちらを見ている。

 美香の言っていることは、正論だから

言い返せない。


村田「じゃあ、直せばいいんだろう。直せば」

美香「なによ。そのふてくされた言い方は」


 村田の堪忍袋かんにんぶくろの緒が

プッツンと切れる音がして、思わず怒鳴った。


村田「ヒステリーおんな」

美香「ふん、能ナシおとこ」


 村田は、一度怒鳴ると、昔の屈辱くつじょく

つぎつぎに思い出してさらにエスカレート

して、大声で怒鳴ってしまった。

 自分で自分が抑えられなかった。


村田「ブス」

美香「キモ」

 

 美香は、この時とばかりに声を振り

絞って叫ぶ。


村田「デブ」

美香「ハゲ」

村田「ブタ」

美香「タコ」

村田「マグロ」

美香「ヘタクソ」


 経理部だけではなく、他の部署の者たちが

何事が起こったのか興味津々《きょうみしんしん》で

おおぜい見学にくる。

 仕事に退屈していた連中に

こんな面白い見世物はめったにない。


 村田が、おもわず美香の手をつかむと、

美香が彼の顔をすばやくとがったネイルで

ひっかいた。

 彼の顔の左上から右下にかけてミミズ

腫れのような跡ができ、そこから血が

ふきだした。

 彼が、手でこすると顔中が血だらけに

なった。


 部長と課長は、二人のケンカを楽しんで

いたようだったが、騒ぎが大きくなって

野次馬やじうまが増えたので、

課長がしぶしぶ止めにはいった。


 村田は、トイレにかけこんで、便器に

腰を下ろしたまま、しばらく動けなかった。

いままでなら怒らずにじっと我慢してきた。

だが、美香の村田をターゲットにした小ばか

にしたような口ぶりの積み重ねが、

今日、その沸騰点ふっとうてん

微妙に超えたのだ。


 (美香のやつ。俺が彼女と別れて、彩夏と

結婚したことを執念深く怒っていて、なにか

につけて嫌がらせするのだ)


 村田は、30分近く便器に座っていて、

ようやく気が落ち着いてきたので、

部室に戻って、自分のイスに座った。

まわりの連中は、なにげない素振りを

しながらそっと彼の様子をうかがっている。

彼は、自分が部室でういている

ような気がして、居心地いごこち

わるかった。


 村田が、イスに座るとすぐに美香が

すごい剣幕けんまくで彼の席に

近づいてきた。

 彼は、すばやく30センチの定規を

もって身構えた。


 美香は、もっていた分厚い伝票の束を

彼をめがけて投げつけた。

 伝票が春の嵐にあおられた桜の花びらの

ように部屋中に舞った。


 村田は、美香を追いかけていって

後ろから蹴飛ばしてやりたいという

強い衝動しょうどうにかられた。

 

しかし、じっと我慢すると、女を

引っつかんで、この6階から投げ落とす

ことを夢想むそうした。

女は、絶叫ぜっきょうをあげながら

落ちていく。

 その絶叫が彼の耳には、まるで美しい

オペラのように聞こえる。


 課長がきて、美香が床にばらまいた

伝票を村田に片付けるように命じた。


課長「おまえが先輩なのだから、

ちゃんと始末しろ」


 課長は、俺と美香との昔の関係に

気付いていて、彼女に同情しているのだ。

 いつも、美香と喧嘩すると彼女の味方に

なる。


 美香を睨みつけると、彼女は笑いを

かみ殺している。

 村田は、床から伝票を拾い上げながら

屈辱くつじょくで泣きそうに

なった。

 美香の足元に落ちた伝票を拾い上げる時、

美香はすねを彼の顔にいやらしく

こすりつけた。


 村田は、いつもは7時過ぎまで会社に

残って仕事をするのだが、今日は5時が

くるとすぐに退社した。

 

 とにかく早く家に帰って妻に

愚痴を聞いてもらって、なぐさめて

欲しかった。

 

村田は、5人兄弟の末っ子で母親に

甘えて育ったくせがぬけないでいる。


 村田は、その生意気な後輩の

女子社員について、以前妻に話した

ことがある。

 その時、彼女は彼を優しく胸に

抱きながら言った。


彩夏「そんな女をまともに相手にしちゃだめよ。

腹が立ったら、心の中で、バカ、アホ、マヌケ、

ボケナスと3回唱えなさい」


 妻の彩夏は、とにかく甘えさせてくれる。

 だから、年下の美香ではなく彩夏を最終的に

妻に選んだのだ。

 

美香は、彩夏を知っているが、

彩夏は、美香のことを知らない。

 

 だが、最近判ったのだが、彩夏が女性のことに

なるとやたらと感が鋭いことだ。

 

 へたに、美香を(まぐろ女)などと呼んで

彩夏に聞かれでもしたらどんなことになるか

わからない。

 

 彩夏を怒らしたら、その怖さは、美香の

比ではない。


 村田は、駅から20分ほど歩いてようやく

新築の家の玄関にたどり着いた。

 最近、親の援助を受けて購入したが、

ローンはたっぷり残っている。

 村田は、この時彼を待ち受けている

さらなる受難についてまったく気が

ついていなかった。


            ☆


 村田は、普段はドアホーンを鳴らして、

彩夏がドアを開けてくれるのを待つのだが、

今日は早く家に入りたくて、自分の鍵で

ドアを開けると玄関に入った。


村田「ただいま」


 村田は、玄関に入るなり、廊下にたくさんの

下着や洋服が投げ捨てられているのを見て驚いた。

 

 足の踏み場もないくらい散らかっている。

 

 彩夏は、神経質なくらい整理整頓に気を配る女

だから、一瞬にして、泥棒が入ったと直感した。


 (彩夏は、大丈夫だろうか)


 最近テレビで報道された、留守番をしていた

主婦が殺された事件を思い浮かべた。

  

 村田は、胸騒むなさわぎを覚えて、

顔が青くなった。

 

 しかし、すぐに彩夏がキッチンのドアを

勢いよく開けて顔を出したので

ほっと安堵あんどした。


 村田が、廊下に散らかった衣類をさして、

彩夏に問いただそうとすると、その前に

彩夏がすごい剣幕で怒鳴りはじめた。


彩夏「よくもそんなに平然と家に帰って

こられたわね。クズ、ドスケベ、変態へんたい

 

 村田は、あっけにとられた。


村田「なにをそんなに怒っているんだ」


彩夏「なによ。白々しくとぼけて。

色キチガイ。ドエッチ」


 彩夏は、さらに大声を上げる。


続く



 






 



 


 

 













 


 





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