声優始めました
コミックマーケットが終わって帰ってきた葵を待っていたのはテレビアニメーションのオーディションの台本であった。
さっそく、台本を開きセリフを確認していく。
声だけの演技。
それは一概にもドラマなどの演技と比べ簡単と評することはできない。
感情をのせる声、自然な会話をする声、キャラクターの存在を否定または阻害しない声、たとえ一言でも声の持つ印象は崩せないのである。
声だけの世界。
葵は目の当たりにした声優達を思い浮かべながら、練習を始める。
そこには邪念も手加減もなくただ真剣に練習をする葵の姿があった。
「お兄ちゃん今日も部屋に引き籠って練習してるよねー。」
夕日は母と夕食に使った皿を洗いながら、母に話しかける。
「そうね。多分だけど、役者のやりがいを感じたんじゃないかしら。」
「やりがいかー。」
夕日にとって皐月は母親であり、大先輩であり、そして理解者である。
そこに最近、兄が業界に足を踏み入れ始めた。
それは、夕日にとっても母の皐月にとっても喜ばしい出来事であった。
8月中旬、運命のテレビアニメの出演オーディションが行われる。
オーディションと言ってもどちらかと言うとオファーに近い。
テレビドラマのスタッフからの紹介で、本来公募をかけるところをその前に葵の演技を見て判断するそうだ。
採用する場合は決定、採用されなかった場合は公募をかけるとの事。
紹介された以上、むしろ公募のオーディションより気合いを入れて頑張らなければならない。
葵はそう思って、家を出た。
指定された通り、オーディション用に設けられた部屋のあるビルに入る。
予定時刻15分前だったが、どうやら準備は済んでるらしく、入室するように指示があった。
「失礼します。」
言われた通り、部屋には入ると、そこには3人の人が居り、各々パイプ椅子に座って談笑していた。
その前に折りたたみができるスチールの机と離れてパイプ椅子があった。
そのパイプ椅子がどうやら葵のために用意された席なのだろう。
「今日はよろしくお願いいたします。」
そう言って葵は頭を下げ、そして顔を上げると驚愕した3人がいた。
あ、あれ?
そのうちの一人が少し焦りながら、切り出した。
「もしかして、片瀬 葵さんですか?」
「はい。」
「男……なんですか?」
「えっと、はい。」
そう答えるとそれぞれ天を仰ぎ見るように頭を抱えた。
どうやら監督と思われるこの人達は葵の事を女性だと思っていたらしい。
紹介するならちゃんと性別伝えるべきでしょうがーーーと推薦した見も知らないであろう紹介人を心の中で罵った。
そして、気まずい。
もしかして、これ性別から不採用の流れじゃない?
ど、どどどうしよう。せっかくあれだけ練習したにも関わらず性別で落ちたとは家族にも向ける顔がない。
何かフォローできる材料はないか葵は頭を巡らせる。
「えっと、「青空中学生」のスタッフさんからの紹介との事でしたが、番組は見られました?」
とっさに思いついたアピールポイントを提示する。
すると、「忙しくて見ていなかった。」とのこと。
思わず膝をつきたくなる現状に、ふとあの出来事が思い浮かんだ。
それは、声優という役者を目の当たりにして決意したあの日のことである。
「一応、これが女装した自分なのですが。」
と、提示したのは携帯電話に入っていた帰り際に記念写真として撮られた葵のメイド服の写真である。
それを机の上に置くと、3人はちらっと見ながら、再度見直した。
「おぉ。まじか……。」
「嘘だろ……。」
「リアル男の娘……。」
最後が一番気になったが、とりあえず理解してもらえたようだ。
そして、葵から右手の最後の発言をした人が、じっくり写真を見た後、「採用。決定。採用。」と独断で決めていた。
これには葵もそして残りの2人もぎょっとなって彼を見たが、どうやら彼の頭の中では採用らしい。
「げ、原作者さんからの意見は大事ですが、と、とりあえず実技演技を聞いてからにしましょう。それでいいですか?監督。」
「お、おう。そうだな。と、とりあえず片瀬君やってくれ。」
引きつった顔をしながら2人は演技を見てから決めるらしい。というか原作者この人かよ。
と、葵も少し顔を引きつらせながら演技に入るのだった。
「ありがとうございました。」
一通り演技が終わると目を閉じながら聞いていた3人はこちらを見据えながら総評を述べていった。
「ふむ。確かにこれならいけるかもしれない。」
「キャラクターのイメージに当てはまってますね。」
「リアル男の娘。ポテンシャル高い。10点。」
原作者さんがうんうんと頷きながら既に評価じゃない事を言ったが、葵含め皆もうそこは無視した。
「性別はまぁ、どうでしょうか。」
「声だけなので問題ないとも言えるが、問題になった時のファンがどう思うか……。」
「僕の個人採用ということで決定でいいですよ。バッシングはこの男の娘じゃなくて僕にくればいいんだ。人類の宝を守るため僕は立ち向かってやる。」
「では、採用でよろしいですか。」
「「採用。」」
なんだか、一人だけに責任を押し付ける形になったが、当人が満足しているのでいいのだろう。
当人以外皆、こういう人だったんだと少し冷たい目をしながら彼を見ていた。
「では、よろしく頼むよ。楽しくやろう!」
「はい!よろしくお願いいたします!」
帰宅後、葵が家族に採用を伝えると急きょお祝いになった。
「いやー。葵が声優かー。所属事務所はうちだな!」
「え?」
「そうしましょう。マネージャーも付けないといけませんね。」
「ええ?」
こうして月島家の夜が更けていった。
これで書き溜めは終了です。
眠い……。
あ、やるべき事……眠い。
次回の更新は不明。1週間は絶対に空くと思います。
そうでなければ現実逃避しているとお察しください。
はわわーはわわー。
*改稿情報*
役者を声優に変えました。