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本番

あのオーディションが終わってから2週間。


葵はその間、演技の練習を含め、新たに届いた台本を覚える作業と、いつもの学校生活を続けていた。


慣れない二重生活?に最早疲労が(あふ)()れ、遂には授業中にも堂々と居眠りをするようになった。

一方で、それを見ていた友人達やクラスメイト、果ては先生までもが心配し始め、最終的に居眠りが黙認された。

その分、カウンセリングや保健室を勧められてはいたが。


そして、この日の放課後、遂に出番が回ってきた。

そう、葵の出るシーンの撮影が行われるのだ。


葵は今朝というよりも一昨日(おととい)からナーバスになり始め、ほとんど台本を持っての練習に(いそ)しんでいた。

そう自分の自由が効く範囲は睡眠時間を含め、時間のある限りずっと練習していた。

母や妹は、さすがに前日は寝るようにと説得したが、自身に身に覚えがあるせいか葵にあまり強く言えない

でいた。


結果、葵はほぼ2日間睡眠を取らず、食事も満足にとれない状態を招いた。


そして、そんな姿はかえって顔が整っていたためまるで幽鬼(ゆうき)のような、生者には出せない顔つきと雰囲気を醸し出しており、一様に皆引いていた。


もし、これが幽霊の役であったら今の葵以上に最適な役はいないだろう。



「おい、葵。」


意を決して葵の友人である、三門寺 晃(さんもんじ あきら)が下を(うつむ)きながらブツブツしゃべっている葵に話しかける。


が、一方の葵は

「愛、どうして言うことを聞かないのですか。ちょっと待ちなさい。」

と、今日のシーンで言うセリフをブツブツ小声で反芻(はんすう)し続け、頭の中ではどのように演技するかまでデモンストレーションしており、気づかない。


晃はそんな幽霊か何かに憑依(ひょうい)されているような葵を問答無用で殴った。


「てめぇ、無視するんじゃねぇ!!さっきから訳分からないことぬかしやがって。聞いてんのかオラ!」


結果、葵は極度の疲労もあいまって放課後まで保健室のお世話になることになった。


後日、その事をクラスメイトから知ることとなり、晃に殴り返しに行くのを他友人から止められることになる。






放課後、葵は頭上に疑問符を浮かべながら保健室の外に出た。


「なんで、俺保健室で寝てたんだ?」


身に覚えのない記憶の欠落(けつらく)に頭を抱えていると、ふと空き教室の時計が目に入った。

そして、さあーっと青ざめていく。


「やべぇ。もうこんな時間!急がないと遅刻するぞ!」


葵は急いで、教室に戻り、鞄に台本が入っていることをしっかり確認すると、迎えの車に乗り込むべく駐車場へ向かった。






車上でも反復(はんぷく)練習を行い、葵は意を決して撮影現場となるスタジオへ足を踏み入れた。


スタジオは建物の2,3階ほどの高さがあり、中央には舞台が並んでいた。

また、その周りをスタッフや機材が埋め尽くされており、独特の緊張感で満たされていた。

天井や周囲は暗く、舞台と照明が煌々(こうこう)と光り輝いており、その人工的な世界を目の当たりにし、葵は思わず息をのんだ。



「あ。葵ちゃん。こっちこっち。」


と、葵を呼んで手招きをするのはメイク担当の安藤さんだった。


「きょ、今日はよろしくお願いします。」

「そんなのいいから、さっさとメイクしましょ!おしゃべりはメイクしながらでも出来るから。」

「は、はい。」


そうして、人生2度目の女装が行われた。


途中、安藤が葵にある(くま)を見て説教が始まり、おしゃべりどころではなかったが。






メイクが終わって、葵はスタジオに戻された。


ちょうど休憩中になったのか、スタッフたちはあれこれ談笑している。


ちょうどいいと思い、葵はこれからお世話になるスタッフに一人一人挨拶して回った。


「か、監督、今日はよろしくお願いします!」

「おう。緊張は仕方がないが、焦ったりミスっても落ち込むなよ。撮影が始まるまで妹とお茶でもしてこい。月島ー。」

「はーい。すぐ行きまーす。」


監督は葵の心境を察して、葵の緊張を(ほぐ)すべく妹に会わせることにした。






「お兄ちゃん。体調大丈夫?」


夕日はちびちびと口やのどを湿らせるようにお茶を飲みながら、葵の体調を(おもんば)った。


「ああ。大丈夫だ。なぜか気付いたら保健室のベットだった。」

「それ大丈夫って言うの?」


怪訝(けげん)な表情して兄を見るが、当の兄は台本を片手に持ちながら答えた。

休憩に入りながらも未だに台本を開き手放さない兄を見て、夕日が叱ったため葵は台本を見ていないし、

きちんと会話している。


夕日の「今更足掻(あが)いても無駄。」「やるだけのことはやってる。」「失敗しても撮り直しが効く。」等々の説得はプロの役者として活躍するだけあって説得力があり、葵が遂に折れたのである。


「寝てる分マシだろ。にしても、撮影現場は実際の家だと思っていたぜ。」

「実際の家で撮影する時もあるよ。」

「ここが撮影に使われるハウスね!」

「それだけ無駄口叩けるならもう休憩は必要ないみたいだね。」

「え?」


こうして、ドラマの幕があがる。

月島 葵クランクインです。






今日の撮影は第4話のシーンである。本当なら6話も撮りたいらしいが、葵の事を考慮して第4話の出演シーンだけとなっている。4分半。これが葵の出番だ。


「愛!どうして言うことを聞かないのですか!ちょっと待ちなさい!愛!」


華役の葵が愛役の夕日を怒号(どごう)で引き留めている。

愛はそのまま無視するように階段を登っていく。


「愛……。本当にどうして……。」


華は悲しそうにそして寂しそうに佇む。



「なかなか筋がいいな。」

「ええ、そうですね。付け焼刃(つけやきば)と表現するには適さないですね。結構な練習積んでますよ。」


最初、スタッフ達は葵のことをあまり評価していなかった。

まず、男なのに姉を演じる点、そして素人な点である。

葵は最たる不安材料であった。


ところが今日になって、迫真の演技を続けている。

確かに葵は時々セリフを間違えたりしてはいるが、それはうろ覚えによる影響ではなく、役に入り込んでるが故の感情の暴走であった。


少し、セリフが違えてもそのまま採用され、一つのシーンになった。


監督と構成作家は評価を改めた。

育てれば葵はいい役者の器になると。






「カット!」

「「「「お疲れさまでーす。」」」」


今日の撮影が終わった。


「お兄ーちゃん!!演技良かったよー!!」

「そうか!?夕日、練習付き合ってくれてありがとな。」

「うん。まだまだ撮影続くんだから頑張らないとね!」

「おう。しっかし、女装慣れねーな……。」

「お姉ちゃんかわいいーよー。」

「なんだとコラァ。」

「きゃーきゃー」


きゃいきゃいやってる兄妹を見ながらスタッフ達はにこやかに(なご)んでいた。





「お兄ちゃん遅いなー。」


撮影が終わった後、メイクを落としと衣装を着替えを終え、兄を待っていたが一向に来る気配がない。

仕方なく、兄がいるメイク室に入る。


と、そこには疲れて眠り込んでいる兄がいた。


そんな兄を見て夕日は苦笑いを浮かべながら、近づいて頭を撫でる。

「おつかれさま。」と。

ちょっといつもより長め。


それにしても場面転換が微妙かなーと。

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