試練
遂に当日、父さんにテレビ局の会議室へ連れて行かれた。
会議室は灰色ノリウムの床で、全身を写すほどの鏡がおいてある。
ここはテレビのキャスト達の練習や放送にも使われるらしい。
そこで、実際に化粧をして演技を見極めるらしい。
なぜ化粧をするかと言うと、ちゃんと愛を演じる夕日に似ているかもチェックするためらしい。
「初めまして、メイク担当の安藤です。今日はしっかりメイクするからね!」
そう言われて安藤さんに化粧されること30分、ついでに女性用の衣装も着せられ、ロングヘアーのウイッグも被せされた。
ウイッグが結構重い。というか、これはずり落ちないのかちょっと心配だ。
そして、鏡で全身チェック。
「うわー。可愛い!さすがに素材が良いと化けるわ~。」
とノリノリの安藤さんがいたが、一方の女装をさせられている葵は最早精神の余裕を失っていた。
そこで初めて見たのだ、完璧に女装した自分を。
黒髪はロングで、肩甲骨まで覆う長さ。
顔は小顔の印象を前面に。
胸は服の上からでも分かるくらいに豊か。
そして肝心の衣装は黒のカーディガンにベージュのロングスカートとどちらかと言えば
流行の可愛さ満載というよりお淑やかさがでる衣装になっている。
これで演技しろと言うのか……辛すぎだろ。
そうは言っても最早後には退けない。
「は、初めまして、月島 葵です。今日はよろしくお願い致します。」
「う、うむ。それでは早速やってもらおうか。」
監督、脚本、演出さん3人が座っていたが、なにやら少し動揺しているみたいだ。
恐らく、女装に戸惑っているに違いない。いやもしかしたら、地の男の部分が出ていたのかもしれない。
だ、大丈夫かなこれ。
こうして、葵初めての演技披露となった。
「え、えっと。あ、ありがとうございました。」
第4話の台本を一通り演じ終わって、お礼をする。
監督、脚本、演出さん3人は一様に難しい顔をしている。
ダメだったか?
そんな顔をしていたのか心境を察したのか監督さんが笑顔になってフォローしてくれた。
「いや、大丈夫だ。荒削りながら良かったよ。」
「そうだな。まだ時間もあるし、演技についてはもっと細部を詰めていけるように指導しよう。声自体、声量や張りは申し分ない。顔立ち等の容姿についてはなんの問題もない。」
それに同意してくれたのは演出さんだった。
「では、監督。これで行きますか?」
最後に脚本さんが監督に確認を行う。
「ああ。問題ないだろう。さて、葵君。これからよろしく頼むよ。」
と、手を差し出されたので、3人と握手する。
それでも頭の中は真っ白だった。
いや、真っ白な中一つだけ黒文字で大きく、「出演決定」の文字が躍っていた。
しかしながら、これは始まりにしか過ぎない。
試練はまだ始まったばかり。