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「話題がない」

わだいがない 6

水島さんの場合


 カチカチとマウスを押しながら友人に問う。

「あたし、ストーカーみたいかなぁ。」

「うーん。三歩手前だね。」

 仲のいい友人は、きっぱりと言った。このはっきりした言い方が好きだ。

「はっきり言い過ぎ!」

「あんたが聞くからでしょ!」

「うううう。」


 あたしの中で、まだストーカーの正解は出ていない。どうならいいのか、どうなら駄目なのか、まだわかっていないのだ。


 高校時代、部活動紹介オリエンテーションで好きになった先輩のそばにいたくて同じ部活に入った。たくさん話をして、朝も同じ電車の車両に乗り込んでいた。登校中もずっと話をしながら歩いて、帰りも途中までずっと同じように付いて回った。

 それで、幸せだった。彼の傍にいることだけに夢中になり、彼にまったく好かれていないことは全然気が付かなかった。

「オレ、あいつウザイんだよね。」

彼と、彼の友人の話をこっそり聞いて、それから部活を辞めた。それまでの日常が嘘だったかのように、いろんなものが変化した。毎日の電車通学もやめて自転車にして、用もないのに彼のクラスの前をうろうろすることもやめた。

グランドに彼がいれば、ずっと見ている行為もやめた。彼がパンだから、偶然にパン屋さんで会えるかもしれないという理由でやめたお弁当もまた作ってもらうことにした。母はぶちぶち言っていたが、作ってくれた。

たくさん撮った写真も捨てて、好きだというポニーテールもやめて、髪を切った。


「そこまで変えたのにねぇ。」

「言わないで。」

 あんなに彼に夢中だったあたしの変化にあきれつつも、そこまで好きになるのはいいことだとはっきり言ってくれた彼女だ。いまでもはっきり言ってくれる。

「あれの、どこがいいんだか。」

「あたしにだって、わかんない!」

それから5年。まだ彼が好きだ。ほかの人を好きになろうと努力をしたのに、無理だった。誰かとつきあっても、彼とくらべてしまう自分に嫌気がさす。今回だって、まったく無関係の人間の顔を見つめて、彼のことを思い出したのだ。

隣にいる友人は、「だから!だから、卒業時に告白して、振られて次に進めば良かったのに。」

「だってー。」

先輩の卒業式は、熱を出して行けなかった。進路も聞かなかったし、もう会うことはあるまいとあきらめていたのだろう。実際にそのあとの学校生活で彼のことを考えることもそんなになかったのだ。


「この写真を見て、どこをもう一回好きになるんだか。」

 友人はパソコンの画面を見て、あきれたようにため息をついた。

「ほっといて。」

そう言ってはみたが、本当にほっとかれたら困る。彼女は唯一の友人だ。彼女と友情が続いているのは、男性の好みが全く違うからだと思っている。

多くの学生時代の友人は、彼に夢中になっている間にいなくなった。当然だ。友人よりも彼が優先なのだから。彼をあきらめようとしたからって、友人が戻るわけでもない。唯一彼女だけが、相手をしてくれた。理由はよくわからない。


 あたしが、見ているのはインターネット。大学生になってしばらくして、急に彼に似た人を電車で見かけて、簡単な気持ちで検索したら、あっさりと見つかったのだ。逆にあまりにも簡単に見つかったことに驚いた。

 高校の卒業、いまの大学、大学の友人との飲み会。彼は友人たちと真っ赤な顔をして、にこやかな笑顔を通り越して、大笑いをして写真に写っていた。

「個人情報を載せる意味も、こんな泥酔状態の写真を載せる意味も私には分かんない。楽しいのかしらね?それに、顔が老けたね。」

友人の言葉は、冷たい。

「あんたの彼氏だって、彼と同じ年でしょ。あたしらと一個しかちがわないもん。」

「まぁね。でも、うちのは会った時からおじさん顔だったし。」

友人のいう事は分かる。自分が知っているのは高校時代の彼で、インターネットにいる彼はまったく見たことのない顔をしていた。たとえ、ほとんど顔が出来上がっている高校時代でも、大学生になれば顔が少しは変わる。

しかも、今回の写真は泥酔写真だ。それでも、心がときめくというのだから自分は変人なのではないかと思うことがある。

「で、毎日見ているわけね。」

「うん。」

発見してからというものの、彼のつけるブログを毎日、見つめている。毎日更新されるわけではないが、それでも一日一回は見つめている。そのブログが作られた過去からさかのぼって、ずっと読んだ。

 過去の記事を読んで、一喜一憂。そんなあたしの姿を友人は言う。

「あんた、バカ?過去を共有しているわけじゃないし、相手の記憶の欠片にもあんたがいないのに、あんたが一喜一憂してなにが楽しいわけ?同じところに行って、同じものを見たって一緒にいなきゃ、なんの意味もないんだからね。」

「う。」

 まったくもって正論である。反論の余地はどこにもない。

「まぁ、害はないし。向こうも見られることを覚悟で載せているんだからいいんじゃない。あたしは、この写真の意味はまったく理解できないけど。」

 友人はあくまでクールだ。そらそうだ、自分は彼氏と仲良しでバラ色の世界にいるのだから。

「でも、いつかは彼女がね、って記事が載るのを覚悟して見ときなさいね。」

「うん。」

 友人の台詞だけで心がずきっとするのだが、こればっかりはしょうがない。あたしはただの傍観者にすぎないのだ。


 今からでも会って、好きだったと伝えるべきだろうか。過去形で言うのは失礼というものだろうか。伝えられても向こうの迷惑になるだけだろうか。うっとうしいだけだろう。

 そもそも、いまから会いに行って、誰?と問われたらなんといえばいいのか。

 あたしは、もう一回失恋しないとダメなんだろうか。なにがいけないんだろう。


 彼の過去の記事に自分はいない。当然だ。知らない学生生活、知らない友人たち、知らない顔や日常がそこにある。あたしにだって、知られていない学生生活、知られていない友人たちがいる。ただそれを見て、ちょっとだけ知っているような気になれるだけだ。そんなことは友人に言われなくてもわかっている。

「好きなんだけどなぁ。」

「けど、なに?」

「うーん。」

あたしは、言いつつ実はわかっていない。


彼が好きだけど、彼と付き合いたいのか。本当に振り向いてほしいのか。振り向いてくれたら、どうしよう。

彼が好きだけど、彼に振られて次に進めるのか。進めなくて泣くだけの生活になったらどうしようか。

彼が好きだけど、付き合うにしても振られるにしても、このブログの見ない日は来るのか。彼のことでなにも感じない日が来るのも怖い。

好きだという気持ちだけで、なにが変わるというのか。なにも変わらないのではないか。迷惑もかけないし、想っているだけでいいんじゃないか。いや、想っているだけではなんの解決にもならないのではないか。

彼が好きだが、彼に会いたいのかさえも実ははっきりしていない。怖いのか、何が怖いのかさえもよくわからない。


「けど、なに?」

友人は聞く。

「よくわかんない。」

「はぁ?」

友人は、困ったようにあたしをみた。

「あたしさ、どうしたらいいんだろうねぇ。」

友人は、しばらく黙ったが、こう言った。

「飽きるまで見てれば?」

「え?」

「だって、彼が飽きたら、これは更新されなくなるんでしょ。そしたら、見ない日が来るでしょ。好きじゃなくなるまで、好きでいれば?」

「い、いいのかな?それで。」

「なにがいけないの?あんたの結婚が遅くなるか、しなくなるかの問題くらいでしょ。告白したかったらすればいいし、したくなかったらしなくていいし。ずっと想ってれば?まー、ほかの人と付き合ってもいいけど、比べるのだけはやめなさいね。」

「うん。」

「本人に会うなら、このブログのことは言うのはやめなさいね。引かれるから。でも、どうしても彼の記憶にひっかりたいと思うなら、インターネット上の友人にでもなれば?それで、もっと好きになるかもしれないし、好きな気持ちがさめるかもしれない。だけどさ、想いなんてエゴ的なものだから、気が済むまでやったら?泣くのも笑うのも、あんたの自由よ。」

あたしはじっと友人を見つめる。

「ただし!彼に迷惑をかけるようなことはやめなさいね。それはもう好意でもなんでもないから。好きとかでもなくて、自分に酔っているだけよ。わかった?」

「うん。」


やっぱり、あたしは彼女が好きだ。そして、彼も好きだ。これからどうなるか、誰にもわからない。どうしたいのかも、まだ自分の中に答えが出ていない。動けないけれど、いつかは時間が答えてくれるかもしれない。友人をみて、あたしは笑う。


「あ、今日は更新されてる!」


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