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温泉の罠・前編



 魔王領に不思議な場所があると噂を聞いたのはブラウだった。

「なあ、魔王領に行くなら西側からはいらないか?」

「どうかしたのか?」

「いやな、面白いうわさを聞いたんだよ。なんだったか……たしか、地面から湯がわき出るとかなんとか」

「温泉じゃねえか、それ!」

 メイズはブラウの言葉を聞いて手入れ中だった聖剣を放り出した。続いて何か壊れる音。

 ブラウがちらりと目をやると聖剣が鞘ごと壁にめり込んでいた。

「メイズ、弁償に俺を巻き込むなよ」

「ンなこたどうでもいい!」

 いやよくない、とブラウが突っ込む隙も与えない。メイズは温泉と言うものがどれほどにすばらしく奇跡に満ちたものなのかを力説し始めた。もっとも、長くなりそうだと判断したブラウはメイズが自分の演説に熱中し過ぎている隙を狙って逃げたのだが。

 ちなみに、弁償にはやっぱり巻き込まれた。



 魔王領は聖教国ほど広くはないが、地形は結構起伏に富んでいる。西部には山があり、噂の『オンセン』はふもとにあるらしい。おおざっぱ極まりない地図を頼りにブラウとメイズは山を歩く。

「おい、こっちでいいのか?」

「地図があってるならな。たしか目印は掘っ立て小屋……」

「ねえぞ、んなもん。なんか立派な建物ならある」

 ブラウが指差す先にはいきなり――――本当にいきなり、城と見まごう建物があった。西洋の宮殿のようなタイプではなく、天守閣とシャチホコがついている和風のアレである。

 場違い。そうとしか言いようがない。なにせ、周りには何もなく、城(宿?)の前を通る道も獣道よりはマシ程度の代物だ。それではまずいと自覚してはいるらしく、そこここで道を広げる工事が行われているようだった。

「よぉーシ、あと3リールス進めたら休憩にすルぞ!」

 声がした方に目を向けると、現場監督らしい男がメガホンを首に提げていた。あれで声を遠くまで届けていたのだろう。黄色いアフロヘアがヘルメットらしきものからあふれた、やたら印象が強い男のようだ。

「……なんだあの怪しいイキモノは」

「魔王領だからなあ。混血がすすむうちにあんなのが生まれててもおかしくは……いや、おかしいか」

 実際、混血とかそういう次元では済まされないレベルで怪しかった。一瞬振り返った時に見えた髭は作りものだとしか思えない形。異世界の勇者がもたらしたと言う『ガテンスタイル』の割に、歩き方が妙に優雅だ。全体的にちぐはぐで、たしかにメイズが言うとおり怪しい。関わりあいになりたくないオーラがある。

 しかし、そんなブラウの考えなど通じるはずもない。怪しい男が二人に気付いて近づいてきた。

「よォ、兄サンたち。フロはいりにきたカ?」

「お、おう! あの宿って飛び込みで入れるか?」

 微妙に腰が引けつつ、それでもメイズは勇者のプライドを総動員していつも通りを装った。装い切れずにちょっと声が震えていたが。

「でかい兄サン、風邪でも引いてルか? フロに入ればすぐ治ルさ。俺が支配人に掛け合ウね」

 怪しい男はメイズたちの返事も待たずに城へと走って行った。

 どうしたものだろう。そんな空気がメイズたちの間に流れる。この隙にトンズラする手もなくはない。しかし明らかに怪しまれるだろう。目的地が温泉宿らしき城であることが割れているのだから。棒立ちしている二人に、怪しい男は陽気に声をかけた。宿の部屋は空いているらしかった。




 宿の中は和風旅館ではなくむしろホテルだった。エントランスをくぐったところで和服の女性が頭を下げていた。ホテルに女将。またしてもちぐはぐである。

「いらっしゃいませ」

 言葉とともに顔を上げた女将は、黒髪と怜悧なまなざしが印象的だ。まずい。ブラウは直感する。メイズの好みはクール系の美女。多分この女将はドンピシャだ。

 ……と思った矢先、ブラウの予測を少しも裏切ることなくメイズは行動に出た。すなわち、対外用の勇者スマイルを張り付けて女将を見つめたのだった。

「急に押し掛けて申し訳ない。ここにいい湯があると聞いてね」

 これぞメイズの新兵器・勇者スマイル。あまりといえばあまりに直情的かつ単純すぎるメイズに呆れてブラウが仕込んだ社交術だ。今のところは宿代を負けさせるくらいしか使えないが、これによって『勇者はどこまでも馬鹿』という事実が流布されることだけは防げていた。

「はい。このブラドリー泉はマナの循環を促進させます。魔力の回復や傷の治癒には効果的です」

 勇者スマイルに反応することなく淡々と機械的に答える。女将はそのままさりげなく勇者から距離を取り、仕事があるからと一礼してその場を去った。

 そのスマートに見せかけた冷徹な距離の取り方にブラウは既視感を覚えたが、気のせいだろうと判断した。以前同じような態度を見せた「あの人物」がこんなところで宿をやっているわけはない。

 自身の直感が間違っていると結論付け、ブラウはカウンターに置かれた部屋の鍵を取った。案内板と鍵に刻まれた番号とを見比べる。部屋は大浴場のすぐそばのようだ。大きな宿の割に空いているらしい。

「ほら行くぞ。まずはとっとと荷物を置こうぜ」

「……そうだな! んで風呂だ。ピッカピカに磨いてあの女将を惚れさせて見せる!」

 おそらく叶わぬであろう願望に意気込む勇者。そろそろ本気で見限ってやろうかと思うブラウであった。







 

「うふふ、まさかこんな素敵なお客様が現れるなんて」

 メモ帳とペンを持って、少女はにんまりと笑う。

「父様に感謝しなくちゃ。さてと、お仕事お仕事!」

 少女は弾むような足取りで勇者たちを追う。




 その姿は徐々におぼろげになっていき、やがて気配ごと消えてしまった。

後半は執筆中~。いつになるやら。

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