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そのよん・勇者メイズの決断

 伊豆(いず) かなめ、大学生。ちょっとオタクで『厨二病』と呼ばれるたぐいの、まあ基本的にはどこにでもいる青年だ。

 ある日召喚されたことで彼の人生は大きく変わった。


「魔王を倒してください!」

「任せとけ!」


 彼は勇者となった。ついでに女っぽくてコンプレックスだった名前を改名して生まれ変わったのだ。

 メイズ。

 彼は後の世に語り継がれることになる。



 そんな彼は今――――なぜか牢屋で魔王からコーヒーを差し出されていた。


   ◆

「飲みたまえ。南部でとれる豆はなかなか質がいいんだ」

 穏やかな笑みを浮かべるのは三十前後かと思われる男だった。彼が魔王アルファードなのだと言う。右隣にイルク、左隣にセロ、イルクの隣にライム。その三人の父のはずだが、いかんせん若すぎる。一番若そうなライムと比べても歳の離れた兄妹程度にしか見えない。



「詐欺だ」


 その一言しか思い浮かばない。

 しかし、その言葉にアルファードが気を悪くした様子はなかった。


「ああ、魔族は人間と違って老いが一定ではないからね」

「ンなこたどうでもいい」


 メイズは聖剣を突き付けようとして……しかし、すぐに没収されていることを思い出し、代わりに人差し指を突き付けた。

「紫のマントがねえ! 趣味の悪い王冠もかぶってねえ! 俺はアンタを魔王と認めん!」

「ってそっちかよ」

「面白いね君たち」

 ブラウが突っ込む。

 こんな状況でも笑いながら勇者を見ている魔王。その余裕ぶりが腹立たしいが、確かに丸腰で吠えても意味はない。

「とりあえず、聖剣返せ!」

「返してもいいかな、イルク?」

 どうやらこの場の主導者は魔王ではなくイルクらしい。アルファードは肩をすくめながら娘……この場は宰相か……を見る。イルクは視線を受けると呆れたように瞑目した。

「呪術課に封印させている最中です。中断させると術士の命にかかわります」

「だそうだ。優秀な人材を失いたくないので、返却はしばらく待ってくれないかな?」

「んな……っ」

 愕然とするメイズを見て、イルクが「それとも」と言った。

「己が聖剣の価値からみれば人命など無意味とおっしゃるか、勇者殿?」

「そういえばそうだねー。やっぱり勇者たるもの人の命は大切にしないとでしょ」

「俺としては聖剣をもったまま手合わせしたかったけど……ま、仕方ねえか」

 魔王の子供たちは再び好き勝手なことを言い出す。しかしアルファードが軽く手を叩くとすぐに静かになった。一応、父としての威厳はあるらしい。

 アルファードは用意された椅子に座りなおし、コーヒーを一口飲んだ。


「さて、本題に移ろうか。セロ、アレを」


 魔王は掌を上にしてセロに左手を差し出す。セロは少々渋った様子でアルファードに羊皮紙を渡す。アルファードは一度ゆっくりうなずくと、羊皮紙を広げて掲げた。

「ここにも書いてあるが……」

「読めるか! こちとら異世界人だ」

「そうか。勇者は異世界人というルールをすっかり忘れていたな。まあ手っ取り早く説明すれば『何度も言ってるけどお互い不干渉で行きましょう』っていう書面だよ」

 紙面をテーブルに載せるとイルクから万年筆を受け取ってなにか書き込んだ。すぐにペンを下ろした辺りを見るとサインをしたのかもしれない。


「つまり、君にはこの文書を持って聖教国に帰ってほしいんだ。帰り道は……任せていいかな、セロ?」

「ん~……途中で手合わせしていいなら」

「それは却下。一瞬でも戦った証拠が残ると後々面倒だ」


 なにやら話している魔王とセロ。どうやらすでに勇者を帰す方向に話を進めるつもりらしい。


「待てコラ! 何勝手に話を進めてやがる!」

「そうだよ父様! まだ勇者さんと魔術師さんの禁断の関係について聞いてないのに!」


 なぜかライムが加勢したと思えば、どうやら味方ではないらしい。イルクもイルクで面倒くさそうに視線をよそへやっていた。

「もう何でもいいから早いとこ追い出しましょう。勇者とクモは追い払うに限ります」

「俺たちは害虫かよ!」

「勇者さん、クモは害虫じゃないよー?」

 にこにことライムが突っ込む。

 クモは見た目こそえぐいものの、蚊やダニなどの病気を媒介する虫を餌とする益虫だ。種類によっては台所の黒い悪魔さえ食いつくしてくれる。一方、勇者は魔族にとってはうっとうしい以外の何物でもない。殺してしまえば手っ取り早いのだがそれなりに労力が必要だし、なにより下手に殺せば軍隊が差し向けられかねない。

 ライムの説明にうなずき、魔王はうっすらと笑みを浮かべた。


「それは面倒だからね。軍隊を差し向けられたらそれこそ……『原初の魔王』の再来となるかもしれない」


 その言葉に震えがったのはブラウだった。職業柄歴史には詳しいため一瞬ですべてを理解したようだ。一方、異世界人のメイズは首をかしげている。

「おいブラウ。なんのことだ?」

「……『こっちに手を出すなら聖教国の七割を踏み荒らすぞコノヤロー』だそうだ」

「脅迫じゃねぇか!」

「まさか。ただ不干渉でいてくれればそれでいいだけだよ」

 ほほ笑む魔王に悪意も悪義も感じられない。メイズにとってはそれが却って腹立たしかった。


「と、とにかく勝負だ! 俺に負けたら魔王やめろ!」

 勢いよく指を突き付けつつ宣言。しかしその言葉に反応したのは魔王ではなかった。


「それはいい。父上、不戦敗にしませんか? これで魔王業を廃業できます」

 イルクはわずかにほほ笑んだ。

「よっしゃ! 父上が魔王業やめたら継承権ともおさらば! 剣術修行三昧だぜ!」

 ガッツポーズすらしてセロ。心底嬉しそうなのが妙にムカつく。

「わーい、勇者さんがんばってー!」

 ライムに至っては魔法で小さな花火の幻影すら打ち出していた。幻影魔法はかなり難しいはずなのだが、そのくらいうれしいらしい。


 あまりに予想外過ぎる事態に、今度こそメイズはフリーズした。

 なんというか、いろいろとおかしい。このまま戦ってもいいことは何もないような気がする。かと言ってここまで来て引き下がるわけにもいかない。しばし悩む。

 それがいけなかった。


「よし、拘束完了。姉さまー、聖剣はー?」

 気がつけばメイズの体は魔法で拘束され、手には文書を握らされていた。

「ここだ。背中に結び付けておけばいいか?」

 さらに背中に聖剣をあてがわれ、縄でぐるぐる巻きにされる。抗議の声を出そうにも、拘束の魔法が効いているのか口が動かない。

 ブラウに助けを求める視線を送るも、ブラウはとっくに降伏の意を示して両手を上げていた。

 万事休す! 焦るメイズの肩にセロがぽんと手を置いた。

「また来いよ! そんときはガチでやりあおうぜ!」


 そして。


 メイズとブラウは空高く飛ばされた。



「なんじゃこりゃあああ!」

「すげえな、風精霊をここまで完璧に使役するなんて、人間じゃ無理だ」

 風精霊に体の両サイドをがっちりと拘束されたまま、メイズとブラウはすっ飛ばされていく。方角から察するに、目的地は聖教国のどこかだろう。

「ちくしょー! あんの魔王めぇええ! ぜっっっってえ! ぶっ飛ばす!」

「こりゃもう一遍くらいあの国に行くべきだな。面白い魔法を覚えられそうだ!」


 動機はともかく、再び魔王城へ向かうことを決意したメイズとブラウ。

 それが彼らに幾多の間抜けな災厄をもたらすことになるのだが、彼らはまだ気づいていなかった。

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