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そのさん・魔術師ブラウの災難

「で、どうする。また熨斗を作るのは面倒だから却下」

「とりあえず手合わせさせてくれよ! 俺、前回の勇者の時は城に居なくて見られなかったんだ!」

「兄さま、聖剣当たったらじんましん出るじゃん。それよりまずは取材させて! 一緒にいる魔法使いさんとはどんな関係なの?」

 捕らえられた牢の中。待っていたのは拷問ではなく魔王の子供と名乗る三人組の好き勝手な言い分だった。

「てめえら好き勝手言ってんじゃねえ! とっととここから出せ!」

 喚く勇者を生ぬるい視線で見つつ、相棒は心中でつぶやいた。




 どうしてこうなった。




   ◆

「ここが魔王領の中心地のはず、なんだがな……」

 目の前に広がる光景はのどかな城下町そのもの。売り子が道行く人の注意を引く。売っているものもパンや野菜などの……つまりは極めて平和なシロモノだ。違いといえば人間がほとんどおらず、かわりに獣人や魔族が多いことくらいだ。

「魔王領が獣人を受け入れてるっつー噂は本当だったんだな」

「油断するなよブラウ。獣人を軍勢にしているだけかもしれないんだからな」

 大真面目な顔で傍らに立つ青年が言う。彼的にはささやく程度の……しかしどう考えても世間話をする程度の声量。ブラウと呼ばれた少年は突っ込もうとしたがすぐにやめた。今更この男に突っ込んでも始まらない。魔王討伐の旅に巻き込まれた時点で、ブラウはさまざまなことを諦めていた。

「まあ、状況は少しずつ把握してきゃいいだろ。それよりまずは潜伏先を決めて……」

「そこのパン屋のおばちゃん! 何か困ってることはないか? この勇者が助けてやろう」

「ってオイ! 少しは俺の話を聞け!」

 どこか異世界からやってきたと自称するこの勇者、名前の迷走(メイズ)は伊達じゃない。『勇者ならこれがセオリーだろ』という謎理論のもと、民家に無断侵入したうえに戸棚の菓子をパクろうとするわ今のように世間話抜きでいきなり情報収集しようとするわ。メイズの勇者理論に付き合わされて三ヶ月ちょっと。そろそろ胃の痛みは日常になりつつある。


「あらあら、勇者なの? ご苦労さま。魔王様の城ならあの大きな塔の下にあるお屋敷よ」

「って、素直に答えるのかよ!」

「当然だろう、ブラウ。モブの道案内もまたセオリーだ」

 背が低く小太りのおばちゃんはにこやかに言う。耳がややとがっているところを見ると妖精族の類だろうか。おばちゃん呼ばわりもスルーとはなかなか素敵な性格をしていらっしゃるらしい。

「……てか、『ご苦労さま』って」

「大変だねえ、お仕事。ほれパン持っておいき!」

「うおっ!」

 小柄なブラウがやっと抱えられるサイズの紙袋いっぱいに詰まったパンは、重くはないがかさばる。うっかり杖を取り落としそうになるが、それは意地で耐えた。杖は魔術師の命だ。

「ありがとな、おばちゃん。絶対魔王を倒してやるぜ!」

 メイズはパンが入った袋に豪快に手を突っ込んで(おかげでラスクがいくつか落ちた)黒パンを齧りながら歩いていく。ブラウは慌てて後を追った。


「なあ、メイズ。変じゃね?」

「なにがだ? パンなら美味いぞ」

「いや、パンはいいんだけどよ。なんつーか素直に場所を教えてくれたのはありがたいんだが、怪しい」

 ブラウも紙袋からパンを一つ取り出した。香草が練りこんであるらしく、一口齧ると香ばしさの中からさわやかな香りが広がってくる。美味い。この街のパン屋はレベルが高そうだ。

「なんつーか、うまくいき過ぎ。なんであんな素直に魔王の城をバラしちまうんだ?」

「モブだからだろ」

「だからそのモブって何だよ……」

「モブはモブだって。魔王を倒して欲しいから言ったに決まってんだろ」

 メイズは胸を張って言い切るが、やはり納得はできない。

 もしも魔王が民衆に圧力をかけているなら道行く人にもそれらしい雰囲気が出るはずだ。言いよどむことも目をそらすこともなくあっさりと『魔王の居城』を教える姿。おかしい。

「っつーか、そもそも魔王が悪事を働いてるってマジなのか? 魔王領に入ってから向こう、それらしいもの見たことないんだけどな」

「お前、頭いい割にバカだな。悪事働かなかったら魔王の意味ないだろ」

 メイズの主張はわからないでもない。少なくとも聖教国は魔王は邪悪な存在だと教えられている。

 しかし、だ。ブラウは元々聖教国の人間ではない。ブラウの祖国は政治的にも宗教的にも中立というか、辺境すぎて聖教国としても教化のメリットがない場所だ。そのせいかもしれないが、聖教の教義や主張に関してもあまり関心はない。

 つまり、ブラウは魔王が絶対悪だと思ってはいなかった。

 勇者の旅に随行しているのは、成り行きでつき合わされているだけにすぎない。

「今更お前に何言っても無駄だってことはわかってる。とりあえず、頼むからウチに来た時みたく大声で名乗ったりするのだけはやめろよ」

 あの時はどこの阿呆だと思った。聖剣が本物でなければ病院に連行しただろう。

 実際に聖剣は本物で、剣の実力も本物だった。魔術学院が創りだしたゴーレム三体を剣の一振りで真っ二つにしてしまったのだから。

 『自分は勇者で、旅の仲間となる魔術師を探している』と言いだしたメイズに、教授はブラウにその役割を押しつけた。前日の授業で間違いを指摘して鼻っ柱をへし折ってやったのがまずかったらしい。





 魔王城にはなぜかたくさんの案内板があった。書かれているのは『税』『道路』『橋』『警備』『図書館』などなど。

「役所か、ここは」

「いや、わからないぞ。これは魔王の罠かもしれん」

 単なる旅人を装ってみれば、城にはあっさり侵入、というか入場できた。廊下を歩く影に亜人や獣人が多いのは城下と変わらない。なんとなく魔術学院の事務棟を思い出すブラウとは反対に、メイズはあたりを警戒し過ぎている。かえって怪しい。

 そんなメイズが気になったのか、青年貴族風の衣装をまとった人物が二人に近づいてきた。

「失礼。迷われているようならば案内しますが」

「お?」

 珍しく、人間のようだった。首の後ろできっちりとまとめた黒髪。長い裾の上着が似合うすらりとした長身。表情に乏しい瞳がフレームレスの眼鏡の奥からメイズたちを見据えている。

 ありていにいえば美人だった。メイズの言葉を使うなら『クールビューティ』というやつだろうか。無表情であることは欠点ではなく、むしろ冷ややかさこそが最大の魅力なのだろうと思わせる。

 そして、メイズは面食いだった。

「おまえ、もしかして人間か?」

「母は人間ですが」

 人と別種のハーフ。これだけ種族が入り乱れている魔王領なら珍しくはないのだろう。一人納得しているブラウをよそに、メイズは美人の手をがっしりと握って宣言した。



「今までよく耐えていたな。俺は勇者だ。君を助けに来た!」



 メイズがドヤ顔をしている。

 きっとメイズの脳内では、この美人が花のような笑顔を浮かべて感謝の言葉とともに抱きついてくる図が浮かんでいるのだろう。

 が、現実は違った。



「貴君が、勇者?」

「ああ」

「助けに?」

「そうだ」

「……誰から誰を?」

「魔王から君を!」



 冷静なアルトと熱血なテナーが掛け合うこと三往復。

 美人は一度深くため息をつくと、勇者の手を振り払って指を鳴らした。

「衛兵、侵入者を確保」

 どこからあらわれたのか、ブラウの腰ほどの身長しかない小人たちがあっというまにメイズとブラウを縛りあげていく。

「お、おい! 俺をどうする気だ!」

「侵入者は牢獄へ。別段おかしな流れでもなかろう」

 声にわずかな苛立ちを混ぜて、美人は書類を拾いながら答えた。ぶつぶつと低く呟いているのは多分悪態か何かだろう。

「自己紹介が遅れたな、勇者殿。魔王領の宰相の任についているイルク・ファーレン。貴君が倒そうとしている魔王の第一子だ」




 そして、話は冒頭に戻るわけである。




   ◆

「やっぱり勇者君は受けだと思うの! 魔術師×勇者でもいいけどイチオシはやっぱり兄さま×勇者かなあ。敵対勢力のカップリングは鉄壁だし」

「いや、オレを使うなよ」

「仕方ないじゃない! 本当は父さまを使いたいけど姉さまから結婚してる人のBLは禁止されてるんだもん」

「趣味に口を出すのは本意ではないが、モラルは重要だからな」

 鉄格子の向こうで、魔王の子供たちは理解できなくもないのだが絶対に理解したくない会話をしている。隣では置いてきぼりのメイズが出せと喚き続け、牢屋の中はカオスだ。

 そろそろメイズを力ずくで黙らせようと考え始めたころ、二人を縛り上げた小人がイルクを呼んで耳打ちをした。イルクはその耳打ちに何度かうなずき、小人を退出させる。そして騒いでいる弟妹をデコピンで黙らせた。

「そこまで。ライム、カルラに茶の用意をさせろ。セロは着替えてこい」

「わかった。行ってくるね」

「なんかあったのか?」

 イルクは妹を見送りつつ、自身も崩していた襟元を整える。そして鉄格子の前に立つと、初めて表情をはっきりと動かした。


「喜べ、勇者殿。我らが魔王陛下におかれては、貴君ら聖教国の刺客に対して直々に尋問を行われるそうだ」


 口元に浮かぶ笑みは不敵で誇らしげなものだった。

つづく、ということで。

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