そのに・末娘ライムの秘密
ファーレン家の子供たちは仲がいい。基本的には王位を押しつけ合う関係だが、争い方はフェアだし誰が王位についてもフォローする心構えはきちんとできている。ただ単に「ふさわしくないから王位に着きたくない」だけで、政務や公務が嫌いなわけではないのだ。これはファーレン家の特徴でもあるのだが。
そんなわけでファーレン家の仲良し兄妹。お茶の時間は三人揃うのが慣例だ。主催するのはたいてい末娘・ライム。研究馬鹿の長女や剣術馬鹿の長男に任せると妙な茶会になってしまうので「やめてくれ」と言われているのだ。主に厨房から。
例えば長女は「薬効に優れた茶を開発した」と言ってなんか泡立つモノを持ち込んできたりする。耐えられるのはチャレンジャーな料理長くらいのものだ。長男も長男で「辺境部族のうまい果物を持ってきた」と言って悪臭を放つシロモノを持ち込んだことがある。耐えられるのはやっぱり料理長ただ一人だった。
今日の茶菓子は木の実たっぷりのフィナンシェに野菜を練りこんだスコーン、スパイスを使ったクッキー。
紅茶は南方から取り寄せたさわやかな香りの茶葉。ティーカップへ紅茶を注ぐのはしとやかな雰囲気の侍女。見守るはチェリーブロンドの可憐な少女。
その手の趣味を持った「大きいお友達」が見れば涎を垂らしそうな絵だ。しかし、少なくともこの城の中には少女に手を出そうとする輩はいない。いろいろと危険すぎるからだ。
それは魔力こそからっきしだが精神攻撃ならお手の物な姉の存在でもない。
剣の腕だけなら国一番といわれている兄の存在でもない。
少女自身の特性を恐れてのことだ。
人待ち顔のライムの目の前に少年が「空から」現れた。背には巨大なバスタードソード。動きやすさを重視した皮鎧。一見すると冒険者風のいでたちだが、彼はファーレン家の一員だ。
名をセロ・ファーレン。生気にあふれた容貌と残念な脳みそを併せ持つ武人である。
「よ、ライム」
「兄さまいらっしゃい。まーた壁飛び越えてきてー」
「いいだろ。これはペナルティにならねえし」
肩をすくめながら席に着く。風精霊との親和性が高いセロは基本的に空を飛んで移動する。技能を活用しているだけなので、少々礼に欠けていても容認されているのが現状だ。
傍らに置いた背嚢をさぐり、小さなガラス瓶を取り出してテーブルに置いた。
「あ、もしかして頼んでたアロマオイル? 見つかったんだ! ありがとう兄さま」
「ちょうど市が立ってたんだよ。お、ありがとなカルラ」
眼の前に置かれたカップにセロは満足げな笑みを見せた。
ミルクの代わりに薄切りにしたレモンを紅茶に添えるのがセロ流だ。ライムは濃いめに入れた紅茶にミルクを少し。
「そういや姉貴は? 頼まれてたもん届けに戻ってきたんだけど」
「そういえば遅いね。先に始めちゃおうか」
ライムが手を打ち鳴らすと、控えていた従者たちが茶菓子をサーブしはじめた。
フィナンシェはライムの好物、スコーンはセロの好物だ。スコーンにはクロテッドクリームがつきものだが、セロの趣味でつけていない。
「そう言えばライムは聞いてるか? なんか勇者が来るとか来ないとか」
スコーンを一つ平らげ、紅茶のおかわりをもらう。その合間にセロが思い出したように言った。
「えー、また? たしか三十年くらい前にお父様が熨斗付けて返還したばっかりじゃない」
「あ、もうそんなになるのか。よく覚えてたな」
「うっすらとしか覚えてないよ。あのときはまだ小さかっただったから」
容姿こそ人間に近いものの、セロもライムも魔族だ。寿命は人間よりもはるかに長いし成長も遅い。よってどう見ても十代半ばのライムもセロも、実はとっくに三十を越えている。
「私も熨斗作りを手伝った。セロは……たしかあのときは離宮で修行してたんじゃなかったか」
横から声が飛んでくる。ついさっきまで空席だった場所に、いつの間にやら二人の姉イルクが座っていた。
「姉貴」
「姉さまいらっしゃーい」
「遅れた。『どこかの誰か』が持ち込んだ厄介事で調整がずれ込んでな」
白衣を引っかけたラフな服ではなく、今日のイルクは青年貴族然とした軍服風の衣装だ。ぎろりとにらんだ視線の先にはセロがいる。
「しかたないだろー。盗人をひっとらえるのも俺の仕事のうちなんだから」
「そのへんの手続きが舞い込んだせいで書類が増えた。……カルラ、いつもよりもさらに濃く」
「……姉さま、今に胃に穴が開くよ」
イルク用の紅茶は濃い。水色は紅を通り越してほとんど黒く、底が見えないほどの濃度になる。好物のクッキーは唐辛子を練りこんでいるためかなり辛い。
「それより姉貴、勇者の話だけど」
「そうそう。姉さま! 勇者捕らえたら返還する前に会わせてほしいの」
少し解説する。
勇者は数十年に一度ほどの周期で大陸の中央にある聖教国から差し向けられる刺客だ。ファーレン家は基本的に戦嫌いなので、あらゆる手を尽くしてお帰りいただくように工夫している。もともと魔族はあらゆる面で人間よりも高い能力を持っており、その最高峰たるファーレン家ともなれば勇者といっても敵う相手ではないのだ。
それでも聖教国が性懲りもなく勇者だの軍隊だのを差し向けるのは、建前は神の教えにのっとった聖戦であり、実態は領土的野心プラス数千年前からの恨みと言ったところだ。
「けどさライム、手加減はしてやれよ? 相手はガッチガチに教化された勇者なんだし、お前の相手は刺激が強すぎる」
「だな。風紀とか風俗とか大義名分作られて軍隊送られると私の仕事が増える」
セロとイルクに指摘されてライムは肩をすくめた。わかっている、と言いたいのだろう。
それでも、と言って紅茶を一息に飲み干し、派手な音を立ててカップをテーブルに置いた。
「最近ネタ切れ気味なんだもん!」
ライムは表向きこれといった仕事をしていない。まあ、人間で言えば十代前半だ。できる仕事も限られているのは確かだ。しかし実際のところ、ライムは国でも有数の稼ぎ手でもある。
もっともその方法はマトモとは言いがたいシロモノなのだが。
「クロムが愚痴ってたぞー? 『俺の大切な庭木で妄想しないでほしいッス』とか言ってた」
「聖教国は同性愛禁止だ。勇者をネタにしてみろ。いらん口実を作る理由になる」
「同性愛とBLは違うもん!」
そう。ライムは俗に「BL」と呼ばれるジャンルにおいて知らぬものはいない有名作家だったりする。王族であることを明かすといろいろややこしいので覆面作家だが、大陸全土にファンを持つだけあって収入はハンパじゃない。その収入の多くを国庫に入れており、その功績もあって誰も強く批判できない。
BLであれば割とどんなものでもカップリングにしてしまう末期の腐女子であり、クロムが丹精こめて育てている庭木からイルクの研究室にある実験用の機材から、とにかく何でも擬人化BLにしてしまうほどだ。
「それに、聖教国の読者さんもけっこう多いんだよ? 裏ルートの流通になっちゃうらしいけど」
「だからこそ聖教国も苦い思いをして……って、ちょっと待てよ?」
眉間にしわを寄せながら紅茶を飲んでいたセロの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
聖教国は同性愛を禁じている。一般的に同性愛とBLは違いを説明するのが難しい。そしてライムはBL作家であり、さらにファーレン家の末娘だ。
その想像が外れていることを祈りつつ、セロは隣に座るイルクを見る。
「なあ姉貴ー。俺、ヤな想像しちゃったんだけど」
「言うな。予想はつく」
どんなに渋い茶を飲んでも表情を変えないイルクの眉間にしわがよっている。どうやら同じ結論に達したらしい。
すなわち。
「国内でライムの本が流行りだしたから、あちらさんキレたんじゃね?」
「言うなと言ったはずだが」
「だってよー、なんか周期的には向こうも勇者の選定急ぎすぎてる感あるし」
「ちょっと何それ。たしかに知らない人にはBLと同性愛は同じに見えるかもしれないけど、裏ルート開拓したのはあたしじゃないよ」
姉たちの推測が不服だったのか、ライムが愛らしい口を尖らせる。そう。見た目だけは非常に愛らしい。中身はアレだが。
「そりゃそうだが、向こうさんとしては『お前が書かなければ誰も読まない』くらいは言いたいと思うぞ?」
「表向きの著者はいるけど、聖教国の情報網をフルに利用すればライムとのつながりくらいは突き止められるかもしれない」
「ひっどーい! 表現の自由侵害!」
ぷりぷりと怒りながらフィナンシェをほおばるライムは、本当に見た目だけは無垢で愛らしい少女だった。
一方その頃。
「へっくしっ! ……うう、寒気が。これも魔王の瘴気か?」
「いや、それはないと思うが……つか、これが魔王領? 想像とだいぶ違うんだが」
金茶の髪に青い瞳、腰には業物の剣。全身から「俺は勇者です」オーラを出した青年と指揮棒に似た魔法杖を携えた少年が魔王領に足を踏み入れていた。
どんな(馬鹿げた)艱難辛苦が待ち受けているのか、彼らはまだ知らない。






