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そのいち・庭師クロムの憂鬱

「使い魔がいたのか……」

 突然現れた男は驚いた顔で鴉を見た。羽が所々抜け落ちた翼、不自然な傷がついたクチバシ。きっと男の目に鴉はひどく不格好に映っているだろう。しかも男は仕立てのいい軍服に身を包んでいる。

「ふむ……君、私のところにくるかい? 仕事をしてもらうことになるが、衣食住は保証しよう」

 男は返事も待たずに鴉を抱き上げた。

 承諾の意を示したいが、体は動かない。なんでもいい、ここから逃げ出したい。ここ以上の地獄はそうそうないだろう。残虐な魔術師(あるじ)使い魔(げぼく)でいるのはもうこりごりだ。

「ああ、そうそう。私の名はアルファードと言うんだ。君の名は……まあ、快復してからにしようか」



 その日からクロムはアルファードの家の使い魔だ。

 アルファードはクロムに新たな名前と人の姿、そして庭師という仕事を与えた。

 それからクロムは様々な驚きに満ちた日々を送っている。鮮やかな花、穏やかな木漏れ日……世界はこんなにも優しい。



 そして、こんなにも不条理に満ちている。








 クロムの朝は早い。何せ元がトリなので、夜が早いのだ。

 夜明けと同時に起きて、着替えるとすぐに庭園へ向かう。城と言うにはやや小さいファーレン城だが、庭は広い。半分は実験場であることを考えてもかなりの広さだとクロムは思っている。

 水を汲んだ瓶を持って花壇に向かうと既に先客がいた。長い黒髪をゆったりとまとめ、長身に白衣をひっかけた美人……イルクだ。

「おはようございますッス、イルクさま」

「ん? ……ああ、おはよう」

 実験で徹夜明けなのだろう。足元には何か入れていたらしいかご(自走機能付き)、手には羊皮紙とペン、口には眠気覚ましの薬草をつめた煙管。煙管からは怪しい緑色の煙が出ている。薬草の成分が気になるが、聞くのも怖い。

「何か実験でもしてたッスか?」

「ああ。古文書で見つけた植物用栄養剤。……ほら」

「……ニンジン……っすか」

 どうにもニンジンと断言したくないモノがそこにあった。花壇の隅に一列ほど植えられたそれは赤黒い根っこを見せており、さらに葉がわっさわっさと蠢いている。風もないのに、だ。ぶっちゃけ、食いたくない。

「で、ソレとその『えーよーざい』がどうかしたんスか?」

「花壇にちょうどよく空きがあったからな。ためしに昨日の昼に種を植えて栄養剤で育ててみた」

 そして、一晩で収穫できるサイズまで育ったらしい。ますます食いたくない。



「さて、収穫するぞ。ちょっと離れていてくれ」

 表情にこそ現れていないものの、わくわくと嬉しそうなイルク。もう完璧にただのマッドサイエンティストだ。これでも一国の宰相様だというのだから恐ろしい。政務は極めてまじめに取り組んでいるだけに文句も言えない。

 胸を張って足は肩幅、手は腰のあたりで組んでいる。なんとなく軍人とかそういうイメージの立ち姿だ。

 そして大きく息を吸い……

「アテーンション!」

 号令……いや、呪文。それに反応してニンジンがぴたりと動きを止めた。

「スターンダップ!」

 さらに呪文。

 今度はニンジンたちがひとりでに地面から跳びあがった。

「うげっ」

「アット・イーズ!」

 もひとつ呪文。ニンジンたちは今まで動いていたのが嘘のようにばたりと倒れた。

 沈黙。鳥たちのさえずりが妙に空々しい。ニンジンが地面に転がるさまは「収穫直後」というべきなのに、どう見ても「死屍累々」のほうが表現として正しい気がした。

「よし」

「何がッスか!」

 満足げにニンジンを拾うイルクに、ついに耐えきれずに突っ込んでしまう。

「無論、実験の結果だ。古文書通りの結果。味も……」

 メスで皮をそぎ落として一口かじる。

「うん、申し分ない」

「……食うんスか、それ」

「当然だろう。肥料を与えて育てた野菜。食べずにどうする」

 顔をひきつらせるクロムには見向きもせず、イルクは鼻歌交じりでニンジンを拾い集めて傍らのかごに放り込む。白衣が汚れるのも気にしないのはイルクらしいというべきか。

「よし、実験は成功したし、あとはこれを厨房に持って行くだけだな」

 かごを厨房に向かわせ、イルクは自分の部屋がある棟へと戻っていく。

 その姿を見送りながらクロムは決意した。


 しばらくの間、城で出された食事のニンジンだけは何があっても残そうと。





 イルク的には会心の出来といえる古代の栄養剤『オートプラントール』は、結局そのまま闇に葬られた。誰だって怪しいものは食べたくない。

 それでもイルクのマッドっぷりはとどまるところを知らず、今日も今日とてクロムは怪しい実験に巻き込まれないかと怯える日々なのであった。

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