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男の浪漫

「戻ったぞー」

「お帰り、親父。旅館はもういいのか?」

「おお、道路工事は終わったし、従業員選びはイルクに任せてある」

 走り寄って来た小人に荷物を預け、アルファードはソファに身を沈めた。出迎えた形のセロはその手にいつも握っている剣ではなくペンを握っていた。うっかり溜めこんだ書類の処理中らしい。

「そうだ! ライムから聞いたんだけど勇者が来たんだって?」

「ああ来たよ。相変わらず、なかなかに愉快な男だった」

 ライムはアルファードよりも先に戻っていた。というか、旅館の準備はアルファードとイルクで進めているもので、ライムは自由時間を使って押しかけていただけとも言う。それで勇者コンビと遭遇するのだからライムは運がいいと言うべきかもしれない。少なくともライム的には。

「いいなあー! 俺も勇者とやり合いたかった!」

 勇者は魔王一行とやり合う余地もなく運搬されていったわけだが、セロが知る余地もない。



「ああそうだ。親父が留守してる間に姉貴の留学先から荷物が届いてる。机の下に置いた」

「へえ、もうそんな時期だったか」

 イルクは生まれつき魔力を持たない。そのハンデをカバーすべく、化学を学ぶために留学していたことがある。そのホームステイ先とは今でも付き合いがあり、定期的に贈り物を届けあう仲だった。

 執務を続けるセロを視界の端にとどめつつ、アルファードは荷物を引っ張り出した。『段ボール』と呼ばれるその梱包を解く。

 今回の贈り物は書物がメインのようだ。おそらく、そのほとんどはイルクが依頼したものだろう。

 その中にあって、一つだけ異彩を放つ本があった。

 表紙にクリップでメモが挟まれており、文面は『魔王さんと弟君へ!』となっている。

 どういう事かとメモをちらりとめくる。

 そして。



「セロ、手伝ってやろう」

「へ? ありがたいけど、どうしたんだよ急に」

「その代わり、仕事が終わったらこれを手伝え」

 アルファードはセロに先ほどの本の表紙を見せる。

「これが、どうかしたのか?」

「材料を探しに、海に出るぞ」

「……もしかして」

 セロの瞳が期待で輝く。

 アルファードは大仰に頷き、口元に楽しげな笑みを浮かべた。

「久々に、男同士で水竜狩りとしゃれこもう。ちょうど頼まれてたしな!」




 アルファードが持つ本の表紙には、スリングショットと呼ばれるきわどい水着を着た金髪美女がいた。




 水竜というのは、魔王領の東隣にある小国に巣食う魔物の一種だ。凶暴で、特に繁殖期にはちょっとどころじゃなく人死にが出る。その一方で、その鱗や皮は高い魔力を宿した素材として珍重されている。

 魔王領とこの小国は昔から良好な関係を築いていて、水竜狩りに魔王が協力することも珍しくなかった。……協力する側は親子のレジャー気分だったりするのだが、そこは黙っていればバレない。むしろ小国のほうからは『魔王自らが出陣してくれる』と恐縮されている。




 とまあ、そんなわけで。

 長い髪をゆるくまとめて胸元を覆うだけの簡素な鎧という、どうみても冒険者スタイルのアルファード。健康的な肌を豪快に露出し、マリンブルーのサーフパンツに愛用の大剣というちょっとミスマッチないでたちのセロ。そんな『王家』を名乗るにはすちゃらか極まりない恰好をした二人が海辺にあらわれても、それは割といつものことだった。



「準備はいいね、セロ」

「まかせとけって。精霊に頼んでちゃちゃっと拘束すればこっちのもんよ」

 ざりっと音を立てて砂浜を踏みしめれば、周りに小さなつむじ風。今日もセロは風精霊にモテモテだ。

 その様子を見て満足げにうなずいたアルファードは傍らに置いた袋から釣竿を取り出す。

「あれ、釣竿新調した?」

「イルクの実験室からね」

 つまりそれは無断拝借ともいう。

 イルクの趣味の一つに、超技術の再現がある。アルファードの手の中にある釣竿もその一環で、特殊な繊維の研究ついでに作ったものだ。ちなみに、コピー元となった製品をそろえようとすれば、日本円なら百万は軽く超える。

 釣り針にチーズをさすと、沖を目がけて釣竿を振った。事情を知らないものが見ればただの奇行だが、少なくともアルファードはまじめに(?)水竜を誘おうとしている。種族ごとに違いはあれど、基本的に竜は動物性タンパク質を好む。なのでチーズで誘い込もうという算段なわけである。

「あ! そのチーズ俺のおやつ!」

「あとでここの名物料理を奢ってやるからそれで帳消しだ」

「……三人前なら帳消しにする」

 セロは人間に換算するなら高校生くらい、まさに今が食べ盛りである。




 しばらくは何の反応もなかった釣竿が、ぐんと強くひかれた。

 その勢いでアルファードの手から離れた釣竿が海に落ちていく。

「うわっ」

「げっ、竿が……!」

 愕然とする二人の目の前に、水中から大きなものが競り上がってくる。「それ」は釣り針につけたチーズだけでは満足しなかったのか、釣竿すらも噛み砕いた。

「うわ、でっけえ……」

「こんな大物は何十年ぶりだな」

 水竜。その巨体は大きく仰ぎ見るほどの。

「頼むよセロ」

「悪い、精霊たちが怯えてて拘束はちょっときつそうだ」

 大剣を鞘から抜き放ち、握り直す。あまりの大物に、さすがのセロもたじろぎそうになっていた。アルファードも愛用の細剣を抜くが、水竜相手ではもつかどうかも怪しいところだ。

「これは……援軍を呼んだ方がいいね」

 アルファードは一度細剣を鞘に納めると、指先に魔力を溜めこみ始める。やがて魔力が光るほどに圧縮されると、その光で空中に紋様を描き始めた。

 紋様から魔力があふれ出し、やがてそれは彼の使い魔の形を取る。

「呼び立ててすまない、クロム。ちょっと手伝っ……」

 呼んだのはクロム……普段は庭師をしている使い魔のはずだったのだが。しかし現れたのはクロムではなかった。

 ぽてっと間抜けな音を響かせて墜落したのは、子供でも片手で持てるサイズの、小さな生き物。いわゆるハムスター。

「……あれ? ハムレットじゃないか」

「あれ? じゃねえだろ! なんでそっちを呼ぶんだ!」

 アルファードは使い魔を二体持っている。汎用性に優れたクロムを呼び出すつもりが愛玩用の、つまり役立たずのハムスターを呼んでしまったらしかった。

「やっぱり面倒がらずに術式で対象を固定したほうがよかったか」

「しろよ、普通に!」

 そんなのんきなやり取りをしているうちにも、水竜はじわじわと迫ってくる。獲物をいたぶることを好む性質なのか、一気に距離をつめようとしないところが厭らしい。

 顔は見えないが、水竜にも表情があるのならばきっと邪悪な笑みを浮かべているのだろう。

「親父、今からでもクロム呼べないか?」

「……たぶん、召喚拒否でもしたんだろう。もう一度召喚しても、応じてくれるかは謎だ」

「普段からしょーもない理由でクロムを呼びつけるからこうなるんだよ」

 使い魔クロム。魔族の頂点たるアルファードの使い魔。それだけなら周囲から一目置かれそうなものだが……実態は魔王のパシリだ。召喚命令を受けたから庭仕事を放り出してきてみれば『ちょっとおつかいを頼むよ』と城下町のパン屋に並ばされたりしている。きっと今回もくだらない用事だと判断されたのだろう。

 それはともかく。

「仕方ない。セロ、しばらく時間を稼いでくれ」

「どうするんだ?」

「準備ができたらハムレット経由で知らせる。そうしたら水竜の口をハムレットの前に持ってきてくれ」

 アルファードは魔力を薄く広げ、自身を覆うようにまとわせる。そしてセロの返事も待たずに海に飛び込んだ。






 魔力で作った膜に護られ、アルファードの体はゆるゆると海へ潜っていく。海は薄く明るい青の世界だ。このあたりの海は海流の影響で棲んでいる魚も熱帯に近い。アルファードの勘が間違っていなければ、「あれ」がいるはずだった。

 ぐるり視界を巡らせて目当ての群れを探す。

「……いた!」

 アルファードの目が銀の光の群れをとらえる。細く鋭いそのシルエットはアルファードが探していたものだ。

 群れの動きを少しの間観察して進路を予測する。そして、群れの進路に先回りした。





 一方、陸上では。

「おわっ……と」

 セロの鼻先で水竜のあごが閉じ、牙がぶつかり合う音が高く響いた。

 セロは戦闘に自信があったが、一対一の場合は「人間や魔族相手だったら」という前提つきになってしまう。どんなに剣技が優れていても、竜相手では象に挑むアリのようなものだ。生まれつき風精霊を意のままに操れるとはいえ、それだって回避にしか使えない。使う余裕がない。大きさはそれだけで力の差になってしまう。

 とはいえ、危機感はない。時間を稼ぎさえすればそれでいい。

 サボリ魔で「とっとと誰かに魔王業おしつけて嫁さんと隠居したい」と公言してはばからない父親でも、最強の魔族である事実に変わりはない。責任感はさておくとして、純粋な「力」の面においては信頼できる。こう見えてセロも姉妹もアルファードを尊敬してはいるのだ。

 だが。

 大剣を握りなおしたセロの視界にちらりと映るものがあった。……ハムスターだ。

「本当に大丈夫なんだろうな」

 尊敬し、信頼もしている。だが信用できるかといえば話は別だ。なにせサボリ魔で、仕事以外は適当極まりない男でもあるのだ、アルファードという人物は。

 さすがに冷や汗が出てきたところで、セロの視界に再び異変が起きた。ハムスターが、発光している。セロは打ち合わせ通り、ハムスターを狙わせるように水竜を誘導した。



 使い魔の存在意義は大きく分けて三つある。

 ひとつ、生活や研究の補助役。庭師として働いているクロムはまさにその役割だ。

 ひとつ、趣味の産物。アルファードのハムスター以外にも、ライムが小動物を何頭か使い魔として所有している。

 そして、最後のひとつ。




 ハムスターの目の前に魔法陣が現れた。

 魔法陣から幾条もの銀の光が飛び出し、そのまま水竜の口の中へと吸い込まれていく。衝撃に水竜の体は大きく揺らぎ、そのまま海に沈んでいった。

 水面に赤黒いものが漂っているあたり、どうやら血を流して絶命したらしい。



 あっけない終わり方に唖然としていると、後ろから声がかかった。

「待たせたな、セロ。時間を稼いでくれて助かった」

「親父! 今の何だったんだ?」

「そういえばセロは見たことがないのか。ダツっていう魚だよ。群れの進路をちょっといじらせてもらった」

 ダツ。比較的温暖な海に棲む、細長い体が特徴の魚だ。前方に鋭くとがった顎を持ち、光に反応して突進する性質を持つ。水中にいる限りは水の抵抗でそこまでの威力はないが、水上に飛び出すと抵抗がなくなる分一気に速度が上がる。その勢いのままに激突されて漁師の体に刺さってしまうという事故も毎年のように起きている。

「ってことは、あの竜、ダツに貫かれたってことか」

「その通り。口の中が急所じゃない生き物のほうが少ないからね。ダツを魔法陣の光で誘導して、転送先をハムレットの目の前にしたってわけだ」

 使い魔の存在意義。その最も特異なものがこれだった。五感を共有し、物理的な距離を零とする。アルファードは海中でダツを捜索する一方でハムスターの視界から随時状況を確認。さらにダツを捕捉するとその進路の空間を捻じ曲げてハムスターの眼前――水竜の口の中に指定した。

「ま、とりあえず水竜退治はこれで終了だな。街に戻って報告しよう」

「あとメシだっ! おごってくれるんだろ?」

「……ああ、そんなことも言ったっけな。忘れてなかったのか」





 数日後。

 魔王様の家庭のルールその一。夕飯はみんなで食べること。今日もルール通りに全員そろっての夕飯だ。デザートまで食べ終えて食後の紅茶を楽しむ中、クロムがおそるおそるといった風情でダイニングルームに入ってきた。

「魔王さまー。荷物が届いてるッスよ」

 両手で掲げ持つのは、仰々しい装飾が施された箱だ。装飾の中でも特に存在感を放つのが、龍と竪琴を意匠化した紋章。先日出かけた東の隣国からのもののようだった。

「ああ、もう届いたのか」

 席を立ってクロムから箱を受け取ると、机の上で開いていく。箱の中からはさらに三つの袋が出てきた。袋にはそれぞれ「N」「I」「L」とあった。

「ネフィリス、イルク、ライム。私とセロからプレゼントだ」

「あら、何かしら」

 Nの袋を受け取った魔王の妻(ネフィリス)はおっとりとした笑みとともに、

「珍しいですね、父上」

 Iの袋を受け取った魔王の長女(イルク)はいぶかしげに、

「なんだろ。たのしみ~」

 Lの袋を受け取った魔王の末娘(ライム)は楽しそうに袋から中身を取り出し……三人そろって硬直した。



「旦那さま?」

 いっそ寒気がするほどに美しい笑みを浮かべたネフィリスの手にはスリングショットの水着。

「これはどのような意図で?」

 いつも通りの無表情でイルクがつまみ上げるのはフリルたっぷりのロリータ趣味な水着。

「いやちょっとこれはドン引きかも」

 嫌悪感もあらわにライムが指にひっかけているのはマイクロビキニ。

 どれも青が基調となっており、ところどころに宝石のようなものがあしらわれている。見るものが見れば水竜の皮と鱗で作られた逸品であるとわかるはずだ。とはいえ、家族にプレゼントとして渡すにはいろいろと問題しかない取り合わせであることに違いはない。

「あれ、イルクとライムの水着は逆になるよう注文したはずなんだけどな」

「そういう問題じゃないだろ親父」

 呑気に構えるアルファードとは対照的に、セロはすでに逃げ腰だ。実はセロ、久々に水竜退治……大暴れできると思ったとたん、アルファードの本来の目的がエロ水着作りだということをうっかり忘れ去ってしまっていたりする。

 セロがクロムの襟首をひっつかんでダイニングルームから逃走すると、ネフィリスの笑みと殺気が膨れ上がった。

「そういえば、父上」

「なんだい?」

「私の研究室から開発中の素材が消えたのですが、心当たりは?」

 イルクは水着をきれいにたたみなおして袋に入れつつ尋ねる。

「ああ、ごめん。水竜に壊されてしまっ……な」

 アルファードの鼻先に戦斧が突き付けられた。ダイニングの壁を飾るそれは、かつてネフィリスが戦士として活躍していたころに使っていたもののレプリカだ。刃こそ潰してあるものの、武器としての威力は当然ある。

「ええっと、ネフィリス?」

 おそるおそる振り向くと、ネフィリスは笑顔のまま般若モードだった。やばい。ネフィリスがここまで殺気だつのは結婚前以来だ。

「旦那様? 破廉恥極まりない衣装を私だけならまだしも……」

 ぎちり、きつい音を立てるほどに強く戦斧を握りなおすネフィリス。

「娘たちにまで渡すとは、恥を知りなさい!」

「そうだよ、父上の馬鹿ー!」

 ネフィリスの戦斧が振り下ろされ、さらにライムの手から雷撃が繰り出される。腐っても魔王、アルファードもどうにかよけるが、ネフィリスは追撃の手をやめない。おまけに二人の猛攻に意識を取られているうちにと、イルクは足元を動き回るぬいぐるみ型の従僕たちに研究室から手当たりしだいに薬品を持ってくるよう言いつける。アルファードの悲鳴が聞こえてくるのも時間の問題だった。

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