プロローグ
スペシャルサンクス・小説家になろうチャットルームのみなさん
魔王城の一日は爆音で始まる。
「おはようございます。今日もいい朝ですねえ」
「イルクさまの研究も順調なようでなによりですねえ」
爆音と魔王城は切っても切れない関係だ。城下町の庶民たちがあいさつ代わりの世間話に使うほどに。
「そういえばウワサなんですけど、聖教国がまた性懲りもなく勇者を差し向けるそうですよ」
「いいんじゃないですか? たまには吟遊詩人の為に話題を提供するくらい」
ここはファーレン。大陸の北の果てにあるこの小国は代々魔族が治めるため、魔王領と呼ばれている。
こう書くと闇に包まれた地獄のように思われそうだが、実情はいたって平和。たまーに起きる王位争いと恒例行事と化しつつある対勇者戦以外は大した問題も起きない国だ。
そんな魔王領は現在、王位争いの真っ最中でもあった。と言っても……
「イルクちゃん、朝の爆発は罰として7ポイントマイナスよ。これでまたみんな横並びになったわねえ」
ほんわかした笑みを浮かべた貴婦人が手元のノートに何やら書きつける。イルクと呼ばれた白衣の人物は嫌そうに顔をしかめた。黙っていればクールビューティーなのだろうが、今はその美貌は煤だらけ。しかも黒髪が所々焦げているため台無しだ。
「姉さま気をつけてよ! あたし、ラブシーン書いているところだったのにインクこぼしてだめにしちゃったじゃない!」
抗議の声を上げたのは可憐な容貌の美少女。しかしその手に持った紙に書かれているのはどう見ても男同士が(自主規制)しているシーン。さらに目の下にはくっきりとクマ。髪や爪にはトーンくず。ありていに言って修羅場中の漫画家状態だ。
「つーか、ライム。まーた徹夜か。どうせなら早く寝て早朝からやったらいいだろ。母上ー。ライムも徹夜だから6ポイントマイナスでしょ」
いかにもランニング帰りといった風情の少年が美少女――ライムの姿を見て顔をしかめた。
「それにしても母上。その件については子供たちが合議して結論を出したはずです。――もう一人お子をなしてくだされば、男女にかかわらず次期魔王として誠心誠意お仕えすると」
「だめです。これは旦那さまのご命令です。三年後、もっともマイナスポイントが多かった者が第1987代魔王になること」
イルクのげんなりとした顔に、貴婦人はおっとりとした笑みを崩さぬままに告げた。
怜悧な美貌の女学者イルク・ファーレン、魔王領の若き宰相(実態はトラップオタク)。快活な美少年剣士セロ・ファーレン、魔王軍大将(実態はただの剣術馬鹿)。無邪気な美少女ライム・ファーレン(実態は末期の腐女子)。
三人は次期魔王の座をかけたポイントレースの真っ最中。
最終的にもっとも魔王夫妻の不興を買ったものが次期魔王として君臨するのがルールである。
つまり、魔王一家は「残念な美形」の見本市なのだ。
別段目だった悪さをするわけでなく、実害といえば長女イルクの爆発音ぐらい。むしろ治世はおだやかなもので、民からの信頼も決して薄くない。
さかのぼること三千年前、聖戦と称して略奪の限りを尽くした聖教国にキレて、軍隊をまとめてフルボッコにした温和な農夫が彼らの始祖だ。その後始祖が周辺住民に祭り上げられ、仕方なしに王として君臨したのがファーレン家のはじまり。いつか自分の役目を肩代わりしてくれる賢君が現れるまで、ファーレン家の人々はお互いに王位を押しつけ合っている。
そしてその合間に、自分たちを敵視する聖教国から差し向けられる勇者を追い返したり聖教国からの軍隊をフルボッコにしたりしているわけだ。
これはそんな平和な国を治めさせられている愉快な魔王様一家の記録である。