あの実験の死因は本当に水滴の音だったのか
ポタ ポタ ポタ
水滴が落ちる音が聞こえるようになった
どこから聞こえるのか分からない
頭の中だけで響いているだけのようにも思える
ストレスのせいだと言われた
そうなのかもしれない
妻が事故に遭って半年
車によるひき逃げだった
あれ以来、妻は目を覚まさない
介護の疲れからくるストレスが正しいように思える
ポタ ポタ ポタ ポタ
水滴の音で妻が言っていた実験のことを思いだした
死刑囚の足に痛みを与え、水滴が落ちる音を聞かせるらしい
水滴が落ちる音で足から血が流れ出ていると信じた死刑囚は死んだ
実際には音だけで血が流れていなかったにも関わらずだ
脳を騙すことができれば人体に影響を与えられるという
妻はこの話をいつしたのだったか
そうだ、貴方は思い込みが激しい、と言われたときだ
あのとき、妻は機嫌が悪そうだった
私がなにか怒らせてしまったのだろう
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
水滴の落ちる音が大きくなった気がする
それに伴い、妻の顔も酷くなった
悪夢でも見ているのだろうか
なら早く目覚めて欲しい
ああ、そうだ
寝ていても聞こえているはずだから脳を騙そう
大丈夫、君は元気になって目を覚ますよ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
ひき逃げ犯が捕まった
匿名での目撃証言が効いたのだろう
だが、事情聴取だけで釈放された
笑わせる
ひき逃げ犯はこの土地の有力者の血縁だ
根回しをした結果ということだ
妻をあのような目に遭わせておいてお咎めなしとは
腐っているな
ひどい匂いだ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
ひき逃げ犯の弁護士と喫茶店で会った
目撃証言だけでは駄目そうなので動画を送ってやった
男が車から降りて妻を確認した後に逃げた動画だ
示談かと思いきや、一方的な口止めだった
俺なんかどうにでもできると脅された
高圧的な態度は気に入らなかったが金を渡されたので受け取った
復讐に金は必要だ
なにもかもが腐っている
匂いで鼻が曲がりそうだ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
水滴の落ちる音が酷くなった
寝ても覚めても音が消えない
妻の顔もさらに酷くなった
美しかった顔は今や見る影もない
でも、愛している
妻のためなら何でもする
毎日耳元で元気になるように言おう
早く元気になって目を覚ましてくれ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
ひき逃げ犯はクズだった
普段から親の金で遊び歩いている
家に戻るときは金の無心をするときだけらしい
そんなクズは事故なんてなかったと言っている
金で握りつぶしただけだろうに
だが、証拠なんてもう必要ない
社会的な抹殺なんて望んでない
望むのは物理的な死だ
嬉しい
復讐を躊躇する必要がないなんて最高だ
喜んでくれ
君に酷いことをしたやつは全員殺さないと
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
なぜそうしようと思ったのかは分からない
ただ、死ぬその瞬間まで苦しめたいとは思っていた
妻から聞いた死刑囚の脳を騙す実験
それをやることにした
妻がそれで復讐するように教えていてくれたのかもしれない
奴には相応しい処刑方法だ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
男が一人になったところをバットで殴り気絶させて捕まえた
思いのほか抵抗されてこちらも怪我を負ってしまったが問題はない
少し歩きづらいだけだ
拘束具でベッドに括りつけた後、目を覚ました男に説明してやった
足から血を抜いてじわじわ殺すと
目隠しをした状態で痛みを与えた
そして水滴が落ちる音を聞かせた
男は騒いでいるが、完全防音の部屋だ
誰も助けには来ない
この部屋は貰った口止め料で借りたと言ったら男は怯えた
もっと金を払うと命乞いをしている
金に興味はないと教えてやった
男は私が狂っていると言った
その通りだと言ってやった
狂ってない奴が人を殺せるものか
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
十日後、男は死んだ
出血多量によるショック死ではなく、単なる脱水症状のようだ
水を飲まずに生きられるのは四、五日らしい
もしかしたらもっと早く死んでいたのかもしれない
死因は気に入らないが満足のいく結果だ
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
自宅へ戻った
妻はずいぶんと醜くなった
十日も放置したから怒っているのかもしれない
だが、復讐は果たした
水滴が落ちる音がまだ聞こえるが、どうでもいい
さあ寝よう
あのクズにやられた足が痛い
もうソファでいい
ああ、そうだ
寝る前に言わなくては
君は目を覚ましても大丈夫だよ
もう君に酷いことをするやつはいないのだから
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
大きな音が聞こえて夜中に目が覚めた
身体が金縛りにあったように動かない
眼球だけを動かして周囲を見る
しばらくするとようやく暗闇に目が慣れた
驚いた
妻が足元の方に立っていて、こちらを覗き込んでいる
良かった、目が覚めたのか
でも、動いたら駄目じゃないか
外に出るなんてもってのほかだ
そう声を出そうとするが口が動かない
妻の口が三日月のような形になって笑った
そして妻が屈みこむと視界から消えた
直後に右足に激痛が走る
叫びたいが体を動かせない
妻が視界に戻ってきた
その口から血が流れ落ちている
その血は一体なんだ
アナダノ オガゲデ ゲンギニ ナッダワ
ひどく掠れた声でそう言った妻の顔はとても歪んでいる
痛みも忘れて見ていると妻の口から血が落ちて床に落ちた
ポタ
それを見た瞬間、足の痛みが増した
ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ ポタ
まさか
なんで
うそだ
私は君を愛して――
男の遺体が発見されたのは明け方だった。
ひどく掠れた声で人が死んでいると通報があったからだ。
死因はショック死。
死亡時刻は午前二時ごろ。
心不全の可能性が高い。
ただし、部屋にあった監視カメラの録画映像から多くの問題が発覚した。
男が女を監禁していたこと。
男は女を妻だと言っていたこと。
家の給水管が人為的にキズつけられて水が漏れていたこと。
女は一度逃げ出したが流血した状態で戻されたこと。
近くでひき逃げがあったらしいこと。
男が持っていたメモに書かれた場所には別の男の遺体があったこと。
男の顔が恐怖で歪んでいること。
男の右足首が骨折していること。
監視カメラが破壊されていたこと。
そして一番の問題は――
監視カメラが壊れる直前まで映っていた女の遺体がなくなっていたことだった。




