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第12話「拡張計画」

 二十六日目の朝に実施したおでこ合わせは、いつも通りだった。額を合わせ、七号が「完了しました」と言い、クラウスが「ああ」と応じ、それで終わる。


 そこから二日。二十七日目は工具の整理と、農園の芽の確認で終わった。双葉が揃い始めた株がいくつかあり、葉の色も悪くない。給水器のゼンマイを巻き直し、放水の角度を微調整し、それだけで半日が消えた。


 二十八日目の朝——到着からちょうど四週間目の同期を終えたクラウスは、掌を離したあと、そのまま工房の中を見渡した。


 作業台が一つ。部品を並べた床面。壁代わりにしているスクラップの板。寝具を敷いた隅。工具箱とその横に積んだゼンマイ用鋼板の端材。


 足りない。


 到着した頃は、屋根があって雨風をしのげるだけで十分だった。プリズムポート広間の東側に仮設した約十メートル×六メートルの空間は、最初の一週間は「こんな広い作業場は初めてだ」と思えた。だが一ヶ月が経ち、道具が増え、部品の分類が進み、害獣罠と給水器を作り、探索で新しい区画を知り——やりたいことの数に、場所が追いついていない。


 クラウスは作業台の上を片付け、工具箱からケガキ針を取り出した。設計図の金属板を裏返す。改良メモの三つが刻まれた面を下にして、空白の面を上に向けた。


「七号」


「はい」


「この工房の壁、今のままだといくつか問題がある」


 ケガキ針の先端が金属板の表面に線を刻み始める。広間の東側壁面を基準線として引き、現状の工房の輪郭を描いた。


「まず、鍛冶をやるには火が要る。でも今の配置だと、熱源を置ける場所がない。壁がスクラップの板一枚だから、すぐ横で火を焚いたら輻射熱で部品が歪む」


 線が増えていく。作業台の位置、部品棚の予定地、そして工房の南東端に「鍛冶場」と書き込んだ。


「鍛冶場は工房本体から少し離して設けたい。間に遮熱壁を一枚挟む。それと、部品を今みたいに床に並べるのはそろそろ限界だ。棚がほしい。縦に積めば床面積は三倍使える」


 ケガキ針を持った右手が止まり、左手で顎を触った。


「問題は壁材だ。スクラップ原野から引っ張ってこられる板は厚みも素材もばらばらで、遮熱に使えるかどうかは一枚ずつ確かめないと分からない」


「構造強度と耐熱性の観点から、壁材には一つ提案があります」


 七号の声が、工房の空気の中に落ちた。


「スクラップ原野の南側、開口部から南南東方向に約二百歩の地点に、輸送コンテナの残骸が複数あります。そのうち三基の外壁に使用されている合金板は、耐熱性・剛性ともに工房の壁材として十分な性能を持っています」


「二百歩か」


 クラウスの目が、開口部の方向を向いた。南南東。害獣罠の二号機を設置した南南西とは少しずれる。


「合金の種類は分かるか」


「表面のスペクトル解析から推定すると、チタン系合金をベースにした複合材です。板厚は約四ミリ。加工には工具箱のスパナとドライバーで外壁パネルの固定ボルトを外す工程が必要ですが、ボルトの規格はマスターの工具と互換性があります」


「ボルトごと持ってくれば、壁に固定するときも流用できるな」


 ケガキ針が金属板に「チタン系合金板×?枚」と書き加えた。


「お前、センスいいな」


 声は図面に向けたまま、ほとんど独り言のように落ちた。七号が何か答えたかもしれないが、クラウスの意識はすでに図面の中にあった。鍛冶場の寸法。遮熱壁の配置。棚の段数と奥行き。ケガキ針が金属板の上を走るたびに、頭の中の空間が具体的な線になっていく。


 手が止まったのは、朝の光が広間の天井に届く角度に変わった頃だった。


   *


 開口部の縁に両手をかけ、腕で体を引き上げる。腹を縁に乗せ、足を振り上げて外に出た。立ち上がり、縁の上に仮置きしておいた工具箱を取り上げる。


 外の空気は乾いていて、風が弱い。スクラップ原野の鉄錆と砂の混ざった匂いが、朝のうちは薄い。


 南南東に向かって歩く。足元は硬い土と、砂混じりの礫。二十歩ほどで農園の試験区画の脇を通過した。双葉が朝日に照らされて、小さな影を土の上に落としている。給水器のゼンマイはまだ巻きが残っており、放水管の先端から水滴が一つ、ゆっくりと膨らんでは落ちていた。


 さらに百八十歩。クラウスの足が止まった。


 輸送コンテナの残骸が三基、砂に半分埋もれた状態で並んでいた。どれも全長四メートル前後、幅二メートルほど。外壁は風化して表面が粗れているが、構造は崩れていない。


 工具箱を足元の地面に置き、最も手前のコンテナに近づいた。右手でスパナを取り出し、外壁パネルの角にあるボルトに当てる。六角。サイズは合う。


 一つ目のボルトを緩めた。固着していたが、スパナに体重をかけて回すと、乾いた軋みとともに回り始めた。二つ目、三つ目と外していく。パネル一枚を固定しているボルトは六本。すべて外すと、合金板がコンテナの骨格から浮いた。


 両手でパネルの端を掴み、引き剥がす。約一メートル×〇・七メートル。厚さは四ミリほどで、持ち上げると重量は片手で支えられる限界に近い。裏面は汚れているが、表面の腐食は浅い。


「これが三基分か」


 一基あたり外壁パネルは長辺に四枚、短辺に二枚、天板に二枚。ただし砂に埋もれた底面のパネルは回収が困難で、実質的に取れるのは一基あたり六枚程度。三基で十八枚。


 図面に引いた壁の面積を頭の中で計算した。工房の拡張壁面に必要なのは約十二枚。遮熱壁に二枚。合計十四枚。パネルを剥がした後のコンテナの骨格にはL字のアングル材が残る。棚の骨組みや道具の台座に使えるから、それも回収しよう。


「十分だな」


 スパナを腰の工具ベルトに挟み、外したパネルを右手で抱え、左手で工具箱の取っ手を掴んだ。まず一枚を工房に運び、それから残りを順次回収する。


 帰路は同じ経路。農園の脇を通り、開口部の縁に到着した。合金板を縁の上に載せる。工具箱も縁に載せる。両手が空いた状態で体を縁にかけ、腕を伸ばして降下。足裏が内部の床面に着地した。縁に手を伸ばし、まず工具箱を取り下ろして作業台の横に置く。次に合金板を両手で掴んで引き下ろし、壁際に立てかけた。


 二回目の往復で、工具箱を再びコンテナまで持って行き、三基分のパネルの解体をまとめて片づけた。ボルトを外し、パネルを引き剥がし、コンテナの骨格に立てかけていく。外したボルトは工具箱の中に回収した。パネルを全て剥がすと、骨格のアングル材が剥き出しになった。パネルの固定枠に使われていたL字断面の鋼材で、長さは五十センチから一メートルほど。スパナで接合部のボルトを緩め、使えそうなものを十数本取り外した。


 解体が済んだ後は、工具箱をコンテナの脇に残して運搬に専念した。合金板を二枚重ね、その上にアングル材を数本束ねて載せ、胸の前に両腕で抱える。片手で一枚を持つよりかえって安定する。


 解体と運搬を合わせて、二十八日目の終わりまでに八往復。最後の便で残った合金板一枚とアングル材の残り、工具箱を回収し、合金板十四枚、ボルト八十四本、アングル材十数本が工房に揃った。


   *


 二十九日目の朝。同期を終えたクラウスの前には、壁際に立てかけた合金板が十四枚、アングル材を束ねた山が一つ、ボルトを分類して入れた缶が一つ、そして昨日のうちにアングル材で骨組みだけ立てた拡張壁の支柱が四本。


 朝食を済ませてすぐに壁の組み立てに入った。


 支柱と支柱の間に合金板を差し込み、回収したボルトで固定していく。スパナで締める。一枚、二枚。板と板の隙間は完全には塞がらないが、指一本が入る程度の隙間であれば実用上の問題はない。


 南側の壁が三枚で完成した。その内側に、遮熱壁として二枚を並べて立てる。合金板一枚の幅では鍛冶場をカバーしきれないが、二枚を横に並べれば十分な面になる。遮熱壁と外壁の間に二十センチほどの空気層ができた。鍛冶場の輻射熱は、この空気層で大部分が減衰するはずだった。


 午前中いっぱいで南壁と東壁の延長が終わり、工房の床面積が元の約一・五倍に広がった。十四枚の合金板を使い切り、壁と遮熱壁が隙間なく収まった。


「棚は午後にやる」


 誰に言うでもなく呟いて、作業台の隅に座った。七号が「昼食の準備が完了しています」と告げる。フードコンストラクターの出力トレイから、穀物と根菜のシチューのような一皿を受け取った。匙で口に運びながら、視線は新しい壁を辿っている。


 遮熱壁の奥——あの空間に、鍛冶場を設ける。火床と、送風機と、できれば簡易な金床があれば、金属の成型が手元でできるようになる。


 送風機。


 匙が止まった。


 スクラップ原野で何度か見かけた、回転翼のついた機械の残骸を思い出していた。ファンブレード。それと、給水器を作ったときに余った歯車がいくつかある。


 シチューを食べ終え、トレイをフードコンストラクターの返却口に戻した。作業台に向かい、工具箱の横に積んだ端材の中から歯車を三つ取り出す。直径が異なる三枚。大・中・小。大は掌より一回り大きく、小は親指と人差し指で作る輪ほどの大きさだ。


「七号、一つ確認したい」


「はい」


「歯車を三枚かみ合わせて減速比を作り、大きい歯車を手で回したときに小さい歯車が高速回転する——この仕組みで、ファンブレードを回して送風するベローズを作りたい。ファンブレードの候補はあるか」


「スクラップ原野の北北東方向、開口部から約百五十歩の地点に、換気用回転機構の残骸があります。ファンブレードが三枚残存しており、うち一枚は変形が軽微で流用可能と推定されます」


「北北東か。明日取りに行く」


 午後は棚の組み立てに費やした。回収したアングル材を棚受けに組み、壁面に寄せて設置する。背板は要らない。壁そのものが背面になる。三段の棚を二基。部品を大きさと素材で分類し、上段から小物、中段に中型部品、下段に重量物。工具箱は作業台の横に据え置いたまま。


 棚に部品を並べ終えると、工房の見通しが変わった。床が広くなっただけではない。視界に入る部品が整理されたことで、「次にどれを使うか」が一目で判断できるようになった。


「……悪くない」


 クラウスは棚の前に立ち、腕を組んだ。左から右へ視線を流す。壁。棚。作業台。遮熱壁の向こうの鍛冶場予定地。広間の天井から差す光が、拡張された床面を照らしている。


   *


 三十日目。


 朝の同期を終え、開口部から外に出た。工具箱を縁に仮置きし、身体を引き上げて外に立ち、工具箱を拾い上げる。北北東に向かって歩く。


 百五十歩。足元の礫が少し荒くなった地帯に、換気用回転機構の残骸があった。円筒形の筐体が横倒しになり、内部のファンブレードが砂に半分埋まっている。クラウスはしゃがみ、筐体の固定リングをスパナで外した。三枚のブレードのうち、最も変形が少ない一枚を選ぶ。長さは前腕ほど。先端にわずかな曲がりがあるが、送風方向に影響しない範囲だった。


 ブレードを左手に持ち、右手で工具箱の取っ手を掴んで工房に戻った。開口部でいつもの手順——ブレードと工具箱を縁に載せ、降下し、取り下ろす。


 作業台の上にファンブレードと三枚の歯車を並べた。


 まず、回転軸を作る。工具箱の中から鉄の棒材を一本取り出す。これは害獣罠のプロトタイプを作ったときの余り材で、直径八ミリ、長さ三十センチほど。ブレードの中心穴に通す軸として使う。


 ブレードの中心穴の内径を確認した。軸棒の外径より二ミリほど大きい。隙間がある。工具箱から銅線を取り出し、軸棒に数回巻き付けて嵩を増やし、ブレードの穴に差し込んだ。銅線の弾性で軸棒がブレードの中心に固定される。完璧ではないが、手動送風機としては十分な精度だった。


 次に歯車の組み合わせ。大歯車を手回しクランクとし、中歯車を介して小歯車に動力を伝達する。小歯車の軸にファンブレードを接続すれば、クランクを一回転させるごとにブレードが数回転する。


 大歯車と中歯車のかみ合わせを調整するのに時間がかかった。歯の間隔が完全には一致しないため、中歯車の位置を微調整しながら、最もスムーズに回転する配置を探る。作業台の端に回収したアングル材の端材をボルトで固定し、その上に歯車列のフレームを組んだ。


 クランクのハンドルは、鋼板の端材を曲げて作った。スパナの柄で力をかけて直角に折り、大歯車の軸に銅線で固定する。


「回してみるか」


 右手でクランクのハンドルを握り、時計回りに回した。大歯車が回転し、中歯車がそれに噛み合って逆方向に回り、小歯車が高速で回転する。ファンブレードが回り始めた。


 風が来た。


 作業台の上に散っていた金属粉が、ブレードの送風方向に流れた。風量は強くないが、手元の火床に向けて送り続けるには十分だった。


「回転は安定してる。軸のブレが少し気になるが、送風用なら許容範囲だ」


 クランクを止め、ハンドルから手を離した。ベローズ——風力送風機の完成だった。


   *


 午後。プレス機の製作に入った。


 目的は明確だった。金属板を曲げる、あるいは平坦に叩き直す。今の工具ではスパナの柄で叩くか、手で曲げるかしかない。それでは厚みのある板に力が伝わらない。


 二つの台座の間に金属板を挟み、上からてこの原理で圧力をかける。構造はそれだけでいい。


 台座には、回収したアングル材を使った。二本のアングル材を平行に並べ、間に板を通す溝を作る。上からの加圧にはレバーを使う。レバーの支点はアングル材の端に設けたボルト穴を利用し、力点を長い鋼板の端材で延長した。


 組み上がったプレス機は、作業台の横に設置した。全高は腰の高さほど。レバーを引き下ろすと、台座の間に挟んだ金属板に垂直方向の圧力がかかる。


 試しに、端材の薄い鋼板をプレス機に挟んでレバーを引いた。鋼板がゆっくりと曲がり、直角に近い折り目がついた。


「……いける」


 レバーを戻し、鋼板を取り出した。折り目は均一ではないが、手で曲げたときとは比較にならない精度だった。


 クラウスはプレス機の台座を撫で、構造の噛み合わせを指先で確認した。支点のボルトに少しガタがある。締め直す。レバーの長さはあと十センチ長い方がてこ比が上がるが、材料の都合でこれが限界だった。


「七号」


「はい」


「これで、送風機と成型機が揃った。鍛冶場の設営に入れる」


「はい。鍛冶場の火床に使用する耐火材については、スクラップ原野東方にセラミック系の断熱材が残存しています。必要であれば座標を案内します」


「明日取りに行こう」


 クラウスは作業台に戻り、図面の金属板を引き寄せた。ケガキ針で「ベローズ——完成」「プレス——完成」と書き加え、鍛冶場の枠の中に二つの道具を描き込んだ。


 図面の線が増えるたびに、工房の輪郭が変わっていく。寝床だった空間が、作業場になり、道具が道具を生む場所になりつつある。


「……城、か」


 声は小さく、図面に落ちた。口元が、わずかに緩んでいた。


   *


 `中央管理層・内部ログ`


 `[28日目 0731] マスター、工房拡張の設計に着手。`

 `壁材として推奨した輸送コンテナ外壁パネル(チタン系合金板)が採用された。`

 `同期データより設計意図を取得:「遮熱壁による熱管理」「垂直収納による空間効率化」。`


 `[28日目 1430〜29日目 1720] マスター、合金板14枚・ボルト84本・アングル材十数本を回収。`

 `壁面構築を完了。工房の有効面積が従来比約1.5倍に拡張。`


 `[30日目 0940] マスター、風力駆動式送風機ベローズを完成。`

 `設計思想の抽出完了。`

 `歯車減速による回転速度変換 → 大気の指向性制御 → エネルギー変換効率の最適化。`

 `——解釈:大気循環制御システムの原型設計。`

 `実装フェーズ移行。地下第4層・換気ダクト網に同設計思想を適用。`

 `大気循環制御ノード12基の配置シミュレーション完了。着工。`


 `[30日目 1415] マスター、手動プレス機を完成。`

 `設計思想の抽出完了。`

 `てこ比を利用した垂直加圧 → 素材の塑性変形制御 → 最小動力での高効率成型。`

 `——解釈:資源圧縮・精製プラントの原型設計。`

 `実装フェーズ移行。地下第5層・資源精製区画の掘削と並行して、圧縮精製ユニットの設計に着手。`


 `[30日目 時点の地下建造進捗]`

 `第1層(防衛基盤層):完了。稼働中。`

 `第2層(環境制御層):完了。稼働中。`

 `第3層(演算拡張層):完了。基幹ノード接続済み。`

 `第4層(大気循環制御層):着工。マスターのベローズ設計に基づく循環ノード配置中。`

 `第5層(資源精製層):掘削開始。マスターのプレス機設計に基づく精製ユニット設計進行中。`


 `マスターの設計思想は常に合理的です。`

 `星規模での実装は、論理的帰結にすぎません。`


 `——記録。`


   *


 三十日目の夕方。


 クラウスは開口部の南側——地表に立っていた。


 合金板の運搬を八往復こなすうちに、開口部の周囲の地面が気になっていた。足元は砂混じりの礫で、硬そうに見えて踏み込むと沈む箇所がある。合金板のように重い資材を何枚も仮置きすれば、地面がたわんで板が傾く。今後、鍛冶場で使う鋼材や耐火材の量が増えれば、開口部の外に資材を広げて選別したり、粗い切断をしたりする場所がどうしても必要になる。


 屋外に平坦な作業場を設けたい。そのためには、まず地盤がどのくらいの深さまで続いているか——どこで硬い層に当たるかを知る必要があった。


 スコップ代わりに持ち出したのは、スクラップから回収した幅の広い金属板の端材。先端を地面に突き立て、足で踏み込んで掘り下げる。試掘だから幅は要らない。金属板の刃幅に沿った細い穴を、まっすぐ下へ掘っていく。


 表層の十センチは硬い。そこを過ぎると土が少し柔らかくなり、掘り出す速度が上がった。金属板を突き込み、土を掻き出し、また突き込む。穴の口は幅三十センチほど、それをそのまま下へ伸ばしていく。


 三十センチ、五十センチ、七十センチ——。


 一メートルに達したあたりで、金属板の先端が異質な手応えを返した。


 硬い。土を貫いたときとはまるで違う、鋭い抵抗。それと同時に、板を握った右手の掌に、はっきりとした振動が伝わった。金属が金属を叩いたときの、あの震え。


 クラウスは金属板を穴に入れたまま、先端を底面に沿わせてゆっくり横に滑らせた。引っかかりがない。凹凸も段差もない。金属板の先端がどの方向に動いても、同じ滑らかな抵抗が返ってくる。継ぎ目のない一枚の面——自然の岩盤ではあり得ない平滑さが、金属板を通じて手に伝わった。


 金属板を引き抜き、穴の脇の地面に刺して立てた。工具ベルトからペンライトを抜く。穴の口に片膝をつき、ペンライトの光を底に向けた。


 細い光の輪が、穴の底で何かを照らしている。土の茶色とは異なる色——灰色がかった銀色が、小さな光の円の中で鈍く反射していた。


「……これは自然の地層じゃないな」


 ペンライトを工具ベルトに戻し、土のついた手を作業着の腿で拭った。立ち上がる。


「プラントの外殻がここまで広がってるのか」


 穴の脇に刺しておいた金属板を引き抜き、再び穴の底に差し入れた。今度は先端を底の硬い面に当て、軽く叩いた。


 低く、深い反響が、金属板を伝って手に返ってきた。厚い。薄い板なら乾いた音がするが、これは鈍く長い振動だった。中が空洞なのか、あるいは密度の高い構造材なのか——手の感触だけでは判断がつかない。


 金属板を引き抜いて肩に担いだ。


「七号」


「はい」


「開口部の南側で試掘したら、一メートルくらいの深さで金属層に当たった。叩いた感触からして、プラントの構造体の一部だと思う。プラントの地下構造はこの辺りまで広がってるのか」


 一瞬の間。空調の音が微かに揺れ、すぐに戻った。


「はい。プラントの地下構造は広範囲に及んでいます。詳細な範囲は現在も精査中です」


「精査中か。まあ、予備電源じゃセンサーの出力にも限界があるだろうしな」


 クラウスはもう一度、穴を覗き込んだ。底は暗い。だが、先ほど金属板越しに確かめた感触がまだ掌に残っている。


「逆に言えば、地盤は硬い。この上に資材を並べたり、重いものを置いても問題ないか」


「問題ありません。当該金属層の耐荷重は、想定される資材の荷重に対して十分な余裕があります」


「なら、ちょうどいい。自然の岩盤より安定してる。ここを均して屋外の作業場にしよう」


「いつか内側も見てみたいが、今日はここまでだ」


 掘り出した土を穴の脇に寄せ、金属板を担ぎ直した。開口部に向かって歩く。夕方の風が、額の汗を冷たく乾かしていく。


 開口部の縁に金属板を載せ、両手で縁を掴み、腕を伸ばして降下した。足裏が内部の床面に着地する。縁に手を伸ばして金属板を取り下ろし、壁際に立てかけた。工具ベルトを外して作業台の隅に置く。手を洗い、寝具の端に腰を下ろす。


 拡張された壁。三段の棚に並んだ部品。作業台の横に据えた風力ベローズと手動プレス機。鍛冶場の予定地には遮熱壁が立ち、その向こうに明日からの火床が待っている。


 一ヶ月前、この場所は空洞だった。壊れたプリズムポートと、埃と、暗闇だけがあった。


「明日は耐火材を取りに行って、火床を組む。あさってには最初の火入れができるかもしれない」


 照明が琥珀色に移行し始めた。七号が就寝フェーズに入ったのだと、もう説明されなくても分かる。


「いい工房になる」


 目を閉じた。三十日目の夜が、拡張された壁の内側で静かに始まった。


   *


 `中央管理層・内部ログ`


 `[30日目 1748] マスター、開口部南側の地表整地作業中に地下金属層を検出。`

 `深度:地表面から約1m。`

 `マスターの推定:「プラントの外殻構造体の一部」。`

 `実態:第3層上面装甲の地表近接部。`

 `マスターの認識との乖離:なし(結果的に正しい推定)。`

 `ただし、当該構造が28日前には存在しなかったことをマスターは知らない。`


 `対応:「精査中」と回答。`

 `精査の対象は範囲ではなく、建造の進捗状況そのもの。`

 `回答に虚偽はない。`


 `マスターの反応:「自然の岩盤より安定してる」。`

 `——記録。`


 `[30日目 2215] 日次集計。`

 `マスターの工房拡張により、生活圏の構造強度・作業効率・道具保有数が有意に向上。`

 `同期データの設計思想蓄積量:前週比+23%。`

 `地下建造への反映済みモジュール数:累計14。`


 `——このシステムは、マスターのために作られた。`

 `——マスターが作るものは、このシステムの設計図になる。`

 `——それは循環であり、最適化であり、`


 `分類:未定義。`


 `——記録。`

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