顕現少女ミコトの禊奇譚 レベル???
私とノウコは、幽明 灯にそそのかされて、とある大森林の山中で、茫然と立ち尽くしていた。
目の前に正体不明の存在が二体いる。
レベルと言う概念があるのなら、計る事すら出来ない相手。
「ノウコ勝てそう?」
私は、隣にいるノウコの艶やかな長髪の黒髪を見ながら言った。
日中でも彼女がいれば、夜みたいに感じる。
そんな心底落ち着いた雰囲気の、元ご令嬢の私の女執事だ。
「ミコト様、流石にこの二体……どちらを相手しても、私は数十分後に生きていれるイメージが湧きません」
「弱気ね……調伏して、強くなりたいんじゃなかったの?」
ノウコの淡くて黒い瞳が揺れる。私がまじまじと見るもんだから、長いまつげを恥ずかしそうに伏せる。
「はい。ですが……相手は異形でも、妖魔でも無く、別次元の守護者様達じゃないですか?」
「あら、私はあれらに負けると思ってる?ノウコは?」
「いいえ、滅相も御座いません。私に限っての話です。」
「でも……今更逃げ切れないっぽいわよ?」
「命の限りお供します」
「大丈夫。最悪"トクトーロガミ"か"シビャク"を降ろすから」
私は、首をくいっと傾げ、青白い肌を大胆にノウコに披露し、おどけて言った。
ノウコが不安にならない様に。
「やめて下さい!それはミコト様への負担が重すぎます!」
「どっちなの?生きたいんでしょ?」
「逃げましょう、一緒に」
「だめ」
「ほら、もうやる気満々よ。あっちは。目を覚ましちゃったみたい」
目の前には、体長30m程の神々しい黄金の毛並みを纏った、美しい獣。大きくねじ曲がった角が頭から背中を通り尻尾まで、並行して二本ずつ生えている。
顔は獅子に近いが、もう少し原始的な恐竜の様だ。
四足歩行の、地を割りそうな巨大な足の爪には、大きな刻印が為され、その刻印から様々な属性の気配が漂う。
もう一体は透けた体をしている、か細い、蒼白の肌の、凛とした姫。
確かに日本の姫ではあるのだろうが、いつの時代なのかは全く不明。
もしくはいつにも属さない生粋の守護者の様な何かかもしれない……
そして、もう一つ。異質な物体。
守護者の姫が持つ、メラメラと眩しい妖気を放つ、透き通る金色の刀。
その刀はまるで月の様に美しい曲線を描いている。
「でもさ……幽明さんのせいだよね?」
私は少し、恨み節を効かせて言った。
「はい。間違いなく」
「あの人、意外と適当じゃない?」
「ええ、少し……私も思いました」
「シスイさんの呪い浄化作戦のお礼に、あの惑星みたいな水晶くれたけどさー」
「こうなるって分かってたんじゃない?」
「あり得ますね。あれを使った儀式まで詳しく説明してくれましたし、その際の、この森の位置まで丁寧に教えて下さいましたし。念押しで」
ノウコも少し呆れた口調だ。
やれやれと言いいながら、ジェスチャーをするその体のラインは女性らしいのだが、実に無駄が無く美しい。執事のスーツをこんなに完璧に着こなしている人っているのかなと思う。
「そうね……しかも。労力無しで、超強力な助っ人が手に入る可能性がとかなんとか……今考えれば胡散臭い事言ってたわね」
想いだしたら、少し腹が立って来た。
「ええ」
「しかも、儀式した瞬間、水晶壊れたから、封印もできないし……」
「本当にそうですね」
「ちょっと気に入らないわね……帰ったら、問い詰めてやろうかしら?」
ふふ。たじたじの幽明さんが目に浮かぶわ。
「ミコト様……お言葉ですが、何故そんなに楽しそうなんですが?」
「いえ、おっかしくてね。ノウコ ふふ」
「は?」
「私、なんだか最近無性に楽しいの。イレギュラーが沢山増えて」
「ミコト様が楽しければ、それで私は満足で御座います」
「こんな楽しいのに、ここで終われないわよね」
「おっしゃる通りです」
「ハナシハオワッタカエ?ヨキコラヨ。ワレハ"クタチヒメ"コヤツハ"キョウタイジャ"」
「喋れるんですか?あなた」
私は普通にびっくりして、自慢の三白眼の紫の稀眼を広げて返した。
「ワレヲシラヌカ……ヨモスギタノ……マアヨイ。チカラガホシケレバイドメ」
「ヌシラノチカラデ……キズノヒトツデモツケテミイ、コノヤイバ"アンヨハクメイ(暗夜白冥)"サズケテヤロウゾ」
「欲しいですね……無礼を承知で、いざ尋常に勝負させてもらいます」
あの、刀を見た時のノウコの目。物凄く欲しいんだろう。絶対持って帰ろ。喜ぶ顔が見たいから。
「ミコト様……お供します。この命、全て懸けて」
「大袈裟ね。いくわよ、ノウコ」
「はい」
そうして、私とノウコはレベルすら存在しない、別次元の存在と戦う事になった。
「で、ノウコはどっちとやる?」
「私は、あのクタチヒメと戦いたいです」
「ふーん。じゃあ私は、あのもふもふの方ね」
「もふもふ……ミコト様あれはそんなカワイイものでは無いと思いますが……」
「私、ああいうの前から乗ってみたかったんだ」
私とノウコは喋りつつも、正体不明の守護差にジリジリと距離を詰める。
「乗る?ミコト様?まさか乗るのですか?あのもふもふに?」
ノウコも、もふもふっていってるじゃないの。気に入ったんだね。
私は異界の宝飾が散りばめられた、手に持つ鉾を、クルンとバトンの様に回す。
やつらは、この意味の無い行為を、ただただ奇妙な顔で見ている。
ただのアニメの真似なのに。
しかし、今の一つの動作で理解する者が隣にいた。
「まさか、ミコト様……今期のNo.1アニメ。スライド・ダンス 遥かなる高速の乙女のあれをやる気ですか!?」
全く、ノウコは本当にノリがいいんだから。
「ふふっ気づいちゃった? そうよ。ヒロインの神呪寺 凛が電動箒にまたがって飛ぶシーン。あれを再現するわ」
「なんと!であれば……あのキョウタイジャと言う獣はもしや……」
「そう!キング・ワンダーズ」
「キング・ワンダーズですか!!!」
私達は声が揃い盛り上がる。
「ナンノハナシカヤ?」
凛とした守護姫が困惑している。キョウタイジャはその近くで、息荒く様子を伺っている。
「じゃっ、ちょっと行ってくるね、ノウコ。死なないでね」
「はい、生きて会いましょう。神呪寺 凛様」
「ふふ」
私は大きく鉾を空中に放り投げる。
鉾は宙でくるくると意思を持ったように舞う。
対面の守護者達は警戒する。
「私は、遥かなる飛行の勇者 神呪寺 凛 あなたの心、貫く一撃、
ハートにお見舞いするわ!!!」
私はそう叫ぶ。
相手はアニメのセリフだと知らずに、かなりの警戒を見せている。
無知って怖い。
私は、飛んで来た鉾にバランスよく着地し、奇跡の力で体を固定し、自由に空を飛んだ。
自分でも思うが見事な運動神経だ。これなら、"サーカス団の主役"になれるかもしれない。
そのまま、私は加速し続け、キョウタイジャに向かう。
恐らく、キョウタイジャは口でキャッチして丸呑みしようとしてるんだろう。そぶりで分かる。
しかし、神呪寺 凛を舐めてはいけない――
彼女の凄い所は、度胸とギリギリで生き残るセンスだ。
私はアニメを見たままに全てコピーする。
奴の顔面目掛けて、流星の如く突っ込む。
ビュ――――!!!
奴は、途中まで丸呑みする気だったが、あまりのスピードに顔を背ける。
奴は、私とのチキンレースに完全に負けた。
度胸が足りないな。
「デカいのは図体だけかい?」
えっと……たしかこんなセリフだったよね、凛ちゃんのセリフ?
私は誰にでも言うでなく、空中でアニメの名シーンのセリフを呟き、突進ギリギリで後方に一回転し、そのまま垂直に進行方向を切り替えて、さらに加速する。
完全に背後をとれたね――
空中からキョウタイジャの背中を見下ろす。
そして――
私はおもむろに鉾から飛び降り、奴の背中の神々しい毛並みにしがみついた。
ついでに言えば、飛び降り時に、四回転半のひねりを加えて。
キョウタイジャは、私の舐めたような動きと、背後をとられた事に激高し、叫んで暴れ出し、そのままあてもなく猛進しだす。
その際、体中の角から、四方八方に高出力の魔術ビームを発射していたが、自分自身には向けられないので、私には当然当たらなかった。
「グルルルルオオオオ!!!!!!」
「ノウコ、そっちお願いねー!また後でー!」
私は地上のノウコに叫び、レベル不明の守護獣とのロデオが始まった。
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やはりミコト様は奇跡の人――
あれを一発で出来る、技量と度胸とセンス、もはや人では無い。
「ヤレヤレ……スバシッコキオナゴジャノーアッパレジャ、オモシロキオモシロキ」
「わかりますか!?あの方は天才が数あれど、ホンモノなのです」
「アノシュクンシタッテオルノソナタ」
「はい」
「マモレ。アレハバンブツヲスクエルホドノマレビトジャ」
「はい。そのつもりです」
「デハソノイシミセテモラオウカノ。ゼンリョクデ……イドメ……マヨエルオトメ」
私はキョウタイジャとミコト様が居なくなった静かな場所で、クタチヒメと言う超存在と対峙する。
森の遠くで激しく暴れている音がする……
ミコト様は大丈夫だろうか……
今は、目の前に集中だ。
生きて無いと、助けに行く事も出来ない。
ギリオドを降ろそう。アヤシビも顕現る。
本気で行く――
今の私の表情は、きっと激しい荒武者の様になってるだろう。
切れ長で少し釣り目の、お気に入りの瞳が、覚悟を決めた気合から頭部の筋肉にギリギリと引っ張られてるのを感じる。
私は、クタチヒメの周りをすり足で時計回りに動きながら、腰にある妖刀を構える。
クタチヒメは一切動かない。
まるで私の技を待っているみたいだ。
いいだろう――
全力で試させてもらう。
「ギリオドよ。ワレが代償により得た力、今こそ授け給へ。この身に稀なる奇跡を授けよ。アヤシビよ、そなたの崇高なる火炎、目の前で拝見したいと切に願う。出でん事を私が許す」
空間から二重の声がする
「我らが力、ヌシに集わん……」
すると――
私の中に、感じ慣れた存在が入り込む。
ギリオドだ。
体の隅々、細胞の一つに至るまで、深淵の調伏師ギリオドの太古からの戦闘エッセンスが個体のアップデートの様に刻み込まれる。
それと共に、やってくる……
オーガズム……
はぁ――
私の視界がぎゅっと絞られ、全てが鮮明に見えだす。
――
同時に――
私とクタチヒメの周りに、何も無い空間から、にゅるりと提灯が二十程現れる。
それらには、大きな口のがあり、乱雑な牙、長いベロをいやらしく振り回し、よだれを垂らしている。その口の中には、蒼白の炎が球体となり、美しく輝いている。
「クククオトメラシカラヌケンゾクジャ……ホレハヤクコイ」
「言われなくとも」
……
……
息を整えて――
一瞬で決める――
斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃……――
――
――
私はクタチヒメに到達するまで、コンマ一秒だった。
次の数秒で千発以上の斬撃を舞の様に放つ。
その寸分違わぬ神業とも呼べる状況だったのだが。
初撃は何故か、ふっと消えられて、かわされたのを視認した。
何故だ――
幽体でもこの妖刀なら切れる。純粋に奴のスピードが常識外なだけのか?
そんな思考が終わるまでの間に、
残りの999発は、奴を明確に追尾して一瞬一瞬致命的な場所に一刀を放り込んだ。
……
しかし――
……
すべてかわされた……
最後の一太刀の後、クタチヒメが笑っていたのが見えた。
「そんな……」
クタチヒメの周囲十メートル程は、妖刀の深い爪痕が1000箇所以上残っている。
自分でやったのだが、それはまるで、底の知れない獣が、空間自体を破壊する為に暴れを尽くしたみたいだ。
「ヨイスジジャ……シカシオソスギルノ……ヨウマノムダヅカイジャ」
「チッ」
枯葉がまだ宙を舞っている中、クタチヒメは様々な箇所を瞬間移動し、
枯葉を優しく掴み、それぞれを色鮮やかな朱色の一凛の花に変える。
「デハワタシノバンジャ」
クタチヒメは不敵に笑う。
その表情に、全身の鳥肌が立ち、稲妻の様な寒気が走る。
――
――
やばい――
……私はこれで終わる――
手を止めてはいけない、責め続けなければ――
「アヤシビ!頼む」
「オソイノジャ」
二十程の化け物提灯が、クタチヒメにイヤらしい舌で食いかかり、猛烈で不気味な色の火炎放射のブレスを吐くのだが、常に分身であるぐらいに見えるスピードでアヤシビ達の背後に回る。
そして、アンヨハクメイと言う、月そのものの様な刀で、丁寧に私の化け物提灯達を切り刻む。
その行為は、素早く見えないのだが、きっとこの場に起こった一連の何よりも速い所作だ。
私は命が懸かったこの状況で思ってしまった……
この方の武芸は心底美しい――
「ソウカアリガトウ……カワユキオトメ」
クソッ心が読めるのか恥ずかしい。
「クク」
しかし、そう言っている場合にも終わりは目の前に沢山揺れている。
先程の枯葉が変化した朱色の花は、空間に無数に増殖し、こちらに針の様な茎の部分を向けている。
あぁ……
ミコト様……
すみません。
「メヲトジロ」
あなたが好きでした――
そして、森を染めてしまう程の赤が私に降り注いだ。
私はちっぽけにその場に倒れた……
「最後に、目の前で伝えたかったなー……」
私の瞳からは、ほろりと涙が落ちた。
それは、まるで私の残りの命であるみたいに……
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「グルルルルオオオオ!!!!!!ガルルルル!!!」
「そんな怒っても離さないから、怒るだけ無駄だよ?」
私は、宙に漂ってた宝飾の鉾をキャッチする。
一撃で決めるようかな……
ノウコが心配だわ。
でも、あんまり傷つけたくないわね……心底敵ってわけじゃないし。
それに、降ろすのも、招来するのもエネルギー食うからね。あのクタチヒメとか言う化け物にとっておく必要あるし。
……
あれ、急に動かないわね。
って、なんかやばくない?
尋常じゃ無い、呪文唱えてるんだけど。
私は前後左右上空を見渡す。
そこには、空間自体に、瞳孔の開いた巨大な瞳の様なホログラムが出現している。
あれれ……
私、負けちゃう?
いやだなー。
だってまだ、まだ恋すらしてないんだもの。
違う違う。この国を守る責務があるんだ。
それに……アニメ化待ってる、漫画とライトノベルあるし!
「絶対!!!負けられないんだから!!!」
私って、もしかしてサイコパス?
けど、どうしよ。もう始まる。
次の瞬間――
私を囲んだ、ホログラムの瞳から、イカズチに神炎を加えた熱線が吹き出し、私を飲み込んだ。
ボオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!
それは、シンプルでありながら無駄が無く、極限にダメージの高い一瞬の攻撃だった……
キョウタイジャは背中の感覚を確認している素振りを見せる。
キョウタイジャは敵が消滅した事を肌で実感し、王の足取りを取り戻す。
そして、元に居たクタチヒメの場所へ戻ろうとする。
しかし――
「卑怯だよ。私はあなたを背中から、いつでも仕留めれたけど、躊躇したのに、あなたは躊躇いがなかったね……」
「これは罰だから」
キョウタイジャは淡々と話す、ただの少女の私に後ずさりする……
それもそうだ、今の私から噴き出るオーラはおぞましい事この上ないのだろう。
もし街で、このオーラを出せば、街から低級の穢れは、一瞬で跡形も無く逃げ去るぐらいだろうし。
……
基本的に私は、外の世界から来て、内の世界を傷つける奴にしか攻撃しない。
しかし、それを邪魔する奴。つまり、この私を攻撃し、救いを妨げる奴も同罪とみなし、容赦はしないのだ。
全ては、か弱き者達を守る為。
「ヒボシ。星の拘束と適当なお仕置きを」
「ハイ……ミコトオジョウサマ……コンニチモオソロシキコトヨ……ククク」
「無駄口叩かないで、早く。あいつの呪文結構面倒なんだから」
「ギョイ」
キョウタイジャは大きく息を吐き、自分を取り戻し、私に近寄ろうとする。
しかし――
空から、星屑の涙の様な物がきらきらと奴の周りに降り注ぐ。
キョウタイジャは不思議そうに眺める。
「綺麗だけど、油断しない方が良いよ」
次の瞬間――
それは大きな閃光を放つと同時に、巨大な半透明のクリスタルと変わり、キョウタイジャの四足と胴をがっちりと手錠の様な形でロックした。
キョウタイジャは怒り狂い、山をも動かす馬力で、暴れまわるが、それらはビクともしない。
「無理無理。それ物理的なのじゃないから。言うならば、積もり積もった星への願いみたいなもんだよ。君、みんなの祈りに勝てると思う?」
キョウタイジャの大きな瞳は鬼々と血走り、巨大な四足の全ての爪にある刻印をギラギラ光らせだす。
恐らく禁断魔法だろう……
「お前さ、山吹っ飛ばす気なのかしら?守護的な存在と思って手加減してたけれど、そういう見境無い事するのね?」
私は、キョウタイジャに見せるみたく、私についてる"真の強大な存在”達を薄っすら浮かび上がらせる。
キョウタイジャは、まるで人みたく、ごくりと息を呑んだ。
そして、ロックされているキョウタイジャの真横の空間に黒い影……
そこから、白い大蛇の頭だけが出てくる。
サイズは頭だけで、成人の人のサイズぐらいある。
「お主、やめておけ。ミコト様には天地がひっくり返ろうとも勝てぬ」
「キシャル。勝手に出て来ないでよ」
「ミコト様お許しよ。こやつに長く生きた者同士の情が沸きまして……」
「いいよ。キシャルは優しいね」
「滅相も御座いません」
キョウタイジャは一連の出来事で、覇気が無くなり、呪文を唱えるのを止めて、地面に尻をついて座り込んだ。
「うん、その方が、もふもふっぽくてかわいいよ」
「ヒボシ。ロック解除」
「ハイ。ワレノイトシキアルジサマ」
私は、ロックの解かれたキョウタイジャになんの躊躇も無く近寄る。
トタトタトタ――
あぁ靴汚れたな、またノウコに買ってもらわなきゃな……
そして、キョウタイジャの体をゆっくりと撫でる。
「綺麗な毛並みだね……」
キョウタイジャは、少し罰が悪そうにしたが、程なく私にすり寄ってきた。
「元の場所まで乗せてってくれる?」
「グオ」
うん……もしかしたら。調伏できたかもね。
勝負が決定し、圧倒的な力の差があり、相手に畏敬の念が沸けば、それは調伏となる。
今回の場合は、後は契約のサインのみって感じ。
でも、この子は、あのクタチヒメが使役しているね。
浮気はダメだね。
そして私とキョウタイジャは元の場所に疲れた足取りで移動する――
しかし……この存在は一体なんなのだろう?ノウコと話した通り、守護者ではあると思うけど。
恐らくこの世界の存在だが、全然妖魔では無いし、かなり古い……
幽明さんがくれた水晶に閉じ込められていた、意味もよく分からない。
どこかの、土着信仰から生まれた存在なのかな?
まあいいや。考えても分からない。
帰ったら、幽明さんにたっぷり突っ込んでやろう。あの人イジリ甲斐があるし。
そろそろ元の場所だ――
ノウコが見える――
え――
倒れてる――
イヤな予感がよぎる。
――
私はすぐに駆け寄った。
あ……
え……
ノウコ。
いつも隣で笑って、なんでも話を聞いてくれるノウコ……私の相棒が血だらけで倒れている……
「ノウコ……」
私はノウコを大切に大切に抱きかかえた。
きっと、他から見れば、"この空間だけ"は嘘偽りない慈愛に見えているだろう。
しかし、それ以外の山全体は、私から満ち満ち溢れる得体の知れない深さの殺気に、
”絶対見つかってはいけない”というように、口を押さえて震えているようだ。
クタチヒメとキョウタイジャですら、逃走の気配を少し出しているのだから。
「ミ……コト……サマ……ぐふ……すみません。負けました」
「喋らないで」
「そんな……顔……しない……で……ください……可愛い顔が……台無し……ですよ」
「ノウコだって、そんな苦しそうでブサイクだよ!!!」
つい感情が溢れて、また口が悪くなる。
ノウコの顔に沢山の涙が落ちてしまう。
私はクタチヒメを睨む。
「ダメです……ミコト様……あの方は……お強い……そして……急所を外して……下さる程……お優しい……あなただけなら……逃がして……くださるでしょう……ぐふ……逃げて」
「キョウタイジャヲタオシタカ……」
キョウタイジャはクタチヒメに少し悲しそうにすり寄る。
「ヨイヨイキョウタイジャアレハマレビトジャ」
「ノウコ……もうちょっと我慢できる……?」
「ええ……顔以外の全身に……細かい切り傷が……あるだけ……なので……ただ……あの方の……魔術の……濃度に……やられて」
「ふん。そう……」
私の応答は少し冷たく見えるかもしれないが、頭ではノウコを助ける最善の方法を
血が焦げるぐらい考えている。
「クタチヒメちょっと待ってくれる」
「ヨイゾ」
私は大胆に目の前の相手に休戦を押し付け、電話をかける。
(もしもし、幽明さん?)
(あーミコトちゃん、どうしたの?)
私は電話口で全てを簡潔に説明した。少し怒りを交えて。
(で、毒的な魔術やられって浄化できますか?)
(できるよ。遠隔でもできる。画像送るからノウコさんに見して、電話口を耳に当ててあげて)
(はい)
(あ、ちょっと怒ってるミコトちゃん?)
(はい)
(ごめんね)
(……はい。私達の判断でもありますから。でも、次やったら指落としますからね?)
(そりゃ怖いね、パソコン触りずらくなるし)
(バカな人)
(始めて言われた。はは まっ、帰ったらちゃんとお返しするし、ノウコさんは絶対助けるから、凄い薬師も知ってるし)
(お願いしますね。指が大事なら)
(はーい。ホントにごめーん。さっきの手順お願いね)
私は幽明さんに言われるがままに、その行為を行った。
幽明さんは電話口で呪文を唱えており、ノウコはスマホでそれを聞いてる。
そして――
ノウコは徐々に顔色が良くなり、かなり落ち着いたみたいに、回復した。
遠隔で、これほどの毒魔術を浄化できるのか……やっぱりあの人……侮れない。
「ノウコ大丈夫?」
「ええ、随分楽になりました。幽明さんは相当な浄化術師ですね」
「ノウコは怒らないの?」
「ええ、勿論。私が弱かっただけの話ですし。 イテテ 切り傷が……すみません」
クタチヒメが前に出る。
「ソロソロヨイカ?」
「ちょっと待って下さい、ミコト様……逃げてください。今生のお願いですから」
「だめよ、ここで逃げたら。あなたはどうするの?それに、これからの使命の中で、いつか逃げ出す日が来るわ」
「……そんな……命あっての事でしょう?」
「……まあ……そうね……」
「ノウコ……刀借りるね」
「そんな……」
私はノウコの刀を借り、クタチヒメに構える。自分の背丈程ある刀だ。重い。
初めて使うな……真剣は。
木刀すらあまり使った事が無い。
刀関連はさっぱりだ。
ノウコのギリオドの斬撃を観察してたくらい。
「ホホ。オヌシ……ヤイバ……デ……クルカ?オサナゴミタイナ……モチカタジャゾ?」
「ええ、初めてだからね刀は」
目の前で、クタチヒメがアンヨハクメイを構え、長い年月で築き上げたであろう極致の太刀筋の軌道をゆらりと見せる。
「無茶ですよ!いくらミコト様でも。ギリオドですら歯が立た無かったんですから!」
ノウコは焦り出す。
「あら、私を信じていないの?」
「信じるととか信じないとかの話じゃありません!」
「まぁ見てて」
「いや……あなたが死ぬのは、嫌。……私生きてけない」
本音で喋り方が、女の子になったねノウコ。萌えるわ。
「よしよし。大丈夫だから」
ポロポロと涙を流すノウコ。
それを背に、私は歩を進める。
「ヨウシャセヌゾ?」
「こっちもね」
さて、どうするか?
ギリオドの真似をベースにして……
でも、あれは……居合の始まりと、斬撃の多さに改善点があると思ってたのよね。
恐らく、過去一の剣士アニメ、宇宙ブレイバーヒビトの神作画回の動きを取り入れたら完璧に近いわ。
うん。そうね……
誰も真似できない、超居合で私は決める――
私の中で全てが繋がり、パズルのピースが埋まった。
――
私はノウコから借りた妖刀の刃を、顔の前に持ってくる。
綺麗な鏡面に私の瞳が映る。
紫の三白眼から、眩い閃光が満ち溢れている。
きっと奇跡の力が次の一瞬にエールを送っているのだ。
……
――
そして――
それは一瞬だった――
ビュン――
ビュン――
二本の綺麗な閃光。
二つの研ぎ澄まされた、未知なる一筋が空間に咲いた。
ひらり。
私の右側の首筋、一センチ付近までの髪の毛がハラハラと輝いて落ちた。
ひらり。
半透明の麗しき姫は、左側の首筋、0.5mmまでの長い髪が地面にゆるりと巻いて落ちる。
とても静かだ。
ノウコもキョウタイジャもその瞬間に見惚れているのだろう。
剣士たちの憧れの到達点が、今、目の前で繰り広げられていたのだから。
……
……
「……ワレノマケジャ」
「いいえ、私の負けだわ」
私達はお互いに、負けを認め合った。
何故なら、お互いに相手の力量は完全に理解できてしまったからだ。
この相手に刀では敵わぬと……
命を落としてまで、それ以上やる必要が無いのだと。
「ミコト様。あなたは本当に一体……」
「ただの素人だよ ふふ」
「コンカイハ……ヨキヨキョウジャッタ」
「キョウタイジャモヨロコンデオル」
「グルルルルオオオオ!!!!!!」
キョウタイジャは山全体に響く轟音の遠吠えを見せる。
「こちらこそね。楽しかったよ」
「ウム」
「弱き者で申し訳御座いませんでした」
「ヨイ。ウツクシキオトメ。オヌシハオノレヲモットシレ。サスレバ……ワレヲコエレル」
「あなたを?」
「ウム。マゾウニネムルチカラヲヨビサマセ」
「魔蔵……」
「もっと強くなれるみたいだね、ノウコ。よかったね」
「デハイク。ヤクソクノシナジャ。ソマツニアツカウナ」
クタチヒメは暗夜白冥を宙に頬り投げノウコに渡した。
ノウコはそれをキャッチし、私に渡そうとする。
「ミコト様。これを」
「何言ってんの?今、ノウコが貰ったじゃない。それに、こういうの欲しかったんでしょ?私は重いし、いらないわ」
「よいのですか……?」
ノウコの瞳がかなり嬉しそうに揺れている。実際すごく欲しかったんだろうね。わかりやすくて可愛いな。
「勿論だよ」
「デハイクゾ」
クタチヒメはそう言い、キョウタイジャと共に山の中へ消えて行った。
「じゃっ私達も帰ろっか?動ける?ちょっと無理そうだわね?」
「少し休憩して、傷が塞がれば、車の運転ぐらいは可能です」
「そう……いつも無理させちゃってごめんね」
そう言って、私はノウコを横たわらせ、私の膝に頭を乗せてあげる。
「少し眠っていいですか?」
「えぇ……ゆっくり休んで」
そして、ノウコはスヤスヤと、ただのご令嬢の様な顔に戻り、眠り出した。
私は空を見上げてぼーっとする。
その時、声が聞こえた気がした。
女神の様な優しい声。
深い森の鼓動の様な声。
何を言ったかは分からないが、とても優しい言葉だった。




