都市怪奇譚 パラノイア・ブラッド
私はあの日、原付を運転していたんだ……
でも、今は後悔している――
だって、それが絶叫なんて生易しいモノでは無い、悪夢の始まりだったから。
――
今日は天気は快晴で青空が広がり、遠目に見える山も、からっとした緑で、
気付けば私は原付バイクを走らせていた。
最近は車での移動が多いし、誰かと行動する事が増えていたので、
少し、一人になりたかったのだ……
ブーーーン――
体を抜ける爽やかな風の匂いが、凄く気持ち良い。お日様の香りだ
私は、現在大きな橋を渡っている――
この橋は、工場やマンモス団地が密集する埋め立て地と、巨大な市街を繋ぐ橋だ。
私は、その埋め立て地から丁度、市街へ渡る所である。
埋め立て地に何の用があったって?
朝の澄んだ空気を、伽藍としただだっ広い、埋め立て地の海浜公園で味わっていたのだ。
お洒落でしょ?
私の真っ白な髪も、たまには潮風になびかせてあげる事で、私は少し"いい女"になれるんじゃないかな?って思ったりするんだ。根拠はないけど。
そんな話は、さておき――
この橋からは、広い海も、横に広がる都市も、奥に広がる山並みも、
全部セットで見えるのだ。
私はこの景色が好きだ。
何故なら、この景色を見ると、自分には大きな世界があり、何処へでも行ける。
そんなインスタント的な自由を感じられるからだ。
そうなはずだった……
……
"それ"が視えるまでは……
――
私は原付を運転しながら、橋で束の間の自由に浸りっている途中だった。
その時だった――
不気味で感じてはいけない様な、異変に気付いた。
視界の端に、真っ赤な絨毯の様なモノが空を飛んでいる。
それは5メートル程の長さで、ゆらゆらと飛び、表面を万華鏡の様に、一瞬、一瞬、切り替えている。
その模様なんだが……
なんだか物凄く怖い――
異常な鳥肌や寒気がする――
雰囲気で言えば……
絶対読んではいけない本があるとする。
それを読めば、確実に呪われるとしよう。
そんな、未知なる災厄の本。
中には、読んでイメージするだけで、眩暈や吐き気を起こしそうな異形の詳細が記されている。
そんな危なっかしい本があるとして……
そう。
その看板となる表紙部分の模様に使われてそうな、心底厭な文様だった。
絶対に見てはいけない……なのに……
私は、ずっと見つめてしまった。
見惚れてしまった。
真っ赤な絨毯の様な何かに。
これには、二つ理由がある――
一つ。
追っ手の気配がしたからだ。赤い何かは、間違いなく魔族に関するモノだと直感が察知した。
もう一つ。
そんな稀にしか見れない、不気味なモノに気持ちが囚われてしまった。
怖いモノ見たさと言うやつだ。
そして――
ここからが、尋常では無い悪夢の始まりだ。
真っ赤な絨毯の様なモノは私の視線に気づき、空中でこちらに方向を変えた。
次の瞬間には、それは消えていたが。
あまりに急で、私はさっきの一連の不気味な遭遇が、まるでただの妄想や夢だったような気がした。
しかし――
はっきり覚えてる。
あれは、こっちを向いた瞬間に私の目の前まで来て、私の中を通過した。
その時、首がキリっと傷んだ感覚さえも覚えている。
――
その後、さっきまでの自由で爽快な気持ちが全て無くなり、体調的にも、
精神的にも絶不調で、そのまますぐに帰宅した。
両親はいない。風邪でも無いので説明しても仕方ないが……
今できる事はベッドで休む事だ……
はぁ……最悪の気分だ。色んな事が暗く見えてきて、全部悪い方向に進んでるんじゃないかとまで思えてきた……
あぁ気分を晴らしたい。
ヒノの笑顔が見たい……
数時間前まで、あんなに充実してたのに――
しかも――
気のせいかもしれないが、おかしな事がさっきから起こっている。
たまに映ってしまう。
あれが。
視界の隅に、橋の時より小さいが、あの真っ赤な何かが……
怖い……
怖いよ……なんか
私は布団をかぶり込み、スマホでSNSを見る。
できるだけ、視界を小さくして、気を集中させれば消えるかもしれない。
これは成功した。
"あれ"が現れない。
でも、別の問題が新たにやってきてしまった。
その問題はSNSからやってきた。
私の位置情報を元にした、エリア限定でバズっている出来事が、トレンドに上がっている。
……
「都市怪奇譚パラノイア・ブラッド」
……
なんだこれ?
私は、そのトレンドを検索する。
様々な近隣住民の呟きが沢山浮かぶ。
(あれやばすぎでしょ普通に友達消えたわ)
(あれ見ると……連れてかれるんでしょ)
(付き纏われるって聞いたよ?なんかやばいとかでは済まないやつに)
(逃げる方法ないんだって乙)
(最近現れたよね、バカ怖いんだけど)
(見るより、噛みつかれる方がやばいんだって……)
(あれ、見たっぽい友達が、絶叫してた。形が変わったって。見たくないって泣き叫んでた)
(パラノイア・ブラッドの事?)
(あれ名前あるんだ 草)
……
……
やだやだやだやだやだやだ。
……
私は焦燥感を抑えきれなくなり、部屋の中をうろうろした後、風呂場の鏡を見に行く。
……
鏡に映る自分――
……
頭を後ろに倒し、首が全体的に見える様にする。
……
跡……あんじゃん……
噛まれてるじゃん……
だめじゃん。
終わりだよ、こんなの。
――
そう思った瞬間。
ものすごい不安に襲われる。
――
――
駄目だ、本当に怖い。
なんでだ?今まで理解できない危険な異形と対峙して来たのに、なんでこれがこんなにも群を抜いて怖いんだ?
落ち着け私、落ち着け私、冷静に、冷静に、いつもならどう考える?
そうだ――
いつもヒノが正しいアドバイスをくれる。
すぐ電話だ――
トゥルルルル
「やっほシスイ!どしたの?会いたくなった?」
「どうしたもこうしたもないよ!!!!」
「え……どうしたの……ホントに」
「やっほってなんだよ!!!前から嫌だったんだよ!それ!!馬鹿にしてるみたいで!人がこんなにもしんどいのに!ふざけるなんて信じらんない!!!」
「ちょっと、シスイ?聞こえる?落ち着いて。今どこ?」
「自宅だよ!!!うるさいな!!!役立たず!!!」
そう言って、私は電話を切ってしまった。
絶望――
こんな状況なのに……
唯一の頼みの綱と、恋人を両方いっぺんに失った。
私は、怒りと恐怖に震える。
落ち着かないので、もう一度外に出よう。
私に、こんな事をした異形をぶっ潰す。
バカにしたみんなも許さない。
違う、何言ってるんだよ……私。
誰もなんもしてないじゃん。
少し錯乱状態のまま、私は原付に乗り、あてもなく移動する。
頭に浮かべるのは、先程罵倒し自ら関係を破壊した、愛しいヒノの顔だ。
ヒノごめん……
ごめんね……
許して。正反対なんだよ。
私は、君の「やっほ!」も声も、なにもかも好きで仕方ない……
でも、感情が言う事を聞いてくれない――
私は涙を流しながら原付を飛ばす。
視界にの端に現れる、パラノイア・ブラッドに恐怖が抑えられぬまま……
そのまま数時間程、恐怖からに逃げる様に街中をただただ疾走した。
行く当ても逃げる場所も無いままに。
当たり前だ、私の中にあるんだから何処へ行こうとも追ってくる。
私は随分山手の街まで来た、ヒノと出会うまでは、この街によく来ていた。
広い河川に面した街で、全体的に西洋の建物が多く、駅の近くはとても雰囲気があり、パン屋や異国の料理屋、本屋や雑貨屋などがあり、地面も石畳で、とても洒落ている街だ。
これより、さらに山手に行けば、巨大な寺院や、丘に面した超高級住宅地や他県まで見渡せるほどの見晴らしの良い、絶景の公園がある。
とりあえず、私は落ち着く為に、この駅付近のどこかで休もうと考えた。
やつがいない所へ行こう。
落ち着いたら、もっと山手に。
私は原付を、駅に併設されているパーキングに止め、駅周辺をフラフラと歩く。
ガラスのウィンドウに、映る私はひどく真っ青な顔だ。
私の少し隣……真っ赤な何かがひらり――
あいつ、ガラスにまで映ってる……
しかも――
すこし、形が変わっているじゃないか……
だめだ、気持ちを切り替えよう。
私は、喫茶店に入りサンドイッチをテイクアウトで購入した。喫茶店の中でじっとするのすらしんどい。
そのサンドイッチを食欲も無いのに、大事そうに握りしめて、駅中にあるベンチに座る。
ムシャリと一口。
味がしない……
恐怖が大きすぎて、味を感知する領分まで浸食している。
これはやばいな……
まだ、冷静にやばいと判断出来ている内に、対策を考えないと。
恐らく、異形の呪いで精神を乱されているのだろう。
それで、焦燥感やパニック発作が起こっているのだ。
呪いさえ解ければ、一時的なモノとして、これらは消えるだろう……
呪いさえ解ければ――
少し冷静になってきたと同時に、視界にちらつく赤い奴の出現が薄らいできた。
やっぱり、不安が不安を呼ぶような呪いだ。
私は駅中のトイレに行く――
いつもより薄暗く、半ドアの個室に何かがいそうな感じがする。
顔を洗い流したい……
駅中のトイレに行き洗面台で、冷たい水を手に汲み、ジャバジャバと顔にかける。
メイクが落ちるなんてどうでもいい。
ぎゅっと目を瞑り、意識を研ぎ澄ますよう息を吐く。
鏡を見る。
「ギャアアアアア!!!!!!!!!」
いた。
あれがいた。
あんなの――
いやだ。
こわいよ。
ほんとに……
あらわれないで下さい。
私は"あれ”が背後に現れ、錯乱してしまい、トイレを飛び出て、そのまま原付に乗り猛スピードで山に向かった。
もう見たくない。もう見たくない。もう見たくない。
もっと逃げなきゃ。もっと行かなきゃ。
はぁはぁはぁはぁはぁ。
時刻は、そろそろ17 時だ、夕暮れに近い。
あぁそうだ。
あの公園なら、あの全てが見渡せる自由場所に行けば……
あの公園で、穢れが一つも無いような新鮮な空気を吸えば……
治るかもしれない――
なんの根拠も無いし、意味も無いかもしれないが、心を折らないためには希望が必要だった。
私は、原付を走らせる。
あの公園へは、大体30分。
街は夕陽の沈みに彩られ、紫の金色に染まっている。
いつもはその景色が大好きなのだが、今日はそれが、もの悲しい波に感じ不安が増していく。
ブーーーン。
私は、喧騒の街を駆け抜け、山手に入り出す。
人通りも少なくなってきた。
あと、ものの十分で公園に着く。
着く頃には、もう暗いだろう。
でも、それでいい。
あの公園は、夜には誰もいなくなる。
私がいくら絶叫しようとも誰にも迷惑がかからない。
私を叫ばしてくれ。
その高さ故に、他県まで見渡せる無類の夜景があるので、カップルがいるかもしれないが知った事じゃない。
今日、ずっと我慢していたのだ。
血を吐くほど叫ばせてくれ――
そして原付は悲鳴をあげる様にエンジンを回転させ、坂道をどんどん上る。
何度、カーブを曲がっただろう……
そろそろ見えてくるはずだ、例の公園が。
はやくはやくはやく
ああ……
見えてきた――
私は、その入り口にすぐさま原付を止め、30メートル程の長い階段を昇る。
土と木でできた階段が、次第にコンクリートに変わり、横幅も大きく広がる。
この公園はまるで、大きな円形の天空広場の様な場所だ。
私は、体力的にクタクタながらも階段を登り切った。
ようやく目的地に辿り着く――
もうかなり暗い。
……
そこから振り返り景色を眺める。
車や住宅の光が無数に灯り、彩り、滲んで揺れている。
とても綺麗だ……本当に……
滲んでいるのは私が泣いているからからもしれないが。
その時――
背後で足音がする……
気配で分かる。
あいつだ。
恐怖?
すごくある。
しかし――
もっと怖いモノがある……
それは、私だ。
「おおおおおおおおおおおおまままままままままえええええええええ!!!!!!」
私は自分の怒りが怖い。
振り向いた先には、当然に"あれ"がいた。
もはや、赤い何かでは無く。
形を成している。
それも中途半端では無く、完成形。
それは、なんとも形容しがたい形で。
人であるのだが、動物の様な形で、カエルの様な大勢をとっている。
皮膚が裏返った感じで、無数のトゲが波打っている。
顔は……いや、もう辞めておこう……
気付けば私は、異形の鎌"ゼスパ"をスマホサイズに圧縮した塊をポケットから取り出し、宙に頬り投げ、10m急に拡大し高速回転させて奴を切り刻む為、最大の念動で向かわせていた。
「消え去れぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」
同時に、奴に数十発の稲妻を魔術で落とし、前の異形からコピーした隕石の魔術を再現し10cm級だが超上空から5発ほど光速で奴に降り注がせた。
制作費が特大なハリウッド映画でも撮影している様な、大爆発。
辺りは穴だらけで焦げ臭い……そして煙がすごい。
はぁはぁはぁ……息が漏れる
やがて静寂が訪れる。
ゼスパが空を切り裂く不穏な音だけが鳴り響く……
近隣住民はその異常な音に、危険を察知して誰一人出て来はしない。
異形の事件が増えてからは、自分を守りたければノータッチが世論の正解となった。
砂煙がようやく消える。
そこには――
何一つ変わらない奴がいた。
奴の後ろの方に見える、公園の遊具のジャングルジム辺りにも何かいた気がしたが、今はどうでもいい。
もし、あの赤の完成体が、もう一度変化することがあり、目前に迫って来てしまえば……
きっと……私は……
落ち着け私。
はぁはぁはぁ……
私は目を瞑り、イメージを始める。
これはしたくなかったが。
やるしかない。
最終手段だ。
以前、これを行い、禁忌に足を踏み入れた感覚がしたから、本当はもうやりたくなかった……
それは、神獣フェニックスの様な存在をイメージから合成召喚した時の話だ。
でも、これをしなければどのみち終わってしまうのだったら……
するしかない――
では?何を召喚するべきか?
今回も神獣が良いな。
あの、忌まわしい悪を滅ぼしてくれる。
とても綺麗な存在か、圧倒的なのが良い。
ジャングルジムが眼に入る、
あれを使おう。
私は物凄く強いイメージを構成する。
そのイメージを元に、ジャングルジムを念動で解体し再構成する。
赤いあれへの恨みを呟く
「私がお前に恐怖を教えてやる……」
私が頭にイメージしたのは、とある妖怪だった。
昔、小学校の図書館で妖怪の本を読んでいる時、ひと際私の目を引いた妖怪がいた。
沢山の動物が合体して、とても強そうで、怖いと言うよりは、かっこよくて不思議で大好きだった。
思い出を振り返る私。
鵺。
私の大好きな妖怪、鵺。
ねぇ鵺、お願い。
私を怖がらせるあいつを滅茶苦茶にやっつけて……
私はジャングルジムを念動で精一杯に創造仕上げて、細部までこだわって鵺を作り上げた。
鵺の見た目は、顔がサル、胴が狸、足がトラ、尻尾が蛇らしいのだが。
ここにアレンジを加えた。もはや鵺ではないかもしれない。
私が思う、怖い集まり――
そこに誕生したのは……
いつぞやに見た、鎌の魔獣の爬虫類の様なシルエット、足は雷の超人、
翼は、隕石を使う変形する異形、顔はウミヘビの異形。
全部をふんだんに組み合わせる。
奇怪な魔獣の出来上がりだ。
そこに、私の得意な瘴気属性を纏わせる。
本体が見えなくなる程にそれはそれは真っ黒に……
「出来た」
公園の砂場を丸々埋め尽くす程の巨体。
一つ一つのパーツを人間が見れば、本能により、危険なアラートを流すような存在。
ジャングルジムの素材を極限まで硬化させ、サイズも引き上げ、メタリックでありながら生物の柔軟性も備えさせた、一種の稀なる生物機械の様にも見える。
もはや、異形か?ただの生物か?物質か?すら不明だ。
そして――
そいつは、青白い息を鼻と口からごうごうと垂れ流し、太い脚で、千獣の王の様に公園をドタドタと歩き出した。
これは、怖いぞ。
うん。怖い。
あいつみたいな、嫌な怖さじゃない。素晴らしい恐怖だ。
……
はぁ……
安心する……
暴れてくれ、盛大に暴れてくれ、私の代わりに絶叫してくれ
さぁさぁさぁ。
その時だった。
「シスイ!!!!!」
聞き慣れた声が聞こえる。
私は"赤いあれ"が近づかない様に見張りながら、こっそり振り返る。
ヒノだ。
「あーヒノ……やぁ……近寄っちゃだめだよ?怖いの二体いるから」
ヒノが絶句した顔で見る
「あれは……」
「だから見ちゃダメだってあれは……私一日中追いかけられたんだから……」
私は奴を指さす。
「あれ?」
ヒノは不思議そうな顔をする。
「シスイ!!!」
「シスイさん!」
幽明とミコトちゃんがヒノに続き階段を上がってきた。
もう二人知らない女性達もいる。刀を持ったすらっとした女性と、長身の美人なスーツを着た困り顔の女性。まるで、女執事と刑事みたいだ。
どうせ、ヒノが連絡でもしたんだろう……もう遅いよ。
イラつく。みんなで遊んでたんだろ?
「幽明とミコトちゃんも来てるんだ……私がこんなに苦しんでたのに、みんなで私をバカにして仲間はずれにしてたんだ……くくくく……ひどいね…ウケる…ふふ……ひどい…うぅ…ひどいよ……ひどいひどいひどいひどいよ!!おまえら!!」
「あれがシスイさんに呪いをかけた存在ですか幽明さん?禍々し過ぎますね……」
ミコトちゃんが肩まで伸びた黒髪を風になびかせ、紫の瞳を闇夜に光らせボソッと喋る。
幽明はその隣に並び、いつもの制服の上に探偵みたいなベージュのコートを羽織っている。眼鏡と、蒼に近い黒髪が月夜で凛凛と輝いている。
「違うの!!!あれはシスイが召喚した気配がする!!!シスイに呪いをかけてるやつを探して!!!お願い!!!」
ヒノが叫ぶ。慌ててて、今にも泣きそうだ。
「恐らく違うっぽいね、ミコトちゃん……」
「こんなの初めて、見た……」
長身の刑事みたいなスーツの女性が、呆気にとられて固まっている。
長い外ハネの髪と困り顔の様な眉、涼しい瞳が、まるでホラーゲームの主人公の様な人だ。
「怪丘さん、絶対動かないでください。あなたの役目はこの一部始終を見るだけでいいです」
カイオカさんっていうんだあの人……ふふ……変な名前。
「わかったわ」
怪丘さんが返事をして、息を呑んでいる。やっぱり"あれ"が怖いんだ。大人の人でも……当たり前だよね。
「ミコトちゃん……この周辺に変な気配がいないか探ってはくれないかな?」
幽明が真剣な顔で、ミコトちゃんに言った。
「なんで、私がそんな事出来る前提なんですか?ただついて来て欲しいだけって幽明さん言ってたじゃないですか?」
いつもと、ミコトちゃんの雰囲気が違う。不平を言うで感じでは無く、幽明を試している口ぶりみたいだ。
「一刻を争うんだ。頼むよ」
幽明はわかっているんだろう?という風に言葉を吐いた。
「ミコト様……」
刀を持った女性は不安そうにミコトちゃんを見ている。
「ノウコ、そんな不安な顔しないで……大丈夫よ」
この、女性はノウコさんと言うのか、ふふ、変な名前ばっかだな。みんな呪われてるのかな?
「仕方ないですね。あまり口外しないでくださいよ。それと……盗み見はやめて下さいね。趣味悪いですよ?幽明さん」
やっぱり、雰囲気が全然違う。あの幽明が少し緊張している。
「悪かったよ」
「後、呪い浄化できます幽明さん?呪いの本体の方は、既に見つけましたので、いつでも消せますが」
消せる?ミコトちゃんが?"あれ”を?嘘だ。見る事さえできないよ絶対。
ほら……あんなに……って……いない……
「勿論だよ。でも、呪いを解いた後に、はっきりと現実に引き戻す必要がある……完全に元に戻るにはね……ヒノ、任せていいよね?」
幽明は私に抱き着いて泣いてるヒノを見つめる。その眼は信じてるぞと言わんばかりだ。
「うん……ぐすん……ぐす」
ヒノはひっくひっくと自分の涙で嗚咽しだす。
あーうるさいうるさい!!!
「お前らうるさいよ!!!!!!”あれ"が近づくのが早くなるじゃないか!!!どうしてくれるんだよ!!!」
私は無性にイライラして激高した。
しかし、みんなは怒り返すのではなく、悲しそうな哀れみの顔をしている。
その私の声と同時に鵺が、ひょーーーひょーーーひょーーーと私に共鳴する様に夜空に大きく叫ぶ。
……
ぽと……
あれ……
なんだこれ……
わたしの涙だ……
「で、幽明さん。その化け物はほっといていいんですか?」
「あぁ、どのみち、"こいつ"とは戦ってはいけないよ。もし激怒して暴れたら、ここにいる誰かが、ただじゃすまない事になるからね。さすがだよ、シスイは。尋常じゃ無い異形だ……」
「ありがと、幽明は優しいね」
私は、考える前に、この言葉が出た。
あれ?なんでコイツにこんな言葉を?すごくイラついてるのに……
「大丈夫だから、シスイ。もうちょっとの我慢だよ」
ぽと……
また、涙だ。
あれれ……
「幽明さん、私は使役している妖魔を放ちました。きっと呪いの本体は弱いので私の妖魔が勝手に食べてくれるはずです。後は、私とノウコがその"化け物"を見張ってる間ので、呪いの浄化を速やかにお願いします」
「ありがとう、本当に助かるよ。ミコトちゃん。ノウコさん」
「借り、返してくださいね、幽明さん」
ミコトちゃんは少し悪戯っぽく喋った。
「ふっ 任せて」
幽明は少しリラックスしたようになり、私に近寄る。
「私どうしようどうしよう」
怪丘さんは、あたふたして周りをキョロキョロ見ている。
いつのまにかミコトちゃんと、ノウコさんが砂場にいるじゃないか!私の鵺に近付いて行ってる!
「何してるんだよ!!!あそこに"あれが"いるじゃないか!!!なんで私の鵺に近付くのさ!!!」
二人は緊張した顔で私を見て、二、三歩、鵺から距離を取る。
ああ。もう本当イライラする。私がこんなに怖いのに、みんな邪魔ばっかりして。
ヒノもくっついて泣いてばっかでホント暑苦しい!
「シスイ落ち着いて。今から君の呪いを解くよ。絶対に暴れちゃいけないよ?私達は味方だろ?」
「味方さ……味方だったさ……私は信じてたさ!……みんなが裏切る前はね!!!」
ヒノが泣きじゃくる。
邪魔だ。
付き飛ばそう。
あ、倒れた。バカだ。
「シスイお願い。想いだして。お願い」
バカだ。
裏切りモノが何を……
え……
あれ……
私何を?ヒノ倒れてるじゃん?
あれれ?なんでこんな私、泣いてんの?
あれ?何この記憶?海?
海……初めて二人で行った海……
「時間が無いな……シスイごめんな」
そう言って、幽明は袖まくりををして、両腕を夜空に掲げた。
腕につけている銀色の数珠が光ってとても綺麗だ。
「イル……ドメイ……シュカーニュア……アンクリーヴァ……メイ……シスイ……アクト……ディルアクト……ブラッダ……クルアルス」
体が熱い。血が熱い。苦しい。苦しい。苦しい。
ダメなのに。"あれ"をみないとダメなのに。"あれ"から心が外れそうだ。
このお札のせいか?私の全身に巻きつき出した、透明のお札。
幽明のせいだな……やっぱり敵か!!!
「うわああああああああああああ!!!!!鵺助けて!!!」
私は血を吐くほど絶叫した。
その瞬間――
鵺は思いっきり腕を振り抜き、公園の反対側の木々半分を風圧で軽々と切り裂いて吹き飛ばした。
「ゴオオオオオオバキバキバキバキバキバキ!!!!!!!!」
「っち。強情すぎるぞ、シスイ。私の札、力業で剝がすなんてナニモンなんだよ」
幽明もとても苦しそうな顔をしている。眼鏡が少し割れてるし、ずっと訳のわからない呪文を唱え続けて、無数のあの忌まわしいお札を出し続けている。
「ひょーーーひょーーーひょーーー」
私の鵺はやっぱすごい。あんな砂場全体を埋め尽くす巨体なのに空まで飛んでる。
さっきの私の絶叫に反応した、腕の一薙ぎだけで、公園の木々なんか半分は吹っ飛んだよ。
足跡も人間ぐらい大きいじゃないか……かっこいい……きっとあいつだけは私を守ってくれる。
「ねぇノウコ。さっきの鵺の一薙ぎ見て、どう思った?勝てそう?例えばギリオドとかで?」
空を飛ぶ鵺を見ながらミコトちゃんが何か言っている。全部聞こえてるぞ。
「……五分五分ですかね」
五分五分?お前如きが、私の鵺に勝てる可能があるとでも言ってるのか?
「そう、深淵の調伏士の霊でも難しいのね」
「花岡家の秘刀、無叫幽哭を私に授けてくれたのならば、話は全く変わりますが……」
ユウコク?
「だめよ、何度も言ってるじゃない、ノウコ、シスイさんみたいに呪われたいの?」
「今のは、あの方に失礼では?」
「そうね……じゃあ、もし攻撃してきたらどうする?私降ろそうか?」
「いえ、ミコト様が降ろす程の件では御座いません。私にお任せを」
「じゃあ、界守のお札はがそっか?」
「それは絶対なりません!!!」
「冗談よ。最悪、しんどいけどキシャルを呼ぶか、ヒボシを使うわ」
「お嬢様がそこまで、する必要は御座いません。その力、強大な穢れに取っておいて下さい。恐らくあれは攻撃はしてこないでしょう。彼女自身みたいなものでしょうし、無意識で止まるはずです」
「そうね……ノウコはやっぱり頼りになるわ……おっと……そうこう言ってる間に、ウロバミが呪いの本体食べて、冥府に送ったらしいわ」
「さすがです、ミコトお嬢様」
「幽明さーん!呪いの本体消滅したわー!!引き続き鵺を見張るから、呪いを早く解いてくだーい」
呪いの本体?本体はそこにいるじゃないか……
ほら近寄ってる。
ほらほらほら
ほらほら
こわいこわいこわいこわいこわい。
頭がおかしくなりそうだ。
あの肉に沿って生えてる棘の波打ち……なにあれ……
いやだ……あんなの……いや
「ヒノ時間が無い。全力でシスイを呼び戻すんだ。私も全力でいく」
「うん……大丈夫。もう泣かない。シスイ絶対連れ戻すから」
「頼んだよ」
ヒノがまたべったりくっついてきた。
ウザい。
近すぎるよ。
いっつもこうなんだから……
いっつも……
「ねぇ、シスイ聞こえる?」
「聞こえてるよずっと、うるさいな」
「違うわ。私の鼓動の音……」
「聞こえないよ。そんなの」
「ちゃんと、聞いて」
「聞いたら、消えてくれる?」
「いやよ、ずっと離さないんだから」
「そんなの困るじゃないか」
「そうよ?私はあなたを困らせるの、いつだって」
「そうだ、いつだって……ヒノは困らせてくるんだバカ」
「バカって言うなバカ!」
「ヒノ怒らないで」
「怒ってるのはあなたでしょ?」
「怒って無いよ、怖いんだ」
「……私がいても、そんなに怖い?」
「……うん……でも……」
「でも?」
「あれ……私おかしい」
「どうしたの?」
「ううん……」
「言って」
「……怖いからね……ヒノの事ね」
「うん」
「全部思い出してるんだけどね……」
「だけど?」
「うん……全部ね、ぐす……ぐすん……ぜんぶね……」
「うん……ぐすん……どうしたの?シスイ……教えて」
「こわいなんてね……」
「うん」
「どうでも良くなるぐらいにね」
「……」
「全部全部堪らなく幸せだったよ……」
「……当たり前だよ?」
「ヒノごめんね……」
「ん?」
「訳わかんなくなっちゃってね……」
「うん」
「もう、終わっちゃうんじゃないかってね……」
「うん」
「怖くて仕方なくてね……」
「よしよし」
「ずっとヒノの事、叫んでたよ」
「ありがとう。大好きでいてくれて」
「ヒノすきだよ」
「ええ、知ってるよ。ずっと。だからお願いきいてくれる?」
「うん、きくよ」
「私の鼓動を聞いて」
「うん」
「……」
「大好きな君の音だ」
あぁ、思い出した――
全部。
彼女の生きる音。
二人だけの秘密。
全て。
あぁ良かった。
私に戻れた。
愛しい日々を生きた私に。
そして、気づいた、"あれ"なんて無い。全ては呪いから生まれた。まがい物。
私だけが見てた幻だ。
ヒノと生きた音、その真実が私をもう一度照らした……
ありがとう――
「イル……ドメイ……シュカーニュア……アンクリーヴァ……アーケイン……アカーシャ……アクト……ディルアクト…………アカリ」
幽明が呪文を唱えている。
「偉大なる魔蔵よ、さぁ今こそ、正しき神秘の浄秘術を私に与え給え!!!」
「アクト・アーケイン・アカリ!!!」
私は彼女の放った浄化の光に包まれた。
私は、幸せな気分に戻り、意識が遠のいていった。
きっと、みんなが助けてくれたんだ……
――――
私は、薄暗い場所で目を覚ます。
広い車の車内だ。
「やっほ!シスイ」
ヒノだ。相変わらずカワイイな。ずっと声聞いていたい。
「どうだい?調子は」
幽明だ、本当に優しいし頼りになるよね。親友……とかっているのかな?
「シスイさん。あんな化け物、もう出さないでくださいね?面倒なので」
ミコトちゃんだ、鵺の事かな?目が笑ってるよ。心配してくれてたんだ、ありがと。
「大丈夫ですか?」
確か、怪丘さん?困り顔の可愛いらしい人だ。カワイイ大人って面白い。
「シスイちゃん、良く頑張りましたね」
ノウコさんだ、この人の雰囲気好きだな。かっこいい大人だ。
私はみんなに返す。
「ごめん、まだちょっと頭回らなくて」
「私変だった?記憶が飛び飛びで」
みんな顔を揃えて、うんうんと頷いて笑っている。
「もしかして……みんなにひどい事言った?」
またもや、みんな頷きくすくすと笑っている。
「みんな、本当にごめんなさい。そして本当にありがとうございました」
「ほぼ元通りの君だね。君は一連の呪いをどう捉えているかな?」
幽明が医者の診察の様に言った。
「私は、見てはいけないモノを見た、と勘違いしていたよ。今思い返せば、全然怖くもなんとも無い。
あの時は錯乱して、感情に飲み込まれて、抜け出せない呪いと思い込んでいたよ。」
「その時の恐怖しか見えていなかったし、それがずっと続くと破局的な考えをしていた、客観的にも見れてなかったし」
「完治だね。素晴らしいよシスイ。君は呪われたんじゃなく、厳密には精神を蝕む術を施されていたんだ」
「そうなんだ」
「でもね、その時の恐怖は長い目で見れば、ただの小さな出来事だし、ずっと続くなんて事もないんだ不安ってのは。それは一種の人間の救いさ」
「それはなんとなく実感したよ」
「賢いね」
幽明に頭を撫でられた、恥ずかしい。顔が赤いかも。
「ちょっと、浮気禁止!」
ヒノがブーっと手で罰を作っている。
「ヒノ、ひどい事言ってごめんね。嫌いになっちゃうよね……」
私は嫌われて当然の事をしたんだ……
「嫌いになるかもね!正直怒ったよ!?でも、ずっと離してあげないんだからね……覚えといて!」
「私の愛の呪いはこんな事で解けないんだからね!」
「困っちゃうね」
「ずっと、困った笑顔見せ続けてくれるんでしょダーリン?」
「うん、ずっとだよ、ヒノ。おいで」
私は、ヒノを強く抱きしめて、彼女の鼓動をもう一度心に刻み込んだ。
ヒノは大好きちゅっちゅと言う、左右の頬を擦り合わせる、私達のいつものスキンシップを嬉しそうに笑いながらしている。
「ダーリン?あの……二人はどういうご関係なんですか?」
怪丘さんがそう言うと、みんなが笑い出した。
「野暮ですよ、怪丘さん。子供は知らなくていい事です!」
ミコトちゃんがふざけたく口調で怪丘さんに言う。
「私おとなですからー!」
長身の美人は頭を抱えしゃがみ込む。
「ふふ 面白い方ですね。ミコト様」
ノウコさんが笑う。
「あら、珍しいわね?二人は仲良くなれるんじゃないかしら?」
ちょっと拗ねた様な口調のミコトちゃん。
「ミコト様……私はあなた一筋です」
「変な言い方しないで、みんな誤解するでしょ」
ミコトは頬をあからめ、恥ずかしそうに紫の瞳を少し潤ませた。
「愛は呪いよりも厄介だね」
幽明がお手上げという風な仕草をした。
これが、呪いが解けて、さらなる深い呪いかかる物語。
ヒノという名の愛しい呪い。
呪文はいらない……
彼女の鼓動だけで――




