変形異形 ジルノヴァ 異界からの追手
響を失った日から、数日が過ぎた。
「ねえ、キャンプ行こーよ」
そう言い出したのはヒノだった。
あの日の翌朝、私の家に泊まった彼女が、朝食の後に、私達の沈んでしまった空気を切り替えるように口にした言葉だ。
気持ちを一旦、断ち切るように。そんな言葉をいきなり言うのをかって出てくれたのが伝わってきた。
響の一件以来、私たちは無理に日常へ戻ろうとしていた。
戻るというより、前へ進む。に近いが……
正直を言えば、沈んでいる暇はない。
私は魔族に追われる身だ。いつ何が起きても不思議じゃない。
強くならなければならない。生き延びる未来へ進み続けなければならない。
私が倒れれば、響を弔うことすらできない。
私の弱さでヒノを失えば、私はきっと底のない闇に沈み、もう立ち直れないかもしれない。
ヒノも自分も守る。
それが今、最優先事項だ――
決断は早かった。
その日のうちにデパートでヒノと一緒に買い物をして必要なものを揃え、翌朝には車を走らせた。
――そして今、私はハンドルを握っている。
お揃いのリュックを背負い、テントやランタンはレンタルにした。
「使う頻度を考えたら借りた方が合理的だよね」と
ヒノはいつも正しい判断をしてくれるから助かる。
別に出費がきつくて買えないわけでも無い。
呪いの館の依頼報酬はほとんど手をつけていなく、二人合わせて三百万円がネット銀行に眠っている。
時間も金もある。だが心だけが重い。
人生は、必要なものがなかなか同時に揃いにくい様に出来ている様だ。
出発前、両親から車のキーを受け取る時、母は少しだけ心配そうな顔をした。
でも止めはしなかった。あの子と出掛けるなら大丈夫だろうと……
あの子とヒノの事だ。
ヒノと出会ってから、私は明るくなったらしい。
あんな優しそうな女の子が友達で母さんは嬉しいとも言っていた。
全くその通りだと思う。やっぱり母さんは見る目がある。
母さんが運転の心配をしているのなら、それは大丈夫だ。
私は運転が得意なのだ――
オートマ限定だけど、車体が身体の一部みたいに感じる瞬間がある。
地元の地理であればだいぶ頭に入っている。
高速道路や幹線についても詳しくなったので、時間さえあれば、どこまでも行ける気がする。
それは、私にとって数少ない現実的な自信だ――
――国道を一直線に進む。
元々出発から郊外だった景色は、さらに人影を失い、工業地帯へと変わる。
錆びたタンク群、無人の倉庫、鉄骨の影、砂利の海。
澄み切った青空が、人工物の孤独を際立たせる。
ここはかつて、雷の超人と戦った場所だ。
昔、この近くに住み、この辺の小学校に通っていたので、その通学路でもある。
今は廃校のまま風に晒されているが……
そういえば、あの雷の超人は今何をしているのだろう?
どうでもいいか……
引っ越したのは父さんが仕事を頑張って、昇進した時にローンを組み新築を購入し
た。
父さんは母さんが喜ぶなら何でもするぐらい愛してる。我が父ながら、結構一途な良い男だ。
無機質で忘れられた場所。
私はこういう場所が好きだ。
古代都市の遺構にも心を惹かれる。
小学生の低学年の時なんか、周りの女の子が日曜朝の魔法少女アニメに夢中になってる最中、私はエル・ドラードの伝説に胸を躍らせたりする子供だった。
そんな記憶に浸っているうちに、私は無言になっていた。
ふとヒノを見る。
窓を少し開け、暖かな風を綺麗に切り揃えられたボブの髪に受けながら、遠くを見つめている。
言葉のない時間……
それも悪くない。
やがて工業地帯を抜け、景色は一変する――
運転開始から約二時間程だ。
国道の両脇は一面の田んぼ。
風が緑を撫で、波のように揺らしている。
私の走る一本道だけが、世界を横切る線のように延びている。
それ以外は生命に満ち溢れる緑、一色。
聞こえるのは、風の音と鳥の鳴き声とエンジン音だけ。
この道が、不安や現実の煩わしさから私達をどこかへ連れていってくれるのではないか――
そんな錯覚さえ抱く。
自然は、理屈を越えて心を鎮める。
原始的で、直接的な救済だ。
「いい空気だね、ヒノ」
「ほんと。この世界の景色って美しいわね。匂いまで澄んで綺麗だわ」
「異界はどうなの?」
「場所によるわね。悪い存在が支配している場所は、空気まで濁ってるわ。生命の苦しみが濃いし染みついてるの」
「でも、女神の守護がある幸せな場所はね、命と幸せに満ち溢れ、この世じゃ見られない景色が広がってる」
「女神様って本当にいるんだ……」
「いるよ。たくさん。でも私も詳しくは知らない。一度しか見たことないし」
「え、見たの?どんな感じ?」
ヒノは少しだけ考える。
「私たちの基準じゃ測れない綺麗さだった。見た目じゃなくて……存在そのものが綺麗なの」
「それは、いつ?」
「秘密!私が……重い選択を迫られたときに現れたの」
「せめて何て言われたかだけでも教えて!お願いします!ヒノ様!」
「んー……よかろう」
ヒノは少しだけ目を細めた。
「……“分かち合いなさい”って」
なるほど。
ヒノの行動の根底が、少し見えた気がする。
「ヒノの心が綺麗だからきっと現れたんだよ」
私はヒノを真正面から見つめ、ストレートに褒める。
「もう!褒め上手!怒るよ!」
突然の、真剣な尊敬の念にヒノは恥ずかしくなり、頬を赤らめて、わざとらしく口を膨らませる。
「だから、なんで行きつく先の感情が怒りなんだよ ふふ」
私は笑う。ヒノも笑う。
――よかった。
私たちはまだ前みたいに笑えている。
失っても、完全には壊れてなかった……
私達ならきっと乗り越えられる、そんな兆しが見えて心の底から嬉しさがこみ上げてきた。
――そして車は、静かに前へ進み続けている。
――そのときだった。
サイドミラーに、黒い影が差す。
最初は鳥かと思った。
だが違う……
異様に大きい。
そして速すぎる。ジェット機のような直進軌道で、こちらへ迫ってくる。
ヒノも気配で察したらしい。
「……シスイ」
声が一段低くい。
影は高度を落とす。
慎重にアクセルを踏み足し、私は速度を上げて、ミラー越しに奴をよく視認する。
その見た目は――
七メートル級の二足歩行翼竜。
薄紫の体躯。
輪郭はワイバーンと言う竜に酷似している。だが、似ているのはシルエットだけだ。
頭部は丸みを帯び、どこかペンギンを思わせる形状。
しかし可愛げなどは皆無。むしろ不気味さがひどく際立つ。
巨大なくちばしは閉じ切らず、隙間から牙が乱立している。
目は大きく二つ。黒目がちで、兎のように視点が捉えずらい。
だがその黒の奥には、獲物を測る冷たい知性が時折光る感触があった。
頭頂から不揃いな骨が突き出し、歪な王冠を形作っている。
未完成の王――そんな印象だ。
胸と腹から四本の腕。
上二本、下二本。
節が多く、折れ曲がるたび刃のような鋭さを宙に描く。
腕の外殻は金属じみた硬質。
三本指は長く、鉤状に湾曲している。
脚は太く、怪獣じみた重量を支える構造。
足先には錨のような爪。
あの速度であの爪に捕まれれば、車ごと終わる。
長い尾が鞭のようにしなり、空気を裂く。
音が不安を具体化させる。
制御されない野蛮さ。
やつはさらに高度を落とし、道路脇の飛行場跡地へ着地した。
コンクリートがプリンのように抉れ、衝撃波が砂煙を噴き上げる。
そして――
やつの形が崩れ始めた。
骨格が軋む。
翼が内側へ折り畳まれ、質量が本体へ再配分される。
腕が収束し、二本へ変わる。
薄紫の外皮が滑らかに再構築される。
七メートルの巨体まま、仁王立ち。
人型に近い。
だが「近い」だけだ。
肩幅は二メートル近い。
胸郭は分厚く、密度の暴力を感じさせる。
圧縮された筋肉。
柔軟さは最高潮に達し、その内部には底知れぬ爆発力も蓄えている。
腕はさらに洗練され、異様に整った造形になる。
まるでダヴィデ像の様に芸術的ですらある。
脚も洗練され、怪獣の粗野さを削ぎ落とし、跳躍専用のアスリートタイプへと再設計されたかのようだ。
そして完成宣言のように尾が鞭の様にしなり、音速を超えて破裂音を響かせる。
この「変身」は……
一種の自己破壊と新たな創造、そんな神秘的な演劇のようだった……
そんな体になり、奴は一歩踏み出す。
地面が鳴る。
乱雑な轟音ではない。
品のある重圧。
“格”の音。
短くなったくちばしはなお閉じ切らず、牙が覗く。
顔に対して大きすぎる歯列が、収まりの悪さを演出する。
それはほったらかされた鉢植えの様で、完成した体とは少しアンバランスであり
奇怪な姿だ。
――やつは黒い瞳で、車を追う。
ヒノの目が、鋭く細まる。
やつは滑走路を並走し始めた。
体積に似合わぬ軽さ。跳ねるような移動。
瞬きもせず、横目でこちらを確認している。
「……誰かを確かめてるみたいだな」
私は思った事を口にした。何故いきなり襲って来ずに様子を見てるんだろうと疑問に思ったからだ……
「あれ追っ手よ!!!車止めて!!!これじゃ絶対逃げ切れない!!!」
ヒノが声をあげる
心臓が跳ねる。
私を狙っているやつらの一味か。
だから私を確認するまで即座に襲わなかったのか……
私は急ハンドルを切り、路肩の空き地へ車を強引に止めた。
衝撃で砂利が跳ね上がる。
「行くわよ、シスイ!!!早く!!!あの建物へ!!!」
私は運転中に襲撃されたのと、相手が私を追ってるやつという事が分かって
少しだけ焦って動転してたが、ヒノの声で思考が戻った。
ドアを開け、リュックを背負い、キーを抜く。
私達は急いで走り、近くの建物へ身を隠そうとする。
そこは奴が走っていた飛行場滑走路に併設する整備場だ。
やつは私達が車を停めたタイミングで走るのをやめて直立している。
余裕だ。
「逃げるなら逃げろ」と言わんばかりの距離感。
整備場へ滑り込む。
剥きだしの鉄骨。吹き抜け構造。半屋外。
五十メートル平方程で割と広いが、屋根も棚も何もかもが錆びだらけで腐食している。いつ倒壊してもおかしくない様な場所だ。
その横の滑走路には、これまた一段と錆びたプロペラ機が一機、放置されている。
私達は工具棚の隙間へ身を潜める――
錆と埃の匂い。喉が痒い。だが音は立てられない。
私はポケットの中で、銀色の塊――ゼスパを握る。
スマホサイズに圧縮された異形の世界の秘宝武器。
まだ展開はしない。
やり過ごせる可能性は残す。
「ヒノ、気配は?」
私も感じるが、彼女の方が精度が高い。
広範囲に張り巡らされたピアノ線を思わせる。それを感知する本体、即ちヒノ自身の知識量もケタ外れなのだから。
恐らく、私の見立てではやつは、最初の方に戦った、鎌の魔獣より数段上。
ヒノの表情が、微妙に揺れている。
恐怖だけじゃない。何かを選択し焦燥している顔だ。
「ねぇ、ヒノ」
「え……ごめんなさい。何?」
「あいつ、強い? 私、勝てそう?」
「……強いわ。組織内で三階層くらい。トップが魔王だとしたらね。四層の幹部を束ねる役職レベル。派閥の数だけ複数いるけど、それぞれ普通の異形とは別格タイプね……」
中間管理層の上位。
鎌の魔獣を統率する側。
「能力は?」
「不明よ。変形する以上、物理耐性は高いかもしれないし。属性耐性もあり得る。あの体格で魔法特化の可能性も十分あるわ」
私は小さく息を吐き。焦って質問攻めになっていた自分を反省する。
「ごめん。焦りすぎた」
頼りすぎている。
分析しても、実戦はいつも想定外だ。
「いえ……いいのよ」
そのとき――
やつが、歩き出す。
コンクリートを爪で削りながら。
削る音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
隠れているのに、見られている感覚が離れない。
その堂々たる歩みは勝利が決まっている者の余裕を強く感じる。
やつは、じっと周囲を見渡した――
細かく探るというより、面倒だから大雑把に確認する――そんな視線。
ほぼ黒一色の瞳。
何を考えているのか読めない……
そして――
つまらなさそうに踵を返した。
「……やり過ごせたかな?」
ヒノが小さく言う。
「たぶん……」
その瞬間――
やつは整備場を出て、軽く跳躍し、視界から消えた。
私は安堵しかける……
だが――違う!!!
脳裏に、鮮明すぎる未来が強制的に流れ込む――
やつは再びワイバーン型に変形。
上空で、一メートル級の火球を生成。
整備場を跡形もなく蒸発させる。
「ヒノ!!!」
「え!?」
私は彼女の手を掴み、工具棚の陰から飛び出す。
同時に、ポケットのゼスパを展開。
異形の鎌が頭上で高速回転を始める。
ヒノから分けてもらった上位属性のプリズムを纏わせ、さらに限界まで回転数を上げる。
それは、煌めく天使の輪の様になった。私が最初に会得した腐食の禍々しい黒い輪とは対極にある。
私達は整備場を出た。」
空を見上げる。
やはり――
やつはワイバーン形態へ戻り、上空を旋回している。
歪なくちばしを大きく開き、その前方に――
未来視で見た隕石の様な火球。
直径一メートル超。
圧縮された灼熱。
発射直前――
空気が焼ける匂いが既にここまで届いている。
ヒノは冷や汗を垂らし、それを気をとられている。
「走って!!!!」
私たちは滑走路を全力で駆ける。
その後ろには、ゼスパの天使の輪。まるで私達を守護するようについて来る。
まもなく――
「ヒュイィィィィィィン……ゴォォォォォッ!!!!!!」
背後で、世界が割れるような轟音が滑走路全体に鳴り響く……
遅れて襲う爆風――
熱風――
超衝撃――
見えない拳に殴られたように身体が前へ滑る。
それでも、ヒノの手は離さない。
破片が飛ぶ。
鉄板。ボルト。燃えた木材。ガラス片。
しかし、私達に飛んで来たそれらは、天使の輪が触れた瞬間、粉砕され火花となる。
だが熱は防げない。
背中が焼けるように熱い。
肺に熱が入る。
ただでさえ走って酸素不足なのに、この空気の熱さで呼吸が困難になり、咳が止まらない。
それでも、私たちは振り返らず走る。生き延びる為に……
熱量の衝撃波が落ち着き、ようやく振り返る。
整備場は――消えていた。
隕石の直撃に等しいダメージを負った整備場は、きっと耐えきれず内側から膨張し破裂したのだ。
地面が丸く抉れ、焼け焦げ、コンクリートが裏返っている。
上空――
黒煙の向こうに、薄紫の影が旋回している。
あんなけの事をしていて何もなかったかの様に優雅に飛んでいる。
黒い瞳が、こちらを捉え続ける。
生き延びたことを理解している目。
そして――
やつは高度を下げ始めた。
何故だ――?
再び撃てば終わるはずだ。
そうか……余裕か……そこに油断があるんだ。
私は即座に戦術を組み立てる。
次に火球を生成した瞬間、未来視でタイミングを合わせ――
・奴本体をゼスパで攻撃する
・火球そのものをゼスパで破壊
・あるいは念動で火球を奪取
最有力は奪取。
私は現段階で生命は操れない。
だがあれは魔法か物質。操れる可能性がある。
魔視でエネルギーの流れを読めば、術式の再構築も可能かもしれない。
つまり、あの能力をコピーできる可能性もある。
核は確認済み。
人と同じく、心臓部に一つ。
やつは地面へ着地する――
同時に人型へ変形。
私たちはそれ以上逃げなかった。
きっと追いつかれるだろうし、また撃たれれば次は逃げ切れない。
ならば、ここで戦う――
距離、約二十メートル。
やつはゆっくりと歩み寄る。
あの傲慢な強者の歩き方。
ヒノが、何かを決意した目で奴を見つめている。さっきから様子がおかしい……
そんなヒノに告げる……
私は、もう覚悟した。いや、前からずっとしている……と言う意味を込めて。
生き続けるために、命を懸けて戦い抜く覚悟――
「ヒノ。ここで戦うよ、私」
「……」
「きっと、もう逃げられないね」
「……本当に、それでいいの?」
「……それでって?」
「あなただけなら、逃げられる可能性はあるよ」
そんな可能性があるのか……?
「私だけ? よく分からない。でも……」
私は少し笑う。
「ヒノを置いて逃げるなら、それはもう私じゃないよ」
ヒノの顔が、わずかに曇る。何を選べば良いか分からないという顔だ。
その間に、やつは十メートルまで迫った――
私に躊躇が生まれてしまった。
あまりにも堂々と、無防備に歩いてくるからだ。
ゼスパを飛ばすも。雷を落とすも。攻撃してこない相手には、しにくい……
判断が鈍る。
五メートル。
――やつは止まった。
そして――
口を開いた。
だが私ではない。
黒い瞳は、ヒノを見ている。
低く、響く異界言語。
意味は分からない。
「――アー・ア・ゾ……ウェレ、シマーゾ、ヌラア……クーリシュ……マヒノ……ルレス」
(何故?クリシュマヒノ姫はこの人間の味方をしている?)
ヒノは答えない。ただ、奴を睨む。
見たことのない冷徹な眼差し――最初の帝王と感じた面影が蘇る。
「――ルイ・レ・ビナン……アッソ・デリ……デーリ……フィ・ジャナーク……ドゥ・メ・キーンズ」
(我らを裏切るなら、偉大なるフィジャナーク様の裁きが下る。あなたはもう王ではない)
フィジャナークと言う言葉に、ヒノの羽が微かに震える。
瞳に少しだけ怒りが増した気もした。恐怖かもしれない……
だが、目は少しも奴から逸らさない。
少し場に沈黙が下りる……
やがてヒノは私を見る。何を言うでもなく、ただ私を見る。
まるで、今までの二人の想い出を振り返っている様な顔だ……
そして、再び奴を見て、俯きながらほんのわずかに迷った後――
顔を上げて、首を横に振った。
その表情は、どこか悲しかった。
「……ジ・サ・ジン……ドルメルテ……ディ・ア・アゾ……キーンズ……ジル・ノーヴァ」
(残念だ、元王よ。優しき姫よ。その人間と共に散れ。我、ジルノヴァの炎により)
その瞬間――未来が視えた。
火球が放たれる。
ヒノは私を守り、抵抗する間も無く、それを受ける。
重傷。
――こんな未来!!!即却下だ!!!!!
私の感情がそのイメージに反応して一気に怒りのピークに達する――
全細胞に命じる――
演算しろ――
奪え――
書き換えろ――
三秒もない。
だが、私には十分だった。
全てがスローモーションに視える。
奴が火球の術を行う際の魔力の流れ――
それに反応する空間の現象――
火球を成立させる因果構造――
魔視で全て把握した。
立体パズルの説明書を、まるまま頭にコピーした感覚。
――自分で行っても、確実な答えに辿り着く予感。
奴が火球を放つ――
ヒノは私に手を伸ばす。
やめて。
そんな顔は二度としないでヒノ。
私は因果を書き換える――
奴が勝利を確信する未来。ヒノが終わりと悲しみを確信する未来。
しかし、そんなものはここに来ないのだ。私だけが知っている……
そして――
火球は、私達と奴の中間で停止した。
一瞬、事態を把握できない、奴とヒノ。
さすがに、奴も上位の存在だけはある。
瞬時に状況を理解し、奴の黒い瞳に初めて別の色が宿る。
――怒りと少しの恐怖。
ヒノはただ茫然としている……
私は言葉を奴に放つ
「誰の彼女に隕石飛ばしてんだ?」
私は、奴と私達の中間で停止していた火球を操作し、奴ではなく、奴の奥の整備場に向かって勢いよく放つ。
奴は案の定、類まれなる洗練された肉体で簡単に避ける。
それは整備場脇の錆びたプロペラ機に直撃し、機体を粉砕した。
次の瞬間、奴は跳躍し再びワイバーン形態へ――
ヒノはようやく我に戻り、ピンクの瞳一杯に涙が零れる。
「シスイ……怖かった……もう……死ぬのかと思ったよ」
「大丈夫だよヒノ。君は私が守るから」
「まだ死にたくないよ……シスイともっと未来を見たいよ……」
ヒノは子供のように泣いた。きっとこれが本当の彼女なのだろう……
私はただ抱きしめる。
上空で魔力が膨れ上がる気配。
十を超える轟炎の火球がある。今の私には見なくても分かる……
それは躊躇もなく、全弾発射される――
だが、全ての仕組みも軌道も全て見えている。
わざわざ、私の武器を作ってくれてありがとう。学ばない奴だな……
全てが空中で静止――
行きよりも倍のスピードで反転――
奴めがけて返送――
奴はさすがに余裕が無く、辛うじて回避し、そのまま急降下する。
しかし私はヒノを抱きしめたままで、一切見てない、気配だけで把握してる。
奴は翼を広げ、自らの手で私達の首を狙いに来てる――
三メートルまで来た――
一秒未満で到達――
あの刀なさえ切り裂きそうな爪が迫る――
しかし、この未来もさっき見たよ?くだらない
――その瞬間。
奴の背後に影が現れる。裁きの影。
それは巨大化したゼスパ。十メートル以上はある。
ゼスパの刃が奴の腹を簡単にフックの様に引っ掛ける。
絶叫。
「グヌオオオオ!!!!!!ギャラ・ラ・ガガガ―!!!!」
念動で後方に引きずる。
奴の周囲にプリズムを最大限展開。
その虹色は物凄く美しいファンタジーの様な光景だが、裁かれる者にとってはそうではない。
超爆発。小規模なビッグバン。
連鎖的爆破。
十字の閃光が無数に出現。
聞いた事も無い音と衝撃が空間を裂き散らかす。
それは一瞬の出来事だった。
次の瞬間は、ボロボロになりゼスパに刺さった奴しかいない……
しかし奴はまだ生きている――
さすが上級か……
ヒノが見ようとする。
「見なくていいよ」
まだ抱き寄せる。強く、強く。
静寂。
軽く数分が経った。一切誰も動かない……
やがてヒノは泣き止み私から離れ、奴を見る。
その顔には安心ではなく、哀れみ。
どこまでも優しい子だ……
だが、私は違う――
奴が再びヒノへ。
「ジル……ジル……ミ……クリシュ……マヒノ……ジャジャイヴァ……イーデデ……シマーゾ」
(クリシュマヒノ姫……ご慈悲を……その人間は危険だ……我らと……)
ヒノの頬をツーっと涙が伝う。
「泣かせるなよ」
私は睨む。
奴の瞳には完全な恐怖。
私は一歩、前に出た。
「始めた責任は取れよ。終わりまで、付き合ってもらうぞ」
これも、私達が生き抜く為だ……
私達から百メートル離れた位置――
先程大破したプロペラ機が、軋みながら浮き上がる。
当然、私の念動だ。
だが今回は違う――
ただ動かすだけではない。
かつてサーカスでドミノと戦った時、私は記憶にある“恐怖”を人形の破片で再構築した。
あれは偶然ではない。
記憶を核に、物質を媒体に、概念を創造する。
合成召喚。
今、それを再現する――
私は古代都市が好きだ。
だがもう一つ、昔から好きなものがある。
――神獣。
とりわけ、フェニックス。
崇高で、神秘的で、正義の象徴。不死身、復活の象徴。
空想の存在。
手の届かない伝説。
それを、自分が構築する日が来るとは到底思わなかった……
プロペラ機の残骸が軋み、解体され、再構築される。
整備工場の鉄屑を纏い、骨格を組み替え、翼を形成する。
私の放つ、イカヅチとプリズム光を帯び、
それは巨大な火の鳥へと昇華する――
飛翔――
その光景は、言葉に出来ない程美しかった。
火の鳥は綺麗に滑空しこちらへ向かってくる……
――その軌道は、お前の模倣だ。
奴とヒノが目を見開く。神話を直視した者の様な目。
異形ですら信じられないと驚愕する程の光景……
合成炎を纏ったフェニックスが口を開く。正義の火炎の世界の入り口。
そのまま猛烈な突進――
私が命じる。
「奴に裁きを」
「やめて……」
ヒノの消え入りそうな声が、微かに聞こえた気がした。
だがもう遅い――
奴が叫ぶ。
「ジェラルディア……サンド!! ……ジルノーヴァ…ディディア…クリシュマヒノ……フィジャナーク……シマーゾ……アルデー……ズバー……ク……クメリ」
(こいつは人間でも異形でもない!!!……真の闇だ……フィジャナーク様よ、
クリシュマヒノ姫よ……どうか、奴を討ち払い給へ……私は先に行きます……)
次の瞬間。
フェニックスは奴を玩具の様に呑み込んだ。
核も、肉体も、存在ごと。
圧倒的な捕食。
抵抗の余地は一切ない。
そして閃光。
一つの何かが終わる衝撃。
火の鳥は崩れ落ち、
ただの鉄屑へと戻った……
風が吹く――
そして――静寂。
ヒノは立ち尽くしている。
理解が追いついていない顔。
しばらくは、二人、ボロボロになった滑走路に立ち尽くす……
私は声をかける。
「……帰ろうか」
ヒノがはっと我に返る。
「……うん」
それ以上は何も言わない。
奴と何を話していたのかなんて、今は知りたくなかった。
私だって、今の一連でヒノに恐れを抱かれたかもしれない。
変な事を言って、嫌われたくないんだ……
私達は車に乗り込み、エンジンをかける。
来る時と同じ景色。
一面の緑が風に揺れ、それがどこまでも広がる。
さっきの事なんて無かったかの様に……
だが、何かが変わっている気がする。自分か、ヒノか、それとも別の……
帰路の静寂の中、
奴の言葉が脳裏をよぎる。
あの瞬間。
ヒノが恐怖した、あの言葉……
私は窓から入る柔らかな風に当たり、無意識に呟いていた。
「……フィジャナーク」
ハンドルを握る私の横で、ヒノが焦燥に満ちた目でこちらを向く。
目を見開き、
ただ、じっと私を見つめていた。
その視線は――
恐れと、決意が混ざっていた。




