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シスイとヒノの対話 暗闇の中で……



薄くカーテンが揺れている。





窓は、ほんの少しだけ開けられていて、夜の少しだけ冷たい空気が、暗くて静かに部屋へ流れ込んでいた。




ここには、街の喧騒はほとんど届かない。郊外の一軒家で、その二階。




夜風が星の光を運んでくるみたいに、透明な気配だけが漂っている。




私の部屋は、簡素で整っていて、我ながら落ち着く。




白い壁。淡い色の家具。棚の上には、アニメのフィギュアや、好きな作品のポストカードを几帳面に並べたりしている。




薄い生活の匂いと、現代の少女の趣味と、どこか無機質な静けさが共存している。




電気は消してある。




基本的には部屋を暗くする事が多い。落ち着くからだ。




窓辺から入る、薄い布の様な月明かりと、星の瞬きだけが、部屋を柔らかく照らしている――






ベッドの上。壁にもたれ、膝を立てて座る私。




何かあった時は、こうやって気持ちを整えて考え事をしたりする。




しかし、今日は風景が違う。




窓辺に腰掛け、夜風に頬をさらしながら空を見上げるヒノが、そこにはいる。






響のカメラのデータを見た後、ヒノは私の家に泊まりたいと言い出した。




今はお互い一人では居たくないのだ……




ヒノの為にも、私の為にもなると思って承諾した。




母さんに言うと二つ返事でOKをくれたのは、ただのお泊り会とでも思っているのだろう……





響のメールを見た直後は、二人共、涙が止まらなくなり、なかなか動けなかったので、母さんにメッセージして私の部屋前にご飯を置いといてと頼んだ。




結局、こういう所は全然子供だと自分でも思う。




それをヒノは美味しいね、と優しく微笑んで食べていた。




少し時間が経ち、涙は止み、私達は少し落ち着いた――





しかし、しばらくは二人共何も言わなかった……





沈黙は深い。宇宙のように、自分が、なんて発すればいいのか分からない……




果たして相手に届くのかすら分からない……





――やがて、私は口を開いた。




「……二人に戻っただけなのに、すごく寂しいんだ。響に出会う前はヒノと二人だけでもすごく幸せだったのに……」




私は心にある暗い感情を紡いでいく。




まるで一人ぼっちで苦しみ続けている様な、こんな気分を誰かに理解して欲しくて。




目の前の、一番の理解者に話す。





ヒノは、星の瞬きを澄んだピンクの瞳に反射させ、星から視線を外さずに答えた。





「当たり前だよ。そう単純に感情は割り切れないわ……思い出を作ってしまったんだもの……」




夜風が、ヒノの髪を揺らす。


その影が壁に映り、ゆらゆらと揺れる。




「私が、響を拒否したから……こんな事に……」




私の言葉は、自己告発のようだった。響がいなくなってしまった事を知ってから、ずっと自分を責める強迫観念が鳴りやまない。




誰かに”そうでは無いよ”と優しく言って欲しい、甘い自分がいる。




……




ヒノはゆっくり振り向く。




「私だってそう。でも……もし響が同じ質問しても、断るわ。彼女の為だったもの」




“彼女の為”という言葉が、部屋の空気を少しだけ鋭くし、現実を直に感じさせる。





そうなんだが……それも割り切れない。響の視点から見れば、何を望んでいたかが少し変わってくる気がする。





私は天井を見上げた。


「人っておかしいよね……お互いが他の誰より大好き同士な関係でも、それが崩れると、他の人よりすごくイヤになっちゃたりするんだから」





ヒノは小さく笑う。理解できるよ、に近い笑いだ。




「本当に好きだったからこそよ……裏切られるとその分、悲しみに変わるわ」





私はヒノに間接的に、私を悲しませないでね……と言われた気がした――





しばらくしてから、覚悟して私は呟く。




自分の汚い面も、この子に見せたいと。受け入れて欲しいと思いながら。





「私、響が少し憎いんだ。性格悪いよね、こんな時に……あんな幸せな気持ちにさしといて、なんでいきなりいなくなっちゃうんだって。自分がそうさせたのにね」





――ヒノは窓から離れた。





足音を立てないように歩き、ベッドの端に腰を下ろす。まだ距離は少しある。




ヒノの甘くて優しい香りがベッド落ちる。





「分かるよ?私も同じ気持ち。急に馬鹿みたいに変なポーズして現れたと思ったら、勝手に心に入って来て、いつの間にか大切な存在になっちゃって、勝手に消えちゃうんだから……腹立つよ」





その言い方が、少しだけ可笑しくて同時に救いにも感じ、私は息を漏らした。




笑いとも、ため息ともつかない、小さな音。





「よかった……私だけじゃないんだ」




ヒノはそっと、私の手に触れ頷く……




細い指先が、冷たい温度を持ちながら温もりを探す様に、ためらいがちに絡んでいく……





「……いつも一緒だよ、シスイ」





ヒノの手の温度は確かだった。




彼女が目の前の現実を感じさせてくれる。彼女という幸せは、まだ目の前にある。





沈黙がまた落ちる……





けれど今度は、孤独ではない。気持ちが溶けあい一体化する沈黙――







ヒノは少し体を寄せる。肩と肩が触れる。私は逃げない。むしろ、わずかに寄りかかる。




「ねえヒノ」




「なに?」




「私達って、ずっと二人でいられるのかな」





問いは未来への不安だった。


形のない恐れ。永遠を信じたいのに、変化を知っている恐れ。




ヒノは少し考える……





「いてくれるんでしょ?」





ヒノは、あなたがそうする様に努力してよね?と言わんばかりに、あざとい顔で言った。





そして、少し表情がもの悲しさを浮かばせる。




「でもね……ずっと、って形はないと思う」




――正直な答えだった。






「変わってきたからこそ、私達は出会えたんだし、ポジティブに考えましょ」




「今こうしてる時間は本物よ。響がいた時間も、本物。消えたわけじゃない」






ヒノは自分の考えを信じる様に、そう言い切った。





そんなヒノの勇姿を讃えるべく、




私はヒノの手を強く握る。




彼女を求めるように。彼女がくれる救いの答えを求めるように――






ヒノと私は、ゆっくりとベッドに横になる。




私達は向き合い、同じ枕に頬を沈める。




額と額がくっつく、鼻と鼻がぶつかりそうだ。




お互いの匂いも温度も交換し合う。






――不意に風が強くなり、カーテンが大きく揺れ、溢れて入って来た月明かりが、互いの瞳を淡く照らす。






なんで、君はこんなにも美しいんだろう――






「私たち、弱いね」




ヒノがぽつりと言う。






「うん。そうだね」




私は微笑む。響が頭に過ぎり、少し微笑みを自重する






「きっと大丈夫だよ」




そう言う、ヒノの虹彩の奥に、失った痛みが私と同じくあると深く感じた……






「今は、これでいいんだよね?」


私は自分の気持ちの流れの確かさの確認を、ヒノに求める。





「……」




ヒノは何も答えず、優しく頷いた――





――





私達は少しの間、何も言わず固まる……





――ヒノが動き出す。





ヒノが白い親指で私の額を撫でてくれた。





私は子供の様に、ぎゅっと目を閉じ、甘える様に愛を伝える。





私はヒノに唇を近づけキスをねだる。





ヒノは、甘えん坊さんなんだからと言う様な表情をし、少し笑った。





――私達の唇が、そっと触れる。








呼吸が混じる。温かい。




ヒノの匂いで、私の中がゆっくりと満ちていく。




そのか細い身体を、指先でそっと手繰り寄せる。




お互い夢中になり溶け合っていく。




ヒノと私の存在の音しか聞こえない。




世界は小さくなり、この部屋の私達二人だけになる。







外では星が瞬いている。




遠い宇宙の光が、何年もかけてここに届くのに対し。




私達の心は、通わせさえすれば、いつでも同じ場所にいられる。





人は、不完全だ。だから、こんな時にキスをしてしまう。




違う、こんな時だからこそ、そうやって乗り切るんだ……と、少し自分に言い訳する。




「ヒノ」




「なに?」




「生きるって何かな?」




「さぁ……それも二人で探して行ってみない?」





ヒノは頼りになる航海士の様な顔で私を導く。





あぁ……少し元気が出た。





今日はそれだけで十分だった――






夜は深く、静かに進んでいく。


私達の不安も、憎しみも、孤独も、今はまだ消えない。




けれど、そのすべてを一緒に抱いたまま、


同じ温度の手を、暗闇の中で強く握り合う。

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