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呪いの館 ネヲメデュラ



つんと磯の臭いがする、生暖かい潮風で髪がなびく。




レンタカーの窓を半分だけ開けたまま、私はハンドルを片手で回した。


海岸に沿って、地平線まで伸びるかの様な直線道路。


空は濃い青で、視界はどこまでも抜けている。




助手席でヒノが長いまつげをピョンっと跳ねさせ、瞳を輝かせた。




「風気持ちー。シスイにこんな特技あるって知らなかったよー 出し惜しみしてたなー?このこのぉー!」


肘でつんつんと私をつつく。




「特技ってほどでもないよ。免許はあんま取柄無いから、せめてこれだけでもってね。たまに両親の車も運転してるよ」




「取柄ありまくりだと思うんだけど!?」


茶化す風で、いつも私をフォローしてくる所が好きだ。




「あと衝撃的に意外なんだけど。依頼に車で向かうってなんかカッコいいね。探偵じゃん私達」




「探偵……か」


そう言いながら、ヒノはぴったりと身体を寄せてくる。ほのかな甘い果実の様な匂いが潮風を打ち消す。




あの夜から、彼女は片時も離れない。止む無い時、以外はずっと一緒だ。


距離も、行動も、心も。




甘くて薄暗い、二人だけの孤独の時間を思い出すだけで、体温が上がる。




こんな事をいうのは少し品が無いけど、あの日の彼女は、本当に――


言葉にできないくらい、凄くて。


もう、とにかく凄いとしか言えなくて、他の誰にも見せたくない様な私だけのパンドラの箱の様だった。


私はそれに執着してしまった。




思い出すだけで、冗談抜きで体内で一番濃い血が鼻から吹き出そうになる。




変な意味ではある。が、下品な意味では無い。


あんな、身体的欲望にダイレクトに響く、極まれりな美しさを私は体感したのが始めてだ。


原始的な美、えっちと言う単純な言葉では片付く筈も無い。





それ故に彼女を全部知ってしまった私は、もう彼女の全てを思い出すタグ的な役割を果たす上目遣いをするお願いを、拒む事が出来ない状態にある。




スマホには毎日、熱量の多い大量のメッセージ。


「本当に好き??」


「あぁ会いたいよぉー!!好きって言って!言って!電話して言って!今すぐ」


「さっき返信なんで遅かったの?もしかして飽きたの?」


「シスイが特別なんだからね?」


そんな内容ばかりだ。たまに自撮りも来る。




依頼に関しても、危ないから来ないでと言ったところで聞かない。


結局、今回も連れてきた。





カーナビが山道への分岐を告げる。青を走る爽快な海岸線とはここで別れだ。




量感の多い沈黙の杉林達が迫り、道は狭く曲がりくねり出す。


標高が上がるにつれて虚ろな霧が出始めた。




――人の気配は微塵も無い。




ヒノが車の窓の外を見上げる。




「……空、近ーい。マイナスイオン溢れんばかりだね?海もいいけど、山の壮大な感じも結構好きなんだよねー。今度キャンプしよ?」


この子は目の前の現象に左右されやすい。そして思考がころころ切り替わる。




しかしこれは私も賛成だ。二人でキャンプして星なんかを一緒に眺めるのは、とても映画的でロマンチックじゃないか。




私が物語の主人公になれる日も近いんじゃないか?


ぶらぶらして、単調だった日々と今は雲泥の差だ。




「いいね、私も山好きだよ。山って手近に感じれる非日常って感じだし。キャンプ行こ行こ」




「やった!シーちゃん大好き!なんでそんなに可愛いの!?怒るよ!」


情緒不安定か……




「シーちゃんて……ヒーちゃん。もうそろそろ目的地だよ」


私は依頼の為にも、真面目モードへ切り替えを促す。


一応、命が懸かっているのだ。




「ほーい」


軽い……




――私は依頼について想起する。




依頼主は富豪にして非効率を嫌う達成主義の天才天文学者。




メールは理路整然として簡潔だった。その要所を思い出す




代々天文観測を続けてきた家系。


その末裔である依頼主が、代々引き継がれてきた巨大な洋館を譲り受けた。


そこをただ住めるようにして欲しいそうだ。これは修理のお願いなんかでは勿論無い。


何か理由があって住めないのだそうだ。


説明が面倒くさいのか、行ってみたほうが早いと実際を見る事をメールで促された。


依頼人曰く、普通の人の手に負えない案件らしい……


私に頼むという事は、つまりはそう言う事だ。


ただの呪いの館では無い。異形関連のいわくつきだ。




報酬は――


糸口を見つければ五十万円。


解決すれば百五十万円。さらに館内の品を一つ、自由に持ち帰ってよい。


羽振りがいいな。富豪という事を考え、リスクも考えるとケチなのかもしれないが。




しかし、この報酬はやはり魅力的だ。女子高生の私達には尚更。


依頼主は勿論、私の年齢も性別も可愛さも知らないが……可愛さは余計か。自我が出た。


結構それなりに可愛い女子高生が異形霊媒なんて、アニメみたいだと実は嬉しくなる時もある。この辺の感性は普通で安心する。




ヒノに依頼の話をしたとき、彼女は即答だった。


「やろうよダーリン!」


ヒノは私の事を時々、ダーリンって言う。




自分が男役みたいで、すこし嫌なんだが、彼女が精神的に頼りにしてるならあまり水を差したくない。




「結構乗り気だね、報酬かなり良いもんね」


「あったりー!ダーリンがお金持ちになるのは、ちょっと鼻が高いもん」




「いやいや、報酬は半分に分けるって約束したでしょ?それじゃなきゃ、依頼受けてもついてきちゃだめ」




「だってーなんか悪いよ……」


ヒノは欲張りや自己中心的な上辺を取り繕い自らを下げようとする時があるが、


本当は謙虚で分け隔てなく優しい子だ。私はそこが結構好きだったりする。




「全然悪くないよ?ホントに ヒノがいなければ私は報酬を得るどころか、もしかしたら異形との戦いで簡単に終わる可能性だってあるんだから。」


「終わる可能性を減らせるなら、報酬が減るのなんて全く構わないよ」




「……もう!!!好き!!!」


「なんで、怒るんだよ ふふ」





会話をしている内に、とうとう見晴らしの良い三百六十度新鮮な緑の空気が吹き抜ける山頂に到着した――




その場所は木々が伐採され、平地に整えられている。


とてもだだ広っく、誰もいない深夜の大型施設の駐車場を思わせる。違うのは緑かどうかだ。


その真ん中には巨大なゴシック様式の洋館があった。




くすんだレンガ色の左右対称の不気味な均衡。


その前には広大で荒れ果てた庭園。


洋館に向かうように二列に並ぶ奇妙な造形の彫像もある。


中央には枯れた噴水があり、そこにある彫像は、少しもの悲しい表情をしている。





――私達は庭園に車を停める。


リュックを肩にかけ、車のキーのスイッチを押し、ロックする。


この場所に似合わぬ高い電子音が虚しく鳴った。




私達はこの日の為に、一緒にアウトドアショップで買い物をした。




費用は、サーカスの依頼で貰った報酬。


二人共、五十万円持っている状態なので、その一部を使ってこれからの依頼に必要そうな道具を買い揃えた。


お金がある時の買い物は楽しい。


友達と一緒なら尚更だ。恋人でもあるけど。




その時買ったお揃いの濃い緑色のサバイバルリュックを二人共背負った。


勿論、ヒノの羽に邪魔にならない形状のリュックを買った。


人目のつかない依頼の時はヒノは大きな赤翼を出している。


リュックは、そこに負荷がかからないように紐を調整して背負う




中には懐中電灯。水、保存食、便利道具、ライター、救急用具、スマホのバッテリー、乾電池、眼鏡などが入っている。




お気に入りは、これまたお揃いで買った、シャーロック・ホームズみたいなストライプ柄のハンチング帽。


私達は最近少し、探偵気分になっている。


実際依頼を受けて、それなりの報酬をもらっているから間違ってはいないと思う。


探偵コスプレの私達は様になり、写真を撮らせてと何度か言われたりもした。


勿論、全部断ったが。




――そんな恰好で私達は洋館を見上げる。




「……でか」




ヒノが圧倒されて、小さく呟く。




「これは.....立派だね」


私はマイクロフト・ホームズを意識した刑事みたいな声で呟く。




赤レンガの静寂が音を立てる。




その時……




風が館の外壁を撫でる音がした。まるで洋館が私達に何かを言ったように……




庭園の雑草をざくざくと踏みつけ進み、洋館の正門に辿り着く。


まるで人間以外が出入りするように作られている程にとても大きい。





――巨大な木製の扉を、二人で体当たりの様に押し開ける。少し硬い……





――ギィィィと意味深い重い音。




「ホラー映画の冒頭みたいだね?」


「サーカスの時もそれ言ってたよ?」




ヒノも完全に探偵気分だ、顔を見れば分かる。


ちょっと探偵ぶった様な顔を、絶海の誰も知らない可憐なアイドルみたいな顔で無理にするのが面白い。




「そう?」




「うん。何も起きなければいいけど」


私も無人島で始まるホラー映画で見たセリフを言った。





――中は想像以上に広かった。





四方八方、吹き抜けのホール。


中央には天球儀を模した巨大で豪勢なシャンデリア。


優雅でテンポ良く渦巻く漆喰の螺旋階段が二階へと続く。




「すっごーい!!! 豪華ー!」


「新居ここに決めましょ、ダーリン?」




「はいはい、仕事中ですよー?ハー二―」




「ノリ悪ーい。あの日はーあーんなにぃー、す・な・お・だったのにぃー」




とヒノは口を尖らせ、腰をくねらせ、顔を自分で赤らめながら変なポーズをとる。




「そういうのやめなさい、下品ですよ?えっちなんですかあなた?誰だってああなりますよ。ヒノだって相当……だったじゃないか」




「はーい!シスイちゃんにはとってもえっちでーす!ってちょっと、相当って何よ!!!」


「そこまで!? 私そんなにだったかな!!?」


急に両手で体を隠すような仕草を取り出す。




「うん。物凄く。思い出しただけで鼻血でそう……」


私はポーカーフェイスで語る。




「恥ずかしぃ……もうお嫁にいけない」


ヒノは両手で頭を抑えてしゃがみ込み、地団駄踏む。




「意外と打たれ弱いんだね」




「なによ!!責任取って貰うからね!?ぷんぷん」


誰もいない、いわくつきの洋館に、私達の惚気声がやけに黄色く響いた。雰囲気が少し明るくなる。





――まずは客室に向かう。荷物を置きに行き拠点を作る為だ。





解決するまで寝泊まりは何日でもタダでいいらしい。


一日、二日で終わらせるつもりではいるが……




泊まる部屋は広くて、案外綺麗だった。


ここがホテルと言われて目隠しで連れてこられても誰も気づかないだろう。




大きなベッド。重厚な机。気品のある分厚いカーテン。全て特注品と思われる。




電気は問題なく点くし、水道も通っている。




だが、長く使われていない匂いがある。乾いた木材と、閉じた空気の匂い。




「意外と普通に住めそうじゃない?てか、窓開けて換気するね。カビくっさい」


ヒノがベッドに倒れ込む。




「表面上はね」


荷物を下ろし、窓を少しだけ開ける。山の空気が冷たく流れ込む。




コンビニで買った弁当を広げる。


やけに現実的な匂いが、この古い部屋に漂う。添加物とは結構匂いがあるのかもしれない。




「お弁当美味しいね、お腹空いてたのよー実はー」


ヒノが言う。




「私もー。別に時間は焦る必要無いから、ゆっくりいこっか?無理しないでねヒノ」




「やはひふぎ」


ヒノは口いっぱいに、弁当のご飯を頬張りながら、おにぎりも同時に食べている。


喉を詰まらせないか心配だ。




「なんて……?」




――短い休憩を終え、再び館内を回る。






依頼主に勧められた、ホール、食堂、書庫、庭園、地下室を見て回るつもりだ。





まずはホールに戻る、じっくり観察し直す。細部の観察が探偵には重要なのだ。


ありのままの観察が。




ヒノはホール中央の天球儀シャンデリアを見上げている。


「――これ……動いてない?」




私は帽子が落ちないように、ツバをつまみながら視線を上げる。




わずかに。ほんのわずかに回転している。




私は言う。


「誰も触れていないのに。どういう原動力だろう?」


ヒノも言う。


「ちょっと不思議だよね?」





「変わった絵も多いいねー。シスイ、このどれか報酬で持って帰ったら億万長者かもよ?」




「うん、星か変な絵ばっかだね。でも、さすがに絵の価値分からないし、ちょっと気も引けるよそれは」




「確かに、一つ間違えば汚い紙屑だもんねー」


淡々と酷い事を言うヒノ、勿論、悪気は無い。マリーアントワネットもそんな感じで例の言葉を言ったのかもしれない。




「ヒノ言い方」




「ごめんち」




壁には油絵。


どれも夜空や惑星を描いたものばかりだ。満天の星。月蝕。尾を引く彗星。宇宙のどっか、そんなのだ。


それ以外にはシュールレアリスムの様なタッチで、変な生物が描かれている。




ヒノが指先で額縁をなぞる。


「ほこりっぽ」


言いながら咽るヒノ。




「マスク持ってこればよかったね?次回からリュックの必須持ち物に認定しよう」


私は認定宣言する。




ヒノは涙目になり、むせながらも、ガッツポーズをとる。





――次は食堂だ。




長大なテーブルがある。白いテーブルクロスは綺麗なまま。


二十人は座れる大きさだ。




西洋の貴族のお茶会に使われそうな場所みたいで、きっとテーブルには七面鳥が置かれてたんだろうなとか、執事や専属シェフがいたんだろうなと、8mmフィルムの様に妄想がくるくる浮かぶ。




銀の燭台。煤で少し黒くなった天井が侘しさを語ってくる。




ヒノが貴婦人の真似をして。


「料理はまだなの?」って言いだした事が微妙にツボってしまった。


彼女は気づいていないんだ……ずっと袖に米粒ついてるよ?





壁には巨大な星図が掛けられている。しかし現代の星図とは違うと感じる。




星には全然詳しくはないがそう感じる……




――線の結び方が、異様だ。




星を繋いで描かれているのは――


獣のような形。トカゲみたいな爬虫類にも見える。


それでいて神秘的な何かの様な……


見てはいけないと本能がざわめく構造をしている。





ヒノも気づいたのか、しばらく見つめていた。


「不気味ね……」




「これはちょっと、今回の依頼と関係あるかもね」


私達は他には、あまり異常を感じなかったので次へ行くことにした。





――書庫についた。





この巨大な館内は端から端まで歩けば結構骨が折れるなと移動していて思う。移動が疲れる家もなかなか大変だろう。




天井まで届く本棚。梯子が滑車で横移動できる構造。




古書の匂いが時間の分だけ濃い。飽くなき知識から、苦悩の臭いが漂ってるみたいだ。




天文学、宇宙物理学、古代文明研究、占星術。オカルトチックなのもある。




そして一角だけ、異質な棚がある。木の色も少し禍々しい。





――そこに、革装丁の分厚い本。





――タイトルが読めない言語。




表紙には“目”に似た紋様と、それを中心伸びる放射状のカラフルな角の様な物の絵。




ページをめくると、変な形をした動物を型取った様な星図ばかり。




食堂に合った壁画みたいで、正確な物かは不明。




この本やあの壁画から異形の断片みたいな気配がする……




だから先程から、私は注意深く気にしている。




書庫の奥は、ほとんど使われていないようだった。




埃の量が多いいのを考えると、あまり立ち入らない場所か?


もしくは、立ち入りたくない場所か……?





――壁際に、大きな半透明の額縁の絵画が立てかけられていた……




油絵だ。風景ではない。人物画でもない。星図でもない。




館だ。この巨大な洋館そのものが描かれている。





――正確な俯瞰図だ……





夜の景色……




空は黒く塗り潰され、そして、巨大な何かが館を囲んでいる。




それは少しトカゲに形状が似ているが、似ているだけで全く別物と感じる。




舌が長く、その周りを球体の様な物が四つ浮遊している。




頭部と思われる辺りから太陽の様に放射状の触覚か薄い帯のような物がいくつも揺らめいている。




頭部全体が人の頭の様なフォルムもしていて、尚且つ薄っすら笑っているのが不気味だ。




そして顔の中心に長い線が一本、そこに交わる横線が三本。その上に菱形の目がいくつかあり、絵画を見る人物を、見ているようだ。




胴体は尻尾まで丸みを帯びていて、そこにずんぐりとしながらも長い脚が六本生えている。




尻尾はそのまま、くるんと綺麗に螺旋状に巻いてる。





やけに不安を煽る形状であまり見ていたくは無い……





ヒノが隣に来る。




「……なにこれ」




「変だよね……やっぱ。食堂の壁画の奴に似てるし、さっき見た本の表紙も似た形状だったし」




ヒノは頭を抱える


「どっかで見た事ある様な見た目なんだけどなー」




「どこで?」




「異界」




「じゃあ異形かな」




「可能性は結構あるね」


あやふやで思い出せないのに、したり顔で探偵の真似をしてくるのはやっぱりヒノだなと思う。




「ヒノ、最近異界行ったの?」




「うん、昨日」




「昨日!?え!!どうやって??」




「ひみちゅ」




「ふーん」




「ちょっとは食らいつけよシスイっち!」




「まぁいいや」




「ふん!っだ」




あまりこの話題は詮索しないのが、今の幸せを守るのに必要なんだろうと思うから、興味無いそぶりをする私。






絵の下部に、金属製の小さなプレートが打ち付けられている。




古い書体。インクではなく、刻印。




私は埃を指で払う。文字が浮かぶ。






”””―――ネヲメデュラ――”””






カタカナ。だが旧字体の「ヲ」が混じっている。




妙に意図的だ。喉がわずかに乾いた。不安を呼び起こす文字だ……





「……ネヲメデュラ」


――私は、読み上げる。




声に出した瞬間。空気が、ほんの少しだけ重くなり、本棚が何かに握られたように軋んだ……




気のせいかもしれない。だが、背中に走る感覚は気のせいで済まされる物では無い。




ヒノが振り向く。


「今……」




――廊下の方にも気配がする。




何もないはずの空間に、微かな現実には無い気配。




人ではない角度からの視線。




ヒノが小さく笑う。


「まあ、いかにもボスって感じの名前だね。ネヲシスイみたいな」




「勝手にボス化しないで。私のシスイは明鏡止水のシスイだよ?」




「おっ!そうなんだ、意外!で明鏡止水って?」




知らなくて当然か、ヒノは異形だもの。恐らく学校も通ってない可能性があるんだ




「水が止まると、鏡みたいに正確に反射できるでしょ?波とか凹凸が無くて?心も同じで、邪念が無く落ち着いてれば、ありのままの世界が視れるって事だよ」




「シスイにぴったりじゃん!ご両親、粋な名前つけるね!!」




「うん、結構気に入ってるんだ」


私達は顔を見合わせ微笑む。やっぱり価値観が合うと話やすい。






――書庫の最奥には小さな扉。




「地下、ここだね」




「あぁそだね?でも最後にしない……?嫌な予感するんだ」




「わかる。ここは今行かない方がいいね……」


ヒノが真剣に囁く。同時に空気が一段冷える。




二人は何故かわからないが、今のこの地下に拒否反応を示した。


本能の反応というのは大昔から生き残ってきた成果の凝縮だから大概当たったりする。




結論、今はまだ降りず、一旦、別の場所に行くことにした。






――館から出て、庭園に来た。




外に出ると、山の新鮮なあおくさい匂いで少し安心感がある。




石畳は苔むしている。ちゃんと手入れすれば一級品の庭園へと押し上げそうな程に細かな細工を施された石畳だ。




館の門から左右二列に均等を保ち彫像が並ぶ。





――天使。




――星を抱えた人物像。




――よく分からない動物。




――惑星。




――それに、先程の絵画のネヲメデュラ……





その視線は、すべて館の方を向いている。




私とヒノは物珍しくその石像達を見つめて歩いた。




私はヒノに言う。


「なんかさ、意味があるっぽいね。メッセージみたいな」




「そだね、適当なモチーフだとか、なんとなく飾っているって感じじゃないね。今まで見たやつどれも。ちょっと何かの儀式か呪文ぽいし」


ヒノは指で星の陣形をキュッキュッと書いて呟く。




「儀式かー?なんのだろね?召喚とか?もしくは結界とか?」




「シスイいい線言ってると思う。ホントそんな感じ」




その時……




――歪な風が吹く。




また、どこからか視線を感じる。にじり寄ってくる嫌な視線。




焦燥感を掻き立てる視線――




しかし振り向いても何もいない。




夕暮れに少し近づいたのか、空が今日の終わりをもの悲しくカウントダウンしだす。





庭園の彫像は長い影を引き、館全体が橙色に染まっている……





――予感……





結構時間が経ってしまった。そして、少し疲れてきた。




「とりあえず今日は様子見でいいんじゃない?」


ヒノが伸びをしてあくびをする。




ホール、食堂、書庫、庭園。


ひと通り回ったが決定的な異常を視認出来てない。




あくまで違和感。しかし超強烈で不穏な違和感。




壁に描かれた奇妙な壁画。




星と獣が絡み合う壁紙。




触れてはいけない様な表紙の本。




館を囲う巨大な爬虫類の様な何かの姿。




どれも天文学と神話が混ざったような感じだった。




明らかに人では無い視線も感じる。それも不気味なテンポでにじり寄る様に……






私は言う。


「ちょっと暗くなってきたね。今日は泊まって、明日、地下ちゃんと調べよっか?」




「そうね。今日はもう疲れたかも」


そんな会話をする私達の頭上を、夕陽が沈んでいく。


我が沈んでいいのか?と訊ねてくるように、ゆっくりゆっくりと。






――部屋に戻る。





夕飯のコンビニご飯を食べながら話をする。





「んーーー美味しい。人の作るご飯だーい好き」




相変わらずいい食べっぷりだ、もしこのままずっと一緒に居て毎日この顔を見られるなら私は退屈な仕事でも彼女の為に頑張れるだろう。




「異形のご飯はどんな味?」




「んー味がちょっと濃いいし、統一感が無い。沢山の種類が共存しているからね」




「そうなんだ。ヒノは人間に近い味覚なんだね。羽と能力以外はほぼ人間だもんね」




「うん。だって私、人の血も流れてるもん。祖先は同じだよ。違う分岐って感じ。他の異形の一部からしたら人間に分類される事もあるし」




「へーすごい初耳だ。私が恋するのはやっぱ普通なんだ……よかった」




「そっか、私は知ってたから抵抗無かったんだけど、やっぱ異形って事に躊躇いあったよね?......恋って言われるのは嬉しいけど」




ヒノは瞳を暗くし、少し悲しそうな顔をした後に、でも嬉しいよと許してくれるそぶりをした。




――やってしまった。彼女を無神経に異形扱いするのは金輪際やめよう。


よく考えれば、異形と言う言葉も人の偏見かも知れない……




挽回するにはこれしかない


「でもね.....君がなんであれ、私が初めて恋をした存在には変わりないし、初めてこんなにも愛おしい存在はヒノだけだよ?」




ヒノは花束を貰ったような顔をした。


私には、これが今この瞬間にできる精一杯の挽回だ。


即ち、素直な気持ちを飾らずに言う事だ。




「うっれしー!お礼が必要ね」


そういうとヒノは私が腰掛けているベッドにそのまま軽く押し倒し、こう言った。




「私もあなただけなんだからね?」


全てに対して正直であろうと考える者が持つクリアな瞳を浮かべながら、私の頬にチュッっと軽くキスをして抱きしめてきた。





これは......いい。これが幸せと言うやつだ。複雑な論理はいらない。





私も同じ瞳で微笑み返した……





そのままベッドに寝転ぶと、急に疲労が出てきた。




考えてみれば、山道の運転。広い館の探索。緊張の持続。


結構な疲労が蓄積する行為の連続だ。





「私ホントに眠たくなっちゃってきたわ、ねぇシスイ?ちょっと仮眠しない?」





「そだね、別に解決は今日でなくてもいいし。真夜中に目が覚めたらその時探索してもいいしね。夜の方が何か見つかるかもしれないし」




「うんうん、休息大事ー。ローマは一日にして成らずっだね!」


そのやり取りをして、間もなく食事の片づけや、寝る準備をして私は部屋の電気を落とした。






部屋は暗くなり、窓の外に輝く星が鮮やかさを増しりんりんと騒ぐ。


季節や場所も相まって銀河って言葉を身を持って体感できる眺めだ。





きっと、この景色が見たくて依頼主の家系の人達はここに、この洋館を建てたのだろう。





しかし、とても静かだ……


まるで館の家具も何かに見つからないように口をギュっとつぐんでいるみたいだ。




少し怖い。ヒノの寝息が無ければ、きっと私は一人ではここにいれない。




そう考えてぼんやりしている内に、いつの間にか意識が落ちていた……







―――その時だった。





――"ガタン"――





硬い音で目が覚める。一瞬、場所がわからない。




部屋にしては高い天井。




気品あるカーテン。




高級な生地をふんだんに使用した赤色のベッド。




星が溢れるの窓の眺め。




洋館の客間だ。






スマホを見る。




夜九時過ぎだ。




隣を見ると、ヒノも起きている。




「……今、音したよね?」




「うん、明らかになんかいるね」




私達は音の方向に注意を向ける





――窓の外だ……





――庭園の中央近くに眩しい光の粒子がざわざわと無数に揺れている。




「――なに……あれ」


私は言う。ヒノは眉間に皺を寄せて凝視している




庭園の噴水の向こう。






――――――何かがいる……






十メートル近い長さの完成された造形の巨体。




その範囲に質量が詰め込まれたような存在感のある何か……





――それは……





紫と赤の舌が長くてブラブラとランダムで動き回っている。





その周りを球体が四つ浮遊している。


水晶に似ている、中には電気か何かの属性が循環している。


小さな惑星みたいだ。




頭部に放射状のカラフルで薄い触覚がひらひらと揺らめいている。神秘的で恐怖の中に美を感じる。




頭部全体が巨大な人の頭蓋の形状である。形状だけで髪や人と同じ位置にパーツがあるわけではない。それは薄っすら笑っている。




顔の中心に長い線が一本、そこに交わる横線が三本。その上に菱形の目がいくつかあり。それらが点滅の様に閃光して煌めきながら周囲をぎょろりと強く見てる。





胴体はずんぐりで、脚が六本生えている。長くて筋肉がかなり発達しているのが見た目だけで分かり、動きが早そうだ。





尻尾は体のラインのまま綺麗に、くるんと黄金比で巻いてる。





その表皮は人の肌の様な質感でありつつ、半透明で光輝き空間と重なっているように揺らいでいる。





――絵画で見たやつにそっくりだ……




「……ネヲメデュラ」




無意識に私の口から出た。




ヒノが私を見る。


「絵のやつだね。異形というより異質な何か……って感じ」






その瞬間――


ネヲメデュラの頭がゆっくりこちらを向く。





――目が合ってしまった。





見てはいけない類であったのだろうが仕方ない。


不気味に反して目を奪われる美しさでもあったのだ。





ネヲメデュラは、右側の三本の足で三回、小気味いいリズムで跳ね、その次は反対側の足でもそれをする……




そして一瞬、無重力みたいに浮遊し、ふんわりと前進してくる……




おどけている様にも見える……




その動き方はとんでも無く不気味で、近寄る速度は遅いが焦燥感の募り具合は尋常じゃない。





やつは体が一瞬透明になり、庭園の木を避ける事無くすり抜けた。





音もない。木が壊れもしない。どんどんこっちに来ている――。





ただ、物理的境界を無視して近づいてくる。


「物理は効かないよ、一応試した方がいいと思うけど。恐らく幽界と物質界を跨いでるよあいつ」


ヒノが低く怖い目つきで言う。




「幽界の存在はね、物質界には意図的な攻撃やアクションをしないと影響は無いけど、私たちの体の“エネルギーの流れには”には簡単に触れられる。何かされたら直接削られて、この体にもダメージがくるの」




ヒノはやはり詳しい。そんな関心を流暢にしている暇はないが……


やはり彼女無しでは生き残れない……




私はヒノに言う


「って事はやばいって事だね?」




「うん、――相当」




「とにかく、逃げよう。荷物を持って、距離を取りながら逃げ道を確保しながら攻撃が本当に通らないか試したらいい」




「うん……そうね」




私達はさっと、枕元に置いておいた懐中電灯を手に取り、上着を羽織り、リュックを背負い、帽子を被って廊下へ飛び出す。





少しミスしたのは、館全体の電気系統を事前に把握していなかった事。




部屋の明かりはスイッチが簡単に分かったが、廊下やホールなどの館内の大まかな場所のスイッチがどこにあるか分からない。




昼や夕方は明るくて、その問題に気づかなかった。




私達は出来るだけ、奴から離れるように遠回りし、一周まわって別方向から庭園の車を目指す。最悪、車で脱出すればいいからだ。




――ヒノの手を握り、私は廊下を走る。




「どこに向かっているのシスイ?」




「庭園!車だよ!あいつを見て思った、攻撃より何より、一旦脱出しよう。依頼より命だ。後日、策を練りなおそう」




「そうね。一つ間違えば、ちょっと洒落にならないかもだもんね」




私達は後ろを振り返らず、ひたすら走る。




しかし気配でわかる。




どんどん、ゆっくり舐める様にいやらしく、にじり寄って来ている。




そして食堂の方まで走り、そこの窓から館の裏口に飛び出て、大回りして庭園へ向かう。




全く、雑草だらけで本当に走りにくい。




――庭園に着く。




ヒノの足が止まる。




「ちょっ!ヒノどうしたの!?」




「ダメ、逃げられない……」




「えっ?なんで???」




「結界が......張ってるの」




「どこに!?」




「外門からぐるっと敷地内一周全部だよ。上空も張られているわ……」




「そんな……」




そうこうしている間に、ネヲメデュラは私達を視認できる距離に迫っていた。




やつも既に庭園に入っている。





「来た」


私はクソっという声で呟く。





ヒノは不安そうな感じで私の袖を掴む。




もし彼女が私の能力を上回っていても、きっと中身は普通の怖いのが苦手な女の子なのだろう。




――私がなんとかしないと……






私はポケットからスマホサイズの銀の塊。圧縮した鎌ゼスパ・ヴェスペラを取り出し元の形に展開する。




ビュンッ!!!と爽快な音を立て自分の番か?という様に巨大な鎌に戻る


月光に歓迎される様に刃が煌めく。





「――やるの?」


ヒノが少し手を震わせ訊ねてくる




「試してみるよ……」


私は鎌に念動を使い空中で超回転さし、禍々しい腐食の瘴気を纏わせる。





一つの悪夢の源みたいな静寂の円が出来上がる。裁きの具現化。





そして稲妻というよりは激しいビームの様な、暗がりには眩し過ぎる電撃の束を奴に一直線に放出する。




その光の放撃の中に、先程の円の召喚を走らせ時速400km以上で打ち飛ばす。




ギュイイイン!!!!!!と桁外れない落雷の様な音、金属の焦げ臭匂い、閃光の眩しさが夜の庭園一体に波及する。




奴を完全に捉えた。直撃は間違いない。その未来視が見える。




しかし、ネヲメデュラがダメージを受けている未来が視えない……




「やったかな?」


私は言う。




しかし、ヒノは不安が全くおさまらない顔をしている。





それが正しい――




奴は全ての私の攻撃を透過し、例の小気味いいリズムで跳ねる不気味な動きを一切止めずに接近している。





「クソッ!!!」


私は叫んだ。ヒノは落ち着いてと言う風に私に言いだした。




「この洋館に、絵画やオブジェや彫像とか色々あったでしょ?星図とかの?」




「うん……」


私は落ち着いて話を聞く。




「あれらが、もしかしたらこいつを出現させてるか、この結界を張ってる可能性があるの」




「そうか、じゃあそれをどうにかすれば、いいの?」




「うん……恐らく。それでね、その要素の中で一番気配が濃いのが地下室だったの」




確かに……




「だから、あそこに行けば何か打開策があるかも……でもね、あそこで追い詰められたら二人共間違いなく終わりだけど……」




「シスイ.....どうする?」




「決まっているよ、行こう。ヒノの直感を何よりも信じてる。もし違っても悔いなんかひとつもあるもんか」


私は信頼と言う言葉を表情に変換した軽やかな笑みでほほ笑む。




「そう......うん!分かったわ!行きましょ!」




私達はお互いを信じ、一つの作戦に賭ける事にした。




向かう先は書庫にある地下室だ。




全速力で駆け抜けて向かう。




後ろからは奴が薄ら笑いの様な、何も考えていない様な雰囲気で飛び跳ねてじわじわにじり寄って来ている。




程なく暗がりで迷いながらも書庫に着き、急いで地下室への扉を開ける。




「さぁ入ろう。ヒノ」




私はヒノの手をエスコートして階段を下る。彼女がこの暗闇で転ばないように。





――地下へ滑り込むとすぐに扉を閉める。





ネヲメデュラは恐らく五十メートル離れて無い位置にいる気がする。




私はある事に気付く。




「ヒノ!これは……」




地下室の扉には、星図で描かれたお札の様な紙がびっしりと狂気の様に張ってあった。




「これね、私達が日中ここで感じた不気味な気配。これはもしかしたら結界の中の結界の役割かもね」




「結界の中の結界?」




「恐らく、奴は少しの間は入れないと思う。でも、奴とこれの気配を比較すると長くは持たないよ?」




「そっか、うんでも大丈夫。その間に何とかしよう」





だが、そんな話をした矢先、奴が上にいる気配がする。扉を爪で削っている。爪が境界を削る嫌な音が地下室に響く。




――そして……





ゴォン!!!ゴォン!!!ゴォン!!!ゴォン!!!ゴォン!!!ゴンゴンゴンゴン!!!




扉をどぎつい威力で体当たりする様な音が聞こえる。




先程までの、おどけた動きとは全く異なる。やはりこいつは近寄ってはいけない存在だと肌感覚で確信する。





――そのとき。




振動で、パタン……と一冊の本が落ちる。




革装丁。




タイトル。





――NEOMEDURA――





ローマ字。




私はこんな時にそれに不思議と手を導かれる様に伸ばした……





ヒノは不思議そうに私を見る。





「奴の名前と同じ本ね……」


ヒノが言う。




「うん、何だか読めと心の奥底で言われた気がしたんだ……」




「心の奥底?」




「うん、時々聞こえるあの声みたいに」




「そう……」


ヒノが別の不安を顔に滲ませた。





――ページを開く。





これは手記だ……





乱れた筆跡。簡素な日記。




字になっていない部分もある、筆者は精神を追い込まれてたのかもしれない。




私はページをめくり続ける。




そして……気になる言葉を発見する。




「ヒノこれ見て」




「――ん?」





――奴から逃げるには朝焼けまで何があっても耐えぬけ、何があっても捕まるな。その先は言えない。




――それが叶わぬなら。




次のページ。






――複雑な魔の円環の図――






その下に記述がある。




――庭園中央の天文の盾の核が集まる点でこれを開き、〇〇〇〇〇と、言の音を唱えよ。




――さすれば“崇高なる存在”が導いてくれる……




――しかし、稀なる者しかこれは成す事ができない……




――その行為が世界の為かは別にして……






そこで途切れている――





「――これだ!!!」





ヒノが魔の円環を見て、躊躇する。





「これ……ちょっと怖い」




どうしたんだろう、すごく怯えている




「シスイ、ちょっと聞いて欲しい……」


ヒノが少し幼い子の様な瞳で呟く




「うん……」


私は受け止める様に返事する。




「あのね、昔ね禁断魔法の本を両親に内緒で読んだ事があるの、その時はホントに経験した事無いぐらい色んな方面から怒られたんだけど」




「それに似てるんだ、この絵」




「何年かして知ったんだけど、そういうのに囚われたらやっぱりちょっとおかしくなると言うか、かなり悪い影響があると言うか.......だから私も怒られて以来、怖くてそういうのは見てないの」






――ヒノはこの時、嘘をついていた事を少し経ってから私は知る事になる。





ほぼこの通りだ。彼女に嘘は無い。嘘をつく気も無かっただろう。




しかし彼女は禁断魔法には全く触れていないわけでは無かった。




そう、一つを除いては……いや、むしろその特性上、立場上、触れざるを得なかったのだ……




――それはまた別の話。






ヒノの警告を聞いた私だが、しかし強く押す。彼女を守る為に。




「そうか……でもヒノ、私を信じて」


ヒノの手を優しく覆う、もう震えないようにと。




「私の直感がこれを選べと言っているんだ。この直感は君と初めてデートする選択をした時と同じ感覚だ。それが間違っているはずはない。それに私は狂ってでもヒノを守りたい」




「シスイ……」


ヒノは禁断魔法に植え付けられた恐怖より、今の私の言葉を信じた気がした。






――そのとき……





ヒノが、覚悟を決めたような、真剣な顔になる。




右手の手のひらを上に向け胸の高さまで上げる。





――すると……





掌の上に、小さな虹色の球体が生まれる。






――――静かに煌めく優しい虹色の光――――






「これ受けとって」




「これは?……」




「これは私の赤翼の家系に代々継承されてきた魔力の源の様な物なの。原始的で純粋な魔力の発動が可能なるわ。このプリズム色の属性は普通の属性攻撃より遙に強い。実はあれらはね、純粋ではないの」




「え……そんなのあるの?なんでそれを私に?」


「それを私に分けて、ヒノ大丈夫なの?」




「全部じゃないわ。私も分けてもらったの、母から。母は誰にでもすごく優しかったわ。代々優しさだけで繋がってきた力。信頼できない者には渡さない力」


一瞬だけ、柔らかく笑うヒノ。




「あなたは、分かり合えた。だから分けたい」




「でも、それを分けたらヒノは今後困るんじゃない?」




「んん、そうね......でも、一見非効率な行動が、総合的に見れば成功する時もあるのよ?私自身が弱くなっても、あなたと二人で分かちあっていく方がきっと成功や幸せという言葉には近づけると思うわ」




私は強く頷く。


「わかった……ありがとうヒノ」


「……二人で未来を切り抜けていこうよ、どんな時も、そばにいるから」




ヒノが言う


「えぇ.....光を見だしましょ――。私達の宿命に――」





――虹の球体が拡散され私の胸に沈む。――




――核が震える――




――新しい感覚が芽生える――




――安心。幸福。守られているという感覚。守りたいと言う感覚――






――――――プリズムは今、シェアされた――――――






私はヒノに聞く。


「これでネヲメデュラは倒せないの?」




ヒノは首を振る。


「そう、上手くはいかないんだよね。へへ  威力は足りてると思う。私とシスイが全力でいけばね。肉体が頑丈でも、別の位相の相手でも、この純粋な魔法は通って相手のエネルギーに直接作用する」




「じゃあ……」




「でもね、別の位相、ネヲメデュラみたいな幽界の相手を攻撃するには、この魔法プラスと類まれなるその空間全体のエネルギーの把握と精密に操作する能力が必要。正直今の私達には不可能よ」




「そっか……上手くいかないもんだね」




――つまり。




儀式しかない――




「やっぱり、この魔の円環の儀式しかないね」


私はヒノに私が全部背負うと言う瞳で訴える。




ヒノは承諾しづらい顔をする。




そして気づく、ネヲメデュラが今地下室の上を離れている事。




「ねぇヒノ今やつはいない。行くなら今だよ。行こう。きっと私達なら大丈夫だよ?あんなやつさっさとやっつけて報酬手に入れてキャンプしようよ?」


「きっと二人なら何があっても、この先どうにか挽回できるよ」


私は少し和ますためにヒノに言う




「そうね.......そうよね!なるようにしかならないわ!何かあったらその時は二人で考えたらいいもんね!」




「うん。そうだよ。あと.......一つお願い聞いて、ヒノ?」




「帰ったら、沢山一緒に居てね、どこにもいかないでね?寂しい時は教えてね?」




「当たり前よ、言われなくてもそのつもり!ダーリン! ふふ」





――――私達は覚悟を決める





今だ――





地下室の扉を盛大に開け階段を駆け上がる。





ネヲメデュラが気づく。




重い足音が廊下に鳴る。




全速力で庭園へ飛び出す。




私は何故かその時、エリーゼの為にが頭の中で流れた。




中心へ向かう。ヒノの手を強く握る。




中心の噴水の中へ突入し、足が水浸しになろうとも私達は気にしない。





――本を開き、魔の円環のページを月光にさらす。





円環の中の存在を説得するように、意識を集中する。




そして、私は言ってはいけない言葉を紡いだ。




ヒノも一緒に背負う様に、それに続く。





そして……





庭園全体が震えだし、洋館のガラス窓もガタガタ言い出す。




鳥やその他もろもろの生物も、先程までは隠れていたが、今度は悲鳴をあげるように


騒いで逃げている気がする。





――庭園の上空の空間に白い線が入る。メスをスーッと入れた様だ。





「これは……」


私はその非現実に気を取られる。





「シスイ集中して!!!途中で止めたら絶対だめ!!!」





――二十メートルほど空間が縦に割れ、宇宙の様な異空間が垣間見える。




――ネヲメデュラも振り返る。




次の瞬間……




私、ヒノ、ネヲメデュラすら絶叫が抑え切れない様な光景に凍りつく。






――裂け目の奥。何かが見える――






――巨大な“目”だ。





――三十メートル以上の何か災いの塊のような目。






血走り、口では無いのに息が荒いみたいで、轟音と瘴気で溢れている




まるで終わりの果てを見て、もう何も破壊し尽くす物が無くて狂いながら激怒している様な目





じろーーーと、私達全てを覗く。





ネヲメデュラが後退る。怖がっているみたいだ……初めて感情を見せた。





そして、不意に目が消える――






終わったのか……?





違う。代わりに.....





指が数本、裂け目から伸びる。





それは、超巨大でありながら野性的で毛深く、爪は悪魔の様に鋭く長い巻き爪だ。





そんな指がこの世界を不作法に不気味にほじくろうとする。





私達は言葉を交わしている暇も無く後ろへ飛び距離を取る。





とうとう、固まり動けなくなったネヲメデュラを玩具の様に掴んだ。





絶叫なき無慈悲な掌握。引きずり込まれ、苦しそうに足掻くネヲメデュラ。





少し可哀そうにもみえた……







――ネヲメデュラが完全に異空間へと連れ去られた……






..........






――だが。それでは終わらない





闇の指が再び現れる。ピーナッツはひとつじゃ足りないという風な悪意の無い強欲で。




今度は無理矢理空間を引き裂き腕まで出ようとする。




もしかすると全身で這い出ようとしてるのかもしれない……




こいつがもしこの世界に出てきたら……






――私は、一体何をしてしま――






「絶対に出しちゃダメ!!!!!!!!!!」






ヒノが体中の声を絞り出す。






「さっきのプリズムの魔力、全開放して!!!!!シスイ!!!!!奴に打ち放って!!!!!!!!!!!」






言いながら、ヒノは周辺の空間全体に虹色の光を満たしだす。


まるで、おとぎ話の世界に来たかのような光景になる。






闇とファンタジーの対峙――





――私はヒノの魔力の流れを瞬時にコピーする。





――完全なる同調。





私も、体中の細胞に意志というトリガーをぶつけて、巨大な生命の反応を引き起こす――





それから出力した限界の魔力でプリズムを発射する。





辺り一帯は幻想的な煌めく世界に変化した。





今、一つの世界が誕生したと言わんばかりの様に……





――そして……





二人の虹の世界は一斉の超爆発の連鎖を巻き起こす。






――――――虹のビッグバン――――――





今、純粋な魔法が、終わりの鬼に爆散する。





ヒノ&シスイ


「あああああああああああああああああああああッ!!」





私達は、魔法を止めない――





次第に声が絶叫に変わる。


二人の体中の全ての細胞が、魔導を限界まで絞り出そうとリミットを解除しだす。




骨が軋み、血が沸騰する。




それでも、私達はまだ魔法を止めない――





私達の爆発したプリズムは、やがて重なり合い一つになり、収縮しだす……





私達はいつの間にか手を強く握り合っていた……





――その収縮した一つの無垢なる輝きが、もう一度世界に拡散された――





その時の光景は、威力というより、美しい優しい光景だった。





――――後に、この魔法は禁断魔法として後世に語り継がれる様になった――――




――――分ける事で増えると言う、不可思議な性質を持つ魔法として――――




――――この魔法の名は――――




――――――シェアプリズム――――――




と、言う……






手が苦しむ様に、怒り狂う様に、または痛みを欲すように、山全体に響く大絶叫して、腕が引っ込んだ。




ヒノはその隙に、魔の円環のページを二度とこの世に存在しない様に破る。




すると……




裂け目が、元通りに閉じだし、完全に閉じきる。奴を中に入れないままに……





一気に静寂が庭園に変換される。夜空の星は何も無かったかのようにりんりんと煌めく。




「やったね」


ヒノがそう呟いた、少し笑っていたが心底疲れてそうだ。




「うん……本当にごめんなさい……」


私はそれしか言えなかった。




ヒノがいなければ、私は一体、何をしでかしてしまっていたのだろう?




少し涙が出る。ただ怖い。




ヒノは察して、何も言わず私の先を歩いた。まるで灯の様に……




気付けば夜明けが近くなる。




私は思った。夜明けになる前にもう、ここから帰ろう。




私は手記の本を持つ。報酬の一つとして。もしもの時の為にこれの責任は自分で持ちたいからだ。ヒノも容認した。




帰りの車で私達は再び海岸を走る。




一日しか経っていないのに、潮風が懐かしく感じる。




車内を磯の香りが通過する。




後部座席に置いてる本のページが風にめくられた。




そこには私達が、館では一度も見なかった絵が描かれている。




――館。




――小さなネヲメデュラ。




――それを包むような、巨大な黒




――この絵に名前はない。




私はバックミラーごしにその絵を見る。





隣でヒノが寝息を立てて眠っている……





――潮風が、そのページをそっと閉じた……

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