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異形霊媒探偵 冥 シスイ


我は、広大な世界の王だった。




だが、もうあまり覚えていない。


どうやら人というものに生まれ変わるらしい。




頑張ったつもりだが、業の赴くままに。


もう一度、生き抜く必要があるようだ。




今度こそ達成する。


何をだったか?




時が来た。


始まる。




時期が来れば、我が力もまた、業の赴くままに発動するだろう……





――そうして異界の王は、人の女性として新たな命を受けた――








——そして時が経ち、現代。




平日の昼間に、街をぶらぶらと歩いて眩い陽射しを受けるのは心地良い。


掴めるはずの無いプリズム色の粒子に、そっと手を伸ばしてみた。




少し、ぼんやりし過ぎかな私?




でも、人間ってのは、本来そんくらいで満足できる生き物なんじゃないかな?と思ったりもする。




世の中みんな、色々欲しがったり、どうでもいい事を悩んだり、複雑に生き過ぎてる様に感じる。




それは、私も例外じゃないけど。




私(冥(メイ)シスイ)は、廃マンションの階段を上っていた――




エレベーターは止まったまま放置された棺桶みたいで、窓はどこかしこも、悪夢すら過ぎ去ってしまった様に悲しく割れ、踊り場には風が粉っぽい埃の匂いを運んでいた。




怪しい雰囲気だ。


これは、近くにいるな……




そんな、社会の喧騒からはほど遠い、都会の忘れられた幻想地帯みたいな廃墟は、私を非現実感へ誘う。




こんな場所に、気分が落ち着いてしまう私も、まずまずだな……





私は不意に、非常階段の踊り場にある、全身鏡で自分を見た――




廃れた黄金の瞳が、薄い感情でこっちを見ている。


真っ黒なセーラー服。


そこに、無垢白な髪が落ちている。綺麗に切り揃えられたボブの髪は軽やかで、ほのかな風に揺れる。


肌は太陽の熱を知らない雪白や、闇の世界で作られた白磁の様で、色白と言われる人よりも数段白く、もはや、虚空という言葉が当てはまりそうだ。




その髪と肌が相まって、幽霊みたいに薄く儚く見えるせいで、世間では浮いてしまう。




けれど気にはしない。




この容姿で昔から散々からかわれたり、妬まれてきたんだから。もう慣れているんだ。




どうせ誰も、他人をまともになんか見ていない。


自分すら、まともになんか見れていないんだから。




私はスマホを片手に持ち、演技っぽく、親指を画面を滑らす――




誰もいないはずの廃墟だが、私の動作一つ一つが見られている気配がするからだ……




炎上、広告、承認欲求、どうでもいいニュース。


誰かの悪意も、誰かの怒りも、誰かの悲鳴も、区別のつかない形で流れてくる。


全て苦しみには変わりないんだろうけど。


もう何が何だかわからないのに、ただただ、狂ったように見てしまう。


そんな自分にも、嫌悪感が湧く。




「……うんざりだ」




心より前に、口が喋った。


しかし、私の声は、廃マンションの虚ろな空間に吸い込まれて、簡単に消えていく。




高校三年生――


籍だけはあるけれど学校には行っていない。


進学も就職も、真剣に考えていない。考えたところで、答えが出ない。


どれを選んでも、自分の欲しい物は手に入らない気がする。


心の奥底が、忘れてしまっている何かを探し出せと、昔から、ずっとずっと私に強迫的に迫って来るんだ。




私はおかしいのかもしれない……




でも、この混沌とした現代で普通に今まで育ててくれた両親の事を考えれば、


真面目に考えないといけないと言う、焦りも当然に湧く。


今の時代、世界的に見ても日本的に見ても普通に生きられるのは、とてもすごい事だからだ。




そんな漠然とした、不安な蜃気楼のような未来を考えている内に、屋上へ到着した。




街の匂いと、少し落ち着いた陽の熱が、私を少し現実に覚まさせる。




私は伽藍とした屋上に立ち、遠くを見渡した。


大気がビューとうねる音がする。




……




綺麗。




もう少しで、地平線すら見えそうな見晴らしだ。


こんな、大型のマンションなのに、すっからかんの虚ろな箱になってしまったのは何故だろう?全てが逃げ出す程の、未知災の様な出来事でも起きたのだろうか……?




微妙に怖い事を想像し、平然としている自分がおかしく、ふふっと鼻で笑った。




下を見降ろす――




公園が見える。




子ども達の声、車の走行音、犬の鳴き声、大気が時と共に移る音、


そんな、単調な生活の音色が私の耳に流れ、通り過ぎては、また流れる。




――私の瞳は、世界の極彩色の色づきに、少し見惚れていた。






スマホのメールボックスを開く――





依頼――異形霊媒


対応――なるべく早く


場所――〇〇マンション 付属公園


時間――夕方頃


内容――異形が出る。大きな”合体”した子どもが近づいて来る。ホントに怖い


報酬――¥20,000




ホント怖いってのは……なんか嫌だな。


でも二万か……化粧品切れてきたし……


合体した子供……ってなんなのさ?




こういう依頼のメールは自作のウェブサイトに送られてくる。


私が、異形霊媒を受ける様になったのは、ある出来事がきっかけで、


それは、異形に襲われて、危うく人生が終わりかけたんだけれど、


その時に、超常的な能力を持つ女性の探偵さんに助けて貰い、尚且つ、私にも能力が現れたからだ。


その能力が結構使えたのと、その探偵さんが私の能力を褒めてくれた事、


自分の求める物が、その超常の世界にある気がして、なんとなくウェブサイトを作った。


で、なんやかんやで、そこまで広く手を付けず、自分でやれる範囲で、この異形霊媒の仕事を請け負っている。




今時、無知でもサイトが簡単に作れるから便利だ、少し、その探偵さんにも手伝って貰ったけど……




異界に咲く花みたいに、この世には無い、良い匂いのする人だった。あの人元気かな……




……




そろそろ行くか……




まずまず怖いが。


だって、女の子だもん。


お金の為だ。現代の女の子には結構お金がかかるんだ


しかし、それだけでは無いのさ。


今では、この異形霊媒の仕事が、自分の一種の使命の様にも感じる。




階段を下りながら、依頼の詳細を辿る。


短いメッセージが追記されていた。






公園に子どもが十人いるみたいな奴がいる。


ゲームのゴーレムみたい。ゴーレムって実在するの?


動きが変、気色悪い。悪夢みたいな臭いがする


お願い、本当に怖すぎる。どうにかして






私は、その適当だが、割と真剣なメッセージを少し鼻で笑い、画面を閉じ、ポケットにスマホを入れた。




悪夢みたいな臭いってなんなのさ。ナイトメアじゃん。




廃マンションの外に出ると、陽が傾き始めていた。


あれ、時間感覚がおかしいな……


こんな長く居たっけな?


淡く白い光が金色に変わる時間。


街の影が伸びて、物の輪郭が少しだけ曖昧になる。




「オウマガドキか……」




辺りを見渡す。


不穏な気配がより濃くなっている。


私は、深く深呼吸し、突入する覚悟をした。




その時だった――





 ——時期が来れば、我が力もまた――





ふと、胸の奥で言葉が沸き上がる。


自分の言葉のはずだが、そんな感じがしない……


物心ついたときからある。




きっと今から、何かが起こるんだろう。確かな予感がした。





私は公園へ向かった――





〇〇マンションの公園は、寂しい匂いがした。


放置された土の独特の臭さと、古いブランコの鉄錆びの匂い。


遊具は色褪せ、滑り台の表面はざらついて見える。


きっと、いつも同じ顔をしているんだろう。時間が止まった場所。


他の公園とは違う、忘れられて誰にも相手されない場所。




私は公園の中央を見る。




シュールな夢の様に、いるはずのない存在が、そこに立っていた。




子供がいた。しかも十人程。


しかし、おかしなのは十人が一つなのだ。


訳が分からないでしょ?


全く異常。全くの異形。


こんなの普通の人が見たら、常識の概念が崩れてしまうよね…… 




私は、ぼんやりとそれを睨む――




ゴーレムって表現もあながち間違いじゃない。名付けた人はセンスがある。





そして——




そのナイトメアゴーレムの子供達の瞳は、同じ方向を一斉に見た。


勿論、私。


私を捉えてにやりとイヤらしく笑っている。




……見んなよ。




やつの黒目のない二十以上の目。


ぽつぽつと空洞みたいな目。


集合体恐怖症には無理だな、これ。




私は息を吸って吐いた。


清潔な陽の粒子で肺が満たされる。




視界がわずかに歪み、目の奥が熱を持つ。


頭の内側に、細い針を刺されたみたいな痛みが走る。




次の瞬間――




奴の数秒先の動きが視えた。




私は、相手が次にどう動くかが視える。


相手と自分の未来が、シュミレーションみたく、幾つかパターン的に浮かぶ。




ただし、完璧じゃない。常時でも無い。


相手が速すぎたり精神が乱れると、情報が増えすぎて追いつかない。




じっと瞳を凝らす……




歪なナイトメアゴーレムが、のしのしと巨大なサーカスの像の様におどけながら近寄ってくる。




予知通りだ――




私の脳内に、次のパターンが流れた。




この未来にしよう。




私は一歩、下がる。


周辺を見渡して使えそうな物が無いか探す。




異形はさらに気味悪く動く。小躍りしてるみたいだ。


食事の前で喜んでいるかの様な機嫌の良さだ。




……イラつく。




公園の端に錆びた花壇の柵がある。


その脇に私は、一本の鉄パイプを見つける。


錆びていて汚い。何の用途も為さない世界のガラクタ。




でも私にはこれで十分だ――




私は駆け足で向かい、鉄パイプを拾った。


硬くて、冷たい。




あいつは?


まだ、あそこか。イメージより遅いな。


少し、時間がある。




私はさらに、異形に目を凝らした。


別のモノを視る。




——エネルギーの核。




どの異形にも、核がある。


魔力核とかエネルギーの塊とか、言い方はどうでもいい。


それが、何か私は知らないのだから。


とにかく、そこを壊せば終わる場所。


言うのは簡単だが、相手の動きが早かったり、硬い外殻で覆われてたり、核を見えないように自分に魔術の様な物を施してたら厄介だ。




そうなれば、今の私には逃げるしかない。




私の廃れた黄金の瞳は、異形の胸の辺りの、微かな濃さを捉えた。


光ではない。色でもない。


密度の根源、奴のエネルギーの始まり。





あれだ――




頭痛が強くなる。


目を細め、呼吸を整える。


あれを見過ぎると吐いてしまう。


自分の限界は知っている。




そして私は精神を鉄パイプに集中させる。




……




世界と一体となる様に、心を乳化させ、鉄パイプに自分を接続する。




「……浮かべ」




言葉は小さい。


誰にも届かないくらい小さいだろう。




けれど……




鉄パイプは、その場でふわりと浮遊した――




まるで、くだらないテレビ番組のエセ奇術師みたいだ、勿論、私はホンモノだけど。




自分のやっていることを“念力”だと思っている。


何故そうできるか、理由は知らない。


あの出来事があった後に、突然できるようになった。




この念動も使うたびに上達している。




その証拠に、今日は少し違う。


浮遊した鉄パイプの表面に、黒い膜みたいなものが纏っている。


熱でも光でもない。


なんだかアニメに出てくる闇魔法みたいだ。禍々しい真っ黒の粒子。




考えてる内に、もう目前まで、異形は来ている。よく見ると全部の顔がよだれを垂らしている。




「シマーゾ……ディル……ディリード……イヴァイヴァーヴァ!!!」




異形の十の顔が歓喜の絶叫しだした。




なんて言ったんだろう?


恐らく、いっただきまーす!とかかな……?


と冷静に突っ込む私。




——今。




私は視線を鉄パイプから奴の核に変え、伸ばした腕の指先を僅かに動かした。




鉄パイプが、一直線に弾丸の如く飛び抜く。


空間が切れる音。


音が遅れて聞こえるほど速い。


時速二百キロあるんじゃないか?


直線だけなら、それくらい出せる。


頑張ればもっと出せるけど。




異形は避ける動きをした。


でも、私は未来視で先を読んでいる。


奴が避ける場所に、鉄パイプの目標地点を先回りして設定している。




「ふぅ……」




誰を食べるって?舐めるなよ……イラつく。


いや、勝手な翻訳だった……


でも、イラつく。




鉄パイプが、異形の胸の中心をバキュンと鋭く貫いた。




——キュンッ、と乾きながらも尖った威力のある炸裂音。


そして、遅れてがしゃっと、柔らかい崩壊音。




異形が崩れた。


まるで砂浜でつくった砂の城の様にあっけなく。


大波の力を思い知ったみたいな顔をしてる。


節々がほどけ、形が溶けていく、夕陽で伸びた影が変形する。


しかしまだ形を保ち、終わりに抗いながら、私に近寄ろうとする……




「シマーゾォ!!!ジヌンバ……イブビブ……ゲーンダェゲーンダェ!!!」




異形は絶叫しながら、こっちに向かって全速力で走り出した。




五月蠅いな、イラつく。


お前さっき、私を食べようとしただろ?言葉分かんなくても、気配で分かるんだよ。


私だって命を懸けているんだ。




……




核を外した——わけじゃない。


私には分かる。少しズレた、だけだ。


厚い何かに弾かれた。


それでも、核の周辺を壊したから崩れを作った。




未来の読みが甘かった。完全に相手が崩れる姿を予測して実行するべきだった。


今後の課題だ。




「……もう一回」




私は、全神経を集中する。


頭がくらつく。


目の奥が焼ける。


でも、今なら見える。次の衝撃で奴が消える未来。




鉄パイプは、空中で待機させていた。


無駄に大回りさせて速度を高める。


宙に舞う呪文のようだ。


奴の全てを貫く超加速の未来を顕現する。


鉄パイプは、先程より、黒い波動を強く纏った。





いけ。




二撃目。




今度は――




ビュンッズドン!!!!!




完全に貫いた――




音が消えた。奴が出す音が。


一瞬、世界が無音になったみたいに静まる。


異形の十の顔の瞳が同時に真の空っぽになる。


そして、今度こそ砂のように崩れ落ちた。


異形は絶叫する暇も無かったようだ。




悪いな……


でも……お前は、誰かを食べる可能性があった。


私は、悪くない……




残ったのは、土の上に広がる黒い染みと、焦げた匂い。


鉄パイプは地面に落ち、表面が妙に黒く腐食していた。




視界が揺れる。


頭痛が遅れて押し寄せ、胃もきしむ。


未来を見過ぎた。




足を止めて、息を整える。




……




気持ちも痛みも少しずつ和らぐ。




私はスマホを取り出し依頼完了のメールを送る。





依頼完了しました。確認できましたら、後日、お振込の方、よろしくお願い致します





ポケットにスマホを戻す。


振り返りもせず、歩き出す。




夕方の風が、私の髪を揺らす。


私は空を見上げた、濃いトワイライト。


暗くなりつつある色のある粒子が、世界を静かに塗り替えていく。


誇らしい空に見える。




胸の奥で、また言葉が動く。




——時期が来れば、我が力もまた――




——業の赴くままに――




この言葉が、何かはまだ分からない。


けれど、理外の出来事が、私に始まっていると感じる。




私は帰路を歩く。




夕刻に現れた幽霊みたいに儚い姿のまま、誰にも知られず、それが心地よく当たり前みたいに……

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