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第7話「石像兵団」



塔二階の最奥。そこに立つ扉は、一階の兵団長の部屋とは比べものにならないほど重厚だった。黒い石に刻まれた文様は、まるで無数の目のようにこちらを睨んでいる。


「ご主人……この扉の向こうに、いるんだよね」

ミィが小声で言い、耳を伏せた。


「間違いない。二階の守護者、《石像兵団》だ」


「兵団……名前からして嫌な感じね」モフが扇を握る指に力をこめる。「一体じゃなくて、たぶん数で攻めてくるわ」


「そうだろうな」俺はうなずく。「だからこそ、盾が必要になる」


二人の顔を見た。ミィの瞳は揺れていたが、恐怖よりも期待が勝っている。モフは表情を隠していたが、三本の尻尾が小さく揺れていた。


「行こう。ここを越えれば、二階突破だ」


重い扉を押すと、低い振動音とともに石の部屋が広がった。



部屋は円形で、天井は高く、中央に巨大な石柱がそびえている。その周囲にずらりと並ぶのは、無数の石像。兵士の形をして剣や槍を構え、まるで儀式のように静止していた。


「全部……動くのかな?」ミィが呟く。


返事は不要だった。石柱が鈍く光り、石像たちの目が赤く輝く。

ごり、ごり、と石が擦れる音。兵団が一斉に動き出した。


「来るぞ!」


次の瞬間、十体以上の石像兵が剣を振りかざし突進してきた。



俺は盾を構え、正面から受けた。

「ぐっ……!」

衝撃が全身を走る。一体ずつなら問題ない。だが同時に押し寄せると、盾ごと押し潰されかねない。


「ご主人、どうするの!?」

「まずは列を崩す!」


俺は盾を斜めに滑らせ、剣を横へ逸らす。石像がバランスを崩し、隙が生まれる。

「ミィ!」

「任せて!」


猫の少女が跳び、喉元に短刃を突き立てた。石が砕け、粉塵が舞う。


「モフ、後衛を頼む!」

「幻で散らすわ!まこと」


狐火が広がり、石像の一部が幻影に惑わされ、無駄に攻撃を振るう。


だが——すぐに異変が起きた。


石像たちの動きが整っていく。最初は無秩序だった突進が、まるで軍隊のように整列し始めた。そして狙う先は、俺の盾だけのようだ。


「……なるほど。やはり学習してきたな」


「ご主人ばっかり狙われる!」ミィが歯を剥く。

「盾を無力化すれば、戦術が崩れるって気づいたのよ」モフが冷静に言う。


俺は歯を食いしばり、盾を高く掲げた。

「なら、俺が全部引き受ける。その間に——隙を突け!」


剣が雨のように降る。盾に火花が散り、腕が痺れる。それでも角度を変えていなす。

盾は防御の道具じゃない。隙を作る武器だ。


「さあ来い。ここからが本番だ!」


剣と槍が幾重にも重なり、盾の前面に衝撃が集中する。腕が震え、肩が軋む。だが俺は一歩も退かない。角度を変え、力を流し、攻撃を互いにぶつけさせる。


「ご主人、無茶だよ!」ミィが叫ぶ。

「いいんだ。俺は狙われるためにいる。……その分、隙ができる!攻撃が通る」


盾を斜めに押し出す。剣がずれて、石像同士が互いに衝突した。ぎしりと軋む音。

「ミィ、今だ!」

「にゃあっ!」


素早く駆け込んだミィが喉元を斬り、粉砕する。


だが敵はすぐに陣形を組み直す。二列に分かれ、正面と側面から挟み込む形だ。AIの学習速度が上がっている。


「しまった……正面だけじゃない!」


俺はすぐに判断した。側面からの槍を盾で受け流し、逆に敵同士をぶつけ合わせる。だが処理が追いつかない。汗が額を伝う。


「モフ!」

「分かってる!まこと」


狐火が走り、幻の壁を作る。石像の一部が進路を誤り、側面の圧力が一瞬弱まった。

そのわずかな間に、俺は正面の石像を壁に押し付け、角度を変えて転倒させる。


「ご主人、すごい……でも、多すぎる!」ミィが尻尾を逆立てる。


確かに。倒しても倒しても、奥から新たな石像が目を赤く光らせて現れる。

——兵団。数で押す。それが二階の守護者の本質だ。


「くそ……これ以上は持たない!」


腕に鈍い痛み。盾の縁が欠け、木片が飛び散る。

石像たちが一斉に俺へ剣を振り下ろした。


「ご主人!」

「まこと!」


二人の声が重なる。


だが俺は踏みとどまった。

「まだだ……隙は、必ず生まれる!」


盾を地面に叩きつける。乾いた音が広間に響き、石像たちの視線が一瞬揺れる。

その瞬間、俺は自分から半歩後退した。


「えっ?」ミィが驚く。


狙い通り。石像たちは俺を押し倒そうと一斉に前のめりになる。密集し、足元が絡まる。

「ミィ、モフ! 今だ、斬れ!」


「任せて!」

「……仕方ないわね!」


ミィが背後に飛び込み、短刃で膝を切り裂く。モフの狐火が足元を揺らし、石像は踏み外して崩れた。

次々と倒れる。まるでドミノのように。


「やった!」


だが安堵は早かった。


奥の石柱が再び光を放ち、崩れた石像たちが粉塵から再生していく。

さらに、部屋の奥から一際大きな影が現れた。


全身が黒曜石のように輝く巨体。両手に大剣を握り、目は紅蓮の光を放っている。


「……石像兵長」


ミィが息を呑む。モフも扇を下ろし、真剣な顔になる。


「これが本命か」俺は盾を握り直した。


兵団はただの数の壁に過ぎない。本当の脅威は、この兵長。

奴を倒さなければ、二階は突破できない。


「さあ来い……ここで、盾戦術の価値を証明する!」


巨体が動き出し、重い足音が広間を震わせた。



石像兵長の一歩ごとに床石が震え、粉塵が舞う。両手の大剣は人間の背丈ほどあり、ただの一撃でも受ければ盾ごと押し潰されるだろう。


「ご主人、あれ……本当に勝てるの?」ミィが短刃を握り直し、尻尾を膨らませる。

「勝てる。俺たちなら」


「でも……!」


「盾は、隙を作るためにある。あいつがどれだけ強かろうが、隙は必ず生まれる」


ミィは迷いを振り払うように頷き、モフは小さく息を吐いて扇を広げた。


石像兵長が咆哮した。声なき震動が広間に響き、兵団の残党が再び動き出す。だが、それでも中央の巨体が放つ威圧は圧倒的だった。


「来るぞ!」


大剣が振り下ろされる。俺は真正面から受けず、盾を斜めに構えて刃を逸らした。轟音が響き、床に深い溝が刻まれる。


「にゃあっ!」ミィが背後から斬りかかるが、兵長は片手で剣を振り払った。

「くっ……固い!」


「ミィ、下がれ!」俺は叫び、もう一撃を受ける。重さに膝がきしむ。

「まこと! 盾が砕けるわ!」モフが焦りを隠せない声をあげた。


盾の縁には大きな亀裂が走っていた。あと数撃で完全に壊れる。

だが、それでもいい。盾の役目は硬さではない。隙を生み出すことだ。


「……使い捨てで十分だ」俺は心の中で呟いた。


次の瞬間、兵長が横薙ぎに剣を振った。

俺はあえて正面から受け止め、盾を砕かせた。


「まこと!?」


木片が飛び散り、盾の半分が宙に舞う。だが衝撃は計算通り。砕けた瞬間、剣の力は逸れて壁に激突した。

兵長の体勢がわずかに崩れる。


「今だ、ミィ!」

「にゃああっ!」


猫の少女が飛び上がり、兵長の首筋に短刃を突き立てた。だが、石肌は厚く、刃は深くは入らない。


「足元だ、モフ!」

「了解!」


狐火が床を走り、兵長の影を揺らす。巨体がわずかに踏み外し、膝をついた。

その瞬間、俺は残った盾の破片を手に持ち、兵長の腕の関節に叩きつけた。


「砕けろ……!」


石の軋む音。兵長の腕が一瞬止まる。その隙にミィが再び跳び、短刃を眼窩へ突き込んだ。


赤い光が弾け、兵長が低く唸り声を上げた。

巨体がよろめき、膝から崩れ落ちる。


「まだだ!」


兵長は最後の力を振り絞り、大剣を振り下ろそうとした。

俺は砕けた盾を投げ捨て、素手で剣の柄を押さえ込む。重さで腕が裂けそうになるが、退かない。


「ミィ、決めろ!」

「任せて!」


猫の少女が跳び、背後から首を裂いた。石が砕け、兵長の体が崩れ落ちる。


……静寂。


広間を満たしていた赤い光が消え、兵団の残党も動きを止めて崩れ落ちた。


「やった……やったぁ!」ミィが歓声を上げ、俺に飛びついた。

「危なっ……!」尻尾と耳が顔に当たり、俺は苦笑する。


モフは小さくため息をついた。

「無茶するんだから……でも、あんたがいなければ勝てなかったわ」


俺は壊れた盾を見下ろした。もう使い物にならない。ただの木片だ。

だが、役目は果たした。盾は硬さじゃない。隙を作り、仲間を守る。それで十分だ。


「二階突破……ですね、ご主人!」ミィが尻尾を揺らしながら言った。

「ああ。これで《盾》が無駄じゃないってことを、少しは証明できたはずだ」


モフはそっぽを向きながらも、尻尾を揺らしていた。

「……次の階は、もっと厄介になるでしょうね」

「望むところだ。塔が学習するなら、俺たちはその先を読めばいい」


三人は視線を交わし、深く息をついた。

二階の最終扉が開き、淡い光が差し込んでいた。


塔の三階が、次なる試練として待っている。



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