第4話「三人の登録、冒険者ギルドにて」
石造りの建物の扉を押し開けると、熱気とざわめきが押し寄せてきた。
ここが冒険者ギルド。塔を目指す者、傭兵、賞金稼ぎ……武装した者たちが酒と情報を交わし、依頼と報酬をやり取りする場所。
内部は広い吹き抜け構造で、梁には古い旗や武具が飾られている。正面奥には受付のカウンター。左には依頼掲示板、右は談笑と喧嘩が入り交じる酒場。
入った瞬間、ざわつきがピタリと止まった。
「……盾かよ」
「また物好きが出てきたな」
「猫と狐を連れてる。珍しい取り合わせだ」
視線が集まる。俺の胸元には職札《盾》の刻印。ギルドにおいて、それは“無価値”の烙印だ。
ミィは隣で尻尾をぶんと振り、歯を剥いてにやりと笑った。
「ご主人、皆すっごく見てるよ! 人気者じゃん!」
「いや、笑い者に近いな」
尻尾のイメージから俺がそう呼んでいるのだが、狐のモフは、扇で口元を隠し、冷ややかに言い放つ。
「盾なんて珍しいもの、見世物扱いになるのも当然でしょ。……でも安心して。わたしはまことが恥をかいても別に困らないから」
ツンとした言葉。けれどそのモフッとした尻尾は、緊張を隠せずに膨らんでいた。
――
カウンターに歩み寄ると、受付嬢がこちらを見て目を瞬かせた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。……パーティ登録ですか?」
「はい。三人で」
差し出した職札を受け取った彼女の視線が、露骨に揺れた。
「《盾》……? 本当に登録を?」
周囲の冒険者たちもくすくすと笑い声を上げる。
「盾なんか抱えて塔に行くつもりか?」
「せいぜい三階で帰ってくるだろうな」
ミィは耳を立て、テーブルに飛び乗る。
「ご主人はすごいんだから! 狼の群れも盾を滑らせて倒したんだよ!」
「滑らす?」と誰かが嘲るように笑い、酒を吹き出す。
「盾は面で殴るもんだろ! 滑らすって? はは、聞いたこともねぇ!」
俺は深呼吸して一歩前に出た。
「盾は面じゃない。角度と間合いだ。敵の最短行動をずらして、仲間に最短を渡す。そうすれば勝率は上がる」
ざわめきが広がる。理解できない、という顔ばかり。
だが受付嬢は小さく息を呑み、慎重に言葉を選んだ。
「……説明だけでは、証明になりません。パーティ登録には“戦闘適性試験”が必要です」
――
案内されたのは訓練場。観客席に冒険者たちが集まり、野次を飛ばしている。
試験官として立つのは、体格のいい戦士。職札は《剣士》。彼は苦笑いしながら木剣を構えた。
「三人でかかってきな。制限時間五分、俺に一撃でもくらわせたら合格だ」
「ご主人、どうする?」ミィが短刃をくるくる回す。
「盾で隙を作る。モフ、幻で視界をずらせ」
「……呼び方を変えろって言ったはずよ!」
「じゃあ、ツンで」
「ツン!? 余計ひどい!」
観客が爆笑する中、試験開始の合図が鳴った。
――
剣士が前へ踏み込む。踏み込みは重く速い。剣筋は鋭いが直線的。
俺は盾を十五度傾け、斜めに立つ。
「右二、猫背面!」
「にゃっ!」
ミィが床を滑るように走り、背後に回る。しかし剣士は経験豊富。視線だけで牽制し、猫を寄せ付けない。
「モフ、三秒視線切り!」
「……了解、まこと!」
狐火が散り、剣士の目に幻影の影が映る。その一瞬、視線が揺れる。
俺は盾で剣筋を滑らせ、肩で押し返した。隙が生まれる。
「今だ、ミィ!」
「任せて!」
猫の短刃が剣士の背に届く――寸前、試験官が笑って受け流した。木剣の柄で刃を弾く。
「ほう……面白い。盾で剣を滑らされたか」
観客がざわめく。馬鹿にしていた連中が、初めて沈黙した。
――
戦闘は続く。剣士は本気を出し、次々と攻撃を繰り出す。
俺は全てを正面で受け止めず、斜めに流す。盾の縁で弾き、床の石で足を滑らせ、仲間が動ける“隙”を作り出す。
ミィはその隙を逃さず、猫のように一瞬で飛び込む。狐火の幻が動線を隠し、短刃が胴に迫る。
「そこまで!」
試験官が手を上げた。木剣の切っ先が俺の肩に触れ、同時にミィの短刃が彼の腰へと届いていた。相打ち。だが、一撃は確かに通った。
観客がざわめき、やがてどよめきへ変わる。
「……当てたぞ?」
「盾が、仲間を活かした……?」
試験官は木剣を納め、口元をほころばせた。
「合格だ。盾の戦い方、久々に目が覚めたよ」
――
カウンターに戻ると、受付嬢は真剣な表情で俺たちを見ていた。
「おめでとうございます。パーティ名をどうされますか?」
ミィが真っ先に手を挙げる。
「《ご主人と子分たち》!」
「却下だ」
モフが頬を染め、扇で顔を隠す。
「……どうせなら、盾にちなんだ名前がいいんじゃない? “未来を読む盾”とか。ね、まこと」
俺は少し考え、頷いた。
「《未来読む盾》で頼む」
受付嬢は微笑み、三人の職札を重ねて光を通す。青い光が溢れ、ひとつの石板に刻印が浮かぶ。
こうして、俺たちのパーティが正式に誕生した。
――
ギルドを出ると、夕陽が塔を赤く染めていた。
遠くに聳える百階の巨塔。最高到達は四十階。その壁を破るのは、俺たちしかいない。
「ご主人! 明日は塔の一階からだよね!」ミィが尻尾を振って笑う。
「……別に楽しみにしてるわけじゃないけど、幻術を実戦で試せるのは悪くないわ」モフがそっぽを向く。
俺は盾を握り直し、静かに言った。
「さあ行こう。守って攻める戦いで、世界の常識を塗り替えるんだ」
夕陽の下、三つの影が重なり合う。
盾と猫と狐。まだ誰も知らない、新しい冒険が始まろうとしていた。




