32話「静かなる決着」
11階を進んでいく。
穴を越えた先には、もう一つの回廊が続いていた。
やがて——耳の奥がなぜか軽くなる場所に出る。
「ここ、音が吸われてる」
ミィが足元を軽く蹴った。
砂は確かに鳴っているのに、その音がすぐそばで消えて、どこか別の場所に引き込まれていく感覚がある。
「“鳴き”を集める場所が、どこかにあるわね」
モフが扇を開いた。
「ご主人、《風破砂》は?」
「……粗い。一定じゃない。——どこかで、“鳴砂の声”が集められてる」
進むにつれ、足音はどんどん軽くなるのに、腰の《風破砂》だけはだんだんと激しく震え始めた。
やがて、回廊が開ける。
そこは、巨大な“鳴砂の湖”があった。
底の見えない深さの砂の湖。
湖の中に砂の山があり、真ん中に一本の白い石柱が立っている。
石柱には、無数の砂が貼りつき、風に吹かれて細かく震えていた。
「……ここが十一階の“主”か」
俺は息を呑む。
「鳴砂の声、全部あの柱に集まってる」
ミィの耳がしなやかに伏せられた。
「砂湖の下に落ちた鳴き声も、さっきの穴の鳴き声も、きっとここに」
「つまり、“塔全体の鳴き声”を使って攻撃してくるタイプね」
モフが扇を閉じる。
「ご主人、作戦は?」
《風破砂》の震えは、ここまでで一番荒い。
それでも、まだ“鳴き出す”寸前で踏みとどまっている。
「簡単だ」
俺は足を一歩、砂の湖に踏み出した。
「——“鳴く前に、俺たちのリズムを作る”」
「リズム……だね」
ミィの目がきらりと光る。
「リィナ、《音速の糸》を“長め”に。目標二分半」
「はい、全身まで繋げる感じで張ります」
「モフ、《導紗》で“波”を可視化してくれ。砂の揺れが強いところ、弱いところを示してほしい」
「わかったわ」
「ミィは“音の薄い場所”を探して、足場を作る。カラは——」
「直線しか撃たない!」
「そう。直線《黒雷》で、あの柱の“結び目”を狙え。全部壊す必要はない。塔の鳴き声を、少し“息継ぎ”させるだけでいい」
「息継ぎ……」
リィナが呟いた。
「音速の糸も、途中で息継ぎをしながら張ったほうが、長く維持できますから」
「それと」
俺は深く息を吸う。
「合図は、いつもどおりだ。——雷! かわす! 薬! 糸! 号!全部、合わせて使う」
◇
リィナが目を閉じる。
「糸」
白い光が足元から立ち上がり、全員の足首と胸をそっとなぞった。
心臓の鼓動と、足音のリズムが、一本の紐で結ばれる。
モフの《導紗》が、砂の山の表面に細い線を描く。
強く揺れている場所は線が二重に。落ち着いている場所は一本線だ。
「ここが“弱い”ところ。ミィ、先に狙って」
「わかった!」
ミィが一本線の上を走り、皆んなの道を示す。
ザ、ザ、ザ、ザァ。
浅い三歩と一歩深く。
主の“声”が、俺たちのリズムに乗り換わっていく。
「号——!」
俺は盾の受け面を石柱に向け、低い唸りを放つ。
風が主の柱の周りを巻き、貼りついた砂が小さく震えた。
——ガ、ガガ、ガ……。
柱の“鳴き”が、塔全体のどこかからか集まってくる。
《風破砂》が、腰で荒々しく震えた。
「雷!」
「《黒雷》っ!」
カラの黒雷が一本、導紗の示した“細い結び目”に突き刺さる。
石柱の表面を走る砂の流れが一瞬、途切れ、鳴きかけた声が止まる。
「薬!」
「《癒やしの光》」
リィナの白光が、足元からふわりと上がる。
俺たちの呼吸が整えられ、《音速の糸》の張り方にも余裕が生まれる。
「かわす!」
ミィが低く身を伏せる。
カラはお得意のバック中。
その時、石柱の上から、砂の細い鞭が一本、びゅっと走る。
さっきまでミィがいた位置をなぞって、空を切った。
「号、もう一度。今度は“浅く長く”」
俺は唸りの高さを少し変え、盾を通して砂に流す。
石柱の鳴きが、俺たちのリズムと重なった。
——ザ、ザ、ザ、ザァ。
砂の山の表面で、内と外の音が噛み合う感覚。
塔の“鳴き声”が、俺たちの三浅一深に合わせて揺れ方を変えていく。
「……いける」
ミィが息をつく。
「ご主人、今なら“鳴砂の主”ごと、揺れを合わせられる」
「糸の残り、どれくらい?」
「あと四十秒……いえ、もう少し引き伸ばせます」
リィナの額に汗が滲む。
「よし、最後の一巡だ。
——号!」
盾から低い唸り。
「糸!」
足元の光が一段と強くなる。
「雷!」
「《黒雷》っ!」
今度は柱の“腰”あたり——鳴きの中心から少し外れた結び目を狙う。
黒雷がそこを断ち切った瞬間、柱を走っていた砂の流れが、二つに分かれて落ちた。
「薬!」
回復が重なり、俺たちの足と心臓のリズムがもう一度揃う。
「かわす!」
砂の鞭が二本、逆方向から飛んでくる。
俺は盾で一つ受け、モフの小さな結界がもう一本を弾いた。
——そして。
鳴き声は、来なかった。
石柱に集められていた鳴砂の“声”が、一斉にほどけて、砂湖全体に薄く散っていく。
《風破砂》の震えが、すうっと静かになった。
砂の主は、ただの砂の山になった。
◇
「……クリア、かな」
ミィが恐る恐る呟く。
静かな砂の上を、そっと踏んでみる。
ザ。
音は出た。
でも、それはただの“足音”だった。
「十一階《鳴砂回廊》——通過判定でいいと思うわ」
モフが扇をぱたりと閉じる。
「《風破砂》も静か。塔の鳴き声も、今は喉を休めてる」
「《音速の糸》……ここで切りますね」
リィナが深く息を吐き、糸を解いた。
足元の光がすっと消え、代わりに軽い疲労が一気に押し寄せる。
「カラ、どうだ」
「……直線しか撃ってない」
胸を張った。
「でも、撃ってる間、ずっと“ぐにゃっとしたい”って思ってた」
「正直だな」
俺は肩を軽く叩く。
「今はそれでいい。鳴砂の階は“音を揃える”のが課題だった。
雷を曲げるのは——皆んながもっと揃ってからでいい」
「もっと揃ったら、ぐにゃっとも揃う?」
「まあな。練習しないとな」
ミィが笑い、モフが尾を揺らす。
リィナがそっと、石柱の残骸に手を当てて祈るように目を閉じた。
◇
鳴砂の砂山の奥に、細い階段が出現していた。
砂はもう鳴かず、足音だけが、石段に淡く響く。
「ご主人、まとめ!」
カラが元気に手を挙げる。
「お前が言うな。……そうだな。
“受けない。流す。必要なら、返す”。
そして——“鳴く前に、音を揃える”」
俺は階段の上を見上げた。
「雷! かわす! 薬! 糸! 号! あと、ごは——」
「最後は帰ってからだ。とはいえ腹は減ったな」
「ご主人も今言うことじゃないよ」
階段の上で、塔の灯りがひとつ、ゆっくりと形を変えた。
十一階《鳴砂回廊》の刻印が薄れ、その上に、まだ見ぬ十二階の名が刻まれていく。
足跡の列は、街から塔へ、塔の中からさらに上へ。
一本の線のまま続いている。
鳴砂は静まり返り、その上を歩く俺たちの音だけが——新しい階へと、まっすぐ伸びていった。




