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31話「ぐにゃっとはお預け」


 鳴砂の盆地を抜けると、回廊はじわじわと細くなり、代わりに“天井までの高さ”が出てきた。


 足元には砂。

 頭上には、岩肌にへばりついた砂の膜——鳴砂の“天井”だ。


 俺たちの足跡は、まだ一本の線のまま続いている。

 腰の《風破砂》は、かすかにふるえながらも、基本は滑らかだ。


「ここから先が“後半”ってことかな」

 ミィが耳をぴくりと動かす。

「音が上からも来そうね」

 モフが天井を見上げて扇を折りたたんだ。


「歩調は乾き用。三回浅く、一回深くを継続していく」

「わかったわ」

「わかりました」


 リィナの《音速の糸》は、盆地を出る手前で一度解いてある。

 ここからは、必要な瞬間だけ短く使うやり方に戻す。



 細い回廊を抜けた先は、斜めに傾いた“鳴砂の斜面”だった。

 足元の砂が一方向にじわじわと流れている。

 斜面の下には、砂が集まってつやつやした帯になり、そのさらに向こうに丸い穴が開いていた。


「“鳴砂の滑り台”ってやつだな」


「穴のところ、何かいるわ」

 モフが扇の先を穴に向ける。


 《風破砂》の震えが、少し粗くなった。

 砂の帯のあたりで、とくに強い。


「ここ、走り出すと止まれないよ」

 ミィが石を指でつまんで落とす。落ちた石は、そのまま流れに乗って穴へ吸い込まれた。

「穴の中で鳴いてる“主”の餌場かもしれないね」


「滑り台を皆んなは“歩かない”。歩くのは、俺だけだ」

 俺は盾の縁を握る。

「俺が先に《集敵の号》で穴の中の視線を引きつける。ミィとモフは、斜面の“端”を進むルートを探せ。カラは——」


「はい! 直線で撃ちます! 曲げません!」

 即答だった。尻尾が、ぐっと引き締まる。


「……そうだ。まだ曲げるな。リィナ、《音速の糸》は“端のルート”が決まってからにしよう」

「はい」


 俺は一歩、斜面に足を踏み入れた。

 ザ。砂がゆっくりと崩れる。

 猫が喉の奥で鳴らすようにゴロゴロと鳴砂の音が鳴っている。

 《風破砂》は、まだ大きくは荒れていない。


「《集敵の号》」

 盾の受け面を斜め下に向け、低い唸りを穴へ送り込む。


 ——ザザッ。


 穴の中から、砂を掻く音が一斉に止まった。

 次の瞬間、細い砂柱が三本、噴き上がるようにして穴から伸びた。

 砂の柱の中で、黒い何かが回っている。


「あれ、“鳴砂蜥蜴”の大きいやつだ」

 ミィの目が細くなる。

「穴の中でぐるぐる回って、砂を引き寄せて相手を落とすタイプだね」


「穴の中から出てきてくれた分には、やりやすいわ」

 モフが斜面の“端”に沿って《導紗》を設置した。

「ミィ、この線の上だけなら流れも緩いはず。行って」


「わかった」


「カラ。蜥蜴の“首”だけ狙え。直線一本。頭じゃなくて首だ」

「首、了解!真っ直ぐ」



 斜面の端を、俺たちは一列になって進む。

 ザ。ザ。ザ。ザァ。

 浅い三歩と、少し深い一歩。

 斜面を流れる砂の音と、俺たちの足音が、少しずつ馴染んでいく。


「糸、短く」

 リィナの声とともに《音速の糸》が足元に走る。

 斜面を滑り落ちそうな感覚がすっと引き締まり、足の置き場がはっきりする。


 穴の手前で、砂柱が太くなった。

 中で回っている黒い影が、こちらを見下ろしているのが分かる。


「号、もう一度。今度はさらに強く行くぞ」

 俺は斜面に踏ん張り、盾を掲げた。

「号——!」


 低い音が、斜面と穴の中に響く。

 三本の砂柱が、こちらへ傾いた。


「ミィ、左の一体を任せた」

「はいっ」


 ミィが導紗の上を滑るように進み、左の砂柱の“根元”を突いた。

 砂が一瞬ばらけ、その隙間から蜥蜴の首筋が見える。


「カラ、首!」

「黒雷っ!」


 針のような黒雷が、真っ直ぐに首を貫いた。

 砂柱が崩れ、鳴砂が甲高い音をあげる——が、それもすぐに流れに飲まれた。


「次、中央」

「導紗、少し右に」

 モフが線を引き直す。

 俺の《集敵の号》は、まだ穴の中で効いている。

 残り二本の砂柱が、こちらに注意を縫い付けられている。


 同じ手順を繰り返す。

 ミィが隙を作り、カラが直線で貫き、リィナの《音速の糸》が姿勢と呼吸を支える。

 三本目の砂柱が崩れたとき、穴の中の砂の流れが、すっと静かになった。


 《風破砂》は、滑らかなままだ。


「……ふぅ。滑り台、制圧」

 ミィが額の汗を拭う。

「直線だけで、十分でしたね」

 リィナがほっと微笑む。


「まだまだ“ぐにゃっと”はお預けってことね」

 モフがカラを見やる。


「……(ぐにゃっとしたい)」

「心の中で言え」


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