31話「ぐにゃっとはお預け」
鳴砂の盆地を抜けると、回廊はじわじわと細くなり、代わりに“天井までの高さ”が出てきた。
足元には砂。
頭上には、岩肌にへばりついた砂の膜——鳴砂の“天井”だ。
俺たちの足跡は、まだ一本の線のまま続いている。
腰の《風破砂》は、かすかにふるえながらも、基本は滑らかだ。
「ここから先が“後半”ってことかな」
ミィが耳をぴくりと動かす。
「音が上からも来そうね」
モフが天井を見上げて扇を折りたたんだ。
「歩調は乾き用。三回浅く、一回深くを継続していく」
「わかったわ」
「わかりました」
リィナの《音速の糸》は、盆地を出る手前で一度解いてある。
ここからは、必要な瞬間だけ短く使うやり方に戻す。
◇
細い回廊を抜けた先は、斜めに傾いた“鳴砂の斜面”だった。
足元の砂が一方向にじわじわと流れている。
斜面の下には、砂が集まってつやつやした帯になり、そのさらに向こうに丸い穴が開いていた。
「“鳴砂の滑り台”ってやつだな」
「穴のところ、何かいるわ」
モフが扇の先を穴に向ける。
《風破砂》の震えが、少し粗くなった。
砂の帯のあたりで、とくに強い。
「ここ、走り出すと止まれないよ」
ミィが石を指でつまんで落とす。落ちた石は、そのまま流れに乗って穴へ吸い込まれた。
「穴の中で鳴いてる“主”の餌場かもしれないね」
「滑り台を皆んなは“歩かない”。歩くのは、俺だけだ」
俺は盾の縁を握る。
「俺が先に《集敵の号》で穴の中の視線を引きつける。ミィとモフは、斜面の“端”を進むルートを探せ。カラは——」
「はい! 直線で撃ちます! 曲げません!」
即答だった。尻尾が、ぐっと引き締まる。
「……そうだ。まだ曲げるな。リィナ、《音速の糸》は“端のルート”が決まってからにしよう」
「はい」
俺は一歩、斜面に足を踏み入れた。
ザ。砂がゆっくりと崩れる。
猫が喉の奥で鳴らすようにゴロゴロと鳴砂の音が鳴っている。
《風破砂》は、まだ大きくは荒れていない。
「《集敵の号》」
盾の受け面を斜め下に向け、低い唸りを穴へ送り込む。
——ザザッ。
穴の中から、砂を掻く音が一斉に止まった。
次の瞬間、細い砂柱が三本、噴き上がるようにして穴から伸びた。
砂の柱の中で、黒い何かが回っている。
「あれ、“鳴砂蜥蜴”の大きいやつだ」
ミィの目が細くなる。
「穴の中でぐるぐる回って、砂を引き寄せて相手を落とすタイプだね」
「穴の中から出てきてくれた分には、やりやすいわ」
モフが斜面の“端”に沿って《導紗》を設置した。
「ミィ、この線の上だけなら流れも緩いはず。行って」
「わかった」
「カラ。蜥蜴の“首”だけ狙え。直線一本。頭じゃなくて首だ」
「首、了解!真っ直ぐ」
◇
斜面の端を、俺たちは一列になって進む。
ザ。ザ。ザ。ザァ。
浅い三歩と、少し深い一歩。
斜面を流れる砂の音と、俺たちの足音が、少しずつ馴染んでいく。
「糸、短く」
リィナの声とともに《音速の糸》が足元に走る。
斜面を滑り落ちそうな感覚がすっと引き締まり、足の置き場がはっきりする。
穴の手前で、砂柱が太くなった。
中で回っている黒い影が、こちらを見下ろしているのが分かる。
「号、もう一度。今度はさらに強く行くぞ」
俺は斜面に踏ん張り、盾を掲げた。
「号——!」
低い音が、斜面と穴の中に響く。
三本の砂柱が、こちらへ傾いた。
「ミィ、左の一体を任せた」
「はいっ」
ミィが導紗の上を滑るように進み、左の砂柱の“根元”を突いた。
砂が一瞬ばらけ、その隙間から蜥蜴の首筋が見える。
「カラ、首!」
「黒雷っ!」
針のような黒雷が、真っ直ぐに首を貫いた。
砂柱が崩れ、鳴砂が甲高い音をあげる——が、それもすぐに流れに飲まれた。
「次、中央」
「導紗、少し右に」
モフが線を引き直す。
俺の《集敵の号》は、まだ穴の中で効いている。
残り二本の砂柱が、こちらに注意を縫い付けられている。
同じ手順を繰り返す。
ミィが隙を作り、カラが直線で貫き、リィナの《音速の糸》が姿勢と呼吸を支える。
三本目の砂柱が崩れたとき、穴の中の砂の流れが、すっと静かになった。
《風破砂》は、滑らかなままだ。
「……ふぅ。滑り台、制圧」
ミィが額の汗を拭う。
「直線だけで、十分でしたね」
リィナがほっと微笑む。
「まだまだ“ぐにゃっと”はお預けってことね」
モフがカラを見やる。
「……(ぐにゃっとしたい)」
「心の中で言え」




