30話「鳴砂回廊・突入戦」
日の出とともに、十一階《鳴砂回廊》の門が開いた。
胸元に《風破砂》の小袋。
足には《抑電ゴム》。
盾の縁には《砂鳴止めの革》。
腰と背に《砂錨》。
足首には《拍の紐》——オルファから借りたやつだ。
「入るぞ。初期は“乾き用”——三回浅く、一回深くから」
「はい、ご主人」
「《音速の糸》、短く回します」
リィナの囁き。淡い光が足首を撫で、身体の重心が落ち着く。
ザ、ザ、ザ、ザァ——。
砂が低く鳴いた。
腰の《風破砂》は滑らかである。
◇
最初の回廊は、砂丘がゆるくうねっていた。
足元の黒い標の間隔が広い。
モフが扇を立て、細く《導紗》を地面に走らせる。
「導紗。幅は“二人ぶん”。深さは標の半分だわ」
「了解。合わせる——一、二、三、深く」
俺の合図で、呼吸と歩幅が揃う。
砂の声はすぐに薄くなり、やがて切れた。
「無音——止まれ」
掌を下げる。
《風破砂》が一瞬ザラつき、また滑らかへ戻る。
「再開」
標の陰に、砂の色と同じ蜥蜴が三匹、動いた。
背には尖った棘を持っている。
「《集敵の号》、範囲は四歩半」
「目印を四歩半で引くわ」
モフの《導紗》が二重に重なり、細い渦の縞を作る。
俺は盾の受け面を立て、声を低く乗せ──
「号」
渦の縞が震え、蜥蜴は揃ってこちらを向いた。
「ミィ、無音で回って攻撃」
「了解」
ミィは導紗の内側を滑るように走り、蜥蜴の死角から薙ぎ倒す。音はない。
「カラ、直線で一発」
「《黒雷》——っ!」
針のような黒がまっすぐに走り、蜥蜴の眉間に穴を開けた。
抑魔バンドは冷たいまま。
カラがほっと息を漏らす。
「成功。走らない。飛ばない。前へ」
「……(ぐにゃっとしたい)」
「カラ、それは心の中で言え。とはいえ幸先の良い出だしだ」
◇
二つめの回廊は幅が狭い。
砂丘の風下に小さな盆地、奥には陰が見える。
《風破砂》がわずかに震えを強め、すぐに弱まった。
「いまのは?」
「無音の“予兆”。——乱れが来る」
「《砂錨》、構え」
背の一本を抜き、各自が風上へ斜めに構える。
モフが扇で“刺す点”を灯す。
「光が二重に見える位置は風が巻いてる、刺さないで」
砂の呼吸が一瞬だけ止まり、次の瞬間、肩口を風が強く流れた。
「いま!」
砂錨がすっと砂に沈む。ベルトが引っ張られ砂錨で体が固定化される。
風の刃が一度、二度、鎧にぶつかったが去っていった。
「解除——再開。歩調は五拍に切替」
「浅いが四回で深いが一回ね、わかったよ」
湿度の混じった盆地の砂が、歩調に合わせて鳴かなくなる。
ミィの耳がわずかに立ち、周りの様子を伺う。
陰の手前、黒い柱のような焦げ跡が見えた。
廉風の言葉が胸を過る。——黒雷は見ても近寄るな。一発で地獄じゃ。
「ヘイムだ。近寄らない。回り込むぞ」
俺たちは目印となっている導紗のコースを変更した。
焦げ跡を視野の端に置いたまま、歩調だけを合わせながら通過した。
◇
三つめの回廊は“梯子段”と呼ばれている。
砂の棚が段々畑のようになっている。
標は不規則。
鳴砂の声はこれまでより高く、軽い。
「ここ、音が上に抜けるよ。歩幅は半歩に短くして進むよ」
砂の段の上で、砂虫が集団で固まって動いている。
ミィが手を挙げた。
「私、行ける」
「ミィ行け。カラ、段の角に黒印を残せ」
「黒印!」
カラが小さく《黒雷》を放った。砂の段の角に、線香ほどの黒が点る。
ミィは無音で走り、砂虫に気付かせることなく敵の背後を取り、カラの灯した黒点に敵を集めるように動いた。
「糸!」
全員の体感速度が上がり、体が軽くなる。
「号!」
盾の受け面に低い唸り。
砂棚の上段に集められた砂虫がこちらを向く——距離は四歩弱。
「雷!」
カラはミィによってまとまった砂虫の中心に真っ直ぐ黒雷を放った。
「薬!」
リィナの白光が広く隊列にかかり、息の乱れを整える。
「かわす!」
特に反撃は受けてないが、カラはその場でバック転。
意味は分からない。
とはいえ砂虫は全滅していた。
「よし。降りずに上に抜けるぞ」
◇
回廊がひらけ、鳴砂の盆地が現れた。
半月形。中央に古い祭壇が見える。
俺は盾を降ろした。
「ここで一次休止。モフ記録よろしく」
モフが骨扇の裏に書く。
「乾き——三浅一深。湿り——五拍。『号』の幅:四歩半→湿りで三歩→段差で四歩弱。黒印:段角に有効。錨:背中一本からの後方刺し、安定」
「《音速の糸》、いまは二分十三秒まで維持できました」
リィナが控えめに報告する。
「(ぐにゃっと……)」
「まだだ。カラは直線だ」
「はーい……(直線、直線……)」
祭壇の裏で、遠く砂丘の稜線が青く揺れた。
《風破砂》が一度だけ粗く震える。
「来る。全員、低い姿勢」
風の舌が盆地を舐め、砂が薄い霧になって流れた。
音は——ない。
鳴かない砂の中で、俺たちの足音だけが音になる。
やがて震えは滑らかへ戻る。
ミィが小さく笑う。
「ご主人、行けそう」
祭壇を離れ、盆地を抜けた。
足跡の列は、街から続いてきた一本の線に繋がったまま、さらに奥へ。
鳴砂は、静かなままである。
音の道は——塔の内側にも、続いていった。




