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第26話「鏡王の間」


 十階《鏡紋回廊》・中枢。

 半開きの扉を押すと、ひやりとした空気が頬を撫でた。

 円形の大広間。

 床は磨かれた鏡板、壁には幾重もの鏡の柱。

 正面に玉座、だが王冠は三つ、五つ、七つと“増えて見え”、目を惑わせる。


「ご主人……ここ、においがほとんど無い。風も、音も薄い」

 ミィの耳がきゅっと伏せる。


「ここでは、静かにしすぎると道が閉じると聞いている。一定の音を流し続ける」

 俺は円盾の反響板に触れ、床下に細い風の“通り”を一本通して、かすかな摩擦音を部屋に満たす。


「導く光も出すわ」

 モフが扇を立てる。

 指先から小さな灯が生まれ、《狐火・導紗》が俺の風路の縁へ沿うように重なった。

 光の帯が道を浮かび上がらせる。


「回復は任せてください」

 リィナの白袖で《白樹の露珠》が淡く光る。


「“雷・かわす・薬”!」

 カラは《抑魔バンド》を指で弾き、こくりと頷いた。


「よし。——行くぞ」


 俺は《風読笛》を短く一声。

 集合の短音が、鏡の柱から柔らかく反響して戻ってくる。



 玉座の背後の鏡がすうっと曇り、のっぺりとした影が立ち上がる。

 表面が波打ち、王冠と外套の輪郭が浮かんだ。


 鏡冠王きょうかんおう


 王は腕をひらく。

 鏡面から白い線がいくつも弾け、光の刃が交差して走った。

 床の鏡板を掠め、眩しさが目を焼く。


「光が来るよ!」

「反らす」


 俺は受け面を浅→深と滑らかに切り替え、刃を側壁へ逃がした。

 指には《雷返らいへんの輪》の冷たい重さ。

 “返す猶予”が長く――二本目、三本目も掴める。


「右周り、導紗の内側を進め!」

「了解、ご主人」


 ミィが《軽羽の爪革》の靴で踏面を走り、鏡板の継ぎ目に短刃を当てて一枚、また一枚と剥がす。

 幻の通路がほどけ、本当の円路が現れた。


 王は掌を返す。

 床の影が揺れ、黒い穴が現れては消える。


「《標》を置くわ。危険な影に点で印!」

「助かる」


 モフの《狐火・標》が危険な陰にだけぽん、ぽん、と灯る。

 俺たちは《標》のない床を選んで前へ。


「合図《雷》、一度! 導紗の中!」

「はいっ! ——《黒雷くろいかづち》!」


 黒い雷が細く走り、導紗の“ど真ん中”だけを焼いた。

 王のマントの鏡片がぱらぱら落ちる。

 カラの抑魔バンドはほんのり温い。

 制御できている。



 王が玉座で一度、指を鳴らす。

 ……無音。

 同時に、王冠が三体に分かれた。

 “本体”と2体の“像”。

 すべてが同じ匂いで、目でもミィの鼻でも区別がつかない。


「分身……においでも見分けられない」


 俺は盾の縁で床を軽く突つき、一定の微音を下層へ送り続ける。

 返ってくる音の“重さ”がわずかに違う。

 この感覚は前世からの経験だ。

 空洞の深さが本体だけ異なる――そこだ。


「3体の中央、重い音。あれが“本体”」

「《写》で囮を出す」

 モフが扇を返し、偽の“俺”が導紗の隣を走った。

 分身のひとつがそちらを向く。

 狙いがズレた。


「ミィ、背面!」

「任せてご主人!」


 ミィが偽の“俺”の影を囮に使い、鏡柱→梁→背へ。

 短刃が鏡の外套を二度刻む。


 王の外套が“開いた”。腹の奥に輝き――冠核が一瞬だけ露出した。


「見えました、冠核です!」

「まだだ、来る!」


 床の落とし穴が反響に合わせて移動する。

 王の掌が水平に、光刃を“なぎ払う”。


「反らす!」


 俺は光刃を上へ返し、天窓の鏡に当て、玉座の上へ逃がす。

 王の反応がわずかに遅れた。

 その隙にモフが《結界固定》を斜めに打ち、王の右足を一瞬固定。

 王はバランスを崩してミィから被弾した。



 王が掌を重ねる。

 輝きが収束し、次の瞬間、四方八方の鏡板が吸い込むように光を飲んだ。

 空間から音が失われ、“無音”が満ちる。


「……“閉じる”ぞ!」

 廊の入口が、鏡が折りたたまれながら、ゆっくりと塞がっていく。


「継続音、強める!」

 俺は盾面を二十度に寝かせ、床下の風路をもう一本増やした。

 こすれる微音が重なり、無音を押し返す。


「導紗、追従!」

「ついていくわ!」


 《風脈導糸》を組み込んだモフの扇が、俺の風路の動きにぴたりと追従して《導紗》を引き直す。

 カラは翼を一度だけ“羽ばたき”、位置を保つ。

 リィナは白光でチーム全体を一旦回復した。


 閉じかけた道が“開き”、扉は再び半開きで止まった。


「……ふう。師匠、今の、ちょっと褒めて?」

「カラ、よく堪えた」



「決めに行く一手を仕掛けるぞ」

 俺は袋から銀板の破片を数枚取り出し、導紗の“内側”に仮固定した。

 さらに《反照の札》を一枚、玉座の脇の鏡の柱に貼る。


「ご主人、何それ?」

「“鏡回路”だ。光も雷も、決められた道に誘導できる」


 要は、俺の《反射》とカラの黒雷を、冠核の前に集めてまとめて攻撃する仕掛けだ。

 鏡王は反射には強い。

 ならば“こちらの反射”に黒雷を加えて王のタイミングをずらす。


「合図は三つ。“雷”を撃つ。“かわす”で暴風を避ける。“薬”は——」

「飲まない! 飲まずに勝つ!」

「飲んでもいいが、無理はするな」


 王が掌を重ね、今度は影刃を束ねて放ってきた。地面から刃がのぞき、導紗の道を狙う。


「返す!」

 俺は影刃の根本に受け面を差し入れ、刃ごと“元の主”の足へ返す。王の足元がよろめく。


「ミィ!」

「はい!」


 ミィが鏡板の継ぎへ“楔”のように短刃を挟み、王の体勢を崩す。


「行け、カラ。“雷”! 導紗の真ん中!」

「はいっ! ——《黒雷》!」


 黒い雷が導紗の道を走る。一枚目の銀板で角度が変わり、《反照の札》で像が裏返り、二枚目の銀板でさらに“折れる”。最後に俺の盾面《反射》で、冠核の正面へ――


 白いひびが、ぱきんと入った。


「まだ割れてない!」


 王が吠え、光刃と影刃を重ね、さらに暴風を巻き起こす。

 鏡の柱が唸る。


「“かわす”!」

「はい!」


 カラが翼を羽ばたき、暴風をかわす。

 モフが《結界固定》を置き、滑りを抑える。

 リィナの白光が膝と足首へ細く流れ、踏ん張りを支えた。


「もう一度、返す!」

 俺は《雷返の輪》の感覚を指に馴染ませ、王の放った光刃の束を“掴んで”、冠核の上辺へ斜めに押し返す。

 光と黒雷がクロスして、ひびが星のように広がった。


「ミィ! 今!」

「ご主人!」


 ミィの二連突きが、その星の中心へ吸い込まれた。

 金属のような硬さが一瞬、肉の柔らかさに変わる手応え――届いた。


 王の外套が、ばさり、と重く崩れた。



 静寂。

 鏡柱に残っていた光が一枚ずつ消え、床の反射が薄れてただの床へ戻っていく。


「……終わった、の?」

 カラが翼をぱたぱたさせ、小声で訊ねる。


「ああ。勝った」

「やったーー! “雷・かわす・薬”、完璧! 薬、ゼロ! お腹、マックス!」


「最後は心の中で言え」

 俺は苦笑し、盾をひとゆすりした。

 手のひらのしびれは、すぐにリィナの白光が消してくれる。


 玉座の前に宝箱と副祭壇がせり上がる。宝箱に淡い光が走った。


「開けるね、ご主人」

「ああ」


 箱の中には三つ。

•《返光の座金》

 盾の裏の反射板に重ねる座金。反射角の“保持”がしやすくなる。多段反射のとき、面のブレが出にくくなる。

•《影灯の珠》

 モフの狐火用。移動体の表面に《標》を“貼り付ける”ことができる。敵や動く床の目印に使用可能。

•《蓮撃の刃》

 ミィ用の軽量の短刃。一振りが二連撃となる。


 さらに、仕組みの分かりにくい薄板が一枚。

「……《鏡路きょうろのプリズム》」

 俺は手の上で角度を変える。指先で“風の通り”がしっかり感じられる。

 感覚が上昇したようだ。


「カラは?」

「これ! 《導雷の羽飾り》! 黒雷の“曲がり”が安定するって!」

 カラが頬ずりし、すぐに外して袋に丁寧にしまった。

「帰るまで付けない。撃たない。えらい?」


「偉い。でも曲がる雷って反則だわ」

 モフが尾を一度だけ揺らす。


 奥の壁が静かに開き、《塔の記録石》がせり上がる。職札をかざすと、〈十階・制覇〉の光字が浮かんだ。



 帰還の転移紋へ歩く途中、俺たちは一度だけ振り返った。

 玉座の鏡に映る“増えた王冠”は、もう無かった。

 ただ、こちらの姿が、いつもより真っ直ぐに映っていた。


「師匠、今日の復唱!」

「誰が師匠だ。……“受けない。流す。必要なら、返す”。そして——」

「見せて、惑わせ、示して進む!」

「そうだ」


 転移の光が満ちる。

 鏡の王は沈み、道は一本になった。

 地上の風は、きっと今日いつもより澄んでいる。


 次は十一階。鏡のことわりを越えた先で、また呼吸を合わせればいい。

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