第22話「風燈祭の夜—空の下で合わせる」
朝いちの空塔監視局。
塔前広場の脇にそびえる白い監視塔の玄関で、カラが胸を張った。
「はーい! 空通る許可ください! 黒雷バチバチのカラでーす!」
「“バチバチ”は今この場では言わないのよ」
モフが扇をぱちんと閉じて、小声で釘を刺す。
「ご主人、カラが緊張で翼ばたばたしてる」
ミィが尻尾でまことをつつく。
受付に現れたのは空塔監視局の局長マーロ。
短く刈った髪に風紋の外套。
九階の地図を片手にこちらを値踏みしながら、頷いた。
「九階・天空回廊へ向かうパーティ、《未来読む盾》だな。いくつか注意事項がある」
「今は祭の期間で上空の風路は混んでいる。昨夜も“黒雷”の目撃情報があった。見かけても追うな。以上」
「了解だ」
朱印の押された九階の仮通行許可証をマーロから受け取った。
◇
商人ギルドの祭の窓口。担当のセルマが、書類一式を机に置く。
「夕方から『風燈祭』です。空中回廊に風燈(紙ランタン)を張る設営補助をお願いします。無事故で終えれば、仮通行許可証の本承認に私からも後押しを入れます」
「わかった。受ける」
「受けまーす!風、読めます!食べ——じゃなくて、働けます!」
「カラ、後半いらないからね」
モフは肩をすくめた。
◇
鍛冶屋ではなく、今日は“風具師”に向かった。
《オルファ風具店》は、薄帆と綱が天井一杯に張られた高所装備専門の店だった。
女主人オルファが、俺たちを見るなり指を鳴らす。
「空渡りならハーネス、全員分が必須ね。それと“風読笛”——短い笛で合図を共通化した方がいいわ。落下時対策で“緊急落下傘”をおすすめするわ」
「……これ、どう付けるの?」
カラはハーネスのベルトに四苦八苦、翼も絡めて一人で“縛り鶏”になった。
「ご主人、カラに結びながら教えてあげて」
「はい止まって。足→腰→胸の順」
「うん……これで空飛べる?」
「無理だ。安全のための紐だ」
◇
気象寺。
回廊の風鈴がふらりと鳴り、気象予報僧・廉風が風路図を広げる。
「乱気流の発生には法則がある。上下の風が切り替わる“無音”が前触れだ。風の音が無くなった時、乱気流が発生する」
紙袋をひとつ渡される。袋の内側で砂がさらさら震えた。
「《風破砂》。風が強まるほど振動が大きくなる。振動を感じる場所に入れておけ」
「ありがとう」
「黒雷を見ても、——近づくなよ」
リィナが「はい」と礼をする。
カラは「へいむ!」と大きな声で復唱し、モフに扇で軽く叩かれた。
◇
昼から設営。
風橋の上で、紙燈と蓄雷灯を一定間隔で吊っていく。
「結ぶのはミィ頼む」
「了解! ご主人、ここからここまで、一気に結ぶね!」
フォールミュート・パッドの効果で乾いた板の上でも音を消し、ミィはするすると渡る。
リィナは疲労が溜まる前に白光で癒やす。
カラは抑魔バンドに手を当て、“撫でる”ようにゆっくり羽ばたく。
「カラ、いい風」
「えへへ! バチバチ撃たない! はばたく! お腹はすいた!」
「バカなこと毎回言わないで」
モフのツッコミが心地よく通る。
順調——に見えたが、夕刻、露店の親父が自前の蓄雷灯を“勝手に増設”していた。
「その配線は——」
言い切るより早く、藍色のスパークが走った。紙燈の列に沿って、ぱちぱちと連鎖の火花。
「まずい!」
「ご主人、右側の列に逃がす?」
「右だ。ミィ、電線を分断!」
「にゃっ!」
俺は反射でスパークの力を側壁のアースへ“返す”。
ミィは電線を“切断”。
火花の連鎖が止まる。
モフが即座にまだ残る火を結界で覆って延焼を防ぐ。
「酸素、削る!風切り!」
カラが翼を一閃、燃えている紙燈の上で空気の供給を奪う。
火は小さくなり、リィナが火傷した親父の手に白光を落とした。
「……助かった……」
祭礼担当のセルマが青ざめ顔で走ってきて、深々と頭を下げる。
「仮通行許可証は承認します。物資割引券も——本当にありがとう」
カラは胸を反らし、ぐっと親指を立てた。
「バチバチ撃たないで勝った!偉い!」
「うん、今日はすごく偉い」
俺も親指を立てる。
◇
日が落ち、風燈が一斉に灯る。藍と金の揺れる川が、空の回廊に伸びた。屋台の匂いは甘く、楽器が低く鳴る。
「見てご主人!空舟焼き!」
「五本まで」
「五本!?優しい!」
「“まで”を喜ぶの珍しいわね」
モフが呆れつつも頬が緩む。
ほうじ茶の氷がカラン、と鳴り、リィナの白袖に橙の灯が映る。
カラはどんぶりに“風蜜かりんと”を山ほど盛られ、満面の笑み。
「どこに入ってるんですか、それ」
「翼に!多分!」
「理屈はともかく、その顔は正義だな」
俺は肩の力を抜く。
人混みの向こうで、紅槍隊が軽く杯を掲げた。
レオンが目で“やったな”と告げ、エリアがグラスを上げ、プリムが安堵の笑みで会釈する。
派手さと速さで切り抜ける彼ら。
盾で守る俺たち。
方法は違えど、今日の街は同じだ。
◇
祭の終盤、空塔監視局の臨時詰め所で、通行許可証(本認可)と救助協定票を受け取る。
マーロが短く言う。
「お前たちの行動は良かった。——空では無音は前触れ、だ」
「肝に銘じます」
俺は許可証を収め、風破砂の袋を握った。
指先が、微かに震える。
夜風が強まってきたのだ。
「明朝だね、ご主人」
ミィの尻尾が小さく跳ねる。
「結界の初動、さらに短くするわ」
モフは扇の骨を一度だけ鳴らした。
「回復は細く長く。焦らず、途切れず」
リィナの声は落ち着いている。
「雷!かわす!薬! ——あと、ごはん!」
「最後はいらないからな」
「はい!ごはん! ……じゃなくて、雷!かわす!薬!」
抑魔バンドの銅網が、笑い声に合わせてほんの少しだけ温かくなった。
受けない。流す。必要なら、返す。
そして、繋ぐ——撃たないで守った一日が、明日の空を軽くする。
風燈の列が遠くまで続き、夜の風が、その先を指し示していた。




