第21話「天空回廊 ― レオン隊」
雲の上、風の橋が唸る。
九階《天空回廊》。
大気は薄く、陽光は眩しいほど白い。
足元には空だけ。
落ちれば、戻ることはない。
「……いい眺めだな」
長槍を肩に担ぎ、レオンが笑う。
「落ちなければ、ね」
風弓のエリアが冷たく返す。
「心配性だな。プリム、風向きは?」
「南南西。上昇気流。少し乱れてるけど、歩ける範囲です」
白衣をなびかせ、癒術師のプリムが風読盤を見下ろす。
「ドロス、あんたは足元ばっか見るなよ。頭上から来る敵が多い階層だ」
「わかってるって!」
双剣を回すドロスは相変わらず軽い。
彼らの隊に盾はいない。
“受ける”より“抜ける”。それがレオンたち《紅槍隊》の信条だった。
「よし、行くぞ。最短でボス部屋まで抜ける。ポーションは……多めに持ったか?」
「二十本ずつ! でもこれ、報酬より高くつくわよ」
エリアがぼやく。
「勝てば元は取れるさ」
レオンが笑う。
橋にさしかかると、前方で竜巻のような風柱が噴き上がる。
「出たわね、天空蜂群!」
黒い点が十、二十、三十と増え、黄色い針が閃光のように飛んでくる。
「俺が抜く!」
レオンが槍を構え、風を裂いて前へ跳ぶ。
金属の閃きとともに三匹が貫かれ、落ちていく。
「まだだ、数が多い!」
エリアが弓を引き絞り、風の矢を放つ。
空気の刃が渦を描き、群れをまとめて切り裂く。
が、その直後、エリアの頬に浅い切り傷。蜂の針が掠めたのだ。
「プリム!」
「はい、回復します!」
白光が走り、傷が消える。
「俺の番だ!」
ドロスが叫び、空を蹴るように跳ぶ。
双剣に雷が走り、残った蜂を切り払う。
空気が焦げ、羽の残骸が散った。
しかしその代償に、ドロスの腕には小さな針が刺さっていた。
「毒……?」
「平気だ。動ける!」
彼は解毒ポーションを開け、口に流し込む。喉が焼けるような音がした。
「次だ。風橋を渡る」
レオンの号令に、全員が再び駆ける。
◇
橋の途中、地面がぐらりと揺れた。
「下、崩れるわ!」
木の板が風にさらわれ、足場が消える。
レオンは咄嗟に槍を地面へ突き刺し、片手でプリムの腕を掴んだ。
エリアが弓の弦をねじり、風を反転させて支えを作る。
その風の中をドロスが飛び込み、レオンたちを引き上げる。
危機を脱した瞬間、全員が息を吐いた。
しかし、その腕の血はまだ止まっていなかった。
「レオン、手当てをします」
「後でいい。もう少しで——」
風が唸る。
空の向こう、白い光の中から影が滑り出た。
翼を広げ、雷をまとった巨鳥。《天翔の魔鷲》だ。
◇
「ボスだわ!」
「距離取る!エリア、狙撃!ドロス、俺と突撃だ!」
「いくぜ!」
魔鷲の翼が振り下ろされるたびに、暴風が地を裂く。
レオンは風を読んで横に転がり、翼の下から突きを放つ。
槍先が硬い羽根を弾く。火花が散った。
「くそ、装甲が厚い!」
「風を止めるわ!」
エリアが弓を引き、連続で三射。
《トリニティ・スラッシュ》。
風の矢が翼の関節を裂き、巨鳥が一瞬体勢を崩す。
「今だ!行くぞ」
ドロスが風に乗って飛び込み、両手の刃を交差させて切り裂く。
雷光が弾け、巨鳥の右眼が潰れる。
だが、返すように稲妻が地面を叩いた。
「うあっ!」
ドロスが吹き飛ばされ、地に転がる。
「ドロス!回復します」
「まだ……いける!」
彼は震える手でポーションを飲み干した。
魔鷲の体表が雷を纏い始める。
「全体攻撃、来るわ!」
プリムが詠唱を急ぐ。
「聖光障壁!」
だが、発動が間に合わない。
「エリア、風壁で防げ!」
「やってる!」
だが風の壁は雷を通す。眩しい光が視界を白く染め、全員が一瞬動きを止めた。
レオンが歯を食いしばり、地を蹴る。
「——抜く!」
焼けた肩の痛みを無視し、槍を胸核へ突き出した。
雷鳴とともに金属音。
魔鷲の体がひときわ大きく震え、羽が散った。
「プリム! 回復を!」
「もう、魔力が……!」
「ポーションだ!」
プリムは震える手で瓶を割り、中身を一気に飲み干す。
白光が溢れ、レオンの腕が再び動く。
「最後、決めるぞ!」
「了解!」
レオンの槍が地を打ち、ドロスの刃が閃き、エリアの矢が風を裂く。
三つの軌跡が一点で交わり、魔鷲の胸を貫いた。
空気が止まった。
次の瞬間、魔鷲が風を吐くように崩れ落ちる。羽が雪のように舞った。
◇
沈黙。
風の橋に、彼らの荒い息だけが響いた。
「……勝った、のか?」
ドロスが呟く。
「勝ったわよ」
エリアが肩で笑う。
「ふぅ……ポーション、残り一本です」
プリムが息をつく。
宝箱が現れる。
中には、《雷鳴の羽飾り》が一つ。
雷属性の抵抗を持つ装飾品だ。
レオンがそれを手に取り、肩で息をしながら笑った。
「俺たちは“速さ”で勝つんだ。守りに時間を割くより、攻め抜く」
「攻め抜いても、帰る体力がないのは困るけどね」
プリムがぼやく。
レオンは槍を地に突き、風を見上げた。
「……まこと、だっけ。盾の男。どんな攻略をするんだろうな」
風が橋を渡る。
雲の下から新しい光が差し込み、階層記録石が現れた。
〈九階・制覇〉の文字が浮かぶ。
ポーションの空瓶が転がる音だけが、彼らの勝利を告げていた。




