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第17話「ベルトコンベヤー」

 朝の塔影は長く、屋根瓦が白く光っていた。今日は登らない。八階に入る前に、街で“装備を整える”一日だ。


「ご主人、まずはどこ?」

「ギルドで情報。市場で道具を足す。軽い依頼があれば一つ受ける。最後に白樹堂で微調整だ」

「了解。まこと、わたしは結界の“置くタイミング”をもう一段、詰めるわ」

「ミィはもっと音を立てずに走りたい!」


 冒険者ギルドの広間は朝の木の匂い。受付のリサが手を振った。

「おはようございます。八階《樹海迷宮》、直近の注意点です」

 紙には三行。力強い文字で書かれている。


・風の吹く方向が急に変化する時間がある

・毒性の強い蔦ほど、動く前に小さくチチッと音がなる

・乾いた落ち葉の上は足音がたちやすい。敵に気づかれやすい


「助かる」

「今日は街での軽い依頼もありますよ。孤児院の倉庫整理と屋根の点検。危険度は低めです」

「受けよう」俺が頷く前に、ミィの尻尾がもう答えていた。「やる!」



 市場通りは朝露がまだ残り、果物の甘い匂いが風に乗ってくる。ハーブ屋のオルガが手招きした。

「樹海前なら喉のケアだよ。蜂蜜とハーブ茶。飲むというより“喉に塗る”気持ちで摂取するといいよ」

「危険判断のコツは?」と問うと、老婦は指を立てる。

「甘い樹液の匂いの奥に鉄の匂いが混じったら、一歩止まった方がいい。鼻の粘膜がやられる。呼吸はしない方がいいな」

「覚えた。ありがとう」


 小瓶をしまい、孤児院へ。裏手の倉庫は荷が散らかり、床板がきしむ。子どもたちがわらわら集まってきた。

「白い服の人だ!」「杖、きれい!」

 リィナが微笑み「怪我したら呼んでくださいね」と白枝杖・ルーメンを抱え直す。


「段取り、スキルの練習も一緒にするぞ」俺は指を三本立てた。

「一、荷を動かす前に通り道を作る。俺が盾の前に風の流れを作るから、その上に荷物を置いて運ぶ」

「二、モフは風の流れの上に結界を——」

「タイミング良く設置する、でしょう?」モフが先に言って扇をひらり。「荷物の大きさに合わせたサイズで設置するわ」

「三、ミィは無音で結界の上に荷物を置く。荷物を運ぶときも音を出さない足さばきの練習だ。リィナはミィの手首と足首を連続回復。疲労を感じる前に回復。タイミングを合わせていこう」

「了解、ご主人!」「はい、やってみます」

「四、荷物の運び先は俺が風の流れでコントロールする。降ろす場所とタイミングはモフ、結界で頼む」

「わかったわ、まこと」


 盾の面を十五度寝かせる。粉塵がふわりと舞い、倉庫の通路に細い“流れ”ができる。ミィが荷を抱えても音を立てない足さばきで荷物を”風の流れ”の道へ載せる。モフがタイミングを合わせて、薄い結界を荷物の下面と風の流れに固定することで、”ベルトコンベヤー"のように荷物が移動する。


「ほら、ご主人見て! 勝手に荷物が動いている。楽ちん」

「練習だ。足音を立てるなよ」


 倉庫整理は、順調に終わった。それぞれのスキルの熟練度を上げる練習にもなった。


 屋根の点検を行うと、屋根にたまった落ち葉を掃除する必要があった。乾いた葉っぱが瓦の上に広くたまっている。リサの注意の三行目が頭をよぎる。


「ここ、8階の練習にちょうどいい」俺は頷いた。


「落ち葉の上は音が立ちやすい——が、ミィならほぼ音を出さずに走れるようになっているはずだ。無音にするにはモフの無音結界との合わせ技はどうだ?」


 盾の縁で屋根の縁を軽く叩き、風の流れで落ち葉を集め、道をつくる。


「ミィ、試しに走ってみろ」

「任せて、ご主人」


 ミィは落ち葉の道を走った。葉と葉の隙間だけを狙って進む。音はほとんどならない。とはいえ、完全に消えているわけではない。


「リサの言葉が気になる。ミィの走りでも、気づく敵がいるのかもしれない。モフ、無音結界をミィの踏む位置にタイミングよく設置してみてくれ」


 モフはミィの走る足の位置に合わせ、結界をタイミング良く設置していく。リィナは足首に短く光を落としていく。


「……全然音がしない。これなら、乾いた落ち葉の上を走っても敵に気づかれない」リィナが目を細めた。

「これなら。八階の樹海でも使える」


 屋根の落ち葉の掃除が終わったころには子どもたちの笑い声が上がり、院長から焼き菓子を受け取った。甘い香りが白い袖に移る。



 孤児院からの帰り道、長槍のレオン、風弓のエリア、白衣のプリムが通りに現れた。レオンは槍の石突きをコツンと鳴らす。

「八階に行くのか」

「明日だ」

「風を読むことだ。——とくに、向きが変わる一瞬に注意しろ」

「分かってる」

 エリアは鼻で笑い、プリムはリィナの白いローブを一瞥して「糸がきれい」とだけ言った。互いに余計な言葉は要らない。同じ塔を見て、別の道を選ぶ。火花は静かで、熱は胸の内側だけにある。



 夕刻、白樹堂。シラが拡大鏡越しにこちらを見て、顎をしゃくった。

「白ローブは、皺がつきやすい。ちょっと修正するから、立って」

 リィナが立つ。シラの針は速く、音がしない。肩の返りを一針内側に寄せ、胸元の“白い護符”を縫い直す。

「焦ったら、この護符を指でなでな。落ち着くよ。白杖は、回復は急がず、途切れず、持続させるのが良い」

「はい」


 店を出ると、通りは灯りがつき始めた。「串と蜜」の湯気はいつも少し甘い。今日は塩と蜂蜜のスープに白身蒸し。喉にやさしい組み合わせだ。

「まことさん」リィナが白い袖を整える。「今日、皆さんの合図が、私にもはっきり届きました。タイミングを合わせられます」

「ああ。明日はそれで行く。風向きが変わったら、俺が盾で道を作る。モフが境界に結界をタイミング良く設置する。ミィが音を立てずに背面を取る。リィナは回復を頼む」

「了解、ご主人!」「分かったわ」



 窓の外、塔は黒いまま。けれど、今夜の黒は昨日よりも近い。風の向きが変わる瞬間に合わせ、静かに踏み出す準備はできている。

「守って、返す。そして、繋ぐ」

 白い袖が月の光を柔らかく返す。タイミングを合わせられれば、怖いものはひとつ減る。明日、その証拠を取りに行く。

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