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第16話「工房の灯り、白の装い」


 朝の光が塔の影を踏み越えて、街の屋根を白く撫でていく。七階の《巨像》を倒した翌日。今日は装備を整え、仲間を“戦場の形”にする日だ。


「ご主人、今日はどこから行くの?」

「順番はこうだ。商人ギルドで素材の中で足りないものを購入する。次にグラムの鍛冶屋で盾を調整してもらおう。……それから、魔法装備は“白樹堂はくじゅどう”で探してみようと思う」

「白樹堂?」モフが扇を少し傾ける。「あの、変人白衣の店?」

「変人……?」リィナが不安そうに目を瞬かせた。

「腕は確かさ。見た目と口の悪さに耐えられればだが」


 ミィはもう尻尾をぶんぶん振っている。「じゃ、出発! 今日ミィの靴、つるつるにしてもらうからね!」



 商人ギルドのホールは、朝一番でも活気が満ちていた。俺たちは《避雷》素材の粉末を少し買い足し、白の麻布と“月光蚕糸げっこうさんし”というー魔力の流れの良い繊維を手に入れた。ローブの下地と刺繍の芯に使うためだ。


「ご主人、白い布、きれい」ミィが頬に当ててにこにこする。

「汚れが目立つのが難点よ」モフがさらり。「でも、回復術士は白が似合う」


 リィナは布を胸に抱え、静かに頷いた。「こんな良い布、……。ありがとうございます、まことさん」


「礼はあとでいい。働いて返してくれ」



 鍛冶屋グラムの店は、いつものように熱と金属の匂いが混ざっていた。グラムは俺の盾を見るなり、鼻で笑った。


「やっと来たな。《反射》を身につけたらしいな」

「聞いたのか」

「噂になってるよ。その盾も《反射》をやり易く調整してやるぜ」


 グラムは盾裏の反響板を外して、縁に“微細な刻み”を刻んでいく。刻みは目視では分からないほど浅い。だが、指でなぞると、面の上に細い筋が手に触れた。


「縁に『逃がし』を二種類刻んでおいた。魔法攻撃と物理攻撃をそれぞれ別の溝で逃すことで効率が良くなる。《反射》の掴みのタイミングにかなり余裕ができるはずだ」

「ああ助かる」


 ミィは作業台で靴底に《絶縁樹脂》を薄く塗ってもらっている。「ねばっとしてるけど、すぐ乾くんだね。ご主人、見て、足音がさらに消えた!」


 モフは扇の骨を一本外し、《雷避けの符》を内貼りする。「貼るだけで電気が通らなくなるのよ。……扇の重心が変わるから、貼る場所は自分で決めるわ」

「任せる」


 グラムが最後に、俺の盾の下辺に小さな穴を二つ追加した。「避雷用の紐か、布を通せ。雷系の電撃を地面に逃すことができる」


「助かる」俺は盾を持ち上げ、肩と肘に“いつもの重さ”が戻るのを確かめた。「次は白樹堂だ」



 魔装工房《白樹堂》は、表通りから一本入った静かな路地にあった。白木の看板、乾いた香。扉を押すと、涼しげな鈴と一緒に、白を基調とした布と道具の匂いが流れてくる。


「いらっしゃい。塔の子たちだね」


 声の主は、白髪混じりの短髪に濃紺の作務衣さむえ、片目に拡大鏡を掛けた女性——白樹堂のシラ。年齢は読めない。


「盾の子が来るとは珍しい。うち、魔法装備の店だよ?」

「回復術士の装備が欲しい。白のローブと、杖を一本」俺はリィナを示した。「彼女のために」


 シラは一瞥して、目を細めた。「なるほど。森の血。魔力の“流し”は上手なのに、“溜め”が効かないみたいだねぇ」


 リィナは目を丸くした。「……なぜ分かるんですか?」

「魔力の流れを感じ取ることができるのさ。あとは指先の血色、肩の張り、呼吸などからも見て取れる。医者みたいなもんさ」


 測り台の上でリィナはおとなしく立ち、シラは淡々と採寸していく。肩、鎖骨、胸元、腰、肘、手首。メモは短く、線は速い。


「白のローブは二層にする。外は白麻、内は月光蚕糸で“魔力を流れやすい”加工として刺繍をする。色は白のまま。回復の術は魔力を循環できる方が効果が高くなるからねぇ。派手な紋を描いて魔力を強くするのは、未熟者のやり方だ」

「杖は?」俺が尋ねる。

「“白枝杖はくし じょう”。芯はヒイラギ、外装は白樺。頭に小さな水晶を置く。回復は重ねるものだから、出力よりも“揺れの無い純粋さ”を優先する」


 モフが腕を組む。「好き。理屈が美しいわ」

「ありがとさん。狐は黙ってても美しいけどね」シラの口角がわずかに笑う。


 ミィはローブの布をつついて目を輝かせる。「ご主人、この白、ふかふか。ミィ、触ってるだけで眠くなる」

「寝るな。仕事中だ」


 採寸のあと、シラは奥から白い反物と銀色の糸を持ってきた。机に広げ、素手で糸を“鳴らす”。きゅっと、かすかな音。糸が微細に振動し、空気の“流れ”が刺繍の線上に集まるのが、盾持ちの手にも分かる。


「この糸は、術を通す管になる。管が詰まると力が伝わらない。だから、無駄に曲げない。角を作らないのさ」


 シラは針を入れ始めた。手早く、しかし糸は踊らない。静かに布の間を行き来し、白の中に銀色の道を作っていく。


「杖は半日後。ローブは夕刻。……待つ間、隣の中庭で練習をしてな」



 白樹堂の中庭は、白い砂利と若木が一本。風が通り、涼しい香りがした。俺は盾の面を少し寝かせ、砂利の上に風の流れを薄く作る。砂利の粒が流路の端でささやかに震える。


「リィナ、ここに立ってみろ。俺の“流れ”に合わせて、手の中の力を——無理に押し出すんじゃなく、流す」

「……やってみます」


 リィナは両手を胸の前で合わせ、薄く息を吐く。白い光が、手のひらの間で揺れた。最初、光は丸く溜まり、バランスを崩して左右にあふれる。リィナは慌てて支えようとして、余計に崩す。


「焦らない」俺は盾の角度を一度だけ変えた。流れの筋がリィナの指先から肩へ、肩から胸へ、胸から足先へと通る。「指先から足のつま先まで動かしたら、今度は指先まで戻す。往復させろ」


 リィナは目を閉じ、息を短く整え、練習を繰り返す。何度か指先と足先を往復させる。


 「ミィに回復を」

 白い光は細い糸になって指を抜けた。光はミィに向かい、ミィの膝のすり傷がみるみる薄くなる。


「わわっ……温かい。ご主人、すごいね。くすぐったい」

「やった……!」リィナが胸に手を当て、ぱっと笑った。「長く持続で……きます」


 モフが横で見ながら、扇でそっと空気を払う。「《結界固定》、流れの境界に置くと、回復のロスがないわ。ほら」


 彼女が置いた目に見えない道を、リィナの光が通る。過剰な光は散らず、必要な場所にだけ吸い込まれる。


「モフさん、ありがとうございます。……わたし、一人だと、こういう“目印”を作れなかった」

「目印で練習すればいずれ結界固定がなくても回復の効率が上がるわ」モフが軽く笑う。


 俺は盾を構え、角度の異なる風の筋を作った。反射の面の角度を色々試す。軽い石を手で投げ、面で掴んで、白い若木の根元へ返す——掴んで返す。返した先で、砂粒がかすかに跳ねる。


「ご主人、また上手くなってる……。ミィ、もっと走ってくる!」ミィの靴は砂の上を音もなく滑るように走る。

 白い樹の影で、四人の呼吸がひとつにまとまっていくのが分かった。



 夕刻、白樹堂に戻ると、シラは顎で奥を示した。「できたよ。着てごらん」


 白いローブは、派手さがない。だが、デザイン、裏面の刺繍が見事だった。袖口の返しには“魔力の通りを良くする銀糸”が使われていた。裾には、《避雷》素材の粉を使った染料を極薄で使用して染めてあるという。電気系の攻撃を遮断し、熱と火花に耐える。


「……すごい」リィナが袖を軽く撫でた。「とっても綺麗。魔力の流れがしやすくって、落ち着く」


 杖は白樺の木目がわずかに光を返し、杖の先に取り付けられた小さな水晶には色味がほとんどない。のぞくと、遥か遠くの水面を見るような透明感がある。


「名前は?」ミィが目をきらきらさせる。

「《白枝杖・ルーメン》。光は灯すものじゃない」シラは短く言った。「あなたに合わせてある。無理に力を出そうとすると杖が鳴って叱る。……叱られたら、止まって考えてみな」


 リィナは杖を胸に抱き、深く頭を下げた。「ありがとうございます。大切にします」


 シラは内ポケットから、小さな白い護符を四枚出した。「おまけさ。心を落ち着かせる札さ。緊張で呼吸が上がると回復が乱れるだろう。胸元の内側にでも縫い込んでおきな」

「助かる」



 白樹堂を出た頃、空は茜色。四人で並んで歩く。街角では露店のランタンに火が入り始め、香辛料の匂いが通りへ広がった。


「ご主人、今日のごはん、何?」

「魚だな。蒸しとスープ」

「賛成」モフが頷く。


 「串と蜜」のほかに、評判のよい魚の店を一つ覚えていた。小さな店で、塩と香草だけで蒸した白身が出る。席につくと、店主が「塔の子たちか」と笑い、少しだけ大きな皿を出してくれた。


「まことさん」リィナがそっと口を開く。「わたし、戦うのは苦手です。でも……守りたい人がいるんです。塔の奥に、どうしても渡したいものがあって」

「今は聞かないでおこう。聞くのは、君が話したくなったときでいい」


 リィナは小さく息を吐いて、白い袖を整えた。「ありがとうございます。——一緒に、行かせてください」


「もちろん」モフが柔らかい声で言った。「回復術士は後ろに立つだけじゃない。タイミングを合わせるのが大事だわ」


「ご主人、ミィもいっぱいご主人の作った隙を活かすから!走って飛んで、斬るよ!」


 湯気と香草の香りが、緊張をほどいた。皿を空にし、スープを飲み干すころには、白いローブの胸元の札も体温で少し柔らかくなっていた。



 宿へ戻る前に、ギルドへ寄って小さな用事を済ませた。


 カウンターで受付のリサが手を振った。「白が似合ってますよ、リィナさん」

「ありがとうございます」リィナが少し照れたように微笑む。


 そのとき、扉が開いて冷たい夜気が一瞬流れ込んだ。入ってきたのは、槍と弓と白のローブ。レオン、エリア、プリムの三人だ。レオンは目だけでこちらを見て、何も言わず手短に報告を済ませる。挑発も、称賛もない。ただ、塔に向かう意志だけがそこにある。

 エリアは一瞥して鼻で笑い、プリムは俺の盾に一瞬だけ視線を落としたが、やはり何も言わなかった。彼らも街で、装備を整えていた。それでいい。



 宿に戻って部屋を分け、寝る前の軽い訓練をする。白いローブが回復の光の効率を上げるのを、リィナは確かめた。杖を握る角度を細かく調節し、袖の返しが邪魔にならないように練習を繰り返す。ミィは新しい靴底の感触を反復し「音の出ない足捌き」を身体に刻む。モフは扇の骨を一本ずつ撫で、結界の“張り始め”が最短になる位置を見つける。


 俺は盾の縁を軽く叩き、反射の溝を指先でなぞった。掴んで、返す。反射は孤独な技じゃない。仲間と合わせて初めて武器になる。


 窓の外、塔の黒はいつも通り。だが足元には、白い線が一本、確かに増えた。


 守って、返す。そして、繋ぐ。

 明日からまた階を進む。八階では、森とは違う“樹海の迷宮”が待っているらしい。けれど、恐れはない。


 灯を落とす直前、リィナが小さく呼んだ。「まことさん」

「なんだ」

「……わたし頑張ります。——先に進みたいです」


「了解した」俺は笑った。「一緒に頑張ろう」


 夜の街は静かで、遠くで笛の音が小さく鳴った。白い袖が月の光を返す。

 明日、その袖が誰かの痛みを回復する。俺は盾を壁に立て、ゆっくりと目を閉じた。

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