第15話「街の交差点」
七階の坑道から戻ったとき、空はすでに暮色に染まっていた。塔前の広場は、俺たちが地上に戻ったというだけでざわめきが広がる。
黒鉄坑道の《巨像》を討った噂は、どうやら先に降りていた冒険者からもたらされていたらしい。
「ご主人、見て。広場の黒板に“巨像討伐”って書いてある」
ミィが尻尾を揺らしながら黒板を指差した。確かに、ギルドが書いた速報らしい文字が並んでいた。
「誰かが先に見てたんだな」
「ふふ、まこと、盾で雷を反射したって噂になってるわよ」モフが扇で口元を隠し、目だけを細める。「すごく大げさにね」
俺たちは苦笑しながらギルドへ報告に向かった。
◇
冒険者ギルドの広間はいつになく熱気に包まれていた。カウンター前に人だかりができ、噂を確かめようとする者が絶えない。受付嬢のリサが俺たちを見るなり、ぱっと表情を明るくした。
「おかえりなさい! 七階の討伐報告、確かに承りました。すごいですね、反射の盾って……」
「大げさに広めないでくれ。仲間が隙を作ってくれたから成り立っただけだ」
俺は淡々と答えたが、リサは首を振った。
「いえ、盾が仲間を活かすってこと、みんな知るべきですから。塔に挑む人たちの命が救えるんです。だから伝えますね」
後ろでミィが「ご主人、人気者だね」と嬉しそうに囁いた。モフは「人気が増えたら余計な敵も増えるのよ」と冷静に釘を刺す。
報酬を受け取り、俺たちは次に商人ギルドへ向かった。
◇
商人ギルドは石造りの大きな建物で、各地から集まった品々と人であふれている。鑑定師に《磁鉄粉》や《雷晶片》を見せると、思った以上の査定がついた。
「これはいい結晶だ。雷属性の付与に使える。加工すれば矢じりや杖の先端に使えるので高値で買いますよ」
「絶縁樹脂は……盾や靴底に使えば電撃の影響をかなり削減できます。買い取りもしますが、自分たちで使うのを勧めますね」
俺たちは樹脂の一部を残し、他は売却。換金した金はかなりの額になった。
「ご主人、今日はごちそう食べられるね!」ミィが尻尾をふりふり。
「明日までは散財するな。必要な薬草を先に買う」
「まこと、ほんと堅実ね。でも……そこが安心するわ」
◇
薬師の店は、街角の古い通りにある。店内の薬棚に乾いた香草と瓶詰めが整然と並んでいる。瘦せた眼鏡の店主が俺たちを見て笑った。
「塔から帰ってきたな。今日は珍しい素材は持ってるかい?」
「雷晶と樹脂を少し残してある。薬への加工を頼む」
店主は指でつまみ、品質を確かめるように雷晶の香りを確認した。
「これは……混ぜれば“耐雷茶”になるな。疲労回復にも効く」
「飲み方は薄く煮出すこと。飲み過ぎは舌が痺れるぞ」
彼はさらに奥から小瓶を取り出した。
「これは新しい試作品だ。“毒消しと疲労回復を同時に”効かせるポーション。塔で使うには便利だ」
値は張ったが、一本だけ購入した。命には代えられない。
◇
夕暮れの市場を抜け、「串と蜜」に寄った。いつもより混んでいたが、店主は俺たちを見ると笑顔で席を空けてくれた。
鶏皮の串に蜂蜜だれ。香ばしい匂いに、ミィは目を輝かせた。
「ご主人、いただきます!」
かぶりついた瞬間に尻尾がぴんと立つ。モフは隣で塩をひとつまみ振ってから静かに食べ、目を細めた。
「まこと、今日は許してあげるわ」
「俺が何を許されるんだ」
「働かせすぎって意味よ」
くだらないやりとりに、妙な安心感が広がった。
◇
宿に戻ろうとした時だった。通りの角で、細身の少女が旅人に囲まれているのが見えた。
「すみません、少しだけ。傷を見せてください」
澄んだ声。耳が細長く尖っている。エルフの少女だ。
旅人の腕に触れると、淡い緑光が灯り、傷口がすっと閉じていった。旅人は驚きと感謝の言葉を残して去っていく。
「ご主人、今の……」
「回復魔法だな。珍しい精度だ」
少女はその場に少しふらついた。俺が声をかける。
「大丈夫か」
彼女は振り返り、かすかに微笑んだ。
「ええ……少し魔力の消耗が早いだけです。私はリィナ。流れの旅の回復術士です」
彼女の服は擦り切れ、腰の袋もほとんど空に見えた。モフがすぐに気づく。
「報酬をもらわずに癒していたのね。お金、ないんでしょう?」
リィナは気まずそうに目を伏せた。
「……困っている人を放っておけないんです。でも、お金は確かにありません」
ミィがぱっと笑った。
「じゃあ、ご主人!一緒にご飯食べようよ。ご主人のおごり!」
「……2件名の食堂だぞ。どんだけ食べれるんだ」俺はため息をついた。
◇
宿の食堂で改めて自己紹介を交わした。
「俺はまこと。盾使いだ」
「ミィ! 猫獣人のローグよ!罠とかの解除は朝飯前よ」
「わたしのことはモフって呼んで。狐獣人の幻術士だわ」
「そして……私はリィナ。森の村を出てきた回復術士です」
リィナは冒険の理由を多くは語らなかった。ただ、「塔の奥に探しているものがある」とだけ言った。
彼女の笑顔は控えめで、どこか自信なさげだ。しかし、その手からこぼれる光は本物の力を持っていた。
「ご主人、仲間にしようよ!」ミィがすぐに言った。
「まだ決めるのは早い。彼女にも考えがある」
俺の言葉に、リィナは小さく首を振った。
「……いえ。もしよければ、あなたたちと一緒に塔に挑みたい。私一人では、とても」
モフは扇を閉じて微笑んだ。
「回復役がいれば、もっと前に進める。歓迎するわ」
俺は頷いた。
「分かった。なら、まずは装備を整えよう。武器も防具も靴も、今のままじゃ塔には入れない」
「はい……お願いします」
◇
夜。部屋に戻り、ノートを開いた。
今日の要点を書き留める。
・商人ギルドで素材を売却。薬師から新しいポーション入手。
・街でリィナと出会い、仲間入り。
窓の外では塔が黒々と立っていた。
仲間が増える。それは守るべきものが増えるということだ。盾を握る手に、少しだけ重さが増した気がした。
「守って、返す。そして……繋ぐ」
そう呟いて灯を落とした。
街の交差点で出会った小さな縁が、次の階への力になる。




