第14話「磁雷鉱廊」
七階の扉を抜けると、金属の匂いが鼻を刺した。黒鉄の坑道。壁は雷晶で点々と青く光り、床には砂鉄が流れている。時おり、天井梁と壁の間で細いアークが走り、ぱちり、と空気が焦げるにおいがする。
「ご主人、オゾンと鉄の匂いが強い。右の分岐は放電による少し焦げた匂い、左は匂いなし」
「俺が風の流れを“地面沿い”に作る。モフの結界で電気は横へ逃がす。ミィは鼻で安全なルートを教えてくれ、モフは薄く結界を流れの境界に置いて電気を遮断」
「了解。結界は昨日覚えた《結界固定》で“風の流れ”に固定するわ」
円盾の反響板に触れ、《風脈のコア》をわずかに回す。受け面を十五度寝かせると、足元沿いに細い風の流れが走り、砂鉄がさらさらと左右へ分かれた。流れの境界にモフの薄膜がふっと“置かれ”、帯電した空気が脇へ抜けていく。
「今は左が安全。匂いが軽いよ、ご主人」
「行くぞ」
数十歩先の坑道の広場で、黒い甲殻が一斉に動いた。磁石カブトムシだ。背に雷晶の破片を貼り付け、近くの金属へ飛びつく習性をもつ。天井では錆びたレール台車が、いつでも動き出しそうな角度で止まっている。
「金属に寄ってくる。俺の盾を囮にするぞ」
俺は盾面をわずかに立て、風の流れを斜め前へ伸ばす。カブトムシが盾の金属に寄ってきた瞬間、面を浅くして横へ流す。カブトムシは壁にぶつかって自分の雷晶ごとぱちっと火花を散らして落ちる。
「ご主人、台車が動いた!」
ミィの声と同時、レールの上で台車ががらん、と鳴って走り出した。突っ込んでくる鉄の塊。真正面で受ければ轢かれる。
「右の分岐へ誘導する」
俺は盾の角度をすばやく深く切り替え、風の流れを床沿いからレールの縁へと移した。砂鉄がさっと片側へ寄り、台車の車輪が流れへ“吸い”込まれる。
「モフ──結界固定、レールの継ぎ目に!」
「はい、結界固定したわ!まこと」
モフの結界が薄く継ぎ目に固定される。台車の車輪がずれて、右の分岐へ“勝手に”曲がった。先の坑道は崩落でふさがれている。台車は自分で瓦礫に突っ込み、がらがらと自滅した。
「ナイス。素材は拾うぞ」
崩れた台車の周囲には、絶縁樹脂の固まり、雷晶の欠片、磁鉄粉。三つとも後で使える。カブトムシの殻に貼りついた雷晶片も、ミィが器用に剥ぎ取って袋に回収した。
「ご主人、右の坑道はオゾンが濃い。左は弱い。左へ」
「行くぞ」
分岐をいくつも越え、天井に近い作業架台を渡る。ところどころ、鉄梯子が“磁力”で変形している。掴む場所を誤れば落下しそうだ。
やがて、坑道を進むと大きな空洞の広がる場所に着いた。黒鉄の広間。壁の雷晶が環状に埋まり、床の導磁砂は渦のようにうねっている。中央には、岩鉄と雷晶を纏った巨体がしゃがんでいた。
「……出るわよ」
モフが扇を握り直し、ミィは足の指で靴の感触を確かめる。
階層守護者《雷殻巨像》。胸核に大きな雷晶を抱き、肩から背にかけて雷の筋が斑に走る。立ち上がるだけで空気がびりびり鳴った。
「パターンは三つ。雷、磁力、ボルト落としだ。——まずはパターンを見てからだ」
巨像の右腕が持ち上がる。床に叩きつけられる寸前、砂鉄が吸い寄せられるように集まった。
「来る、床から電気!」
俺は受け面を低く寝かし、風の流れを地面沿いに走らせる。モフがその境界に結界を固定。雷の奔流は結界に阻まれ、俺たちの足元を外れて側壁へ吸い込まれた。壁の雷晶が青白く光り、余剰電流がぱちぱちと散る。
「ご主人、今の通り道、香りが残っている。次も同じ道でくるなら右斜め後ろが安全!」
「助かる。——次は磁力攻撃が来るぞ」
巨像の胸核が低く唸る。盾の縁が微かに震え、腰の小金具が前へ引かれる。技の名は「磁力抱擁」。引き寄せられれば、そのまま両腕で潰される。
「まこと、核の真下に電気を通さない結界を置く!」
「頼む。俺は電気の逃げ道を作る」
モフの薄膜結界が胸核の下に設置されて、電気も磁力も遮断する。俺は盾面を少し立てて風の流れを使って砂鉄の筋を胸核の反対側へ伸ばす。巨像の磁力を“砂鉄を通して”逃がす導線だ。磁力の攻撃が俺たちには届かなくなり、盾がもっていかれる感覚から、するりと解放された。
「ミィ、今! 梁へ──蔦走り」
「了解! ご主人、あいつの後ろにまわるよ!」
ミィが鉄柱を蹴って支柱へ、支柱から梁へ、軽やかに走る。金属と非金属を嗅ぎ分け、絶縁の継ぎ目を選んで飛ぶように走る。巨像はミィを視界に捉えるが、モフの電気を通さない結界が有効に機能している。
「継ぎ目にいくよ──ここ!」
ミィの短刃が背中の鎧の継ぎ目に吸い込まれ、小さく火花が跳ねた。雷による攻撃はそこで止まった。巨像は次の技へ移った。ボルト落とし。天井の巨大ボルトが、磁力で震え始めた。
「落ちそう……」
「風の流れは俺に任せろ。モフ、左右の梁の根元を固定して、ボルトの落ちるタイミングをずらせ!」
「了解!」
モフの結界固定によってボルトの落下地点は巨像の“狙い”から外れ、俺の思惑通りのコースに吸い寄せられる。
一つ、二つ、三つ――ボルトの落下地点が核の周辺に集まり、ひびが入った。
だが巨像も学ぶ。次の雷は床への振り下ろしはやめて、横に薙ぎ払いの軌道に変化させる。
「軌道、変えてきた!」
「ここで取る──」
盾面を手のひらで感じ、衝撃や電撃の“方向”を、狙ったの方向へ送れる感覚。いままで受けて流すだったイメージが、掴んで放るに変わった。
「《反射》……!」
雷の筋が来る。俺は面をひと呼吸だけ寝かせ、縁で“掴み”、巨像へと導いた。巨像の右肩がわずかに止まる。
「ご主人、今の反射、すごかった!」
「覚えた。力も雷も、面で“導く”」
巨像の胸核のひびが大きくなり、奥で脈打っている。あとは仕上げるだけだ。
「もう一度、上からボルトを落とす。モフ、固定を解除して落とせ。俺が誘導する。ミィがトドメだ」
「任せて!」「はい、まこと!」
ミィの頭より大きいボルトが外れ、落下を始める。俺は風の流れで巨像の核へ誘導した。
「結界固定!」
逃げようとする巨像の足を、モフが一瞬固定した。
「雷がきた!」
逃げれないと悟った巨像はボルトを操る俺に狙いを定め雷撃を放った。
「キーン!」
隙を覗っていたミィが咄嗟に小刀で雷撃を弾き飛ばし俺まで届くことはなく、ボルトの誘導に成功した。俺はボルトに回転を与えて核の中心へ“押し込む”。
「疾風。いっちゃえぇー」
ボルトが核に衝突した瞬間に合わせて、ミィがスキル疾風で接近。タイミングを合わせてボルトの頭にドロップキックのような形で追撃した。巨像の胸核は悲鳴のように光って砕け散った。
轟音。電気の香りがすっと引き、周囲のざわめきも止む。巨像は膝から崩れ、鉄の吐息を最後に動かなくなった。
広間の奥、古い台座の上に宝箱が出現した。脇の壁からは、青白い記録石がせり上がる。俺たちは視線で合図して、まずは記録だ。職札をかざすと〈七階・記録済〉の光字が浮かんだ。
「ご主人、開けていい?」
「ああ、頼む」
ミィが蓋を静かに上げる。宝物は三つ。
「まずはコレ」
雷晶粉と磁鉄粉との混合物。《避雷》の素材だ。防具に使用すれば電撃耐性が期待できる。
「こっちは《雷避けの符》ね。結界の電撃耐性が上がるわ」
モフは目を細め、仕込みの位置を頭に描いている。
「こっちは……靴底用の絶縁樹脂。ご主人、ミィの靴に塗れば、地面経由の電気攻撃は防げるよ」
そして、俺の手の中の盾は、さきほどの感覚を忘れない。衝撃や電撃の“方向”を握り替える新しい感覚。それに、名前を付ける。
「《反射》。受けず、逸らすだけじゃない。掴んで返す」
広間から坑口へ戻る道すがら、拾った素材の活かし方を話し合った。モフの扇骨を一本抜いて雷避けの符を留める。ミィの靴底に樹脂を薄く塗った。
地上へ出ると、鉱区の夕陽が赤く染まっていた。坑口前の石段に、三つの影が立っていた。長槍、風弓、癒やしのローブ。
「七階は俺たちの庭だと思っていたが……ずいぶん早いじゃないか」
長身の青年が槍の石突きを軽く鳴らす。レオン。
風弓を肩に預けた女が、目を細めて笑う。エリア。
最後に白衣のプリムが、俺の盾を見て小さく首を傾げた。
「盾、ね。火力の邪魔をしないなら、好きにしたら?」エリアが薄く笑う。
「次は俺たちが先に行く。盾で何ができるんだ?」レオンの声は挑発半分、興味半分。
俺は短く答える。
「受けない。流す。そして、返す」
槍の青年が、わずかに口角を上げた。「なら……競争だな」
鉱山の風は乾いて、金属の香りを薄めていく。新しいスキルである反射が、少しずつ身体に馴染み始めている。次の階でも、風の流れで道を作り、反射で敵の力を跳ね返す。俺たちは視線を合わせ、街へと歩き出した。




