第7話:最高基地の邂逅と、甘き裏切りの味
漆黒の天星者となってから、三度、月が満ち欠けを繰り返した。十二月。街はクリスマスの喧騒に包まれ始めていた。
僕は剣星の十という新たな階梯に至り、その生活の場は、特別任務隊の心臓部、特別任務隊最高基地へと移った。
首都フォルクレイスーーかつての岡山をその骨格とする都市は、ネオンの洪水に溺れていた。しかし、ただの未来都市ではない。光の奔流の中に、桜や紅葉を思わせる古木のシルエットが浮かび、過去の文化と、今の形作る技術とが、融け合い、未来へと向かう壮大なエネルギーを放っている。
最高基地の外見は、そのすべてを睥醐するかのごとく、ひときわ高くそびえ立つ。それはまるで、空そのものに挑む鋼とガラスの槍。風のように軽やかでありながら、視界に捉えた瞬間、誰もが息を呑むほどの畏敬の念を強いる威容があった。
日中は陽光を受け、塔の表面は万華鏡のように青空と雲を映し、空と地上の境界を曖昧にする。鋭く優雅なその輪郭は、幾重にも重なるテラスが螺旋を描き、無限に上へと伸びていく。それは未来都市の灯台であり、近くに立てばその圧倒的な存在感に、胸の奥が震える。
夜。塔は星々を友とするかのように煌めき、都市の鼓動と共鳴する。まるで宇宙の中心がここにあると錯覚させる光景だ。最高基地には、人類の夢と野心、そして隠された真実が形となった、空へと続く物語そのものなのだ。
表向きはルミネス国情報管理局ーだがそれは3階までの顔。その地下深く、そして上層部こそが、特務の八咫烏、そして白狐が根城とする最高機密の司令塔である。
午後九時。
街灯に照らされ、濡れた道路が鈍く光を反射する夜。僕はとあるレストランで、一人、静かに食事を摂っていた。周りはクリスマス・イブの賑わい、きらめくイルミネーションが、隣り合うカップルの笑顔を照らしている。
バーカウンターの一角に席を占めた僕の隣に、影のように滑り込んできた者がいた。
高倉知幸。
「いやー、お久しぶりですねー。元気してました?」
飄々とした、人を食ったような声。
「できれば、お会いしたくは、ありませんでしたが」
僕は冷ややかに返した。
心底からそう思っていることを隠さずに言ってやったが、高倉はニコニコしている。
この男、祭りの花火大会のときに会った、情報屋と武器商人を兼業する謎が多すぎる人物だ。室星からも「関わるな」と念を押されている、要注意人物。
高倉は、僕の拒否感を完全にスルーして、急に話し始めた。
「この店のチキンフランチャイズを成功させた創業者はですね。当時、従業員と揉めに揉めてたらしいです」
彼はグラスを弄びながら、低い声で続ける。
「圧力フライヤーでチキンを揚げて大成功した。でも当時は危険でした。爆発して油が全身に飛んだら、確実に命はない。ホーッホッホッホ」
彼の笑い声が、周囲の喧騒に不自然に溶け込む。
「でも創業者は私の名前を使いたいなら、私の言う通りにしろと。みんな、それに従うしかなかった。彼はある意味、労働者に対して戦争を仕掛けていた。だから、みんな彼を大佐と呼んだんですよ」
僕はフォークを置き、顔を上げずに言った。
「つまり、貴方は、こう言いたい。お前の内、何人かは死ぬかも知れないが、私はそのリスクを負う覚悟があると」
「ええ、まさに。貴方も、これからは先頭に立つ立場。犠牲を出してでも成功させるために進まねばならない道がある。それが、心優しく、弱さを持つ貴方にできますか?」
心臓が、微かに跳ねた。
「さて、高倉さん。どこから僕の情報が漏れたのでしょうか」
「ホーッホッホッホ。やはりそこですか。ご安心を。私は、味方ですよ」
話にならない。以前と同じ、人を弄ぶような態度。これ以上、僕の存在を、八咫烏の情報を、彼に知られるわけにはいかない。食べ終わったら、すぐに店を出る。
しかし、待て。おかしい。我々八咫烏の人間は今、表舞台に出るべきではない。護国創生党や黎明国志党が政権を取るまで、潜伏し、力を蓄えるのが絶対の方針のはず。僕の情報を、この男に教える隊員がいるはずがない。
内通者ーー?
席を立とうとした、その時。高倉が放った言葉が、僕の思考を、そして身体の動きを、完全に停止させた。
それは、僕の幼馴染、舞ちゃんのことだった。
足が、石化したように動かない。あの花火を見届けた夜以来、僕は舞ちゃんへの未練を断ち切り、八咫烏として、星家の子孫としての使命に没頭してきたはずだ。だが、なぜ、足が止まる?まだ、心の奥底に、何かを溜めているのか......。
「あの女、実はですね。もう男がいますよ」
なんだそのことか
祭りの花火が上がる前、舞ちゃんと手を繋いでいた、僕と同い年くらいの男。すでに知っている。だからこそ、僕は安心して、任務に没頭できたのだ。舞ちゃんを守る存在が、別にできた。それでいい。
「そうですか。ですが、僕には関係ありません」
そう言い切ろうとした僕の耳に、高倉の嘲るような声が響く。
「ホーッホッホッホ。まあ、幼馴染なんて、所詮その程度の関係ですよ」
その程度.....?
高倉は、僕が八咫烏に入る前の情報、僕の、最も個人的な過去まで知っている。どういうことだ。一瞬、全身の血の気が引く。
「いいですか、四つ星さん。この世の中は、信じれば裏切られる。油断すれば殺される。そこを、ちゃんと意識することですよ。ホーッホッホッホ」
僕は何も言わずに店を出た。
黒いコートに、雪が落ちてくる。見上げれば、クリスマスの夜空から、雪が舞い始めていた。ポケットに手を突っ込み、最高基地へ戻ろうとしたとき、スマホが震える。
護衛の菜雲からだった。
内容は、「明日、白狐の本部に行くことになりました」とのこと。
白狐か。同じ特務だけど、今まで一度も接点がない、謎の部隊。
雪が強まる夜の首都で、蓮は新しい闇、そして「信じれば裏切られる」という高倉の警告を噛みしめながら、コートの襟を立て、足を踏み出した。




