第5話:星家ノ環
この音は...意識が覚醒した瞬間、僕は戦場の真っ只中に立たされていた。それは僕自身の視点でありながら、僕ではない誰かの五感だった。
空を飛んでいる。
周囲には、影星の姿と酷似した、戦闘用アーマースーツを纏った人々が群れをなして飛翔している。その肩には鮮烈な日の丸の国旗が印されていた。
ああ、分かったぞ
僕は確信した。この夢とも現実ともつかないリアルな触感。この五感こそがアカシックレコードに接続し、遥かな過去、失われた文明の歴史を覗き見ているのだと。
次の瞬間、真正面から敵が殺到してきた。「戦闘開始」の号令と共に、戦いが火蓋を切る。僕の視点であるその人物は、背中の装備から天星剣を引き抜いた。力強く柄を握りしめ、心の中で強く念じる。
「火の国よ、目を覚ませ。時は来た」
その言葉が放たれた途端、天星剣の形状が変貌する。
細身の刀身は、流れる水のように滑らかでありながら、その内に秘めたる鋭さは、触れれば風すら裂けると信じさせるほどだ。
飛行スピードが跳ね上がり、僕は視界の揺れに振り回される。恐らくその速度は時速六百キロ。天星剣を振るい、敵兵を次々と殲滅していく視界の先に、虹色の剣を携えた、次元の違う存在を見つけた。
まさか
とてつもない強さだ。天星剣を振り下ろした瞬間、刃先から火炎放射器のような凄まじい炎が吹き荒れ、敵を圧倒していく。
一時間が経過しただろうか。敵の数は減るどころか、際限なく増え続けていく。恐らく、敵は一つの国ではない。バラバラのアーマースーツと国旗の印を見るに、あれは連合国なのだろう。
ついに、僕の視点の人物は、黄金の天星剣を握る敵の天星者と遭遇した。その圧倒的な力の差に追い詰められ、僕の視点の人物は小さな島の陸地へ、ボロボロの状態で激突する。最後は、黄金の天星剣が腹部を貫いた。
この激痛が、僕の肉体にまで伝播する。痛いなんてものではない。意識が引きちぎられるような、それ以上、悍ましい痛みだ。
とどめを刺した天星者は、振り返ることなく空の戦場へと戻っていく。
腹を刺された僕の視点の人物は、意識が途絶える間際、かすれた声でこう呟いた。
「...四つ星統括....なにも、役に...立てませんでした.....すみませんでした....」
そう言い残し、命を絶った。
意識が離れていく。遠くへ、遥か遠くへ...。
ふわりと気持ちが宙に浮きーそして、目が覚めた。
目覚めた理由も分からず、ただ、頬を伝う涙があった。
ベッドから降り、身支度を整える。今日は、八咫烏の最高幹部である剣星が集う、星家ノ環という集会に招集されており、いつも以上の緊張感が全身を走っていた。
これまで面識があるのは、影星、諸星、赤星、そして室星の四人。この四人に加え、他の剣星たちと相対するのだ
。気持ちが落ち着くはずもない。
菜雲の運転する車の後部に乗り込み、星家ノ環が開かれる八咫烏本部へ向かう。
僕は目を閉じ、腕を組み、心を整えた。
今回の星家ノ環は、僕が八咫烏に所属した当初から予定されていたらしい。しかし、剣星たちの多忙により延期が重なり、数年が経ってしまったのだという。
「到着しました」
「ありがとう、菜雲」
窓の外を見渡せば、そこは深い樹海の奥。こんな場所に八咫烏本部...
本部がどこにあるのか知らないため、菜雲が先導し、僕はその後を追う。
「四つ星様、ここは結界が張られており、そもそも一般人では本部に辿り着けないようになっています」
「なるほど...」
「元々、我々は呪術を得意としていました。そのため、こういった目に見えない力で物事を動かすこともできるのです」
呪術...僕がまだ知らない領域か
「現在、八咫烏で呪術を使えるのは、大黒天星様、ただお一人だけです。」
「そんなに難しいものなのか?一人だけなんて」
「難しいのは勿論ですが、それを理解し、放つには修練と時間、そしてなにより、才能を要します。また、呪術に関しては、同じ特務である白狐の専売特許です。彼らが呪術を得意としています」
白狐か。まだ実態は知らないが、僕が八咫烏に所属した日に、八咫烏と並ぶ組織として説明を受けたことを思い出す。
そうこうしているうちに、目的地へ到着した。
広大な敷地に、威風堂々たる建物が現れる。外見は伝統的な日本家屋。
目視できるだけでも六階建てはありそうだ。
表の門が開き、ゆっくりと足を踏み入れると、立ち込めていた霧が徐々に晴れ、本部の巨大さが目の前に鮮やかに現れた。
「すごい...」という言葉しか出てこない。
建物を取り囲むように、紅葉に包まれた息をのむような美しい景色が広がっている。
玄関に入り、先が見えないほど長い廊下を静かに歩いていく。要所要所に八咫烏の隊員が護衛として立っていた。
部屋に入る。空気が変わる。
しんと静まり返った室内は、磨き上げられた床板が幽かに光を反射していた。天井から吊るされた灯籠は、和紙を通して橙色の柔らかな光を投げかけ、部屋全体を温かい琥珀色に染めている。その光が照らすのは、左手に立つ金の屏風。桜と紅葉、そして菊の花が微かな陰影の中で立体感を持ち、絢爛でありながら落ち着いた空気を醸し出していた。
正面には障子が引かれ、その向こうー開け放たれた入り口からは、ざらついた土の庭が見える。
部屋の中央に置かれた縦長の木の机を囲む椅子に、剣星たちが座していた。
今はオーラを抑えているのか?いや、それでも凄まじい圧だ...
「到着したようね。ほら、座って」
諸星に促されるが、僕はまず全員に簡単な挨拶を済ませた。
机の上には今日の昼食である寿司と果物が並べられている。
僕の正面には諸星、その横に赤星。右側には室星と影星が座っている。そしてその奥に。
「はじめましてだね、四つ星君」
若い男性だ。二十代後半くらいの若々しい印象。
「私は大黒天星八弔。君とこうして会えて嬉しいよ」
この人が...剣星の一。八咫烏のトップ。とても穏やかな雰囲気だ。黒色の着物を纏っている。彼のオーラは薄い暗い雲で覆い隠され、全く分からない。どこか不気味さを感じる。
だが、それより不気味な存在がその横にいた。
「四つ星蓮、よく来てくれた。私は剣星の二、菊乃星園由だ。これからよろしく頼む」
彼の姿は歌舞伎役者のよう。体格は大きく、影星のロボットのような、不気味な威圧的な印象がある。オーラは紫色、黄金、桃色。
その横の男は、剣星の七、夜灼星千勝。雰囲気と容姿は室星に酷似している。オーラは紅、紺色、赤褐色。
向かい側には、剣星の八、梛星弓弦。男で、印象は大人しめ。言葉は短く、視線は常に周囲を警戒している。まるで、世界のすべてが敵であるかのように。オーラは翠色、黄色。
隣の右側にいるのは、剣星の九、清座星政宗。鋼のように引き締まった体躯は、長年の任務で鍛え上げられた証だ。顔には深く刻まれた傷跡がある。目元には黒いサングラスがかけられ、その奥にある瞳の色や感情は読み取れないものがあった。顎には整えられた無精髭が影を落とし、年輪を重ねた男の渋みと哀愁を漂わせている。オーラは灰色、茶色、青色。
「皆、そう固くならんで。ゆっくり飯でも食べながら話そうや」
大黒天星の話し方は、若者とは思えない、親しみやすいおじさんのような口調だ。
影星は食事ができないため席を立ち、庭の景色を眺めながらこちらの会話に耳を傾けている。
他の面々は箸を持ち、寿司を食べ始めた。
沈黙を破り、まずは世間話が始まった。時には冗談も交わされる。だが、会話はすぐにルミネス政府の裏側で進行する具体的な任務の報告や、格剣星が持つ情報網から得られた世界情勢の分析へと移っていった。
「秘密結社のオルド・クルスの件だが...」
「...やはり、グローバリストの集団でしたか...」
表には出ない秘密結社の動き、水面下で進む国家間の謀略、そして与党、野党それぞれの内部情報まで。彼らの会話は、まるで世界を動かす歯車そのものを覗き込んでいるかのようだった。僕にはまだ内容を理解できない部分も多かったが、その一つ一つが、僕たちが身を置く現実が、いかに複雑で、危険なバランスの上に成り立っているのかを物語っていた。
僕は剣星の一に聞きたいことがあった。それは過去の文明が終焉し、現代文明に至るまでの歴史について。以前、八咫烏に所属した際、剣星たちから、剣星の一の祖先が代々歴史を伝えてきた聞かされていた。つまり、彼の祖先はカプセルからの目覚めが早かった。なぜ何もできなかったのかーそれを後で聞こうと思っていた。
「室星、先日のピエロの件、どうなった?」
口火を切ったのは、大黒天星だった。
「はい。四つ星に任命しましたが失敗に終わりました。その後、私の方で引き継いだ結果、あのピエロの国籍はラテネ国(旧カナダ)だと判明しました。彼の端末を解析した結果、どうやらルネツ基地の視察をしていたようです」
「まぁ、ピエロの目的は予想できるわな。しかしラテネか...。最近だと、北方領土の全てを武力による侵略で奪われた。おそらく次は北海道だろう。んー......」
大黒天星がそういうと、菊乃星が続く。
「我々ではどうすることもできません。表の争いは陸海空軍の仕事です。それらを動かせるのはルミネス政府。だが、その政府、現政権が戦争とは言わず、誠に遺憾としか言わない」
「そうだな、園由。今の政権、与党側である以上、現状は変わらん。実際、不満に思っている国民だってそうだ。特に若者だな。先月の選挙でハッキリした。与党側の票が、野党の保守派の党へ移っている。我々と繋がりがある黎明国志党、護国創生党の投票率が伸びている。それでもだ、今の少子高齢化により、お年寄りが多い以上、投票が与党側に偏るのは当然のことだ。だから何も変わらない。数少ない若者が、ただ倒れていくだけなんだ」
「八弔、今、SNSで外国人トラブルについての動画が毎日のように炎上しているのは知っているな」
「ああ。このまま若い世代に危機感を覚えてもらい、現政権が信用できない以上、自分たちの国を守らなければならないという思想になってきているのは確かだ。若者に政治に興味を持ってもらい、保守系党への支持率が上がり、これが続けば、次の参議院選挙では確実に野党側が勝利する。その時、我々八咫烏、いや特務は表の舞台へ出る事になる」
「これが、まず日本復活の一歩ってことね」
諸星は、大黒天星の話の内容を確かめるように、蓮の目を見て言った。
そう、この星家ノ環の第一の目的は、日本復活を蓮に伝えることだった。だが、蓮は既にそれに気づいていた。
「さすがだ」と、菊乃星と大黒天星は顔で示し合った。
そこで間に入ったのは室星だった。
「それまでは、我々は決して表に出てはいけない。いや、存在を知られてはいけないのだ」
それに応えたのは赤星だ。
「そうだ。我々の存在は、与党側の政府は知らない」
そこで僕は尋ねた。「ではなぜ、我々は組織として存在しているのでしょうか?」
「それはな、過去に一度、護国創生党が政権をとった時がある。その時に、特別任務隊が設立された。だが七百年以上前の話だ。今ではほとんどの者が特務の存在については知らない。知っているとすれば、今の保守系党の一部と陸海空軍、そして警察庁のトップだろう」
「今、存在が表にでれば、特務は現政権から排除される可能性があるということですか?」
「そうだ。やつらはグローバリスト。特務が保守系党と繋がりがあり、さらには保守派と知れば、軍や警察を使って消しにかかるだろう」
僕は納得した。だが室星は不満に思っているようだった。
「だから四つ星、お前が以前のような外部との人間と接触すれば、我々の存在が危ういということだ。お前のそのちょっとした行動が命取りになる。分かっているのか?」
「はい、分かっております」
室星は立ち上がり、静かに言った。「表に出てみろ」
庭に移動する
どうやら僕は指導を受けるようだ。この雰囲気ならそれしかない。過去の過ちを反省し、そして、もし敵が力で僕を捕らえようとしたとき、僕は対応できるのか。それが今、問われている。
全員がこちらを見ているが、誰も止めない。
室星は腰に掛けていた自身の天星剣を柱に立てかけ、壁に掛けてあった二本の剣を取り、一本を蓮に軽く投げて渡す。
この形状...今日、アカシックレコードで見た、天星剣の形状と同じだ。
「これはな、日本刀という。かつての日本の伝統的な武器だ」
そう言うと、室星は鞘から刀を抜き、僕へと振り下ろした。
慌てて僕も対抗するが、はじめは避けていく。
鍔迫り合いになれば、この人に力で勝てるはずがない。だが、僕も昔とは違う。ここは遠慮なくいかせてもらう。
雨が降り出した。
互角に渡り合っているようだったが、徐々に蓮は押され、最後は鍔迫り合いとなり、左足を地面につけ、自身の刀が右肩に押しつけられる。
「どうした、これでは自分も守れないぞ!」
「く.....」
その時、大黒天星が静止に入った。
「もういい!そこまでだ」
室星は力を抜き、中へ戻っていく。そして、星家ノ環はこれで閉会となった。
その後、蓮は大黒天星と二人で面談することとなった。
「どうだ、私のオーラは!?何色に見える?」
とても興味本位でこちらに向かって聞いてきた。
「わかりません。あなたのオーラは雲のようなもので覆われている」
「そうかー、虹の君でも分からないということは、これは完璧だな」
嬉しそうな姿に、なぜかと尋ねた。
どうやら、自身のオーラを隠すために、あえて雲のようなオーラを作り出し、自身のオーラをないものにしていた
。理由は、自身のオーラが目立ちすぎるからだという。虹のオーラの僕に見破れなかったら完璧だと考えていたらしい。満足そうでなによりだ。
話題は、現在のルミネス国の都道府県について移った。ルネツ(旧京都)やツバキ(旧和歌山)がある一方で、北海道や東京など、過去の日本の都道府県名が今も使われている場所がある。これは目覚めが早かった大黒天星の祖先が、新政府に一人で対抗し、どうにかしようとした結果だった。結局、新たな権力者にはかなわず、今の世の中になっている。
蓮は、大黒天星の祖先の事について聞こうとしていたが、この話を聞けば、もう聞く必要はなかった。
彼は話を変え、僕自信について語り始めた。
それは驚愕の事実だった。僕には父も母もいない。僕は人の手によって作られた存在だという。そして、僕を作ったのが、今、目の前にいるこの男の父だった。
蓮の祖先である四つ星は、カプセルに入り、次の時代で目覚める予定だった。しかし、カプセル内で亡くなっていた。そのため虹の天星者の後継者がいなくなるのを防ぐため、大黒天星の祖先は、四つ星の遺伝子を取り、長期保存していた。
そして十五年前、四つ星の遺伝子と、あとの三人の遺伝子を組み合わせ、蓮が誕生した。四倍の出力で生まれたということになる。
初めは八咫烏の施設で育てる予定だったが、生まれたばかりの蓮はオーラが弱すぎた。施設で生活していれば、箱の中ということもあり、成長に限界が来ると判断した。そのため、強い者にするため、外の世界に触れさせる必要があった。
「すまなかった...。だけどやな、ようここまで生きた。頑張った!」
大黒天星は蓮を強く抱きしめた。
これが家族という愛なのだろうか....。そうだったらいいな




