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第4話:深夜のポップコーン屋

 ルネツ駅に到着した電車のドアが開く。祭りの熱気が残る人波に押し出されるように、僕は菜雲と駅を後にした。夜風には、祭りの喧騒の名残と、どこか鉄さびのような匂いが混じっている。


 宿に入るとすぐに、今回の任務ーーエージェント捕縛についての説明を菜雲に終えた。


 十分後、任務の規模を疑わせる四人の八咫烏の隊員が到着した。彼らは室星からの直々の指示だと言う。彼らが持つ鞄には拳銃が六丁入っていた。今回の任務で使用する武器だ。


 「全員、道具は持ったな」


 僕が確認すると、五人は「はい」と応じた。


 相手はエージェント。ただの犯罪ではない。警察では手が出せない特務だ。六人という戦力は、その事実を静かに物語っていた。


 午後十一時。六人は宿を出た。


ルネツの街灯の光を背に、黒い軍服が闇に溶け込み、獲物がいるとされるトンネルへ向かって、身を隠しながら駆ける。情報通りなら、ターゲットはそこにいる。


 途中で僕と菜雲は表側へ、残る四人は後方へ回り挟み撃ちの体制をとった。


 ゆっくりとトンネルの入り口を覗き込む。運良く一般人の姿はない。しかし、視界に入ったターゲットの姿は、あまりにも異様だった。


 「おい菜雲、なんだあの化け物は?」


 太く、身長百九十センチほどの巨体。その顔は、ただの仮面ではない、白塗りの化粧と歪な笑顔で塗り固められたピエロだった。屋台の横で、ノコギリのようなものを持ち、何かをギコギコと切っている。


 僕と菜雲がトンネルに足を踏み入れると、ピエロはノコギリを持つ手を止め、ゆっくりと顔だけをこちらに向けた。屋台の前に立ち塞がると、判別不能な音節を連ね、僕たちに話しかけてきた。


 「菜雲なんて言ってるんだ?」


 「すみません、私にも分かりません」


 その言葉はまるで、錆びた歯車が回る音のようだった。だが不思議と伝わってくる。あのピエロは、僕たちにポップコーンを買わないか?と問いかけているように感じられた。


 僕たちが沈黙していると、ピエロは急に、まるで舞台のセットを壊す役者のように怒号を上げ、屋台をひっくり返した。そして、背後にあった巨大なハンマーを手に、僕たちへ殴りかかってくる。


 ほぼ同時に、後方に回っていた四人が到着し、ピエロの背後から拳銃を発砲した。


 任務完了。そう確信した。


 四発の弾丸が、肩や足に鋭い音を立てて命中する。だが、ピエロは止まらない。皮膚は弾丸を噛み殺したかのように、わずかに黒い煙を上げただけだった。


 「なぜだ!!」


 ピエロが僕の頭上目掛けてハンマーを振り下ろした瞬間、「四つ星様!!」と菜雲が飛び込んだ。


 菜雲は、素手で、その凶悪なハンマーの柄を掴み、鋼の意志で動きを止めた。そして、ピエロをトンネルの冷たい壁に押しつけ、首を手で握り締める。


 「むじゃむじゃ」と呻きながらもがくピエロを見下す菜雲の目は、冷徹な氷のようだ。その全身からは、周囲の空気を歪ませるような赤いオーラが噴き上がっている。


 その時、僕はピエロの口の動きに違和感を覚えた。


 あの歯の噛み締め方...まさか!


 「菜雲、そいつを離せ!!」


 僕の叫びが届くより一瞬早く、ピエロは歯を強く噛みしめた。そして、その瞬間、巨体から命の息吹が失われた。


 恐らく、奥歯に仕込まれた毒薬。躊躇なく自害を選ぶ対応は、プロ中のプロであることを示していた。


 クソ......任務失敗か


 僕たち六人は、沈黙のままトンネルを清掃し、動かなくなったピエロを特製のケースに収容した。菜雲以外の四人は、新たな任務で即座に移動していった。



 数時間後、室星がルネツ基地に到着した。


 会議室で、僕と菜雲は、今回の任務失敗について室星と話すことになった。以前電車の中で会った時は、霧のような雰囲気に隠されていた彼の姿が、今、目の前で鮮明になる。


 背筋はまっすぐ。無駄な動き一つない。彼の顔立ちは、まるで静かなる威厳を具現化したようだ。鋭く整えられた眉と、深く落ち着いた瞳は、揺るぎない冷静さと洞察力を感じさせる。顎に沿って丁寧に整えられた髭は、年齢を感じさせる渋みと、戦いを重ねた者だけが持つ風格を滲ませていた。


 「なぜ殺した?」


 その核心を突く質問に、僕にできることは謝罪しかなかった。菜雲は、自分に責任があると進言したが、あれは僕の判断の遅れ、油断の結果だ。


 僕たちの言葉を遮ることもなく、室星は何も言わなかった。呆れられているのではない。その冷静さの奥に、燃えるような怒りを感じた。


 椅子から立ち上がる室星。


 「四つ星、終わったことは仕方ない。だから責めるつもりはない」彼の声は静かだが、反論を許さない重みがあった。「よく反省して次に繋げることだ。深夜のポップコーン屋については、私が引き継ぐ」


 「はい」


 「あとな、来週、星家ノ環(ほしけのわ)が行われることになった。詳しいことは菜雲に聞くといい」


 室星はそれだけ言い残し、会議室を出ていった。彼の戦いを重ねた風格と、威厳に満ちた背中が目に焼きつく。


 「菜雲、星家ノ環って......」


 尋ねると、それは八咫烏の幹部である剣星が一堂に会する会議だという。内容までは菜雲にも分からないらしい。


 でも僕はまだ剣星ではない。なぜ、僕が?祖先の影響なのか......


 考えても仕方ない。それは行ってから分かることだ。


 僕の頭には、ピエロの最後の噛み締めと、室星の静かな怒り、そして星家ノ環という謎の会議が、重くのしかかっていた。

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