第9話:新年の侵略者
大晦日、夜。 空からは、ちぎれた綿雪が静かに舞い落ちていた。僕と菜雲は、漆黒のコートの襟を立て、八咫烏本部へと急いでいた。今夜は剣星とその護衛が一堂に会する「新年会」。しかし、祝祭の気配など微塵もない。霧の向こうに滲む本部の灯火は、まるで獲物を待つ獣の眼光のように鋭く、冷たかった。
長い廊下を抜け、最奥の広間へ入ると、そこには既に「星の運命」を背負う者たちが揃っていた。 縦長の机に並ぶ、見たこともない豪華な馳走。だが、それをつつく者はいない。
「間に合ったようだな、四つ星」
室星が低く、重厚な声で僕を迎えた。僕は無言で椅子に深く腰を下ろす。 やがて、壁にかかった大時計の針が、垂直に重なり合った。新年。その瞬間、空気が凍りついた。
「よし、始めようか」
大黒天星の凛とした声が広間に響く。
「皆、聞け。今年、我々の頭上には災厄が降り注ぐだろう。だが、案ずるな。我々なら必ずや、その地獄を突き抜けることができる。……では、乾杯だ。新年あけましておめでとう」
戦争が始まる――。その確信が、冷たい水のように僕の腑に落ちた。 諸星が僕のあまりにも落ち着き払った横顔を見て、微かな不安に眉をひそめる。だが、大黒天星と室星だけは、僕の中に芽生え始めた「何か」を見透かしたように、不気味に、そして満足げに微笑んだ。
宴の席で語られたのは、去年A11島へ落下した「赤い隕石」の衝撃的な解析結果だった。影星がホログラムを展開し、冷徹な報告を行う。
「この赤いクリスタルに意識を投射すれば、エネルギーは『魔法』へと置換される。かつての水色に比べ威力は三分の一程度。だが……」影星の義眼が怪しく光る。「この『レッドクリスタル』は形を保ち、エネルギーを枯渇させることなく無限に機能し続ける。不滅の魔導核だ」
「影星、早速それをアーマースーツに組み込め」大黒天星が命じる。 「目的は、飛行ですか……」僕が呟くと、大黒天星は瞳を細めた。「そうだ。四つ星、流石だな」
かつての世界の記憶。アカシックレコードで見上げた、空を駆ける鉄の翼。あの蹂躙の空が、現代に蘇ろうとしている。
その時だった。広間に緊急入電の警報が鳴り響く。 『北海道・根室にラテネ軍の上陸を確認。ルミネス陸軍、交戦準備に入ります!』
広間は一瞬で戦場司令部へと変貌した。大黒天星は即座に現地の八咫烏部隊を隠密出撃させる。
「大黒天星、我らも応援に向かおうか?」菊乃星が問うが、大黒天星はそれを一蹴した。 「いや、これは私の、北海道統括としての問題だ。応援などいらん」 「ですが、これはもはや全体の問題です」室星の諫言さえも、彼は冷たく撥ね退けた。
新年会は、侵略の号砲と共に瓦解した。
解散の際、僕は玄関の吹きさらしの中で室星を呼び止めた。 「室星様。高倉知幸について、ご相談があります。彼は僕の……『空白』を知っていました」 吹雪が強まる中、室星はコートのポケットに手を入れ、鋭い眼差しを闇に投げた。 「スパイの可能性があるということか。……分かった、追跡はこちらで行う。お前は自分を研ぎ澄ますことだけに集中しろ」 「感謝します。……室星様にお願いしたのは、あの男の外見を、祭りの夜に直接見ておられるからです」 「いい判断だ。行け、四つ星」
帰り道、菜雲がハンドルを握り、氷のように張り詰めた声で言った。 「四つ星様、先ほど大黒天星様より直々に特命を授かりました」 「内容を」 「我々二人は、北海道の八咫烏部隊と合流。ラテネ軍の侵攻を、武力をもって『徹底阻止』せよとのことです」
「……すぐに向かってくれ」
僕は窓の外を流れる雪の闇を見つめた。 僕はまだ、特定の領地を持たない剣星だ。だからこそ、今夜僕は、組織の「刃」として真っ先に血に染まる。 これまでの治安維持任務とは違う。これは、再興された世界の根幹を揺るがす、本物の地獄だ。 腰にある漆黒の天星剣が、獲物を求めて低く脈動した。




