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第58話 強がりの武兄ちゃん

柴田武が口を開く前に、柴田正美は涙ぐんだ目で柴田了の方へ振り向いた。

「おじい様、私たちが悪かったのです。高橋奈津美さんが許してくれないのは仕方ありません。これから行動で誠意を示し、許しを得られるよう努めます。ですがその前に……どうか武兄さんをなだめてください。私たちも故意ではなかったのですから」

柴田了は常に家族の和を願っており、争い事を好まなかった。

柴田正美の言葉を聞き、彼は軽く咳払いをして口を開こうとした。

しかしその瞬間、柴田武が視線を向けてくる。

表情は淡泊ながら、瞳には強烈な圧が込められていた。

「祖父、さきほど実の孫娘を家から追い出そうとされましたか?」

柴田了は喉を詰まらせ、言葉を飲み込んだ。顔にはやや当惑した色が浮かぶ。

柴田武の目は深淵のように暗く、再び静かに語り始めた。

「奈津美ちゃんが柴田家で育っていないため、祖父にとって彼女に情がわかないのは理解できます。しかし彼女の血管には柴田家の血が流れています。この血縁は断ち切れない。たとえ世間での評判が悪かろうと、奈津美ちゃんが家族を害するような真似はしない。……だが、他の者たちはどうでしょう? 『人の心は腹の中』、いったい何を企んでいるかわかったものではありません」

「祖父には奈津美ちゃんを特別扱いしてほしいとは思いません。ただ、真相を確かめもせず、一方的に罪を着せるようなことはやめてほしい。それだけです」

柴田了はこの言葉を聞き、沈黙した。表情には複雑な影がよぎる。

一方の柴田正美は、身震いするほど冷や汗をかいていた。

財界では、養子に裏切られ、路頭に迷った家族の例がなかったわけではない。

今、柴田家の養女である自分を前に、柴田武がこんな発言をしたのは――

暗示であり、警告だった。

柴田正美の顔は恥辱に染まり、息すら浅くなっていた。

高橋奈津美は柴田正美の様子を一瞥し、眼前で自分を庇ってくれる兄の姿に、心底感服の念を抱いた。

さすが柴田財閥の当主、この威圧感は桁違いだ。

たった数言で、さっきまで威張りくさっていた柴田家の面々を沈黙させた。

柴田和美や柴田夏子でさえ、今はうつむいて黙り込み、小鳥のように縮こまっている。

誰も言葉を発せず、居間はピンと張り詰めた空気に包まれた。

柴田家の人々は身を硬直させ、ただただ柴田武の次の一言を待つしかなかった。

やがて、柴田武がようやく口を開いた。

しかしその言葉は柴田家の者たちではなく、高橋奈津美に向けられたものだった。

「奈津美ちゃん、書斎に来い。話がある」

高橋奈津美は軽く頷いた。

「はい」

柴田武が先に歩き出す。

「兄さん、足の傷がまだ――気をつけて」

柴田崇が咄嗟に支えようとし、高橋奈津美も手を差し伸べた。

「構わん。自分で歩ける」

柴田武は手で制し、ゆっくりと階段を上り始めた。二人がその後を追う。

書斎に着くと、柴田武はついに力尽きたようにふらついた。

柴田崇が素早く支え、高橋奈津美も慌ててもう一方の腕を取る。

椅子に座らせた柴田武の額には痛みによる汗が光っていた。

柴田崇は呆れたように首を振った。

「無理しやがって……見栄を張るためとはいえ、ここまでするか」

高橋奈津美にはわかっていた。兄が無理に立ち上がったのは、柴田家の者たちを威圧するためだ。

車椅子のままでは、どうしても威厳に欠ける。

すべては自分のため――思うと胸が熱くなり、高橋奈津美は柴田武を見つめて呟いた。

「兄さん……ありがとう」

柴田武は苦笑した。

「感謝される立場ではない。むしろこっちが言うべきだ。お前が助けてくれなかったら、今ごと私は……」

「兄さん!」

高橋奈津美が眉をひそめて遮る。

「回復途中です。そんな不吉なことを言わないで」

「事実だ。あの時は出血多量で危険な状態だった。お前が銀針で止血してくれなければ、救急車が来るまで持たなかっただろう」

柴田武の目が真剣になる。

「奈津美ちゃんは本当に……凄いよ」

「大したことありません。ちょっとした技術があるだけです」

高橋奈津美は控えめに答えた。

柴田崇が口を挟んだ。

「謙遜もほどほどに。銀針で即座に止血できるのが『ちょっと』? だがな、前から聞いてたのか? 奈津美ちゃんが医者なんて。今日の活躍には心底驚いたぞ」

「さっきも言った通り、ほんの基礎知識です。誇れるようなものじゃありません」

「ははは……」

柴田崇は愉快そうに笑った。

「『謙遜の王者』とはまさにこのことだな」

奈津美ちゃんにはまだ隠していることがあると察していたが、深入りはしない。

いつか話す時が来れば、きっと打ち明けてくれるだろう。

高橋奈津美は柴田崇の表現に笑みを漏らした。

「お兄ちゃん……その言い回し、独特ですね」

「はっはっは! 褒めてるんだよ」

本当に褒めているのか、からかっているのか――高橋奈津美には判別がつかなかった。

柴田武は二人のやり取りを温かい目で見守っていた。

ようやく迎え入れた奈津美ちゃんには、温かい家庭で暮らしてほしい。

陰険な罵声に晒されるような場所ではない。

柴田家の者たちの態度を思い返し、柴田武の表情が険しくなる。

「崇、会社が忙しくて奈津美ちゃんを守りきれない。お前は家にいることが多いから、奈津美ちゃんの護衛を任せる」

低く響く声に重みが増した。

「次またこんなことがあれば……お前の責任だ」

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