第5話 このわしを『おじいさん』などと呼んで許されると思うな!
柴田崇は眉をひそめると、慰めるように高橋奈津美の肩を軽く叩いた。
「実際は大したことないんだ。ただ、祖父に会った時、ちょっと耳の痛いことを言われるかもしれない。でも年寄りの口癖みたいなものだし、年だし、好きに言わせておけばいい。気にしないでくれ」
高橋奈津美は唇を軽く噛んだ。「おじいちゃんは、私が帰ってくるのを歓迎してないの?」
柴田崇が口を開いて説明しようとした瞬間、高橋奈津美の声が再び響いた。
「私が高橋家のような小さい家で育ったから、悪い癖がついて柴田家の家風に悪影響を与えるんじゃないと心配してるの?」
「そうじゃない、誤解するなよ」柴田崇は後頭部を掻きながら、より婉曲的な表現を探した。
「ただ……ただ祖父は正美をとても可愛がっていたから、中村の到来をすぐには完全に受け入れられないだけなんだ
高橋奈津美がさらに尋ねた。「正美って誰?」
柴田崇:「それは……中村と同じ病院で取り違えられて連れて来られた女の子だ」
高橋奈津美は納得したように頷き、さらに質問しようとしたその時、突然「ディントン──」という音が耳に届いた。
思わず視線を上げると、少し離れた場所にあるシルバーのエレベーターの扉がゆっくりと開いていく。
最初に目に入ったのは、ピンクのシースルードレスを着た少女だった。
彼女は典型的な「初恋の顔」をしており、上品で優雅な雰囲気を漂わせている。
微笑むと頬に小さなえくぼが浮かび、優しい気質にさらに幾分かのかわいらしさを加えていた。
仕草や振る舞いには気品が感じられ、まさに良家の令嬢といった風範。
一目見ただけで、年配の方々が好むタイプだとわかるような女性だった。
高橋奈津美は彼女を一目見た瞬間、その正体をほぼ確信した——柴田正美、彼女が実の祖父に寵愛されている少女だ。
その時、柴田正美が押している車椅子には白髪の老人が座っていた。歳月が刻んだ深い皺が顔を覆っているが、
濁った瞳には依然として全てを見透かすような鋭い光が宿り、強い威圧感を放っていた。
この人物こそ、柴田家において絶大な影響力を持つ当主・柴田了その人だった。
柴田了が現れると、高橋奈津美を見た僅か一瞬で眉間に深い皺を刻み、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。
高橋奈津美はその態度を悟り、ゆっくりと長い睫毛を伏せた。瞳の奥に潜む感情は読み取れない
柴田崇は柴田了の露骨な嫌悪を意図的に無視し、高橋奈津美の手を引いて前に出た。
「奈津美ちゃん、こちらが祖父だ。さあ、挨拶しなさい」
高橋奈津美は心中の感情を抑え、きちんと頭を下げた。
「おじいちゃん」
しかしその声が消えないうちに、柴田了は彼女を睨みつけて怒鳴った。
「黙れ!言っておくが、わしの孫は正美ただ一人!お前のような得体の知れない野良娘が『祖父』などと呼ぶ資格はない!」
その言葉を聞き、高橋奈津美の瞳の奥の感情は期待から冷たい距離感へと変わっていった。
彼女は何も言わず、ただ静かにその場に立ち続けた。
柴田崇は状況を見るなり、すぐに高橋奈津美を自分の背後に引き寄せて庇った。
柴田崇が声を荒げた。「おじいちゃん、どうしてそんなことを言うんだ?彼女こそ本当の孫娘でしょう!」
柴田了は重々しく鼻で笑うと、高橋奈津美を見下すような冷たい視線を投げかけた。
「よくもまあ、こんな子がわしの孫だと言えるな。18年も外で育てられ、どんな野蛮な暮らしをしてきたか分かったものじゃない。柴田家の血が流れていようと、所詮は人前に出せるような娘ではない。うちの正美とは大違いだ。正美は幼い頃から最高の教育を受け、社交界でも誰もが賞賛するほど立派に育った」
正美の話になると、柴田了の表情は明らかに柔和になった。
「わしの正美はこんなにも優れていて、群を抜いている。ある種の野生児など比較にならん」
高橋奈津美はこの比較の言葉を聞きながら、表情は静かなままだったが、瞳の奥の感情はますます冷淡さを増していった。
その時、何かを感じ取ったように、ふと視線を上げる。目に入ったのは、柴田正美がどこか得意げで誇らしげな眼差しだった。
どうやらこの柴田正美、見かけほど純粋で無害な人物ではなさそうだ。
それに気づいた高橋奈津美も、特に大きな感情の起伏を見せることはなかった
高橋奈津美は再びまぶたを伏せ、静かにその場に立ち続けた。
柴田了が高橋奈津美に対する嫌悪とは対照的に、柴田崇は妹を断固として守り通す姿勢を見せていた。
「おじいちゃん、何を言おうと、俺にとって高橋奈津美こそが実の妹だ!俺の妹は高橋奈津美ただ一人だ!」
柴田了はその言葉を聞き、こめかみをピクッとさせた。柴田崇を睨みつける老人の顔は真っ赤に染まっている。
何か言い返そうとしたその時、柴田正美の泣きそうな声が先に響いた。
「崇兄ちゃん……初めて知ったわ、あなたがずっと……私を本当の妹だと思ってなかったなんて。でも……でも私はずっと崇兄ちゃんを本当のお兄様だと思っていたのに。そんなこと言われたら……本当に、本当に悲しい」
柴田正美は言葉を重ねるごとに声を震わせ、最後には目頭を真っ赤に染め、切れた糸のような涙をぽろぽろとこぼしていた。
大声で泣き叫ぶわけではなく、ただ静かに涙を流すその様は、雨に打たれた梨の花のようで、見る者の胸を締めつける。誰もが彼女を抱きしめて慰めたくなるほどだ。
柴田了はその姿を見て、胸が張り裂けんばかりに痛んだ。
柴田了は柴田正美の手を握り、優しい声で懸命に慰めた。
「いい子だ、わしの可愛い正美。泣くなよ、そんなに泣いたら目が腫れて美しくなくなってしまう」
柴田正美は力強く鼻をすすり、溢れ出る涙を止めようとするが、どうしても止まらない。小さな顔を真っ赤にしながら、いっそう痛々しい様子だ。
「おじいちゃん、私……泣きたくないのに、でも……でもどうしても止められなくて」
「ああ、かわいそうに……」
柴田了は胸が痛むほど心を痛めていた。「わしの可愛そうな正美よ……もう泣くな、もう泣くな。誰が理解してくれなくても、おじいちゃんはわかってる……お前は永遠にわしの一番可愛い孫娘だ……」
高橋奈津美はこの深い絆で結ばれた祖父と孫娘の姿を静かに見つめていた。
彼女の瞳には淡い色しか浮かんでおらず、先ほどよりもさらに冷たい感情が宿り、もはや一片の温もりも見られなかった。
柴田崇はその様子を見て、そっと高橋奈津美の肩に手を置いた。
「奈津美ちゃん、気にするな。おじいちゃんがそう思うのも無理はない。これまでずっと、中村と正美が取り違えられていたなんて知らなかったんだから。おじいちゃんは一貫して正美を実の孫として扱ってきた。突然中村が現れて正美の立場を奪うなんて、すぐには受け入れられないのも当然だ」
高橋奈津美は肩をすくめ、表情に一切の動揺も見せなかった。
「平気よ、もう慣れてるから」
彼女が高橋家で置かれていた状況も、今と大差なかった。
ただ場所が変わっただけ、何も違いはない。
柴田崇は高橋奈津美が無関心そうにしているのを見ながらも、よく見ると瞳の奥にわずかな脆さを認めた。
思わず胸が痛んだ彼女は慰めの言葉をかけようとしたが、その時外から大勢の人がざわめきながら入ってくるのが見えた。
「あらまあ!うちの正美は誰にいじめられたの?どうしてそんなに泣いてるの?さあ、叔母さんが抱っこしてあげる」




