第49話 運命の事故~救われた美青年~
中村正治は「曾孫」という言葉を聞いても、喜びよりも憂いが先に立った。
「浩、お前の人柄は信じているが、一つ言わせてくれ。『転ばぬ先の杖』という。してはならぬことは、決してするなよ!」
中村浩は心底困り果てていた。
「お祖父ちゃん、事情があって今は詳しく説明できないのですが、決してあなたが思っているようなことでは…」
まさか、高橋奈津美に秘密を守ると約束したばかりが、こんな形で自分の評判を傷つけることになろうとは。
機会を見つけて、高橋奈津美にしっかり償わせなければ。
これほどの犠牲を払ったのだから。
中村正治は中村浩がそこまで言うのを聞き、これ以上は言いにくそうだった。
「まあ、お前が分かっているならいい。これ以上は言わん」
一方その頃。
高橋奈津美はすでに普段着に着替え、自分で車を運転して柴田家へ戻る途中だった。
途中、後部座席のバッグから携帯電話の着信音が聞こえた。
路肩に停車し、後部座席からバッグを取り出し、携帯電話を探した。
発信元が兄の柴田崇だと分かり、すぐに通話ボタンを押した。
「崇兄ちゃん、どうしたの?」
柴田崇の声がすぐに聞こえてきた。
「奈津美ちゃん、用事は済んだか?」
実は奇妙なことに、ついさっき奈津美名医が家を出てすぐ、奈津美ちゃんから「大事な用事があるから抜け出した。フォローしておいて」というメッセージが届いていた。
その時はとても驚いた。
いつ奈津美ちゃんが出かけたのか、全く気づかなかったからだ。
しかし考えてみれば、家族全員の注目が奈津美名医に集まっていた。
奈津美ちゃんがこっそり抜け出しても、誰にも気づかれないのも無理はない。
だが後から考えると、何か腑に落ちない違和感があった。
具体的に何がおかしいのか、自分でも説明できないのだが。
高橋奈津美は柴田崇の疑念を知る由もなく、突然の電話に内心穏やかではなかった。
中村家へ行くのは急な決断だった。
帰路についてから、自分が「病気で寝込んでいる」はずの身であることを思い出した。
診察が終われば、心配性の兄が様子を見に来るに違いない。
部屋が空っぽだとばれたら、疑われるのは目に見えている。
仕方なく、苦し紛れの言い訳で兄に協力を求めたのだ。
幸い、兄は深く詮索せずに承諾してくれた。
だが今、中村家の件が片付いたばかりなのに兄から電話が来たことで、細かい質問をされるのではないかと不安になった。
万が一、答えに詰まったら……
そう思いながらも、高橋奈津美は平静を装って答えた。
「用事はもう済んだわ。どうかしたの、崇兄ちゃん?」
「済んだならいい。実はな」
柴田崇は笑みを浮かべた。
「今日、武兄ちゃんが帰ってくるんだ。お前も早く帰ってきてくれ。家族そろっての団欒だ」
高橋奈津美はまだ武兄ちゃん(一番上の兄)に会ったことがなく、その帰宅を心から楽しみにしていた。
「本当?武兄ちゃんが今日帰ってくるの?」
柴田崇は奈津美ちゃんの弾んだ声を聞き、さらに笑みを深めた。
「もちろんさ。俺が伝える情報に嘘があるか?実はお前が家に戻った日に、早速会いたがっていたんだが、最近会社が新規事業を展開していて、海外まで出張しなきゃならなかったから、ずっと延び延びになっていたんだ。で、飛行機を降りた途端に俺に連絡してきて、『会社で最後の仕上げを済ませたらすぐ家に帰るから、奈津美ちゃんに伝えておいてくれ』って。会い損ねるのが心配だってさ」
高橋奈津美はまだ武兄ちゃんと直接会ったことはなかったが、兄の言葉から武兄ちゃんの自分への気遣いを感じ取った。
顔に甘い笑みを浮かべ、明るく返事をした。
「じゃあ、私も早く帰って、一番に武兄ちゃんに会えるようにするわ」
「急がなくていいさ」柴田崇は時計を見ながら言った。
「彼もまだ会社の仕上げがあるから、帰ってくるまでには時間がかかるだろう。夕食までに戻ってくれば間に合う」
高橋奈津美はすぐに承諾した。
「わかったわ」
電話を切り、携帯をバッグに戻そうとした瞬間、耳をつんざくような轟音が響いた。
「ドカーン!」
思わず音のした方向を見ると、前方の路上から黒煙が立ち上り、赤い炎の気配さえ見えた。
高橋奈津美は眉をひそめた。
(交通事故か)
すぐに車のドアを開け、煙の上がる方向へ駆け出した。
対向車線に着くと、ロールスロイスとメルセデスが激突し、両車のフロントが大きくへこんでいる惨状が目に入った。
(やはり事故だ)
眉の皺がさらに深くなった。
近づこうとした時、左側から人々のざわめきが聞こえてきた。
「もう通報した?救急車はいつ来るんだ?」
「すぐ来るって言ってたが、救急センターからここまで遠いから、まだ時間がかかりそうだ」
「どうしよう、この人出血がひどい。すぐ手当てしないと、命が危ない」
「可哀想に…こんなにハンサムで、ロールスロイスに乗ってるんだから、きっと相当な家柄なのに。もしものことがあったら、どれだけの女性が悲しむことか」
(出血多量で危険?)
高橋奈津美はその言葉を聞くと、すぐに駆け寄った。
のぞき込むと、血の海に倒れているのは端整な顔立ちの青年だった。
剣のように鋭い眉に星のような目――精悍な顔立ちだ。
血に染まっているが、身につけているのはオーダーメイドの高級スーツ。
手首には数千万円もするパテック・フィリップの時計。
(どうやら大物のようだが、正体はわからない)
だが、男の身分や容姿は今は関係ない。
今すべきはただ一つ――人命救助だ。
周りの人々がどんどん近寄ってくるのを見て、高橋奈津美は大声で呼びかけた。
「皆さん、離れてください!近づきすぎると、患者の呼吸が苦しくなります!」
その声に、人々はすぐに後退し、倒れた男の周りに空間を作った。
高橋奈津美はその隙に前に出ると、腕に巻いていた銀針を取り出し、男のツボを探って素早く鍼を打った




